Muv-Luv Alternative The Phantom Cemeter(改稿版) 作:オルタネイティヴ第Ⅵ計画
Episode6.いくつかの再会
????年??月??日(?)??:??
目を開けた。
しかし、何も見えなかった。
暗闇が周りを……全てを覆い尽くしていた。
瞼を閉じているのか開けているのかさえ分からないほど、世界は黒一色だった。
手を伸ばしてみる。
だが何もない。
空気の感触すら曖昧で、まるで宇宙空間にでも投げ出されたようだった。
ここはどこだろうか……という疑問が真っ先に浮かんでくる。
それを声に出したつもりだった。
けれど、耳には何の音も届かない。
音すら吸い込むこの闇は、一体何なのか。
息苦しさを覚え、急いで胸に手を当てる。
心臓は確かに動いていた。
確かにここにいるはずなのに、身体の輪郭すら感じ取れなかった。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
闇の中では時間の流れさえも曖昧だ。
ただ一つ確かなのは、ここに出口はなさそうということだった。
その瞬間――何かが響いた。
「……白銀」
耳元で、誰かが囁いている。
けれど、それは苗字だけで、ただただ不気味なほど優しい声だった。
ぞくりと背筋が凍る。
逃げ出したいのに、足が動かない。
いや、そもそも自分に足はあるのか……確かめようとしたその時――再度、誰かに呼びかけられる。
「……白銀」
今度は優しさも不気味さもなく、ただ普通に廊下で話しかけられるような声色だった。
「武!」
「白銀さん」
「……白銀!」
どこかで聞いたことがあるような、はたまたないような、そんな声たちが武を呼ぶ。
「なんだ?誰なんだ?」
「……武さん!」
武は謎の呼び声に反応するが、幾ら反応しても誰も気付いてくれない。
まるで見えていないかのような、聞こえていないかのような、そんな感じだった。
「……タケル、どうして私を見捨てたんだ?」
「お前……何を言って!?」
「少佐……少佐はいいですね。幼馴染と結ばれて何度もやり直せるんですから。私も所詮は少佐の駒の一つでしたか?」
「いや違う。そんな訳ない!」
「白銀、貴様は恵まれているな。周りが全部自分の味方なのだから……お前も私の敵だったか」
「違う、違うんだ!」
武は必死に否定する。
しかしその声は届かない――。
「……白銀。お前のせいだ!」
「なんだって……?」
「……テメェのせいで、世界は救われなかったんだ」
「俺は精一杯頑張って……ッ!?」
「テメェがいたから、俺たちは死んだんだ!」
何を言っても彼ら、彼女らには届かない。
「――殺してやる」
え?と武は思う。
「お前を殺してやる!」
武は頭を抱えながら否定を繰り返す。
やめてくれ……そんなんじゃないんだ!そうじゃないんだ!……と脳内で否定し、頭を必死に横に振る。
「……白銀」
「……武」
「……武さん!」
「……タケル」
「……白銀少佐!」
「……白銀君」
武は誰かハッキリしない者たちに、名を呼ばれ続けた――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
2001年10月23日(火)05:38
「――ッ!?」
武は勢いよく身体を起こした。
呼吸は著しくあれ、全身は汗まみれ。
まさに悪夢に魘された後、といった様子を体現した姿であった。
決して忘れてはならない、かつての仲間たちの姿を夢の中で見た……気がした。
そして皆、言いようのない視線や声を、こちらに向けてきたような気がした。
正直、武は気がした……としか言えなかった。
何故なら、夢の内容はよく覚えていなかったから。
何故か、肝心な部分がぼかされて思い出せない。
でも、気分の良いものではなかったことは確かだ。
(……シャワー、浴びるか)
起床ラッパまではまだ時間はあるため、武はシャワーで軽く汗を流すことにした。
暫くしてシャワーを浴び終え、バスルームから出てタオルで身体を拭いている時、唐突にドアがノックされる。
「白銀
ドアの向こうから聞こえた自身の階級は、少佐……だった。
これは昨日の武と夕呼の話し合い、もとい交渉の結果である。
そう、武は夕呼の公式な副官という立ち位置の元、国連軍の少佐としてこの基地に赴任したことになっているのだ。
「あ、あぁ……」
突然の来訪者に……というよりかは、その相手の声色に武は動揺してしまい、ろくな返事が出来なかった。
何故ならそれは、非常に懐かしい声だったからだ。
武の主観時間で、凡そ数十年ぶりの懐かしい女性の声……恩師の声だ。
(何もかもが懐かしい……こんなに時間が経っても、
と武は思う。
その時だった――。
「くッ……!?」
脳内を痛烈な痛みが走った。
それに対し武は僅かにだがよろけた。
咄嗟に足を踏ん張って、体制を崩すことだけは阻止する。
(――クソッ、またか……)
頭痛……と言うには瞬間的で持続的な痛みではなかったが、確かに瞬間的な痛みはあった。
それもかなり強烈な。
昨日散々味わったそれに対し、武は悪態を心の中でつくが、その後、まるで宇宙空間にでも取り込まれたかのような浮遊感を味わう。
その感覚がすぐに消えるが、何より重要なのは、その痛みと同時に僅かながら記憶が流入してきたことだ。
(神宮司……大尉?――そうだ……俺が2機連携を組んだ時、まりもちゃんは確か上官で……)
その時の記憶が、以前流入した時に比べ、かなり鮮明になったという感じだった。
武は痛みとその記憶の正体が何なのかを探ろうと、脳内に思考を張り巡らせようとするが、その時再度ドアがノックされた。
「少佐……起きてらっしゃいますか?」
と再度声をかけられてしまったので、取り敢えず武は入室の許可を出す――出そうとしたが、今現在の自身の格好を見てマズいと思う。
何故なら自分は今、全裸だからだ。
急いで服に着替えようと思うが、ここで1つ重大な事実に気付く。
自分が所持している服らしい服は、この基地に現れる時に着ていた、黒の斯衛の大佐の軍装だけだということに。
(しくった……かと言って、何も着ない訳にはいかない――だけど、アレはなぁ……もう二度と人前に見せられるものじゃないし……うーん、でも仕方ないかぁ)
武は仕方なく、黒の斯衛の大佐の軍装に手をかけ、そして答える。
「起きている!少し待っててくれ……」
「はっ」
そして武は着替え終えると、再度声を出した。
「すまん、待たせた。入ってくれ」
「は、失礼します!」
扉が開かれそこに立っていたのは、国連軍のC型軍服を纏った神宮司まりも軍曹――まりもちゃんだった。
(――本当に懐かしい。久しぶり、まりもちゃん……)
と武は心の中で、まりもに話しかけた。
「――ッ!?――C型軍装と
一瞬確かに驚き、目を見開いたまりもだったが、直ぐに気を取り直して敬礼をしながら用件を伝える。
(この子は……ッ!?)
当然彼女は驚くことだろう。
まず何度も話しているように、黒の斯衛……しかもよく見ると大佐の肩書を持つ男が目の前にいたこと。
いや、どちらかと言えばそれは後に気が付いた方だ。
真っ先に目に入ったのは、武の顔だ。
まりもが夕呼から聞かされていた話では……新しい副官を雇ったのでそいつに先ほどの一式を渡してきてほしい、ということだった。
夕呼の副官で少佐ということは、相当できる人物なのだろうと推察し、年齢もきっとそれなりの人物なのだろうと思っていたまりも。
しかし、いざ蓋を開けてみれば、自分よりも確実に歳下……もしくは今自分が見ている207訓練小隊の彼女たちと同年齢ぐらいの可能性すらあった。
だが仮に彼女たちと同年齢であったとしても、この部屋に充満する雰囲気は一体なんなのか……という話になる。
果たして10代後半の少年が出せるものかと……まりもは思った。
そして次に目に入ったのは、前述の通り黒の斯衛の軍装だ。
更によく見ると大佐という肩書だった。
これに追加でまりもは驚く。
(黒の斯衛の大佐!?一体、何者なの……この子……)
そんなまりもとは裏腹に、武はつい昨日心に決めたことを実践する。
それは皆を接する時は、一切の甘えを出さず上官として振る舞うというものだ。
勿論、夕呼などの一部例外はあるが……。
「――あぁ、手間をかけたな軍曹」
武はまりもから一式を受け取り、そう答えた。
その声色と仕草はまさに、40代前後の少佐というに相応しい威厳に満ちたものだった。
確かにこの世界の武は17歳だが、主観時間では40歳相当である。
まさにこれまでの実体験が生きている証拠だろう。
(ッ!?本当に何者なの、この子……)
「あぁ、それと香月博士から話は聞いているとは思うが、207B分隊の訓練指導には、俺も加えてもらうからそのつもりで」
武の発言にまりもは思う。
(薄々分かってはいたが、やはり彼が……)
最初は夕呼の気まぐれか何かかと思ったが、彼を見てどうやらそうではないらしい……とまりもは思い至る。
「はっ。承知しております」
「じゃぁ、そういうことでよろしく頼みます」
「はっ。それでは失礼致します!」
まりもは敬礼をして武の部屋から退出した。
(顔合わせという一面もあるのだろけど、何故夕呼は私に大佐……いや、今は国連軍少佐か。少佐に何故わざわざ私を小間使いとして送り込んだのだろうか――あの子……いえ、彼が一体何者であるか、夕呼は一切明かさなかった。それにしてもあの若さであの場の空気、そして威厳……一体、どのような人生を歩んできたのだろうか……あの少年は……)
廊下を歩くまりもは、そんなことを考えていた。
そして知りたい……という気持ちが心を支配していく。
だが、基本的に軍人は
ならば、可能な限り彼の言動を見ていよう……と彼女はそう思ったのだった。
ところで先ほどからずっと違和感に思っていることがあった。
(しかしなんだろう……私と少佐は初対面なはずだ。なんだろう、この言いようのない感覚は……過去にどこかであっている?――まさか、ね……)
希望的憶測に過ぎない何かであったが、まりもは不思議とその気持ちを否定出来なかった。
「はぁ……なんというか――なれないなぁ……」
一方その頃、武の方は上官としてのまりもへの対応に違和感というか……不慣れさを感じて、そう呟きながらC型軍装に着替えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから暫く経って朝食を取った武は、貰ったばかりのカードキーを利用して、夕呼のいるB19フロアへと向かう。
向かう途中、激動の昨日……1日を思い出しながら武は夕呼のもとへと向かうが、その際にふと独り言を呟いた。
「まぁ確かに、夕呼先生とは今のところ……利害の一致のみだからなぁ」
そう、悲しいようだが現在、武と夕呼が結びつくのはこの一言に限ってしまう。
これが自惚れだという自覚はあるが、武は夕呼にとってかけがえのない存在になりたいと思っている。
無論、恋愛的な意味ではない。
なんだかんだ、夕呼は武にとって恩人であり、また本当の意味での先生であり、聖母マリアでもあった。
覚悟を決めたつもりになっていた武を……ここぞという時に叩き直したのも、世界は違えど夕呼だ。
確かに彼女のしたことは、元の世界の平和的な観念がまだ残る武とって、納得のいかないこともあるし、当然許されないこともあるとは思う。
だが、世界がこういう状況下である以上、この一言で済ませていいのかは分からないが、仕方のないことと言える。
少なくとも今の武はそう理解し、納得もしている。
それに何より、武は夕呼が本当は優しい心の持ち主であることを知っている。
だからこそ、武は夕呼を助けたいと思っている。
勿論、自分が夕呼の足元にも及ばないことは知っているし、自分が助けとなれるのはループしたからこそである。
でも……それでも、武の夕呼を助けたいと言う気持ちに嘘偽りはなかった。
それは、夕呼がこの世界を救える唯一の頭脳の持ち主だからだけではない、彼女をよく知る者としての男の決断だ。
仕方なかったとはいえ、自分の下した判断と行いで、大親友であるまりもを死なせてしまったこと。
クーデターを間接的に誘致し、それによって無関係の多数の将兵の命を失わせたこと。
彼女はそれら全てをたった一人で、泣き言すら言わずに背負い込んできた。
だが夕呼とて人間であり、まだ若い一人の麗しき女性である。
そんなことをしていれば、いつか必ず心が壊れてしまう。
あの……泥酔し無我夢中で武を求めた世界のように――。
そんな記憶もまばらな記憶の中にはあったのだ。
そんなことを考えながら、武は夕呼の執務室の前に辿り着いた。
「失礼します」
と一声かけて部屋に入室した。
今回ノックはしなかった。
椅子に座り端末を触っていた夕呼だったが、武の入室に気がつくと作業を中断した。
そして武が目でギリギリ追えるかどうかのスピードで、夕呼は一瞬にして彼の前にやって来た。
そして勢いよく彼に抱きついた。
「あーっはっはっはっはっはっは!最高よ、白銀!」
夕呼は異常なまでに上機嫌であった。
武は優しく彼女を受け止め、軽く抱き返した。
「そうよ、この理論……コレ!コレが言いたかったのよね~!さっすがあたし!」
夕呼が上機嫌で、武に色々と擦り付けてきた。
理由は大体想像がついた。
(あぁ、あの記憶媒体の中身を見たんだろうな……そりゃ嬉しくもなるか。でもなんか複雑だな……利害の一致だの言ってたのに、昨日の今日でこれだから)
昨日、武が最後に渡した記憶媒体。
あれには恐らく、今夕呼が欲するもの全てが記録されていたはずだ。
例の数式だけでない、恐らくそれ以上のモノがあったはずだ。
これだけでオルタネイティヴⅣは、当分安泰だと言えるだろう。
「それより先生。色々と当たってますけど……」
「あら?お互い様でしょ?」
夕呼の豊満な胸が武の胸板に、武の股間が夕呼の太ももにそれぞれ重なり合っていた。
「はぁ……まぁ別にいいんですけどね」
武はため息をついても尚、落ち着いた様子を見せていた。
これが、長い時間を生きた者の格だとでも言うのだろうか。
「ちょっと何よ、その余裕っぷりは……」
夕呼が不満そうに口を尖らせる。
「まぁ、それなりに経験してきたんで」
その言葉に今度は夕呼がため息を吐いて、武の目の前から彼女は退散した。
「はぁ、しょうがないわね。熱が冷めちゃったわ――ま、取り敢えず礼を言わせてもらうわ、白銀。これで人類はその可能性を、大きく飛躍させることになるわ」
夕呼はそう言いながらいつものように、自らの執務机の椅子に腰かけた。
「00ユニットの完成、ですね。ただその前に……」
「ええ、あの件とXM3ね。まずは先にそっちから始めましょう。あんたが持ってきた世界の遺産、存分に見させてもらうわ」
「はい。それで今日のことなんですけど……」
武が話題を切り出した。
「そうね。あんたから貰った記憶媒体には、私の必要な情報が殆ど書かれていたわ。でも全てじゃないのよ。あんたの知っていること、すべて話して貰うわよ」
夕呼の言葉に武は頷いた。
武は思い出されることを1つずつ、丁寧に取り上げ、説明していった。
主には昨日端折って説明したところだ。
207訓練小隊のこと。
12・5事件のこと。
XM3トライアルと横浜事件、そしてまりもの死についてのこと。
甲21号作戦のこと。
横浜基地防衛戦のこと。
そして桜花作戦、特に最後のあ号標的でのことを。
「……」
そこまで話して武は一度息をつく。
一方の夕呼は、ちょくちょく質問を挟むものの、基本は黙って聞いていた。
そして彼女は端末をずっと叩き続けており、その手が止む気配はない。
どれくらいが経ったか、武が語るのをやめてから体感では10分ほどで夕呼の手が止まった。
「なるほど。あんたが最初に戦術機で、この基地を襲ったのはそういう訳か……」
「はい。まずは先手を、と思いまして」
「随分と大きい手に打って出たわね。あの後の事後処理……大変だったんだから。あの嫌味をいうだけの上の連中にも叩かれたし」
武は苦笑しながら返す。
「それでも得たものは大きいと思いますよ?……あの襲撃の後、基地の空気が少し変わりませんでしたか?」
「……」
これは恐らく夕呼も思っていたのだろう。
特に驚いた様子はなかった。
「これから数日の間は、より顕著になっていくと思いますよ。そうなればこの基地がいつかBETAに襲撃されても、問題なく対処できるようになると思います」
夕呼が笑う。
どうやら予想された答えだったようだ。
(まりもちゃんだって死ななくて済むんだ。このくらいじゃないと……)
しかし、思わぬことで夕呼が武にクレームを入れた。
「でも、もう少しうまくやれなかったの?あんたに壊された戦術機、大半は数日使用不可能になるぐらいの損害だったそうよ?」
「それでも一応、跳躍ユニットのみの破壊に留めたんですから。交換すれば済むことじゃないですか。それに前の世界じゃ、この基地が今と同じような状況のために、多数の死者に戦術機の大破があったんですから、これぐらい安いもんですよ」
「ま、考えてみたらそうね」
そう言って夕呼は納得したのか、それ以上の追及をしなかった。
「それに夕呼先生のことですから、基地襲撃事件を理由に、親米追随派や楽観論者たちの更迭の準備は整ってるんでしょう?」
「当然よ」
「流石、夕呼先生です」
ここで若干逸れた話を軌道修正するよう、夕呼が求めた。
「それより、昨日のあんたの話だとまだ続きがあるんでしょ?それを話しなさい」
「分かりました」
武は桜花作戦後の話を始めた。
そこには武がその作戦後、14年間体験してきたことを順番に説明した。
それを聞く夕呼の様子はなんとも形容し難く、有り体に言えば実に表情豊かだったと言えるだろう。
最後まで聞き終えた夕呼は、ふとこんな言葉を漏らした。
「あんた……こんな事を体験してきたの?」
「ええ、まぁ……そしてこれらの事象は、今後この世界でも起こり得る可能性があります」
それを聞いた夕呼は端末を叩く手を止め、眉間に手を当てて唸るようにして答えた。
「そうね……そうよね……その世界のあたしは何もしなかった訳?」
「夕呼先生がいなかったんですよ……もうあの頃には」
「……どういう事?」
武は何故か言い辛く、説明の途中では話していなかった真実を告げた。
「先生は2010年6月8日に暗殺されました……」
6月8日は夕呼の誕生日である。
なんともまぁ皮肉な話である。
「あたしが……暗殺?――首謀者は?」
「徹底的に調査しましたが不明です。暗殺を実行した者は当時のA-01部隊員だったのですが、当人は暗殺したことはおろか、その記憶さえなくなっていました。催眠暗示をかけられていた疑いが濃厚でしたが……結局確証は掴めずでした」
夕呼は何か思い当たる節があったのか、顎に手を当てながらボソッと呟いた。
「指向性蛋白……」
武はそれを聞き取れなかった。
「なんですか?」
「なんでもないわ……なるほどね、そういうこと」
ようやく全てのピースが埋まったという様子の夕呼。
何故自分がいながらオルタネイティヴ計画が失敗したのか……恐らくずっと疑問に思っていたのだろう。
(流石に指向性蛋白のことは知らないのね……)
武にも知らない事があることを知り、何故か少しだけ安堵感を覚えた。
そんな彼女を尻目に彼は続けた。
「はい。後は先ほど話した通りです……結果として、オルタネイティヴ計画は徐々に後退。夕呼先生が道筋をある程度つけていてくれたおかげで、数年は何とかなりましたが……最後は俺と
「そう……概要は分かったわ。詳細は資料に纏めて後で提出して頂戴」
まだまだ語り切れていないのも事実。
武としてもそうしたいのは山々だったが……1つ引っ掛かっていることがあった。
「八咫烏についても……ですか?」
「何?何かあるの?」
「……我々は協力関係だったはずですが?」
武は自分で言っていてやや悲しくなったが、ここで手の内をすべて晒すわけにはいかなかった。
「――そうだったわね。いいわ、取り敢えずはこんなもんでしょう」
夕呼がそう言って少し背もたれに寄り掛かった。
彼女がやや力を抜いたそのタイミング見計らい、武は即座に斬り出した。
「ところで夕呼先生。今後の計画ですが……」
「あら……あたしたちは協力関係だったはずよ?」
「いいんですか?俺の計画を否定するってことは、オルタネイティヴⅤの発動に繋がりますよ?数式を貰ったからって確実に延命するとは限らないことは、先生もよく分かってるはずですよね?」
「……」
高度な駆け引きが展開される。
「いいわ。話しなさい」
結果、夕呼が折れた。
そして武は今度の自身の壮大な計画を話した。
彼女はそれを非常に興味深そうに聞いていたが、最後には大きく頷いてこう述べた。
「――面白いわね。あんたを副官にするっていう選択は、やっぱり間違いじゃなかったわ。さっすがあたしね。数式の件もそうだけど、天才やっててよかったわぁ」
そして黒い笑みを浮かべながらこう続けた。
「……その計画乗ってあげる。必要なモノがあれば遠慮なくいいなさい」
夕呼の黒い笑みに、武も黒い笑みで返した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一通りの話が済むと、武は夕呼に部屋から追い出されてしまった。
XM3の件は、八咫烏の防御システムとの兼ね合いもあって、今暫く時間がかかるとのことだった。
仕方なく自分の部屋に戻り、1日の残り時間を、夕呼に提出する書類作成に充てようと考えていたが……そこで武はふと思い出す。
(あっ!霞にあってねぇ!)
咄嗟に踵を返して夕呼の執務室の前まで戻ると、そこで武は別の部屋へと視線を向ける。
カードキーを使用してその扉を開ける。
すると扉の向こうには、青白い光が不気味に照らす、暗くて長い廊下がお目見えした。
武はゆっくりとその部屋へ足を踏み入れる。
ここを訪れるのは、覚えている限りでは随分と久しぶりのことになる。
(純夏が死んでからは滅多に訪れなかったしなぁ。霞本人も、恐らく純夏がいなくなってからは殆どこの部屋を訪れていなかったはずだ)
異様なまでに自分の足音が響く廊下を、武は進む。
進んだ先にはまた扉があり、その扉も同じくカードキーを使用して通過をする。
とてつもなく厳重なセキュリティーも、恐ろしく頑丈なフロアの造りも……全てはあれを守るためのものだ。
扉を抜けた先の部屋には、部屋の中央で青白い光を放つシリンダーがあった。
そしてそのシリンダーの隣に佇む、銀髪の幼い見た目の少女……社霞がいた。
シリンダーの中に収められているのは、最初不気味に思っていた脳と脊髄。
そしてその正体は、武の思い人である鑑純夏だ。
恐らく、純夏の
霞はシリンダーの方を向いて目を閉じていた様子だったが、扉の開閉音で誰かが部屋に入ってきたことに気付き、武の方を向いた。
「よっ!」
「……」
軽く挨拶をしてみるが、反応はやはりなかった。
武は取り敢えず霞に近づこうと歩みを進めると、少しずつ武の視界から霞はフェードアウトしていく。
「こら、逃げるな」
露骨に逃げていく霞を呼び止める。
「はじめまして。俺は白銀武。君の名前は?」
無表情ではなく、若干困惑した表情の霞に、武は3度目の自己紹介と挨拶をした。
(また振り出しに戻ってしまったけど、ここからまた始めるんだ。あの時の霞の意気消沈っぷりというか、落ち込み具合は半端じゃなかったからな……今度はあんな思いはさせたくない、絶対に)
霞は武をジッと見つめて、微動だにしなかった。
「……」
「相変わらずだな。でも、日本語がわかるってコトぐらいは知ってるぞー?」
「……霞……社霞です」
「おっ!今回は間が短い!」
この時期の霞は相変わらずだなぁ……と思う反面、前回の最期の状態の霞を知っている武は、この霞を逆に懐かしく思った。
「……」
「あっ、ごめんな。でも大体はなんとなく分かるだろう?」
その言葉の意味を考えているのか、或いは純粋になんと返答しようかと迷っているのか、多分後者だろうな……と武は思いながら、霞の反応を辛抱強くまった。
そして暫くした後、コクンと霞は頷いた。
「よし。取り敢えず握手しような!」
「……握手?」
「そう、握手だ。手をこうやってな……」
武は優しく霞の手を取って優しく握った。
その手はとても小さく、とても優しく、そして何より暖かかった。
「あ……」
「はい、握手」
「握手……」
無表情ではあったが、僅かにその瞳の奥に変化があったのを、武はうっすらとではあるが確かに感じとった。
(霞――今度こそお前との約束を果たすからな。生きて、一緒に海に行こうな!)
霞は武を見て不思議そうに首をかしげる。
「そう!握手!これからよろしくな!」
「……はい」
武には霞とせねばならないことが2つあった。
1つは今までのやり取りの如く、挨拶と握手。そしてもう1つが――。
「そうだ、霞って呼んでもいいかな?」
「……構いません」
「よっしゃ!じゃぁ俺のことは武って呼んでくれていいぞ」
「……はい――武、さん……」
「うしっ!あっ、そうだ」
武は握っていた霞の手を放してシリンダーに近づき、そこにそっと手を添えた。
「純夏、ただいま……今度こそお前を守ってやるからな」
「……」
霞は目を瞑って、シリンダーの中の純夏の脳をリーディングした。
すると、僅かながら喜びの色が見えたことに反応し、そのうさ耳風の飾りがピクリと動いた。
「……嬉しそうです」
「そうか……」
こうして武は霞や純夏と再会したのだった――。