フィアナの一日における、魔石の取得の最大数は日々更新される。この日も例に漏れず最高記録をマークしそうなため、朝から夕方までダンジョン内を駆け回ったにも係わらず、彼女はホクホク顔だ。
ともすれば、一万の大台を超えるほどの戦果やもしれない。捕らぬ狸の皮算用をしながらギルドに入ったフィアナを、換金所から轟く、男たちの怒声が出迎えた。
「はあ!? 10000ヴァリス!? これだけの魔石とドロップアイテムだぞ!? そんなわけあるかよ!」
「あぁ? じゃあ、何か。俺が査定を間違えたとでも言いてえのか!?」
一方は見るからに荒くれ者といった風体の冒険者。装備品は傷と汚れが目立ち、手入れがまるで行き届いていない。レベルは恐らく1。フィアナの目には、荒っぽそうには見えても、『強そう』にはこれっぽちも見えていなかった。
そんな柄の悪いだけの巨漢と相対するは、小さいフィアナの世話を何かと焼いてくれる、禿頭の眩しいギルド職員だ。幼子が見れば泣き出しそうなほどの強面だが、実は子供好きであり、子供を泣かせてしまう自分の顔に複雑な思いを抱えいたりもする。冒険者への応対にて鍛え上げられた度胸は並ではないが、根は善良なのだ。
飛び交う言葉から察するに、口論の原因は査定の金額にあるらしい。『ギルドの豚』ならば兎も角、真っ当なギルド職員が暴利を貪る真似はしないのだが、冒険者は一歩も下がらず、激論は平行線だ。
いつ終わるとも知れないので、フィアナは馴染みの担当官のカウンターに並ぶことを諦め、その隣へと本日の戦果を持ち運ぶ。第一級冒険者パーティならば持ち帰る戦果も膨大となり査定には多大な時間を要するが、フィアナは駆け出しだ。彼女にとっては『豊富な戦果』も、その道十数年のギルド職員からすれば全然少ない。数分と待つことなく換金は済ませられた。
「3500ヴァリスぅ! 三日前の記録には届かなかったけど上々ね!」
リリと分け合えば、一人頭2000ヴァリス近い。レベル1冒険者の平均収入には届かぬまでも、その日の食事と宿代、そして明日の冒険の資金程度にはなる。収入が少ない余り、故郷から持ってきた貯金を切り崩し続ける生活と、フィアナは
勿論、支出と収入がほぼ釣り合っている現状は、まだまだ生活に余裕があるとは言い難い。しかし、毎日ダンジョンアタックを繰り返し着実にフィアナの【ステイタス】は伸びているし、探索の効率も高まっている。
つまり、成長期だ。成長するほどに探索の質は高まり、収入と支出の差額もいずれは大きくなっていくはずだ。
「リーリ、リーリ、リーリー! 今日も大漁よー!」
「二人で潜った割には少ないですけどね」
厳しく返しているが、リリの頬も緩んでいた。一日の奮闘が報われる、換金の瞬間は達成感が清涼のように吹き込むのだ。
幼女たちの戯れは、ここ一ヶ月で夕方のギルド恒例となっている。そのことを知らぬは当人たちのみであり、ギルド職員の密かな癒しであった。
「あ? アーデじゃねえか」
しかし、見る者の心をホッコリさせる光景をぶち壊す無頼漢が一人いた。ギルドの禿頭職員と揉めていた、不潔感漂う冒険者だ。
ヒューマンの男は、身長差から小人族の少女コンビを見下ろし、リリに視線を合わせると唇を吊り上げた。『笑顔』というには些か悪意に染まった醜悪なそれに、リリがブルリと体を震わせ、更に男は嗤った。
まるで良いことを思いついたとでも言いたげに。何でもないことかのように男は言う。
「なあ、アーデ。お前、その金を俺に寄越せよ。
サポーターなんぞにゃあ勿体ねえから、俺が有意義に使ってやる」
『いいですか? サポーターは冒険者様の
『でも、そんなことしたら『サポーター如きが生意気な』ってリリが他の冒険者様たちに疎まれてしまいますよ』
出会ったその日のリリの主張を、男の高慢な態度からフィアナは想起する。
冒険者が上、サポーターが下。リリと知己であることからも、彼女に下らない価値観を植え付けた者の一人が目の前の男であることは想像に難くない。
男は断られるとは微塵も思っていないかのようにニヤニヤと粘着質な笑みを浮かべ、対するリリは小さな体を更に小さく縮ませた。慣れた口調からは、男が同じよな文句を用いてリリから金を巻き上げたことがありありと伝わる。
本当に下らない。舌を一つ打つと、フィアナは踏み出し、リリを背中に庇った。
「お生憎様、それは出来ないわ」
「あ? 何言ってやがる。禄に冒険できねえ小人族のクソガキは引っ込んでろ」
「彼女とパーティを組んでるのは私だし、パーティリーダーも私なの。換金総額の半分を
それを横から取り上げられると困るのよ」
武器の手入れや食料の調達など、冒険者は日々の活動に資金を投じる。冒険者と共にダンジョンに潜る、サポーターにも同様のことが言える。先立つものが無ければ何もできないのは世の常だ。サポーターが資金不足に陥れば、その分だけパーティーを組んだ冒険者の活動にも支障が出る。
「はっ、小人族の雌餓鬼が一丁前に冒険者気取りか? 下らねえなぁおい」
「はっ、犯罪者一歩手前の雑魚が一丁前に冒険者気取り? 下らないわねぇ」
小人族というだけで、故郷では同年代からも大人からも馬鹿にされた、フィアナの口論の強さは伊達ではない。
打てば響くように罵倒を返すと、男の額にはビキリと青筋が浮かんだ。
「俺はそこのアーデと同じ【ソーマ・ファミリア】の団員だ! 他所の【ファミリア】の事情に首を突っ込むんじゃねえ!!」
「そ、だからなに? 【ファミリア】の事情に口を出すなって言うなら、あんたの方こそ私のパーティの事情に口を出さないでくれる? 口臭がキツイのよ」
「――殺す」
言うや男は、腰に差した剣の柄を掴んだ。恐喝した段階から既に怪しかったが、ギルドで戦闘を始めるとは、いよいよ彼の頭は常軌を逸している。
だから、状況判断を見誤る。憤怒のままに、生意気な小人の頭を割らんとした彼は、剣を振り上げてしまった。刃がフィアナの命を奪うまでに、鞘から剣を抜き放ってから、振り上げ、振り下ろすという三動作も要する。零距離では鈍間と言っていい。おまけに、不穏な気配がだいぶ前から漂っていたために、フィアナも気合を入れており、まるで隙を突けていない。
「ほぎゅ……!?」
故に、先手を取ったはずの男は、後手に追い付かれ、追い越される。剣を振り下ろすよりも先に、無造作に突き上げられた少女の拳が、男の股間に埋まっていた。見事なクリティカルヒットは【ステイタス】の差を覆し、一発ケーオーを達成する。
ギルド内は人が多く、また人目を集め過ぎた。内緒話には適さない。白目を剥きながら泡を噴く男の股間を念入りに五回ほど蹴り上げてから、フィアナはリリを屋外へと連れだした。
「【ソーマ・ファミリア】。
「どうして、それを」
リリがひた隠しにしていた【ファミリア】の実態を、フィアナはつらつらと明かす。
秘密がとっくに暴かれていたことに、暴いておきながら厄の種にしかならないサポーターを手元に置いていたことに、リリは呆然とした声を漏らす。
「私がリリと初めて冒険した日。換金した時に抱き着いたでしょ? あの時が一つの切っ掛けね。小人族の女の子って言っても、小さすぎるし、細すぎるのよ、あなたの体格は」
小さく細い体格。それだけならば、追及するべきことではない。
発育の遅れ、傷病による肉体の衰え、生来的に大きな体格へ成長する素地がなかったということも考えられる。だから、リリの体型に小さな疑問を抱きつつも、その場で問い質すことをしなかった。
「私はあなたの友達で、パーティのリーダーよ? 一緒に行動していれば、あなたが後ろ暗い何かを抱えてることには気付くし、何気ない会話に出てくる特定の単語――『冒険者』や『ファミリア』に反応されれば、ねえ?」
サポーターの身分を卑下する価値観。所属する【ファミリア】への非友好的な態度。年齢にそぐわない体格。
一つ一つは「そういうこともあるだろう」と見過ごしてしまいそうになるほどに小さいが、ヒントは幾つも転がっていた。フィアナは、それら点と点を結び絵図を描いただけだ。
「大体の事情は推測できるし、私たちが出会ってから一ヶ月も経つ。それだけの時間があれば、推測の裏付けだって取れるわよ」
「じゃあリリの事全部分かってて、知らないフリを続けていたんですか?」
「まーそうなるわね。小さな泥棒さん」
リリの事情の裏付け調査を行う過程で上がった『冒険者を標的とする小人族の泥棒』の正体が、リリルカ・アーデその人であることも突き止めている。屈強な冒険者を相手に、自他ともに認める貧弱な【ステイタス】のリリが逃げ果せた理由もまた【ステイタス】にあるのだろう。【魔法】か【スキル】か、特異な能力を持っていれば金銭や魔石を盗み取ることも難しくない。
「
盗人として近づいた罪悪感、一か月もの間本心を隠していた後ろめたさからか、リリは悄然とする。
それでも逃げ出さず、フィアナの真意を問う姿は、断罪を待ち望む囚人のようでもあった。
「一つ目がリスクが小さかったことね。故郷から持ってきた貯金はレイア様に預けているから、リリには手出しできない。魔石やドロップアイテムの換金額はお察しだから、もし
これはコンビを解消しなかった理由。
続けて、コンビを続けた理由を告げる。
「何より、私はリリの友達だもの。友達が困っていたら助けてあげたいって思うのが普通じゃない?」
【ソーマ・ファミリア】の実態を掴み、リリの苦しみを知って尚、振る舞いを変えなかったのも彼女を救うためだ。
盗人としての自覚のある少女に「あなたは盗人だ」と名探偵の如く指をさせば逃げられるに決まっている。故にまずは、リリが事情を話せる程度にまで信頼を築く心算であった。
彼女の口から自発的に告白を引き出せれば最良。フィアナが追求しても、逃走されない信頼を獲得できていればベターといったところだ。
そんな計算もつい先ほど崩されたから、フィアナは計画を前倒しにしている。
「そんなの……嘘に決まっています。
冒険者がリリのようなサポーターを助けてくれるはずがありません!」
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