「わーたーしーがー、やってきたぁぁああああ!!!」
ギルドの開店時間と同時。来客用の扉の鍵を開けた途端、凄まじいハイテンションで飛び込んでくる少女が一人。尊大なまでに漲る自信も、しかし幼げな容姿のおかげで生意気とは取られない。
癖は強いが、可愛らしい少女をギルドの職員たちも暖かく歓迎する。
「当ギルドの職員、エイナ・チュールと申します。本日のご用件は如何なものでしょうか?」
美しい顔立ちと、細長く尖った耳はエルフの特徴だ。ただ、エイナの耳はエルフにしては若干短いため、
自種族に高い誇りを持つ純血のエルフは、他種族の血を引く彼女を蔑むかもしれないが、フィアナはそういった感情を持たない。小人族というだけで蔑まれてきたがゆえに、その痛みを知っている。
自分がされて嫌なことは、相手にもしない。当たり前のことだ。
なお、色眼鏡で見て侮蔑することは無いが、腹の立つ相手に仕返しすることは割と頻繁にあったりする。
「冒険者になりたいんだけど、まだ
ギルドは冒険者を支援する組織であり、オラリオの統治機関でもある。そのため、彼らの情報網は都市髄一だ。「条件に合う神様を見つけたいんなら、まずはギルドで訊いてみるといい」と、ミアも太鼓判を押した。
その評判を裏切らず、エイナはニッコリと笑いながら色良い答えを唱えた。
「はい。それなら先月降臨されたばかりの女神さまが一柱いらっしゃいます。良ければ、当ギルドが仲介に立ちましょうか?」
「ええ、ええ! 是非お願いしましょう!」
善は急げ。どうやら神との対談はこれから行われるようで「お時間の程はよろしいでしょうか」と尋ねるエイナに、フィアナは即座に頷いた。【ファミリア】に加入していない、仕事もない、今夜の宿も取っていない彼女の予定表は純白に輝いているのだ。
『神との出会い』、あるいは『【ファミリア】の結成』か。白雪の如き純白を汚す予定も、フィアナには輝いて見える。
同僚に仕事の引継ぎを終えた、エイナの先導に従い、フィアナはまだ見ぬ神との逢瀬に胸を躍らせた。
「へえ、じゃあフィアナちゃんは冒険者になるためにオラリオにやってきたんだ?」
「そう! そして『フィアナ』と聞けば、誰もがかつて小人族が信仰していた空想の女神じゃなく、私を思い浮かべるようにしてやるわ!!」
円滑なコミュニケーションは受付嬢の必須技能だ。道中も息苦しい沈黙が下りることはない。コツコツと表通りの石畳を靴底で叩きながらエイナが話題を振り、フィアナは景気よく答えていく。
裏表が無く、はっきりとした性格のフィアナにエイナは好印象を持ち。非力な小人族の少女が冒険者になると言っても、決して馬鹿にはせず、心配と激励を贈るエイナに、フィアナも気を良くしていた。
軽い自己紹介を終えた事、そして年齢が近い同性ということもあり、二人の会話は弾む一方である。
「エイナは、私の英雄叙事詩の序章に登場する【運命の導き手】ってところかしら? 神と人の縁を結び、物語の幕を開けさせた、昔の英雄譚の精霊ポジションね。光栄に思いなさい!!」
「うーん。精霊様を敬うエルフ的には、嬉しいような恐れ多いような……」
「立身出世はこの世の春でしょ! 遠慮はいらない。堂々と胸を張ってればいいのよ! 文句を言ってくる精霊がいたらね、そのおっぱいでばい~んって撥ね飛ばしてやりなさい!」
「ふふっ。そんなときは来てほしくないかな。私のほうも結構痛そうだし」
二人の会話を聞いた。通りすがりの男性ヒューマンがエイナの胸部を見て顔を赤くすれば、「フシャー」とフィアナが威嚇して追い払う。故郷から持参した、愛用の
「こーら。街中で刃物を振り回さないの。危ないでしょ?」
コツンと軽く拳骨を頭に落とされ、フィアナは上目遣いでエイナを見遣る。儚く、庇護欲を誘う。母性本能を痛烈に刺激され、要求の全てを飲んでしまいたくなる。
己の容姿を自覚した、あざとい仕草に、さしものエイナと言えどたじろいだ。
「でもぉ。男は野獣なのよ? 油断も隙もあったものじゃないわ。エイナは綺麗な女の子なんだから、言い寄ってくる男も多いでしょう? 中には強引な
幼子の口から吐き出される、世の男にとっての死刑宣告。一切の容赦が介在しない、残酷なる刑罰に、周囲の男たちは一斉に距離を取った。提案を受けたエイナも苦笑いを浮かべることしかできない。
何はともあれ、楽しい雑談が時間の経過を忘れさせてくれた。エイナはある宿屋の前で足を止め、手招いた。
「例の神様は、ここに一か月前から泊まっていらっしゃるの。心の準備はいい?」
「いつでもオーケー! 常在戦場。私に隙なんてありはしないわ! ——って、ちょっと待って!」
宿屋に入らんとするエイナに、慌ててフィアナは『待った』を掛けた。
エイナに何か非があったわけではない。ただ、これがまさしく物語の始まりなのだから、彼女一人に扉を開けさせることは相応しくない。
エイナが『運命の導き手』であるならば、フィアナは『未来の英雄』だ。スタートは二人一緒であるべきだろう。
「どうせなら一緒に開けましょ?」
「そうね。そうしよっか!」
両開きの扉に、エイナは右手を、フィアナは左手を押し当てる。二人は息を合わせ、そして――
「たのもー!」
「それはちょっと違うかな!?」
時間帯を考え、声量を抑えつつも、二人は仲良くボケとツッコミを果たして入店する。姦しい声に誘われ、カウンター奥からニョッキリと顔を出した主人に、エイナが用件を過不足なく伝えていく。
曰く、一人の少女が【ファミリア】を探している。
曰く、彼女の希望が、宿に泊まっている女神様に合致する。
曰く、両者の相性を見るために訪問した。
しかし、時間帯を考えれば、部屋を訪ねることは不作法である。さりとて、一階にまで足労頂くこともまた不敬となりかねない。
故に、女神の対談場所を宿泊部屋とするか、一階とするか、その旨を尋ねてきて欲しいのだ、と主人に依頼した。
要点を纏め、かつ順序立てた説明と依頼に感心しつつも、少し手持無沙汰であったフィアナは宿屋の一階を見渡してみる。
まず入り口付近にはカウンターが、その奥には調理場が設えてあり、反対側の日差しが差し込むスペースは食堂だ。食堂からは、どうやら
この分ならば、階段を上った先にある宿泊部屋にも期待できる。下界に降臨したばかりとは言え、流石は女神が一か月間も贔屓する宿屋だ。庶民的でありながらも、決してレベルは低くない。
「どうやら
上階から戻った店主の伝言を聞く限りでは、旗色は悪くない。傲慢な神ならば、人の子相手に自ら足を運ぶことを良しとしない。これから会う神が、
店主に礼を告げ、エイナと共に食堂の手近な椅子に腰掛ける。
「そういえば、エイナは例の神様と面識があるの?」
「ちょっとだけ、だけどね。冒険者を志望しているけど、加入する【ファミリア】が見つからなくて困っているような子がいれば教えて欲しい、って頼まれたのは私だもん。おおらかで、凄く優しそうな女神様だったよ」
「これは期待大ね。待ち遠しくてワクワクするわ!」
フィアナが女神の外見や性格をあれこれと想像すること数分。トッ、トッ、トッ、トッ、と気品すら滲む足音が上階から一階に近づいてくる。
この足音の主こそが、待ち侘びた女神であると、小人族の少女は直感する。
ドクン、ドクン、ドクン、と煩いほどに心臓が高鳴り、体感時間は須臾が永遠とも思えるほどに引き延ばされる。その果てに現れたのは、まさに『女神』であった。
「ごめんなさい。待たせちゃったかしら」
腰ほどにまで伸びた翠髪。優しさと暖かさを感じさせる金眼。そして、圧巻の胸部装甲。
さながら『母性』や『包容力』という概念が服を着て歩いているかのような
「私は大地の女神レイア。私の【ファミリア】の初眷属候補が来てくれたって聞いて、本当に嬉しいわ」
エイナとフィアナは一度立ち上がり、女神に席を勧める。彼女が腰を下ろすことを確認してから、再び座した。【ファミリア】の結成すら達成されていない女神といえど、神は神。無礼な真似は出来ない。滲み出る、優れた
「そう固くならないで。一人はこれから私の家族になるかもしれない子で、もう一人はその縁結びを担ってくれるのだから、もっと肩を楽にしてちょうだいな」
「じゃあそうさせてもらうわね!!」
初対面の人どころか、本物の女神を前にして気安い態度を取れるはずがない。下界の住民に刷り込まれた常識を、しかしフィアナは平然とぶち破る。
瞠目を隠せないエイナと、目を細めるレイア。一人と一柱の反応に気を良くし、背筋を逸らさんばかりに胸を張り、堂々と名乗りを上げた。
「私はフィアナ! フィアナ・グローリーよ。歳は十四、故郷の里では木こりをやっていたわ。オラリオには、最強で最高の英雄になるために来たの。
『フィアナ』と聞けば誰もが私を思い浮かべるくらいの冒険譚を綴ってやるのだわ!!」
「まあまあ。それは良い夢ね。でも、最強って色々あると思うの。あなたはどうやって皆にそれを認めさせるのかしら?」
「とりあえず、今オラリオで最強の冒険者って呼ばれてるやつをボコボコにしてやるわ。気絶したそいつの顔に鼻糞を擦り付けてやれば、私の勝利を疑う馬鹿もいなくなるでしょ? あとは、そうねー。お伽噺に出てくる『黒竜』! あれの討伐を達成するか、もしくは
現在の都市最強は【フレイヤ・ファミリア】団長、猪人のオッタルという名の大男だ。獣人の特性でもある身体能力を活かし、大剣を縦横無尽に振り回す大戦士。
対するフィアナは、非力な小人族の少女である。しかし、種族差を覆し、冒険者としての位階も覆し、泥を付けてやるという宣言には一切の迷いがない。
打倒オッタルという目標だけでも際立つが、黒竜に対する姿勢も無視できるものではない。
人類とモンスターは千年以上も昔から相争ってきた。その禍根は根深く、モンスターを従える
にも係わらず、フィアナは女神とギルドの職員の前で、最強のモンスターの一角を
だからこそ、女神の琴線に触れる。『未知』を求めて下界にやってきた神には、『賢い生き方』を捨て置き、輝く意思に従って邁進する少女がこの上なく好ましいのだ。
「ええ、そうね。とっても素敵だと思うわ。もしよかったら、私も黒竜に乗せてもらえる? 空飛ぶ竜の背中から見る景色って、未来永劫忘れることのない絶景でしょうから」
「もちろんいいわよ。私は宝物を独り占めするような、みみっちい女じゃないもの」
「ありがとう。そのお礼にっていうのも変だけど……フィアナちゃん、私の【ファミリア】に入ってくれないかしら? あなたともっと話したい、家族になりたいの。出会ったばかりだけど、この気持ちに嘘はないわ」
「こっちこそお願いするわ! 小人族でも、女でも、子供でも馬鹿にしない神様なんて、探したって簡単に見つかるわけない。オラリオに到着したその日に、初めて顔を合わせたあなたが
斯くして一人の少女と、一柱の女神との運命は交わった。順調すぎる進行に「これ、私がいる必要あったのかな……?」と、ハーフエルフの少女がつい漏らした疑問は、【ファミリア】結成に喜ぶ当事者らの耳には届かない。
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