絶叫のような、それでいて悲鳴にも似た否定を聞いたフィアナは納得の念しか抱かなかった。
【ソーマ・ファミリア】の闇は深く、リリは何年も前から引き摺り込まれてしまっている。その苦しみを知らぬ部外者が差し伸べた手を掴めないほどに追い込まれている。
オラリオに来てから初めて得た、友達の苦しみが軽くないと知ればこそ、彼女を助けたい気持ちが膨れ上がる。
「冒険者がサポーターを助けるんじゃない。さっきも言ったでしょ、友達だから助けたいの。
あなたがサポーターでなかったとしても、私はやっぱり助けたいと思うはずだわ」
「……意味が分かりません。
だって、だって、リリはフィアナ様を騙して盗むために近づいたんですよ!? 嘘から始まっただけの関係。嘘の上に成り立つ関係。そんなものに価値なんてないじゃないですか。
【ソーマ・ファミリア】と神酒の危険性が分かってないはずがないでしょう。無価値な塵のために、地獄に突っ込む人がどこにいるんですか!?」
「無価値なんかじゃない!」
盗みの標的に選ばれたことさえ気にしなかったフィアナが、「それだけは許さない」と烈火のごとく怒る。
小さな体と高い声。侮られて当然の要素を覆す、覇気の籠る声が天下に轟く。
ただ気迫だけで野次馬の心をビリビリと打ち据え黙らせる。唾を飲み込む音さえ聞こえそうな沈黙が訪れた。
「始まりが嘘でも、その先にあるものまで嘘だとは限らないでしょ。
この一ヶ月、私を嵌めるタイミングはいくらでもあった。けど、リリはいつだって私を支えてくれた! その全てが嘘だったなんて言わせない!」
初めての共闘が勝利に終わった時。ギルドの換金所で、収入の最高額を記録したとき。協力して強敵を打倒した時。呆れたようなツッコミを入れられたときでさえ――すべてが黄金色に輝く日々であった。
彼女と交わした言葉、笑顔、勝利を祝するハイタッチ。そこには真実も混ざっていたはずだ。
「リリ、あなたはどうしたい? どうしてほしい?
私は絶対に裏切らないから、力になるから、本当の気持ちを聞かせて」
「以前、一度だけ【ファミリア】から逃げ出したことがあります。
行く宛もなかったリリを、花屋を営む老夫婦が受け入れてくれました。実の親には親らしいことを一度もしてもらえませんでしたけど、きっとこういうのんが親子なんだなって、家族なんだなって思える幸せな時間を過ごせました。
まあ、全部っ冒険者にぶっ壊されましたけどね! リリを追いかけてきた【ソーマ・ファミリア】の団員たちが嗤いながら店を踏み荒らし、おじいさんとおばあさんは私を追い出しましたよ」
幸福の形を知ってしまったからこそ、そこから転落する苦しみを教え込まれた。
大恩ある、大好きな老夫婦を結果的に傷つけてしまったこと、二人に怒りの眼差しで射抜かれたことはトラウマになっていても不思議はない。
「助けて? 守って? 救って欲しい?? そんなこと気軽に言えるわけないです!
ギルドも、冒険者も、親も、神様も……誰も守ってくれなかったから! 誰も救ってくれなかったから! こうなっているんじゃないですか!!」
リリの過去は聞くだけでも胸を痛めるほどに悲しく。しかも話に出てくる悲劇は全体のほんの一部だ。
あまりにも救いがない。
どこの誰がリリを見捨てようと、盗人として糾弾しようと、フィアナ・グローリーだけは彼女の隣から離れない。
「これまでは誰も救ってくれなかった、救うことに失敗してきた。そういうことなんでしょうね。
でも、私はまだそのどっちにもなってない! ギルドに、冒険者に、大人に失望するのはあなたの勝手だけど、私にまで
殻に閉じこもってないで、前を見ろリリルカ・アーデぇぇええ!!! ここに立っているのは、あなたを見捨てた連中じゃない!」
フィアナ・グローリーは、同族が失ってしまった『勇気』を胸に宿す勇士が一人。
【ソーマ・ファミリア】が何するものぞ。神酒が何するものぞ。立ち塞がるならば、立ち向かい、乗り越えるだけのことだ。
助けるべき、助けねばならぬ少女がいる限り、フィアナは逃げ出さない。体が弱くとも――否、体が弱いからこそ、心だけは誰にも負けないように強くあらんとする。
目は口ほどに物を言う。ただでさえ雄弁な口を持つフィアナの目が、彼女の決意と覚悟の程を叫んで止まない。
今まさにリリを説得しているように。誰に咎められようと、忠告されようと、拒絶されようと、手を伸ばし続ける。
「だったら! そんな妄想染みたことを言うんだったら! 証明してみせてくださいよ!!
フィアナ様が他の冒険者とは違うことを信じさせてくださいよ! あれだけの大口を叩いたんだから出来るんでしょう!?」
出来るわけがない。逃げ出すに決まっている。
絶叫は寒々しく。その裏に隠された本音こそを浮かび上がらせた。
未だ、言葉にはならずとも、漸く隠されてばかりいた本音が、輪郭だけとはいえ見えるようになったのだ。そこから目を逸らすことなどあってはならないし、フィアナにはそのつもりもない。
「だったらやってみせてやるわよ!
「どうやってソーマ様に会うって言うんですか!? 絶対に団長が邪魔しますし、仮に会えたとしてもあの方は酒造にか興味がない。眷属がどうなろうと気にしない神なんですよ!? ……【ファミリア】からの脱退なんて聞き入れてもらえませんよ」
「だーっ! さっきから出来ない理由ばっか上げてうるさい! 私が! この街に来てから初めて出来た友達を救うための作戦を用意していないと思う!?
女の子はねぇ、灰を被ろうが何だろうが、全員がお姫様なのよ! 黙って
そして、フィアナはリリを肩に担ぎ上げた。じたばたと暴れる小人の少女を抑え、とある宿屋へ足先を向ける。
抵抗をしたければ抵抗すればいい。拒絶したければ、拒絶するがいい。リリの勝手を認める代わりに、フィアナも勝手に相棒を助ける。
「大丈夫。もううちの主神のレイア様には話を通してあるし、計画もかなりの高確率で成功するだろうって太鼓判も貰ってる」
道行く通行人に聞かれないよう、押し殺した声でフィアナは告げる。
凄まじい手の早さだが、それもそのはず。【レイア・ファミリア】の団員は現状フィアナの一人だけであり、対する【ソーマ・ファミリア】は中堅に相応しい規模・勢力を誇る。力関係を引っ繰り返すには、迅速に動く必要があった。
そこで、最大の助けとなったのが女神レイアである。
彼女が下界に降臨してからフィアナと出会うまでの期間に行った情報収集。その下地があったから、フィアナもリリを救う手立てを短期間のうちに構築できたのである。
レイアは天界に居た頃から、子供を守るために尽力した、生粋の母神だ。全知零能の身となっても、その性質は変わらない。
慈悲深き母の愛は、さながら曙光の如く。眩き加護に後押しされるフィアナが、酒に溺れた末の闇になど負けるはずもない。
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