私は次期アドラステア皇帝エ『レオノォォルゥゥ!!』 作:炭酸ソーダ
前々回と前回の落差で風邪引きそうになったわね。
あ、ロナート卿? ナレ死です。。
青海の節の、とある夜。戸を叩く音が、ベレスの部屋に響いた。
『こんな時間に客か。誰かのう?』
「……先生よ、俺だ。ユーリスだ」
声を聞き、ベレスは扉を開く。その向こう側には、他でもないユーリスが立っている。
「ただいま帰還ってな。フェイスレスはいるか?」
「……地下室は、もう使っていない」
「ああ? んだよそりゃ。あいつどこにいるんだ?」
ベレスの指が、左方向を示す。ユーリスがそちらを見るが、そこはただ夜の帳が降りているだけの何もない空間だった。
「彼なら、浴室」
「風呂? そういや、民間人が入り込んでんな。あいつ、また何かやったのか」
「いやあ、お疲れ。首尾の方は……僕がよく知っているよ」
浴室の奥。そこには鍵のかかった部屋があり、入り口の扉には「ボイラー室」という真新しいプレートが掲げられている。
「そりゃあ、地下室の件か?」
「聞いたかね? そう、君の噂で彼らを釣り上げたのさ。まあ、逃がしちゃったけど」
「……つーことは」
「うん。炎帝か闇うごか、はたまたどっちもかな。彼らは帝国を拠点に動いているようだね。いや、断言はよくないか。その可能性が高いとしておこう」
ボイラー室とされている部屋ではあるが、ユーリスはボイラーという存在を知らない。どれがボイラーなのか、首を回して部屋を見回していた。
「ああ、ここは柔らかい石の開発室さ。風呂を沸かすボイラーもあるけど、それは事実を周囲に対してごまかす為だよ」
「俺に言っちまっていいのか?」
「ドットーレから聞いたよ。君はアビスの顔役、あるいは守護者らしいね。まさか教団と仲良くしようなんて思わないだろう? それに……」
机の上に置かれたのは、以前ユーリスが見たものものよりもぶ厚い紙袋だった。
「8000Gあるよ。アビスもなかなか入り用だろう?」
「おいおい、今度は何をやらそうってんだ」
彼には、フェイスレスの目が怪しく光った、ような気がした。
「今節は、女神再誕の儀とやらがあるらしいそうだね」
「ああ。……なんだよ、そこで何かやれってか?」
「うん。ちょっとばかり、忍び込んできてほしいんだよね」
「リシテアくんねえ」
「……何ですか」
「君、やばいよ。おしっこから砂糖が出てくるようになっちゃうよ」
青海の節、つまり7月か。早いもんだね。そうそう、先日無理矢理採ってきた血を分析したが……驚くべきことが2つも発見されてしまったよ。
「糖尿病予備軍! 紋章で死ぬより先に多臓器不全とかで死ぬね。もうね、今日からでも食事療法を始めた方が良いよ」
「そ……それって、どんな……?」
「お菓子は一日2こ! 毎食野菜は120グラム! あと運動すること!」
「無理です! せめて3、いや4こまで……」
2こでも譲歩してると思うんだけどね。……まあ実際はそこまでの数値ではないけど、こうでもしないと本当に早死にしかねないよね。
「それで、二つ目は?」
ベレス君にも、担任としてリシテア君に注意するよう伝えにやって来た。
「ベレス君。魔法って、どうやって出すものなのかね?」
「どう……。意識したことはない。あえて言えば、手の先に圧力をかけるよう、かな」
僕も、かつてファイアーを出したことがある。だけど、それ以来出せたことがない。この世界の住人は、生まれたときからそれが当然のようだね。
「ファイアーくらいは、少しの訓練で誰でも扱える。中級魔法などは、魔方陣を意識して展開しないと難しい」
「じゃあ、その素となるエネルギーはどこから来るのかな?」
「……考えたこともない」
「それさ。どうもね、血に起因するようなんだよ」
リシテア君の血液には、見たこともない謎の粒子が存在した。そればかりか、所々で結晶化しているようでもあった。おそらくこれが魔法の素だ。闇うごならきっと知っているだろうけど、この世界の一般人が知るはずもないよね。
「血を流すと、当然魔法の素も流れ出ていく。ライブという魔法は、他人へとそれを無理矢理流し込む魔法なんじゃないかなあ。それが体内で失った血液の代用となって、一時的に回復したかのように見せている、とかね」
ライブは万能ではない。死んだ相手は生き返らないし、使ったからといって被使用者が回復したわけでもない。でなければ、コスタス君は一週間も眠りこけやしないはずさ。あれは、ライブで無理矢理血流を維持し、失った本物の血液が回復するまでに一週間かかったと見るべきだろうね。
「僕はライブしか知らないから断言はできないよ。でも、何でも治せる魔法があったら柔らかい石なんていらないねえ」
「……何ごとも、備えは重要」
備えか。なら、やっておいて損はないね。
「ベレス君。リシテア君じゃあないけど、君も健康診断を受けてみるかい? いやまあよっぽど問題はないと思うけどね」
『健康診断とな。それは何をするのじゃ?』
ソティス君が反応した。言い方は悪いけど、ソティス君はベレス君に寄生しているようなものだから、宿主の健康も気になるのかもしれないね。
「簡単なものさ。心臓の音を聞いて状態を確認したり、ちょっと血を採ってその状態を調べたり……」
「実は心臓も動いていない」
珍しい。ベレス君が冗談を言うなんて、空からゾナハ蟲でも降ってくるのかな。というか「も」って何かね。
「実は心臓も動いていない」
「聞こえてるよ。……やれやれ、コロンビーヌ」
「はーい。センセイ、ちょっと失礼するわよ」
コロンビーヌが、彼女の脈を測る。
「うーん、正常ねえ。それじゃあ、心音の方は……」
「動いていないと言っている」
「……フェイスレス様、由々しき事態です。彼女の言葉は正しいかと存じます」
……脈はあるのに、心臓は止まっている。おいおい、じゃあ何で生きてんのさ。何で脈なんかあるんだい?
「じゃあ僕にも聞かせておくれよ」
『たわけ、こんなでもこやつは女子ぞ!」
叱られた。いやいや、気になるじゃん。気になるっていうか、それ世界の七不思議にカウントできるくらいの事態だと思うんだけど。
「フェイスレス様。心音は聞こえませんが、収縮はしているようです」
ベレス君の胸にだきつくコロンビーヌが言う。え、つまり心臓の代わりに人工心臓入ってんの? そんなことできそうなの……いたね。
「ベレス君、君の体……闇うごに改造されたんじゃないの?」
「失礼。これは生まれつきで、そんなことは身に覚えがない」
本人は知らないときた。そうなると、知ってそうなのは……
「ジェラルト君、これはセイロス教への裏切りじゃあないかね」
「ああ? てめえこそ不敬罪でしょっぴかれるべきじゃねえのか」
例に違わず、秘密の話はボイラー室で行う。ベレス君に父親を連れてきてもらった。
「ベレス君の心臓! あれは何だね、まさか知らんとは言わせんよ?」
「……ああ、そんなんもあったな。すこぶる健康だから忘れちまってた」
軽いなあ。そんなので片付く問題かね。
「どうなんだい。場合によっちゃあ、ここで一戦交えようか?」
「いや、その必要はねえ。……ベレスも成長した。自分の体のことだ、当然聞く権利はあるだろうな」
ああ、そりゃあ僕にはないって言いたいのかね。まあベレス君が聞けるなら、僕は別にどっちでもいいけど。
「……フェイスレス、出て行く必要はない」
そうかい。
「……まず、俺ぁセイロス教が信用できん。だから20年も前、騎士団長を務めながらもここを出奔したんだ」
ルミール村の一件の後、そんなことをアロイス君と話していたね。つまり、ベレス君も20歳くらいってことか。まあ肉体的に成熟してるから、それくらいだろうとは思っていたけど。
「信用できん、とは? 僕もそこは同意見ではあるけどね」
「そいつの母親は、ここの修道女だった。年甲斐もなく惚れちまって、連れ合いになった。で、結局そいつが産まれた」
「……」
何だろう、ベレス君がすごく気の抜けた表情をしている。まあ心臓が動いていないのが当たり前の人生だったし、特に気にしていないみたいだね。
「……だが、産まれた赤子は産声も上げず、息をしていなかった。俺には、そのガキは死産だったように見えた」
「……?」
あ、ちょっと反応した。さすがに気になったのかね。
「そこから何があったかは知らねえ。レア様が俺にまで面会謝絶を要求してきたからな。だが、ようやく入室を許可された時だ。……シトリーは、死んでいた」
シトリーって誰? なーんて、聞くのは無粋かな。
「シトリーって?」
無粋だねえ。
「てめえの母親さ。そして、そこにいたてめえはすやすや眠っていた。あいつの命と引き換えに……ベレス。俺はてめえの親父になった」
「……」
「だが、てめえは夜泣きの一つもしねえ。それどころか、医者にこっそり診せたときには驚いたさ。なんせ、心臓が動いていねえってんだからな。おかしいだろ? 脈はあんのにだ」
……つまり、その時には彼女の心臓はなかったということか。
「以来、あれほど尊敬していたいたレア様が信用できなくなった。……いや、違うな。俺ぁあの方が恐ろしくなっちまった。この『壊刃』がだぜ? 笑っちまうよなあ」
「……それで?」
「ある日、大火事があった。……俺も精神がどうにかなってたんだろうな。レア様に、火事で娘は死んじまったと嘘を言ったんだ」
「そりゃまた、豪快な嘘を吐いたもんだねえ」
確かに、娘の心臓が動いていないなんて発覚したらそうなるかな。そんなことを相談できるのは……レア君ぐらいじゃあないか。つまり、誰にもできないってことだね。
「そう言った時のレア様の取り乱し方、あれは尋常ではなかった。俺は、レア様のことがますます分からなくなっちまった」
「それで、逃げた」
「ああ。火事の混乱に乗じて、責任も何もかも放棄した。ただてめえだけを連れて、俺は傭兵稼業を始めることになったわけだ」
結局のところ、要点は2つかな。1つは、ベレス君の心臓は止まっていた。だから、何かしら代替品を突っ込まれた。……いや、とんでもないことだけど。むしろ僕にとって問題なのは……
「レア君が、ひじょーに怪しい。怪しいというかもう黒でしょ」
「……だが、証拠がねえ。あったとしても、どうしようもねえだろ」
証拠? そんなもの、そこにあるじゃあないか。
「ベレス君」
「何かしら」
「ちょっと……君を
恐ろしい速さで殴られた。昔話でも思ったけど、なんだかんだで娘思いじゃあないか。……いや、これくらいは親なら当然か。だったらもっと名前で呼んでやればいいのに。
「フェイスレス……本性を現しやがったな!」
「じょーだんジョーダン! いや、視覚的には冗談じゃあないけどね」
「はい、オッケー! もう服着ちゃっていいよ」
「……フェイスレス、本当に安全なんだろうな?」
「しつこいなあ。1000枚も2000枚も撮るわけじゃないんだから」
増築を繰り返す浴室には、X線室も運良く作っていた。本当はリシテア君の為のものだったけれど、最初の利用者はベレス君だったね。父親同伴の写真(すけすけ)撮影だ。
「それで、これで何が分かるの」
服を小脇に抱え、インナーだけを着たベレス君が出てきた。ああ、そういえば君は傭兵団育ちだったね。
「簡単に言えば、もの凄く小さな矢で君を貫いたのだよ。これは皮膚を貫通し、しかし骨や異物は貫けずにそこで止まる。そうすると、矢が止められた部分だけが浮き彫りになって見えるわけだね」
『面妖な術……いや、科学というべきかのう』
「おい、本当に安全なのか?」
しつこいって。何なら君もやってみるかい? 中年は健康に気を遣うべきだ。
「フェイスレス様。仕上がりました」
中にいたコロンビーヌが、ガラス板を持ってやってきた。全部で四枚、前後左右に設置しておいたものだ。
「……ってことは、この白いのが肋骨か?」
「……すけすけ」
心臓のX線画像なんて、見たことないからわかんないだろうね。でも、僕は知っている。故に、断言できる。
「これを見る限り、ベレス君に心臓はない。代わりに、この丸っこいのが脈動して血液を循環させているんだろうね」
「じゃあ何なんだ、この丸いのは」
「僕が聞きたいんだけど。心臓よりも一回りは小さいくせに、ベレス君は健康そのものだ。よほど高度な科学技術によるものか、あるいは……」
『その対極、神秘の理に属する存在やもしれぬな』
で、これを突っ込んだのは……普通に考えれば、彼女だろうねえ。
紋章石が蠢くのはわかるけど、それでどうやって血液を循環させとるんや……。
風花雪月って設定がやけに多いけど、わりと投げっぱなしですわね。
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