Muv-Luv Alternative The Phantom Cemeter   作:オルタネイティヴ第Ⅵ計画

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※※必ずお読みください※※

本作をお読み下さり、誠にありがとうございます。
当作品をお読みになる前に、以下の点についてご留意頂けると幸いです。

《本作品の注意事項》

・本作は、同一作者が投稿していた『Muv-Luv Alternative for Answer』のリメイク作品になります。
・本作は、テンパ様の『Muv-Luv オルタネイティブ Last Loop』及び、つぇ様の『中身がおっさんな武(R15)』に多大な影響を受けております。それ故、作品に一部類似点が発生する可能性があります。また各種マブラヴSSの良いとこどりをしている為、その他にも類似点が発生する可能性があります。
・「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません」
・Muv-Luvシリーズの世界観に対し、作者独自の解釈と設定を追加しております。それ故、原作との相違点が多少なりとも発生する可能性があります。
・一部タグは保険になります。
・タケルちゃん最強設定です。
・一部大きなネタバレを含みますので、原作未プレイの方、アニメから来られた初見の方は注意して下さい。
・本作は非常に誤字脱字が多いです。
・投稿頻度に関しては完全にランダムです。完結まで非常に長い時間を要すると思われますが、気長にまって頂ければ幸いです。
・感想への返信は投稿時のみに限ります。

《本作品の警告事項》
下記に該当する方は、気分を害される可能性がある為、本作品読まれるのはお控えください。

・伊隅大尉は、前島正樹と結ばれるべきと考える方。
・速瀬中尉、涼宮姉妹は、鳴海孝之を想い続けるべきと考える方。
・宗像中尉は、シルヴィオ・オルランディと結ばれるべきと考える方。
・篁中尉、崔中尉は、ユウヤ・ブリッジスを想い続けるべきと考える方。


それでも良いという方は、以上の点に注意し、大らかな心でお読み下さされば幸いです。


第1章:始まりの挙動
Episode1:失われた日々


Episode1:失われた日々

 

 

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白銀武は今、ユメ(・・)のようなものを見ている。

どうしてそれがユメだと分かるのか、と聞かれれば、正直その理由は本人にもよく分かっていなかった。

直観とはまた違ういびつな何かが、これをユメだと彼に感じさせていた。

そしてそれは武にとって、例えユメだとしても見たくない、思い出したくない苦い体験であり記憶でもある。

だが同時にそれを忘れてしまうことは、BETAのいる世界を戦った1人の衛士として、人間として許されないことであるということも、彼は同時に理解していた。

何故なら衛士たるもの時には語る覚悟も必要であると、大切な先任たちに教えられてきたからである。

 

故に武はこのユメから眼を逸らすことは許されない。

ユメを見続けなければならない。

受け入れなければならないのだ。

 

「――白銀、あとはお願いね……」

 

そう通信が入ってからすぐに、巨大な爆発音と衝撃波が武の機体を襲った。

 

広域データリンクは既に機能しておらず、部隊の仲間がどの辺りいるのかまったく判断が付かない状況。

他の部隊との通信は、中距離は勿論のこと、司令部との長距離通信も完全に使用不可能。

唯一機能しているのは部隊内の短波通信のみであった。

それはここがハイヴの中であるが故か。

または無線の送受信機能に何らかの問題が発生しているのか。

或いはその両方であるのか。

残念ながら、必死の戦闘を繰り広げている武には正直判断がつかなかった。

いや正確には、それについて深く考える時間がまともに取れないからだった。

それだけの激しい戦闘を、彼は今繰り広げ続けていた。

 

「逢沢さんっ!?――まただ……また俺はッ!?」

 

守れなかった、とは口にしなかったし出来なかった。

口にしてしまったら最後……その言葉の重さに、押し潰されてしまいそうだったから。

しかしそれでもなお、武は戦闘の手を緩めることはなかった。

緩めることは状況が許さなかった。

状況が彼に戦闘を強要しているのだ。

 

武は引き金を引き続けた。

BETAを屠り続けた。

ここで死ぬわけにはいかないから。

ここで止まるわけにはいかないから。

仲間の死を、みんなの死を、無駄にはできないから――。

 

部隊の仲間から、悲鳴のような通信が武の耳に入ってくる。

 

「白銀!反応炉はまだか!?」

「あともう少しなはずだ!だけど数が多すぎる!突撃砲も弾切れ寸前なんだ!」

 

その上、武の網膜投影は36mmの残弾が、もう残り僅かだと表示していた。

74式近接戦闘長刀も既に1本は廃棄。残るもう1本もなまくらになる寸前であった。

 

「ぐっ!ここまで来て!?ようやくここまで来たのに――あぁぁッ!?」

「っ!?マインさん!?」

「気にせず行け白銀!人類を……ヨーロッパを取り戻してくれ!」

 

武は何か言葉を返そうとしたが、通信は一方的に切断された。

そしてその直後に、後方で再び爆発音とそれなりの衝撃波が武の機体を襲った。

何を起爆(・・)させたかは、誰の目にも明らかだった。

 

「くそぉッ!俺はッ!俺はァァッ!?」

 

武は叫びながら、目の前のBETAをただ屠り続けていった。

 

それから約1時間後、甲21号目標・通称佐渡島ハイヴ攻略の知らせが、世界中を駆け巡った。

ハイヴ突入部隊の生存者、即ち帰還者は僅か1名。

必死の覚悟で発動された、G弾を用いた甲21号作戦は、結果としては成功した。

しかし人類の勝利と高々と喧伝するには、ほど遠いと言わざるを得ない作戦内容と経過であった、と言われている――。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

場面は移り変わる。

 

それはアンドロメダ作戦の時の記憶(・・)だった。

場所は、とある国連軍基地の廊下で、再編成されたT4(テーフィア)部隊の仲間たちとのものだった。

T4部隊とは、接収されたオルタネイティブⅣ直属の特殊部隊・A-01部隊の名前を、ただ変えただけの部隊。

最も、桜花作戦後のA-01部隊に籍を置く者は、武と霞の2人のみであったが……。

 

「白銀大尉。質問の許可を」

 

廊下を歩く3人の人影があった。

その中の1人の女性が、先頭を歩く武に声を掛ける。

 

「許可する。ローゼンベルグ中尉」

「はっ。大尉は今回のアンドロメダ作戦を、どのように思われますか?」

「それは含意が広すぎるな、中尉。つまり何が言いたい?ハッキリ言ってみろ」

 

この頃の武の所属は、国連軍の大尉にして、日本帝国斯衛軍にも同時に籍を置いていた。

形式的には、斯衛軍からの国連軍への出向である。

これがどういう意味を持つか、それは限られた者しか知らない。

無論、本人は一応理解していたが、当人にとってはそんなことはもうどうでもよかった。

この頃の武の心は、想い人である純夏を失ったこと、最大の理解者であった夕呼の失踪により、脆くも崩れ去っていた。

 

武は思い返す。

 

(――我ながら心が弱いことだとは思う。その程度の心の強さしか……いや、覚悟しか持ち合わせていなかったんだろうな。あれほど前の世界の夕呼先生に言われたのにな)

 

故にこの頃の武の姿は、とても刺々しく、同時に虚勢を張ったようにも見える姿だった。

もし彼に近しい者が、この頃の彼の姿を見たならば、そう評したことだろう。

 

「ふっ、アリス。大尉殿は、まず貴様のその阿保な脳を良くすることから始めろ、と遠まわしに仰っているのだ」

 

質問した女性に対し、その隣を歩く別の女性が茶々を入れた。

 

「煩い、黙れオーレリア――んんっ、失礼しました。大尉は、今回も(アメリカ)軍主導のこの作戦……成功する可能性はあると思われますか?」

 

どうやら前者はアリス・ローゼンベルグと言い、後者はオーレリアと言うようだ。

武は歩みを止めることなく答える。

 

「珍しく合理的な作戦ではあるな。だが、実施に際しての部隊の数や、その練度はまるで足りていないな」

 

ハッキリ言ってみろ、と言っておきながら、武はその回答を明確にはしなかった。

この矛盾が、当時の彼の心中を物語っていた。

桜花作戦から既に3年が経っていた。

オルタネイティヴ計画も軒並み終了し、戦況は刻々と人類の敗北へと傾いていた。

あの手この手であがき続ける人類だったが、それは所詮延命策に過ぎず、また場合によっては自らの寿命を削っているものまである始末だった。

 

「……結局はG弾だより、ということですか?」

「そうだろうな。最近は間引き作戦にすら、G弾が使われる始末だ。だが、これだけのG弾を以てしても、未だ人類は大陸を取り戻せていない。加えて、先日のカテドラル作戦での、例のG弾に対する報告……いや噂か。米軍が焦るのも至極当然だろうな」

 

武の言葉に、2人の顔は徐々に険しくなっていった。

 

この頃、国連軍の名を借りた米軍の悪名は、既に人類全体に知れ渡っていた。

しかしそれでもなお、表立ってそれらが問題とならないのは、もう人類は米国無しではBETAに抗うことが出来ないと分かっていたからだった。

既に世界中の戦線は、崩壊の瀬戸際に瀕していた。

アフリカ方面では、スエズ運河を盾にしたスエズ絶対防衛戦は突破され、主戦場はアフリカ大陸北東部へと変化していた。

英国とEUは、未だに英国本土へのBETA再上陸を防いではいるものの、疲弊による戦力の補充が限界寸前に達していた。

日本もそれは同様である。

東南アジアでは、遂に長年BETAの侵攻に耐え続けていた、マレー半島及びシンガポール要塞が陥落。

BETAのジャワ島上陸は目前に迫っていた。

人類は既にチェックメイトを掛けられたのである。

 

「――オペレーション・チェリーブロッサム(桜花作戦)が成功していれば、こんなことには……」

「オルタネイティヴⅤ……何が人類を救う究極の計画よ!」

 

2人の悪態に、武はただ黙るのみだった。

 

アリスやオーレリアは、その詳細を知らないながらも、家族に高位の軍人を持つ者たちであり、オルタネイティヴⅣの支持を公言する人物であった。

武が見た彼女たちに対する報告書は、米軍から提供(・・・・・・)されたものであったが、やはりG弾戦術を基幹とする米軍内では相当受けが悪かったらしい。

故に、米軍を半ば追い出される形で放逐され、止む無く国連軍に身を置いた経緯がある。

そして奇しくも武が指揮官であるT4部隊の指揮下に加わった。

 

「……」

 

桜花作戦という単語に、武の表情はかなり曇るが、それにこの後ろの2人が気づくことはなかった。

2人は、武が桜花作戦の帰還者であることを知らない。

知る由もなかった。

 

「――生きて帰ればどうにでもなる。今は何より生き残ることが優先だ。次の作戦、2人ともちゃんと生きて帰れ。これは命令だ」

「はっ」

「了解です」

 

この後に実施された人類最後の反攻作戦、アンドロメダ作戦は残念ながら失敗する。

そこで彼女たちは戦死し、また幸か不幸か、武のみが生き残った――。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

また場面は移り変わる。

 

今度は、横浜基地の地下B19フロアにある、夕呼の執務室での出来事のようだ。

執務室の中央で、武は書類を片手に1人佇んでいた。

どうやら書類を夕呼に提出に来たが、肝心の本人が不在のようだった。

 

「出直すか……」

 

と呟いた丁度その時、ドアが開き夕呼が帰ってきた。

 

「あら~?なんだぁ、白銀じゃなぁい~」

「あ、先生丁度よかっ……」

 

武が振り返ると、そこには普段の彼女の姿からはとても想像も出来ない、いや、見たことのないような満面の笑みの夕呼がいた。

よく見るとその顔は真っ赤、とまではいかないながらも紅い。

ゆっくりと武に近づいてくるその足は、まさに千鳥足で、フラフラしていて何とも危なげだった。

そしてその中で何よりも目を引くのが、その両手に握られているもの。

ガラスのコップと、特級酒と書かれた一升瓶だ。

つまりは酒である。

どうやら相当酔っぱらっているようだった。

 

「……先生、かなり酔ってますね」

「そりゃぁ絶っ好調よぉ~!それもこれも白銀、あんたのおかげよぉ!」

 

心なしか、呂律も上手く回っていない。

 

(こりゃダメだ……)

 

と武は呆れた。

 

事ここに至り、オルタネイティヴⅣが順調だということは、例えその計画の詳細を知らない者たちにでもある程度分かるほどには知れ渡っていた。

オルタネイティヴⅣによって、人類が現実味を失ってから久しい言葉、勝利(・・)を得るのも、そう遠くないだろうとすら言われていた。

その理由は、先日の蒼星作戦の成功にある。

武はこの作戦の成功を心の底から喜んだ。

夕呼も同様である。

 

(こんな夕呼先生を見るのは久しぶりだな。確か、2年前のクリスマスイブのとき以来か……いやちょっと待て)

 

そこで武の思考が待った、と告げる。

 

(おかしい……何で俺はそれが、2年前だと言えるんだ?そもそも……ッ!?)

 

しかし、そこで突然背中から重いものがのしかかってきたことで、武の思考が現実へと引き戻される。

 

「し~ろ~が~ね~」

 

その正体は、背後から首に腕を回してきた夕呼だった。

今まで聞いたこともないような、甘ったるい声を出しながら武の首に腕を回し、その豊満な胸を彼の背中へと押し付けた。

 

(これは……押しつけられてる?)

 

と武は思うが、そんなはずはないと脳内で全力否定する。

だがそれと同時に、少しばかり嬉しい感情が武を襲う。

 

(ま、まぁこれはこれで……ちょっと嬉しかったりするけど)

 

昔の武なら、確実に狼狽していたであろう場面。

胸の押しつけ程度で動揺しなくなった辺り、この頃の武は、精神面で成長が明らかに伺いしれる。

 

ふと武が意識を夕呼に向けると、いつの間にか、手に持っていたガラスコップと一升瓶は消えていた。

横目でチラッと見ると、執務机の上に知らぬ間に置かれていたようだった。

どうやらそれに気づかぬほどには、先ほどの武の思考は、彼の意識を奥深くへといざなっていたようだ。

逆に言えば、それだけ武は夕呼に対し、気を許しているということでもある。

 

「ふ~~~」

「うっ!?」

 

突然耳に息を吹き掛けられ、くすぐったさが武を襲う。

そのせいで身体のバランスが崩れ、ほんの少しよろけてしまうが、何とか踏みとどまった。

理由は、夕呼が武に背後から抱きつき、体重を乗せているからである。

踏みとどまった勢いで、姿勢がやや中腰になってしまう。

武は姿勢を正そうとするが、そこでふとあることに気が付く。

それは中腰になったことで、夕呼が背伸びをせずに抱き着くことが出来ていることに。

仕方ないので、武はこのやや中腰姿勢を維持することにした。

鍛えているので、少しくらい無理をしても腰が痛くなったりはしない。

それに夕呼が見た目以上に、軽かったというのもある。

 

(べ、別にもう少し胸の感触を楽しみたいとか、そんなやましい理由があるわけではないぞ。うん、決してない)

 

と武は必死に否定するが、もうこれは確信犯だろう。

そんな武の思考を知ってか知らずか、夕呼がその魔性の笑みを浮かべながら言う。

 

「……ふふっ、これが特級酒の味よ」

「味じゃなくて匂い、ですね……」

 

夕呼は笑う。

 

(はぁ……完全に酔っぱらってるなぁ、夕呼先生)

 

と武は再度呆れた。

そこで武はふと気が付いた。

酒臭さとは別に何処からともなく甘い香りが、自身の鼻をくすぐるのを。

果たしてそれが、背後から抱き着かれたことによるものなのか。

それとも、自然と横にある夕呼の顔と、その煌びやかな紅紫色の美しい髪から漂ってきているのか。

或いは身体から漂ってくるのか。

いや、そもそもとして女性特有の香りなのか、武には正直分からなかった。

だが、確かに甘いふんわりとした優しい香りが、武の鼻をくすぐったのだ。

まるで聖母の香りとでもいうような甘さだった。

 

(これは……もう少し感じていたいな)

 

と武が思ったその時だった。

 

「うぉっ!?」

 

グイっと後ろから、首と肩を引っ張られた。

武は体勢を崩され、気がつけば執務室にあったソファの上に、彼は倒されていた。

いやこれは……所謂、押し倒しというやつだ。

 

「夕呼先生?なにを……んぐっ!?」

 

武は言葉を途中で遮られてしまった。

いや、唇を塞がれてしまった――唇で。

 

(ッ!?キス!?)

 

武は眼を見開いて驚いた。

 

「……ん……ちゅっ……」

 

武と夕呼、互いに触れ合った唇は、とても柔らかくて、湿っていて、酒の味がして、何よりも甘かった。

突然のことに武は何も反応が出来なかった。

やがて我に返り押し返そうとするが、両肩を完全に押さえつけられており、抵抗の余地はなかった。

武が本気を出せばこの程度、簡単に押しのけることは造作もないことだろうが、それは出来なかった。

理由は、何故だろうか……。

本人にも分からない。

 

唇が触れるだけのキスを、3秒ほど続けた夕呼は、ゆっくりと武の唇から己の唇を離した。

そして視界に入った夕呼の表情は、先ほどまでの酔っ払いのものではなく、いつものような不敵な薄い笑みを浮かべたものだった。

 

(これは……嵌められたな)

 

武はようやく先ほどまでの夕呼の仕草が、全て演技であったことに気が付いた。

 

「一体何のつもりですか?……美人局ですか?」

「あら、あたしからのささやかなお礼よ」

 

と言いながら、夕呼は妖艶な笑みを浮かべた。

お礼という言葉を聞いて、武は己の心に動揺が走るのに気づく。

よく見れば夕呼の制服は、胸元までボタンが空けられていた。

いつもきっちり締めていた国連軍制服の青いネクタイはそこにはなく、見えるのはその豊満で魅力的な夕呼の谷間だった。

追加で武の心に動揺が広がっていくのが分かった。

いつもの人を弄ぶあの性格と、公式には副官という立場も相まって、武が夕呼を女として見る機会は限られている。

だがよくよく考えてみれば、実際のところ夕呼は、男の誰もが振り返るような美貌の持ち主。

意識し始めたら最後、自然と反応してしまうのが男という生き物だ。

武を高ぶらせたのは、お礼という単語で卑猥な想像をしてしまった自身の妄想と、何よりも溢れ出る夕呼の妖艶な魅力そのものだった。

そう、この時の夕呼はあまりにも危険だった。

女の匂いが、魔性の魅力が、抑えきれない性への渇望が、彼女の身体中から溢れ出ていた。

 

「ふふっ……ココ(・・)は素直なみたいね。最近ご無沙汰だったんじゃない?」

 

武の反応を見せた部分に、夕呼が気づいて視線を下げた。

夕呼は今まで見せたことのない、母性とも言えるような笑みを浮かべた。

それほど優しく、いやらしく彼女は笑った。

 

「――確かに、男なら光栄な場面ではありますが……」

「だったらいいじゃない、一夜の夢ってことで」

 

武は動揺隠しで目を閉じる。

夕呼は擦るようにして、武の身体の上を移動していった。

夕呼の柔らかいお尻が、武の股間辺りにやってくる。擦るようなその動きは、まるで誘っているかのようだった。

というか確実に誘っているだろう。

服越しでも分かるその接触部の快感に、武は少しばかり身を震わせた。

 

「ふふっ……あたしは今、酔ってるわ」

 

夕呼のその言葉に、武は瞼を開かなかったが、まるで彼女にすべてを見透かされているような、そんな感じがした。

彼女の細い、暖かいようで冷たいような温もりの右手が、武の右頬に触れた。

やがて左手も同じように反対側の頬に触れた。

その触り方は、まるで我が子を扱う母親のような、優しい触れ方だった。

夕呼は言葉を続ける。

 

「それもかなりね……つまり明日には何も覚えていない(・・・・・・)ってこと――その意味が分からないあんたじゃないでしょう、ガキ臭い英雄さん?」

 

ガキ臭い英雄。

その言葉に反応し武が目を開けると、夕呼は武の目を見つめて再度その妖艶な笑みを浮かべた。

 

「ふふっ……」

 

夕呼はジッと武の目を見つめる。

武は何故かその視線を外すことが出来なかった。

まるで魔女に絡めとられたように、魔性の女の目が、そこにはあったのだ。

この見つめあいを肯定と受け取ったのか、夕呼はゆっくりとピンク色の唇を、武の乾いた唇に近づけた。

そして触れる直前に。

 

「タケル……」

 

と呟き、両者の唇が重なった。

夜はまだ更け始めたばかりであった。

夕呼が武のことファーストネームで呼んだのは、後にも先にも、この時限りであった――。


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