Muv-Luv Alternative The Phantom Cemeter(改稿版) 作:オルタネイティヴ第Ⅵ計画
Episode4.桜並木の下で
2001年10月22日(月)10:49
「この景色、懐かしいな……」
武は今や瓦礫で覆いつくされている柊町を見て、そう呟いた。
(こうして廃墟の旧柊町を歩くのは、本当に久しぶりだな……最後に来たのは
もう主幹時間で数十年ぶりになる自らの生まれ故郷を、武はゆっくりと眺めながら歩く。
主幹時間という表現の仕方をするのは、
前述のように、武がこの世界に来て受け取った記憶は、主に3種類ある。
1周目のループで冥夜と結ばれ、オルタネイティヴⅤが発動し、自身は地球に残り段々と欠けていく仲間たちをただ力なく見ていた記憶。
次は2周目のループで純夏と結ばれ、その後何故か元の世界に帰らず、彼女に出会い14年もの間この世界で戦い続けた記憶。
そして一番謎が深い、上記の2つの世界とは異なるまばらな記憶たち。
この記憶たちが一番不可解でよく分かっていない。
桜花作戦が失敗し、アンドロメダ作戦という人類最後の反攻作戦に挑んだ記憶。
まりもと
斯衛に所属し、JFKハイヴ攻略戦に挑んだ記憶……などなどである。
順に解説していこう。
まず桜花作戦が失敗し、アンドロメダ作戦に挑んだ記憶についてだが……これは何故失敗になったのか、詳細に関しては全くと言っていいほど覚えていない。
だが確かなことは、桜花作戦は確実に失敗という烙印を押され、結局オルタネイティヴⅤが発動。
そしてバビロン作戦が発動……されたかも定かではないが、アンドロメダ作戦というG弾を使用した人類最後の反攻作戦に挑んだ。
まぁ状況的にバビロン作戦は発動された可能性は高いが……。
そしてその作戦にはA-01部隊ではなく、再編されたT4部隊という特殊部隊を率い、自ら先頭となって作戦を指導した記憶がある。
次にまりもと2機連携を組んで甲21号作戦に挑んだ記憶だが……これは確かA-01部隊所属として遂行していたという記憶がある。
まりもの階級は忘れたが、確かに甲21号目標、つまりは佐渡島ハイヴに2機連携を組んで参加していた。
それ以外の記憶は殆どうる覚えで、XG-70b凄乃皇・弐型はなかったような気がする。
正直な話これも定かではない。
少々己の記憶の悪さに苛立ちを覚えなくはないが、もしこれが因果の仕業であるならば致し方ないような気もするが、まぁ今は置いておこう。
そして斯衛に所属し、JFKハイヴ攻略戦に挑んた記憶だが……これも当然だがあまりよく覚えていない。
JFKハイヴという、通常のハイヴ命名法とはかなり異なった名称のハイヴ。
Hの幾つだったかは覚えてない。
通常のハイヴの略しかたであれば、地名の後にハイヴとつくはずだが、このハイヴはそれが適用されていない。
兎に角、このよく分からないハイヴに黒の武御雷で突入した気がする。
あくまで気がするというだけで本当に定かではない。
この他にもまばらな記憶たち、つまりは断片的な記憶たちは沢山ある。
ここで全てあげるには時間が足りなすぎる。
それほどまでの数多くのまばらな記憶を受け取った。
ここまで覚えていない、だとか……気がするという表現をしているが、実際にこの3つ目のまばらな記憶たちは、本当に全部中身も曖昧でかつ世界観も統一されていない。
確実に自らが歩んだという確信がいっさいないのだ。
あるのは前述の通り、1周目と2周目の記憶のみ。
特に2周目は、確かに昨日のように全部鮮明に覚えているし、14年もの間彼女と――いや、正確には彼女と戦った期間は9年ほどになるが……兎に角、14年間は確かに戦い続けた。
これは絶対に間違いない。
根拠は己の感覚のみだが、ここだけは自身をもって言える。
なので話は少々長引いてしまったが、主幹時間で14年という表現をしているのだ。
故に武は今回を3周目と定義づけしている。
話を戻そう。
そんな武の思いとは裏腹に、周りの景色はどんどん移り変わっていく。
そして意識を再度現実世界へと向けたことで、武はふとこんなことを思い呟いた。
「――平和だな……」
なんともまぁ不思議な呟きである。
BETAによって廃墟と化した街を平和……と武は言ったのだ。
何故その言葉が出てきたのか、正直なところ彼自身もよく分かっていない。
だがこれだけはハッキリと言える。
それは桜花作戦後に日本近郊で起きた数々の激戦を、殆ど休む間もなく戦い続けていた武にとってこうした時間こそが、真の意味での心休まる時になるということなのだ。
思い返してみれば、本当に休みなく14年間戦い続けていた。
その間、この旧柊町のことなど純夏以外では思い出したことはまずなかった。
しかしここがどの世界であろうと、ここが武にとっての
それが例えどんな状態であろうと、故郷というものはそこが故郷である人たちにとっては掛け替えのない故郷であり、また心休まる場となるはずだ。
少なくとも武はそう信じていた。
(あの火山のお婆さんも、きっと同じ気持ちだったんだろうなぁ。例え息子さんたちが帰らなくとも、故郷で待ち続ける。故郷とは、そこに住む人たちなんだ……生きていようが死んでいようが変わりはないはずだ)
武は複雑な思いで旧柊町を歩く。
目的地は横浜基地。
武はもう止まるわけにはいかないのだから――。
ここで少し状況を整理しよう。
時刻は2001年10月22日月曜日、午前10時49分。
場所は、日本帝国神奈川県横浜市旧柊町。
武が国連太平洋方面第11軍・横浜基地を襲撃してから凡そ30分ほど経っており、この世界に来てから凡そ3時間ほど経っている。
武は今、徒歩で横浜基地に再度向かっている最中である。
ここで少し武の横浜基地襲撃の意図について解説する。
一見無策とも取れる基地襲撃だが、これには武なりのちゃんとした理由が存在する。
その理由とは、前線でありながら後方という配置故の安心感、つまりは弛んだ基地の雰囲気を一掃する……というモノである。
これによって後に起こるであろう、XM3トライアル時のBETA襲撃事件……通称、横浜事件を未然に防ぐという、もう一つの目標も併せて達成されることになる。
横浜事件を防ぐということは、神宮司まりもの死も、未然に防ぐということにも繋がる。
武としてはまずやらないわけにはいかない。
事実として横浜基地は弛んでいた。
スクランブルに15分弱かかるようでは、軍隊としての体裁を全くといっていいほど保っていないと言っても差し支えないだろう。
通常スクランブルは5分が限度である。
これを5分待機という。
戦術機の場合、スクランブルは1個中隊単位で行われる。
そして2個中隊がスクランブル待機となる。
1個中隊が前述の5分待機、つまりは命令を受けてから5分以内に発進できる体制を取る。
そしてもう1個中隊が3時間待機と呼ばれる待機状態を保つ。
アラート勤務は基本的に24時間勤務であり、5分待機と3時間待機を6時間ごとに交替する。
そしてアラート勤務中はハンガー内で待機することが前提であり、この間他の軍務に従事することは不可能になる。
要は、スクランブルは専用の勤務となって、文字通り緊急発進できる体制をとることになるのだ。
それがこの基地では本当に弛んでいたのだ。
武も聞いてはいたが、まさかこれほどまでに弛んでいるとは予想外だった。
まぁ今回のことは横浜基地にとっていい薬になったはずだし、夕呼も実感しているだろうと武は思うので、後は夕呼を信じて任せるほかはない。
念のためこの後の会談で少し突っついて見るものいいかもしれないとは思っている。
因みに、武は横浜事件が意図的に引き起こされたものだということを知っている。
だが、それと神宮司まりもの死はセットではなかったと思っている。
あれは自分の覚悟のなさが招いた結果であり、武を慰めようとしたまりもが独自に取った行動である。
流石の夕呼も、そこまでは想像出来ていないはずだ。
逆によく夕呼先生に罵られなかったなぁ……と武は思っている。
まりもは武が殺したと言っても相違はないだろうし、当人はそう思っている。
普通の人間なら親友を殺されれば、それが直接的だろうと間接的だろうと、その原因となる武を罵っているはずだ。
兎も角、横浜事件を未然に防ぐという目的は、取り敢えずこれで達成されることになるだろう。
ということで、武の計画は次の段階へと移行する。
次に武が成すこと……それは夕呼に会うことである。
そのために今現在、徒歩で再度横浜基地に向かって進軍中なわけだが、そうすると八咫烏をどうするか……という問題が発生する。
その解としては、八咫烏を再度自身の生家の前に置き、そこで自立隠蔽モードを作動させておくということで解決される。
こうすることで外部から発見される可能性が、多少低くなるのだ。
無論、光学迷彩などがあるわけではない。
目視ではバッチリと見つかる。
だがないよりはマシということで起動している。
機体隠蔽後は、強化装備から再び帝国斯衛軍の軍服に着替え、後は歩いて横浜基地へ行くだけだ。
因みに何故、自立隠蔽モードなる機能が実装されているのか……ということであるが、これは対BETA用のモードではなく、
八咫烏は当初、武の望んだ通りに対BETA用の決戦兵器として製造が予定されていたが、時代の潮流によりAH戦闘も考慮せざるを得ない設計へと変化したのである。
そして残念ながら八咫烏は、そのAH戦闘にも実際に参加している。
話を戻そう。
武は歩きながら、自らが袖を通している斯衛の制服の袖を見つめる。
そこにはとある刺繍が施してあった。
それを見て武は軽く微笑む。
(――懐かしいなぁ、この刺繍)
斯衛の制服に思いをはせていると、更にいろんな事が思い出されてきた。
(篁中佐や斑鳩閣下、月詠中佐……まぁ中佐は姉妹なので2人いるが……そして紅蓮大将に煌武院悠陽殿下……あの後どうなったんだろうか……)
武は思い出す。
あの頃はBETA大戦も末期で、自分は殆ど戦場に赴いており、前述の人物たちとは殆ど交流する暇もなかった。
気がつけば彼女を失い、そして自身も最期の瞬間を迎えていた。
武はあの時、世話になった人たちの思いも汲み取って、この世界で過ちを再び繰り返さぬように生きると、そう心に決めたのだった。
ちょっとした感傷に浸っている間に、武は柊町を通り過ぎていた。
そして天下の難所、地獄坂へと到達する。
武はそれでも歩みを止めなかった。
その力強い歩みが緩むことはなかった。
その名の通り地獄のように辛いはずであるこの坂も、ループ前の体力を引き継ぎ尚且つ強い意志が進める脚を持つ彼にとっては、大した苦痛ではなかったようだ。
この世界でも、当然同じように存在する横浜基地と、その正門前からズラリと並ぶ沢山の桜たち。
この場所は武だけでなく、全てのA-01部隊員たちにとっての聖地とでも呼べるような場所。
先ほどまでは決意を胸に秘め、力強い歩みを進めていた武も、この場所を通る時は自然と歩みは遅くなっていた。
そしてその途中、ふと視界に入ったのが、1本の桜の横の土に刺されている鉄骨だった。
武の生きた世界にもあったそれは、当然この世界にも存在していたようだ。
目の前で足を止め、しゃがみ込む。
1本の桜の木に寄り添うように刺されたその鉄骨は、まるでこの世界に取り残された遺物のようだった。
赤茶けた錆が雨に濡れ、そこから垂れた筋がまるで血の跡のように見える。
石でもなく、十字架でもない。
ただ鉄骨が1本、土に差されている。
それが墓だと言われても、すぐには信じられないだろう。
風が吹く。
桜並木の枝がざわめき、決して軋むことのないはずの鉄骨がかすかに軋んだ……ような気がした。
その幻聴ともいえるような音がやけに耳に残る。
胸の奥で何かがざわりと、その音に合わせて揺れた。
悲しみとも怒りともつかない、形のない感情。
誰が、どうして、こんなものを墓標に選んだのか。
墓とは本来、死者の魂を慰めるものではなかったのか。
だが、この鉄骨にはそんな安らぎはない。
ただ荒々しく地面に突き立てられ、無機質な存在としてそこにあるだけだった。
かつて、彼ら……彼女らが生きていた証が、こんな扱いをされていいのか。
前の世界の感覚と、未熟さがあった頃の自分はそう思った時期も確かにあった。
しかし時が経つにつれ、この墓標の意味を理解していった。
彼ら、彼女らは決して表舞台には立つことは出来ぬ戦士たちだ。
手を伸ばす。
指先が冷たい鉄に触れる。
ざらりとした感触が皮膚にまとわりつき、胸の奥で再び何かが波立った。
まるでここに眠る、数多の英霊たちが自分に話しかけてきたかのようだった。
そして武はそこに眠る英霊たちに誓う。
(貴方たちの死を、決して無駄にはさせない……)
時間にして1分ほど墓に触れると、決意を新たにスクッと立ち上がって基地正門へと向かう。
そんな武にそよ風が吹き付ける。
まるで英霊たちが彼の背中を後押ししているかのように。
そして武は遂に気が付かなかった。
自身の袖の刺繡とよく似た紋章が、その鉄骨の横に彫られていたのを――。
武は遠目に基地の様子を伺う。
やはり先ほどの襲撃からまだ立ち直ってはいないようで、撃破された撃震の回収作業や、一部損壊した基地施設の復旧作業の最中のようで、慌ただしさが伺い知れた。
(……少しやり過ぎたか?)
一応、武は死傷者が出ないようにも気を配り、基地の損壊は極力抑えていた。
戦術機の無力化に際し、跳躍ユニットのみを狙ったのにはそういう理由もあった。
まぁ何にも増して大事なのは、まりもを死なせないこと……この1点につきるのだが。
取り敢えず今回の一件で、基地の雰囲気が改善されることを、武は祈るばかりだった。
いや、夕呼がどうにかしてくれるはずだから心配は無用か……。
1周目、2周目共に武がお世話になった例の門番2人は、この状況下にあってもなお、門番という役職をこなしているようだ。
2人を門の少し手前で発見すると、声をかける前に一度深呼吸した。
(いよいよだ……)
と武は熱い決意を胸に秘めつつ、冷静に対応することにした。
「騒がしいようだが、何かあったのか?」
例え門番であっても、やはり基地内の様子が気になるようで、2人の身体はその向きこそ基地外を向いてはいるものの、その顔と視線は基地の中へと向けられていた。
しかし武の問いかけによって、2人の意識は強制的に正面へと戻る。
「何って、さっきの襲撃事件を知らないのか?――って、て、帝国斯衛軍!?」
「こ、これは失礼しました!……た、大佐殿!」
知り合いか、或いは身近な人間に話しかけられたと思ったのだろう。
当初、軽い口調で武の問いに返事をした彼らだったが、振り向いたことで話しかけられた相手が一体誰であったかを把握し、慌てて姿勢と態度、そして口調を直して武に敬礼をした。
門番の2人は、状況を理解して驚く。
相手が自分たちと同じ国連軍ではなく帝国斯衛軍で、かつ大佐であったことも当然驚きの一因だろう。
だが彼らにとっての最も大きい衝撃は、武がどうみても20歳前後に見えることであったことに違いない。
「ご苦労」
武も敬礼を返し、雰囲気を和らげるために取り敢えず労いの言葉をかける。
「それより、一体何があったんだ?」
「はっ!つい先ほど、正体不明の戦術機が、当横浜基地を襲撃してきたのであります!」
彼らの言葉に、武は少しばかり驚きを見せた。
勿論演技だが、意外と様になっていた。
「被害はあったのか?」
「はっ。戦術機をはじめ、基地に複数の被害が……」
「そうではない。人的被害はあったのかと聞いたんだ」
やや威圧的に訂正すると、一度は敬礼を崩していた門兵2人だったが、再び敬礼をして謝罪しながら武に答える。
やはり斯衛はかなり畏怖されているようだ。
いや一番はやはり武が身に纏っている圧力、即ち風格にあるのだろう。
「失礼いたしました。いいえ、皆無だったと聞いております」
それを聞き武は内心かなり安堵するが、所詮は閑話休題。
本題はここからになる。
「それは良かった――ところで、香月夕呼副司令に連絡を取って貰えないだろうか」
「――は?香月副司令に、でありますか?」
唐突な話題の切り替えかつ、意外な人物の名が挙げられたことで、彼らの表情は怪訝そうなものに切り替わった。
「そうだ。急なことで面会予約はしていないが、私の名と今から告げる単語を伝えて貰えれば問題はない」
「失礼ですが大佐殿。香月副司令との面会は、正式な紹介状が無ければ出来ない規則となっておりまして……」
あくまで規則に従おうとする門番。
しかしここで折れては全ては水泡に帰す。
「機密故に詳細は話せない。だが、先ほども述べたように急なことなのだ。その辺の事情を理解した上で連絡を取ってもらいたい。それに香月副司令に関する事柄は、全て報告事項だろう?」
門兵の2人は一度顔を見合わせ、どうしよう?……というようなアイコンタクトを取った。
お互いどう判断すべきか、迷っているようだ。
規則は守らなければならないが、武の言っていることもまた事実だからだ。
実はここまでの流れは、武の読み通りだった。
後はこの2人に、簡単な解決策という名の逃げ道を作ってやればよい。
「君たちはただ、連絡を取るだけでいい。納得出来ないというなら、機密事項を少しばかり話しても構わないが……その場合の君たちの身の安全は、保証できないがね」
一言一言、ゆっくりかつ丁寧に……しかし淡々として話す武。
斯衛という制服、そして黒の大佐という異例の階級、何よりそれを身に纏うだけに相応しい風格を醸し出す武の言葉に、2人は目に見えて狼狽した。
「りょ、了解しました!」
どうやら峠は越えたようだった。
(ここまでは順調……)
と武は心の中で、密かに笑みを浮かべる。
「――それでは連絡を取りますので、失礼ですが大佐殿のお名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、私は白銀武だ。香月副司令には、4の遅延と5の準備、ゼロとゼロ、脳とカガミ……と伝えてほしい」
オルタネイティヴ計画の詳細を知る者なら分かる言葉が3つ。
これだけ言えば、絶対に夕呼なら食いつくだろうという予想。
「はっ!では連絡を取りますので、少々お待ちください」
東洋人風の門兵が、敬礼してから急ぎ足で詰所へと向かう。
それをもう1人の黒人のほうは、気が気ではない様子で見守っていた。
待つ間、武は正門付近の監視カメラをチェックする。
そして、最も自分の顔が見えやすいであろうカメラに目星を付け、そのカメラをジッと見詰める。
恐らく夕呼が、自分の部屋からこのカメラを見ているだろうと予測して。
ちょっとばかりウィンクをするという、悪戯心がでなかったかと言えば嘘になるが、流石にやめておこうと思った武だった。
そのカメラを見詰めながら暫く大人しく待っていると、無線機を持って門兵が戻ってくる。
「副司令が代わるようにと」
ほらね、と武はつい言いそうになった。
差し出された無線機を受け取り、一呼吸置いてから声を発する。
「こんにちは、香月博士」
『――あんた、誰?』
無線機越しの第一声は、ドスの聞いた不機嫌な声だった。
夕呼が不機嫌になるのも無理はない。
基地襲撃の直後に、自身を突然訪ねてくる謎の人物。
しかもオルタネイティヴ計画、特にその詳細を知っている可能性がある者。
胡散臭さは相当なものだろう。
当然、夕呼は関与を疑ってかかってきているはず。
武は夕呼が見ているはずの監視カメラから、一切視線を外さずに言う。
「白銀武です。単刀直入に言います。4はいずれ失敗します。それを食い止めに来ました。あと、シリンダーのカガミの件も」
『……』
とくに無線機の向こうから、声が聞こえたわけではないが武には分かった。
夕呼が大層不機嫌であるということと、相手を推し量ろうと色々と考えを張り巡らせているということを。
夕呼は暫し沈黙する。
それは考えを巡らせているからなのか、或いは武の次の言葉を待っているのか。
恐らくはその両方だろう。
それを察して続けた。
「空の上、順調に作られているようで何よりです。このままではバーナードとGの遂行は確定的。
『……あたしは「教え子を持った覚えはない?」……っ!?』
考えを読まれた夕呼は、電話越しにでも分かる程度には息を飲んだ。
普段の夕呼らしくない。
それほどまでに核心を突かれてしまったのだろう。
ならばもう少し、核心を突いても面白いだろうと武は思うが、天才の夕呼のことだ。
既に大体のことを把握しただろう。
故にこれ以上は必要ないと判断した。
暫く、両者の間を無言が支配するが、武はこれ以上ここで語る気はなかった。
後は夕呼の判断次第となる。
そして――。
『――いいわ、迎えを寄越すから付いてきなさい』
ビンゴ!と心の中で武はガッツポーズを決める。
「承知しました、夕呼先生」
『……いいわ、待ってるわよ』
1週目と2週目のどちらでも聞いた事のない、最初以上のドスの利いた言葉を残し、夕呼は通信を終わった。
あぁ、これはちょっと煽り過ぎたかなぁ……と武はほんの少し後悔の念に駆られた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから武は、厳重な検査という検査を4時間ほどみっちり受けさせられた。
幾度にも渡る身体検査に、血液検査やX線検査などの代表的な検査から、一体何を検査しているか分からない、不明な検査までをたっぷりと受け、疲れ切った武の姿は横浜基地の地下の一画にあった。
武は夕呼の秘書官を名乗る女性、イリーナ・ピアティフ中尉の案内もとい、先導を受けながら基地内を歩いていた。
今更先導など必要のない武だが、初めて訪れたことになっている以上、その先導を断るわけにはいかなかった。
因みに、検査を担当した国連軍の軍属たちは、相手が現役で斯衛の所属であるが故に、かなりビクビクしながら武の検査をしていた。
無論、向こうが身分証も確かめず、勝手に勘違いしただけだが……。
なおその間武は、この面倒な検査をパスする方法を考えておけばよかった……と思い眉をひそめたのだが、それがよけいに検査を担当した者たちを怖がらせる一因にもなっていたということは……本人が知る由もなかった。
武はブーツを一歩一歩同間隔で踏み鳴らしながら前を歩く、ショートカットブロンド美女、イリーナの揺れる髪を眺めながら、機密エリアへの直通エレベーターに乗った。
イリーナは丁寧な動作で武をエレベーターに乗せた。
その1つ1つの動作が洗練されており、軍人としての立ち振る舞いは当然ながら、そこに若干の色気を感じた武だった。
しかしその動作の中に、警戒の色も僅かながらに感じ取ることができた。
彼女とも前の世界では副官同士ということで、よく話をする間柄だったので少々悲しいが、こればっかりは仕方ない。
そこでそういえば……と武はとあることを思い出す。
(例の一件以来、ピアティフ中尉も異動になったんだっけ?とすると、なんだかんだ中尉とも数年ぶりになるのか……)
と彼女との再会も随分と久しぶりになることを思い出した武だった。
彼がそのようなことを考えているともつゆ知らず、イリーナは武の案内を続ける。
しかしよくよく考えてみれば、いきなりこのB19フロアに案内する辺り、夕呼も相当平和ボケしていたのだろうか。
然もあろう。
怪しさ抜群の男を、この純夏の脳髄がある部屋と同じフロアに呼びつけるのだから。
無論、パスがないと入れないが。
何故怪しさ抜群なのかは今更言うまでもないだろうが、一応念のため言っておくと……。
黒の斯衛軍大佐。
その階級にも拘わらず、歳が20前後に見える。
基地襲撃事件の直後に現れたこと。
そしてこれ以降は夕呼しか分からないことだが……オルタネイティヴ計画の詳細を知り、かつ彼女の胸の内を読める者。
こうして文字にして羅列すると、本当に怪しさ満点だ。
当然、イリーナも前述の通り、詳細は知らないながらも警戒色強めで当初接触してくるわけだ。
B19フロアについてからは早かった。
すぐに夕呼の執務室前までやってきた。
「――こちらです、大佐殿」
「あぁ、案内ありがとう」
夕呼の執務室の前までの先導を終えたピアティフは、一応敬礼をして去っていった。
武は一度深呼吸をしてから、夕呼の執務室のドアをノックし、パスを使って入室した。
「……あなたが、シロガネタケル?」
部屋に入るなり、夕呼は不審な目を武に向けて言った。
主観時間で十数年ぶりの夕呼の姿に、武は郷愁と同時に哀愁を覚えたのだった――。