Muv-Luv Alternative The Phantom Cemeter(改稿版) 作:オルタネイティヴ第Ⅵ計画
Episode2.魔人の目覚め
2001年10月22日(月)08:00
闇の中を漂っていた。
ふわふわと、宙を舞う羽のように、どこにも着地する気配はない。
ただ、心地よい空気が全身を包み込み、そこにいるだけで十分だと思えてしまうほどの安らぎがあった。
しかし、どこからともなく音が聞こえ始めた。
最初はかすかな囁きのようで、それが何かは分からなかった。
だが、徐々にその音は大きくなり、周囲の闇を薄く押しやるように響いていた。
それは時計の針が刻む音、どこかで揺れる風の音、そして微かなドクン、ドクンという心拍音。
断片的だが、確かに現実の手触りを感じさせる音だった。
次第に、身体が重くなる感覚が訪れる。
最初は、指先から、次に腕、脚、そして胸の奥へと広がっていく。
まるで眠りの中で忘れていた自分を、ひとつひとつ思い出していくような感覚だ。
視界に、ぼんやりとした光が差し込んでくる。
闇のカーテンがゆっくりと引かれ、目の前には白い天井が広がり始めた。
その明るさは不意に訪れる現実そのもので、瞼を閉じたままでいたい気持ちと、それでも目を開けなければという衝動がせめぎ合う。
「――ここ、は?」
武は瞼越しの陽ざしで目を覚ました。
天の恵みである陽光を手で遮り、自分の顔に影を作る。
そしてゆっくりと目を開けると真っ先に視界に飛び込んできたのは、白い天井だった。
(――知らない天井だ……ってどこかの主人公じゃあるまいし!)
武は自分に突っ込みを入れながら考える。
見慣れない天井だとは確かに感じた。
しかし同時にどこか懐かしさを感じる天井のシミ。
何故か見覚えのあるシミと天井との距離感。
上半身をベッドから起こし周りを見ると、ポスターや勉強机、そしてハンガーに綺麗にかけられたこれもまた何処かで見たような黒い制服が目に付いた。
「――って俺の部屋か!?」
そう言って武はベッドから飛び起き、部屋中を改めてしっかりと見渡す。
そう、ここは確かに白銀武の……つまりは自分自身の部屋であった。
机に無造作に積まれた教科書やプリントに、汚い走り書きの字で自らの名前がしっかりと書かれていた。
(懐かしいな……何もかも。全部が……)
そこで武は疑問に思う。
何故自分の部屋に懐かしい……などという感情を抱いたのかと。
最初はただの違和感だった。
こめかみの奥で、何かがじわりと波打つような感覚。
まるで小さな針が肌を突くでもなく、ただ存在を知らせるかのようにかすかに疼く。
それは一瞬のことかと思ったが、次の瞬間には、もっと深いところからゆっくりと広がり始めた。
頭全体が締め付けられるような感覚が襲ってきたのは、その直後だ。
見えない手が頭蓋をぐっと掴み、力を込めて絞るような痛み。
鼓動が響くたびに、痛みが脈打つように強くなる。
こめかみ、額、そして後頭部へと、じわじわと広がる痛みがまるで波のように押し寄せてきた。
「あ、頭痛ぇ……!ぐがぁっ、ぐおぉぉ……!?_」
武は思わず低く唸り声を漏らし、手でこめかみを押さえた。
その手のひらの温かさで痛みが和らぐことを期待したが、逆にその感触が痛みをはっきりいと浮き彫りにするだけだった。
眼を閉じても何も変わらない。
暗闇の中でさえ、痛みの輪郭がはっきりとそこにある。
さらに頭痛の中心から滲み出すように、吐き気の気配が胸の奥から湧き上がってきた。
胃の中がひっくり返るような嫌な感覚が、痛みにさらなる重みを加える。
時計の針の音や、窓の外の光すら、鋭い刃のように彼を刺してくるようだった。
あまりの痛さに頭を抱え込み床に崩れ落ちる。
「ぬおおぉぉぉ……こ、こいつはやべぇ……あ、頭が割れそぉぉぉッ!」
けれど痛みは容赦しない。
それは身体の奥深くから湧き出る何かで、どれだけ祈ろうと、簡単には去っていかないことを知っていた。
時間の感覚がぼやける中、ただ武にできることは痛みに耐えることだけだった。
頭の中を占拠する重く鋭い感覚。
それは彼を完全に支配し、逃げ場を奪っていた。
しかし痛みに耐えていると、突然胸の奥に眠っていた記憶が目を覚ました。
まるで封印された扉が開き、濁流のように記憶が押し寄せてくる。
どちらかといえば、走馬燈のように様々な出来事や記憶が、彼の脳内にフラッシュバックしてきた。
戦術歩行戦闘機、BETA、国連軍太平洋方面第11軍横浜基地、207訓練小隊、総合戦闘技術評価演習、オルタネイティヴ計画。
武は忘れていたもの思い出した。
そして失った大切な戦友たちや、愛しい想い人の顔も――。
「はぁ、はぁ……なんだってんだよ……何が、どうなってぇぇぇッ!」
最後に冥夜のことを思い出した時に武は再度叫んだ。
頭を抱えながら今度はエビぞりになって2回目の頭痛に耐える。
「ぐううぅぅぅッ!」
痛みに耐えられず武は頭を抱えながら、今度は床の上をゴロゴロと転がり始めた。
「うがぁぁぁっ!」
唸り声を上げ、地獄の苦しみに耐えること数分。
何とか頭痛は収まりをみた。
「はぁ、はぁ……」
あまりにも巨大な痛みとの格闘から、肩で息をする武。
しかし少しずつ息が戻り冷静になるにつれ、次に武を襲ったのは唐突な悲しみや後悔の数々だった。
(……みんな)
知らないうちに大粒の涙が、彼の頬を伝って床にポトリと落ちてシミを作る。
まりもちゃん、伊隅大尉、涼宮中尉、速瀬中尉、委員長、彩峰、たま、美琴、冥夜、そして純夏……。
守りたかった人たちの顔が順番に1人ずつ鮮明に思い浮かんでくる。
(――みんなごめん、護れなかった……)
自身の覚悟のなさが招いた失敗だけでなく、避けようのなかった死もまるで自らのせいであったかのように思えてしまい、大粒の涙が絶え間なく流れ続ける。
武は暫くの間、子供のようにわんわんと泣き続けた。
手でいくら拭っても、涙は止まらなかった。
自室にこだまするのは、自身の嗚咽。
ただそれだけ。
それだけだからこそ、涙が涙を誘う。
涙で救えるのは自分だけ、幾ら謝ったところでもう過ぎたこと……どうしようもないのは分かっている。
だからこそ口にせずはいられないのだ。
「皆ごめん……ごめんな……ぐすッ」
それから暫く時が経ち、少しずつ武は平静さを取り戻しつつあった。
涙も納まりつつあり、ようやく物事を冷静に考えられるようになり始めたその時だった。
そこで武はハッとする。
何故、自分はこのようなことを覚えているのか。
何故、彼女たちのことを思い出して泣いてしまったのか。
何故、目が覚めたら自分の部屋にいたのか。
(――まさかッ!?)
武の脳内ですべてのピースが今1つに繋がり、それは1つの迷いようのない答えを導き出した。
武は涙とぐずっている鼻を手で擦ると、バッと勢いよく立ち上がった。
床に転がっていたゲームガイと壁にかけていた黒い制服を、ハンガーごと本能の赴くままに勢い良く手に取り、部屋の外に飛び出した。
階段を転げ落ちるかのような速度で降りながら思う。
(頼む!そうであってくれ――俺はまだ……まだ、やり残したことが沢山あるんだ……ッ!?)
1足だけあった軍靴の乱雑に吐き、玄関から屋外に飛び出す。
軍靴の時点である程度察しは付いていたが、どうしてもこの目で確認したかったのだ。
扉を突き破るかのように開け、外のその光景が武の視界に飛び込んでくる。
「はっ……はははっ」
乾いた笑いが武の喉から出た。
そこに広がっていたのは廃墟と化した柊町だった。
全身をよく分からない高揚感が襲い、その煽りを受けて気が狂ったかのように高笑いを始めた。
「はーっはっはっはッ!」
自身の答えが正しかったことに嬉しかったのか。
それとも、再度この場に戻ってきたことが嬉しかったのか。
一体何が彼にそこまでの高揚感を与えているか、それは当事者にしか分からない。
だが、武は確かに嬉しかったのだ。
暫くしてその高揚感が収まると、改めて周囲を見回す。
隣に目を向けると純夏の家は、下半身を失ったロボット……つまりは戦術機・撃震の残骸によって完全に押し潰され、破壊されてしまっていた。
ここに来て武はようやくしっかりとした冷静さを取り戻す。
一度深呼吸をして気持ちを整え、まだ残っていた涙や鼻水を手で再度拭うと武はゆっくりと呟いた。
「――そうか、3周目か」
ここにきてようやく実感のようなものが武の身体を襲った。
そして武は振り返る。
(1周目は夢だと思っていた……)
そう、1周目は夢だと武は思っていた。
夕呼の話を聞いたときは、質の悪い冗談かとも思った。
覚悟……という言葉は、平和ボケした当時の武の頭では中途半端なものでしかなく、戦術機という巨大ロボットに乗れるということに目が眩んで馬鹿騒ぎした。
夕呼に言われるがまま、武は世界の存在そのものを疑いながら、ただ人形のように生きていた。
だが、武は今思い返せば何より力が無かったと思っていた。
仲間を助けることもできず、足を引っ張った。
そして人類の敗北を目にしながら仲間が1人ずつ欠けていくのを、ただ眺めるしか出来なかったのだ。
(2周目はまた……と思った。でも帰れなかったことに対する悲しみより、この世界に残れたことの方が嬉しかったのは覚えている……)
そう、2周目はまた……というのが正直な感想だった。
元の世界に帰れなかったことに当初落胆こそしたものの、同時にこの世界に残れたことに対する安堵感も、同時に覚えたことを確かに記憶している。
そして、世界を救ってみせるという中途半端な覚悟を決めた――いや、今思い返せばあれは本当の意味での覚悟ではなかった。
だから一度の挫折で簡単に心が折れ、元の世界に逃げ帰ってしまった。
そして恩師すら死に追いやり、ようやくそれに気が付いた。
(3周目、か……なんで3周目があるのか――まぁ、俺の頭で考えても仕方ないか。でも、もう一度やれと言うならやってみせるさ。今度はもっと上手く……そうさ、今回は違うんだ)
武は思う。
今度は違う……と。
まるで自分に言い聞かせるように。
今回は力も以前よりあるし、知識もある。
何より
もう後ろは振り返らないと心に誓った。
(俺の護れる範囲にはなってしまう――所詮、自己満足であることも理解している。でも、いやだからこそ……俺のできる範囲では、誰1人死なせやしない)
と力強く内心思うが、それと同時にどうしてもそこで迷いが生まれてしまう。
(でも……俺のやり方で成功するのだろうか……力を手にして、覚悟さえ決めることが出来れば皆を護れるのだろうか……ハイヴをこの地球上から消滅させられるのだろうか……)
思わぬ3度目のチャンスに迷いが生じ、迷いは戸惑いとなり決断力を鈍らせ、武の中に不安感が募っていった。
(夕呼先生にはガキ臭い英雄、と言われた。俺は本当に英雄たれるのだろうか。俺がちゃんとした英雄になれれば、皆を護れるのだろうか……もし、英雄足れないのならば……もし、ただの英雄では許されないのならば――俺は……)
武は不安感を己で取り払い、決断した。
(いや、今はそんなことを考えても仕方がない。もう道は1つしかないんだ)
しかし立ち止まるわけにはいかない。
引くわけにはいかないのだ。
(俺は……俺はもう迷わない――俺はやるんだ、最期まで必ず!)
武は人類がBETAに奪われて久しい青空に向かって、そう想いを胸に秘めた。
太陽に向かって手を伸ばし、それをグッと握って決意を新たにしたのだった――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから時はほんの少しだけ経ち、武は廃墟同然となってしまった我が家の中に戻っていた。
「さて、これからどうするか……」
ハンガーごとひったくってきた黒い制服の正体は、黒の帝国斯衛軍の制服だった。
それに取り敢えず袖を通し、身だしなみを整えながら武はそう呟いた。
何せ着るものが他にないのだから仕方がないのである。
仮にこの斯衛の制服を持たずに外に出ていたらどうなっていたか……と思うと武は少し身の毛がよだった。
まさか下着姿で横浜基地に姿を出すわけにはいかないからだ。
(それだとタダの変質者だな……)
軍靴も急いで外に飛び出したが故に、少々乱雑な履き方になってしまっていたがそれを辞め、しっかりと吐きなおして身だしなみを整える。
そこでふと武は思う。
(今思えば……これはどんなマジックなんだろうかねぇ……確かにさっきまではしっかりとした家だったのに、一度外に出たら家だと思っていたものが、一瞬にして廃墟になるってのは――脳が勝手に廃墟でないと思い込んでいたのか?だとしたら相当ヤバい奴じゃねーのか、俺って……)
まぁ確かにそうだが、今はそれを考えても仕方がない。
武は薄れかかっている記憶を頼りに、洗面所のあった場所に向かう。
そこで割れてバラバラになった鏡の破片を見つけて手に取り、それを使って再び身だしなみをチェックする。
(これも斯衛暮らしが長かったせいだな……)
武はここまで身だしなみを気にするタイプの人間ではなかった。
それはこのBETAがいる世界にきてからも変わることはなく、国連軍時代は適当に済ませていた。
無論、軍人としての最低限の基準は満たしてはいたが……。
まぁそれは兎も角として、斯衛という場所は当然と言わんばかりに服装や身だしなみ、口調や態度というものには神経質で、整っていなかったり問題があるととよく注意されたのを武は思いだした。
(これも真那さんのせいか)
武は懐かしいな……と少し郷愁の思いに駆られるが、そこでまたちょっとした疑問が頭をよぎった。
何故自分は黒い斯衛の制服を身に着け、月詠中佐を真那さん……と親しみを込めて呼んでいるのか……と。
その答えは……頭痛が教えてくれた。
「うぐッ!?」
再び激しい頭痛に襲われる。
手に持っていた鏡の破片を落とし、頭を抱えて再び床にしゃがみ込む。
無数の確立時空……その大元……鑑純夏の集合意識体、G元素との交換。
「はぁ、はぁ……なんだ、一体なんだってんだよ……」
武は頭を抱えながらそう呟く。
これは自分の知らないモノ……少なくとも聞いた覚えがない記憶だった。
そして以前に夕呼から聞いたことがある、とあるセリフをふとしたことから思い出した。
それを口にする。
「俺の記憶は、実際に体験したものだけ……って、しまったぁ!」
迂闊にも与えられた情報を整理しようと考えてしまった武。
それが余計な頭痛を呼び起こした。
「ぐおおぉぉぉッ!き、気持ち悪っ……!の、脳が犯されるぅぅ……ッ!」
最初とその次の頭痛で頭に流れ込んできたのは、1周目と思われる記憶や2周目の知識や出来事、そして桜花作戦の記憶だった。
要は自分が忘れていたものを思い出したに過ぎなかった。
だが今度流れ込んできたのは、桜花作戦後の記憶や様々な人々との出会いや別れ、BETAや戦術機、武が会得したありとあらゆるものの知識だった。
だが今回流れ込んできたモノ、即ち記憶はかなり矛盾に満ちていた。
1回目や2回目の頭痛とは比べものにならないほどの頭痛が武を襲う。
当人の言葉にもあったように、脳内がまるで犯されるかのような感覚を時間にして約数分ほどたっぷりと味わった武。
しかし今回は2回目の時のように床にゴロゴロと転がったりはせず、しゃがみ込んだ状態で何とか耐えきった。
耐えきった武は思った。
(人間、耐性って重要なんだな……)
何ともまぁらしい発言だ。
「まぁそれは兎も角としてだ……」
武は顎に手を当て、ウーンと考え込む。
(――本当に
武はこれまでの、3回の頭痛で流れ込んできた記憶の整理を始めた。
(俺の感覚としては3周目だが……今まで受け取った記憶だと……いや、待て。ちゃんと整理してみよう)
武が受け取った記憶は主に3種類に分類される。
1つ目は、まだループ1回目で冥夜と結ばれた記憶だ。
冥夜と霞を宇宙へと送り出し、オルタネイティヴⅤの発動を見届け、その後仲間たちが欠けていくのを間近にしながら5年ほどこの世界で戦った記憶。
つまりは1週目である。
2つ目は、XM3を開発して12・5事件が起こり、遂に想い人である純夏と再会して結ばれてからの甲21号作戦。
そこから仲間たちをどんどん失いながら横浜基地防衛戦、そして桜花作戦に挑み霞とただ2人で生還した記憶。
つまりは2週目の記憶である。
そして3つ目は、これまでの2つに比べて明らかに情報量が多かった。
桜花作戦後、どういう訳か元の世界に戻らず2つ目の世界でその後数十年に渡って戦った記憶。
そして上記の記憶とは世界線の異なるまばらな記憶たち。
武が何より引っかかっているのは、このまばらな記憶たちである。
自身の感覚では3周目のループになるが、このまばらな記憶たちに意味を持たせるとするならば、確実に3回目でなく、3週目という言い方が正になる。
(いや……これは多分、夕呼先生の言う並行世界の自分の記憶なのか?でも、だとしたらどうして……)
疑問が疑問を呼び、段々と一旦整理した脳内がまた混乱状態になりつつあった。
なので一旦仮定で話を纏めることにした。
(恐らくこのループは3周目なのだろう……そしてこのまばらな記憶たちは、並行世界の俺の記憶をどういうわけか受け取っているということになる。その理由として真っ先に挙げられるのが……純夏か……)
そこから夕呼の言っていた確率分岐世界の話であったり、因果律の話であったりと、色々な情報を頭に思い浮かべた武だが、結局のところすべては仮定の話。
早期に決着をつける話でもないこともあり、武は以下の結論を導き出した。
(……まぁ今はいいか)
元の世界でも、こちらの世界に来てからも物理関係は専門外であるし、殆ど分からない。
(ぶっちゃけ、物理関連で夕呼先生には敵うはずがないしな。答えは夕呼先生に聞くしかないか……まぁそれなりに整理はついたし、取り敢えずは今後の方針だな)
と思い至り、武は考えることを一旦やめることにした。
それから武は廃墟になった自らの家を捜索した。
理由は、他に何か持っていけるものはないかと思ったからである。
だが、結局最初に持ち出したゲームガイと斯衛の制服以外は特に何も見当たらず、自分の部屋を最後に捜索は打ち切りとなった。
(うん、まぁ何もないか。よし、なら夕呼先生の所に行くか……気合いれないとな。今度こそ、できる範囲内にはなるけど、皆を護ってみせるよ)
これからの行動予定と決心を胸に秘め、武は自らの部屋を後にした。
部屋から出ていざ階段を降りようと思い、手摺を掴んだ己の手を見た時、武はようやく先ほどからあった全身の違和感の正体に気が付いた。
(……っていうか俺、若返ってるじゃん)
その場で顔や手にあった皺がまったくないことを、己の手で触って確認する。
(うん、やっぱり若返ってる……)
いや、さっき鏡で身だしなみチェックをしたときに自分の顔を確認したはずだから、その時に気づけよって話だが……そこにその時気づかない辺り実に武らしいとはいえよう。
(なんていうかその……複雑な感じ?)
若返ったことに対して何故か疑問形である武だが、これも考えても仕方ないので取り敢えず後回しにして、降りかけた階段を再度降りようとした……その時だった。
突如大きな衝撃が……例えるなら、まるでハイヴ攻略戦の最中にS-11が爆発したかのような巨大な衝撃が起き、家全体が揺れた。
何とも嫌な例えだが、それが一番武にとって近しい感覚だったから致し方がない。
「な、なんだぁッ!?」
その衝撃で、いざ降りようとしていた階段から足を踏み外してしまう。
転げ落ちそうになり、咄嗟に階段の手摺を掴もうとする。
だが、生憎家が廃墟となってしまっていたため手摺も一部しか残っておらず、挙句の果てに唯一掴めた手摺も、バキッと音を立てて壊れてしまった。
そのため武は盛大に階段から転げ落ちた。
「あ、あが~」
転げ落ちたことで何故か出てきたそのセリフは、かつて武が霞に教えたこの世界では白銀語と呼ばれた、不思議なセリフだった。
最も本人は至って真面目な発言であり、文化が発達していないこの世界では、異質な言葉であったが故にそう名付けられてしまったという、誠に不名誉なことではあったが。
まぁ兎に角、いつまでも転んだままなわけにもいかないので、ゆっくりと起き上がって、服に付いてしまった埃や汚れを叩いて取り払う。
だが何よりも今優先するべきなのは、先ほどの衝撃の正体である。
取り敢えず武は玄関に向かい、ボロボロのドアを開けて外に出る。
するとそこには……巨人がそびえ立っていた――。
「これは……八咫烏かッ!?」
そこにあったのは機体全高20メートルほどの、八咫烏と呼ばれるこの世界には勿論のこと、前の世界にもたった1機しか存在しない戦術機だった。
「お前もこの世界にやってきたのか?」
武はオルタネイティヴⅣの産物であるこの機体を見て、何とも懐かしい郷愁の思いに耽る。
思い出せる限りでは……いや、先ほど流入してきた記憶の中で、最期の瞬間を共にしたのは確かこの八咫烏だったと……武は思う。
「ま、これも何かの
そう呟いて八咫烏の脚部を叩いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よっこいしょういち」
武は八咫烏の管制ブロック、即ちコックピットにそう言いながら入った。
「えっと確かこの辺に……おっ、あったあった」
そして中の備品を少しゴソゴソと漁り、予備用に保管されてあった強化装備一式を見つけ、取り敢えずヘッドセットのみを装着して着座する。
それから色々と操作して機体状況をチェックすると、機体は問題なく動作することが分かった。
「オールクリア、か。にしてもあの最期の戦闘の記録は残ってるのに、機体はおろか弾薬の損耗は一切なしってのも不思議だな……ん?これは?――まさかッ!?」
機体のチェックを終え、適当にコンソールを操作していた武は、この機体に
あることは可能性として考えてはいたが、あればいいなー程度であったのだ。
いや、正直な話、また
だが、それは随分と先のことになってしまうのは覚悟済みだった。
しかし現実としてこの機能は……彼女は、本当に嬉しいことに存在していた。
武は保護機能をOFFにして取り敢えず起動してみることにする。
「――そうか、よかった……よかったよ……」
武はそう呟きながらまた大粒の涙を流し始めた。
そこにあったのは、間違いなく驚くべき事実だったはずだ。
だが武はそれを問題なく受け入れた。
この辺が彼の明らかな成長した点であろう。
そしてその点は、八咫烏に本来存在していないはずの機能を取り付けた世界の夕呼も認めている点であろう。
何せあの頃、武は夕呼の右腕兼懐刀として存在していたのだ。
それほどまでにあの時の夕呼は、あの成長した武を認めていたということなのだ。
それから武は暫くコンソールを操作し続け、大方の事情を理解する。
これは八咫烏がこの世界に来たことも驚きだが、この機能があることは思わぬ誤算であり、武としても前述の通り涙を流すほどに嬉しいことであった。
何せまた
嬉しくないはずがない。
「そうか……またお前に会えるんだな……」
武はまるで戦術機そのものに話しかけるかのようには呟く。
それは最期の戦闘で悔いのある結果となってしまったが故に、もう一度会って話をしたかったからか。
それとも純粋にもう一度彼女に会える喜びか。
恐らくはその両方であろう。
武はグスンと出た涙を手の甲で拭うと、今後のプランを冷静に考え始めた。
「うーん、それにしてもこれからどうしたもんかなぁ――取り敢えず夕呼先生に会いに行くのは確定だけど、戦術機ごとっていうのもなぁ……やっぱり問題あるよな」
取り敢えず以前のように夕呼に会いに行くのは確定している。
そうでないとまずは話が始まらないからだ。
だがやはり問題となるのは、この八咫鏡の存在である。
八咫烏は本来この時代には存在しない戦術機であり、まさにオーパーツだ。
かと言ってこのまま放置するわけにもいかない。
更に冷静な武はこう考察した。
「いや待て。そもそも今日が10月22日だって保証はない。いや確かに状況からして、10月22日の可能性は高いけど……お前はどう思う?」
再び八咫烏に向かって話しかける。
すると何故か網膜投影の表示の右上に、2001年10月22日(月)08:41という表記がでてきたような気がした。
これがいつから表示されていたのかはわからないが、これで自分がループの起点となっている10月22日に戻ってきたのだという確信となった。
「おっ、やっぱりそうか。ありがとな」
だが武は八咫烏に礼を述べ、コックピットの壁をバシバシと叩いた。
これも本来存在していないはずの機能の、彼女のおかげだろう。
こういう冷静さや今日が本当に10月22日であるか疑うところは、前述のようにまさに武の成長している点の1つであろう。
何はともあれ、憂いが1つなくなったわけだが根本的な問題は解決していなかった。
「でもやっぱりお前が問題だよなぁ……」
そう言って再度コックピットの壁をポンポンと叩く武。
「いきなり戦術機で行ったら、襲撃と勘違いされそうだし……何より穏便に済ませたいんだよな」
これからどうするかと、武は独り言をブツブツと言い続ける。
「それに今の横浜基地じゃ、確実に有事に対処出来ないだろうし……」
そうなのだ。
今の横浜基地はどうしようもないダラけた雰囲気が漂っていた……と聞いている。
聞いているという言い方になるのは、武はそんなことに気づかずかつては普通に過ごしていたし、後から夕呼に聞かされたことだったからだ。
「だから夕呼先生もXM3のトライアルの時に――――そうか、その手があったか!?」
そこまでブツブツとまた独り言を言っている中、ハッと武の脳内に閃きと言う名の女神が降り立った。
そしてある計画を思いつく。
少しばかり考え込んでみるが、それが実行可能だと結論付いたことで、即座にそれを決行することに決めたのだった。
「よし、そうと決まれば……いっちょやりますか!」
八咫烏の主機に火を入れ、減速材を分離しジェネレーター出力を高めていく。
それと同時に着替えも行い、強化装備を着用してコックピットに着座固定をする。
出力が一定値に達したことで、戦術機全体に動力が行き渡り、漆黒の機体の紅い眼に色が灯った。
かつて死神と呼ばれたこの機体が、再び別世界で動き出したのだ。
「いざ!横浜基地へ!」
どういう訳かやけにハイテンションな武であった――。