ロクでなし魔術講師、アルベルト=フレイザー   作:つりーはうす

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18話 アルベルト半端ないって

「・・・そう来たか」

時間を少し遡り、リィエルが兄と称する男と出会った時、アルベルトはサイネリア島の進入禁止領域の一つである樹海にいた。

バークスの調査をするためルミアの警護をリィエルに任し、一人単独行動をしていたアルベルト。

ルミアの下からリィエルが突如消えたため、リィエルに付与していた魔力信号を辿り、遠目の魔術でリィエルを見つけたのだが、どうやら天の智慧研究会が先に一手打ったようだ。

今このサイネリア島にはリィエルを除くとアルベルト以外の宮廷魔導士はいないため、急ぎルミアの下へと駆け出そうとしたところ。

 

 

 

「流石これまで帝国を振り回してきたというわけか動きが早い。いや、俺が甘かったと言うべきか」

アルベルトが何かに気が付き、周囲を注視するため足を止めると、それに呼応するかのように音遮断付きの人払いの結界が張られていた。

進入禁止領域という人気のいない場所にも関わらずこのような結界付きとは仕掛け人は随分と用心深い性質のようだ。

 

 

 

するとアルベルトの後方から妖艶な女性の声が辺りに響き渡る。

「ふふ、今宵はお一人様なのでしょうか?アルベルト様。よろしければ今夜は私のお相手を務めていただけません?お付き合いいただけるのであれば熱く燃えるような一夜の夢、背徳的で退廃的な法悦のひと時をご提供いたしますわ」

 

 

 

この女性の声にアルベルトは返事をせず、洗練された無駄のない挙動で詠唱済み(スペル・ストック)にしていた黒魔”ライトニング・ピアス”を振り向きざまに時間差起動(ディレイ・ブート)し、左手の指から一筋の雷閃が放たれる。

女性はそれを軽く躱し、近くの巨木の枝の上にふわりと優雅に降り立った。

 

 

 

「貴様が出てくるとはな。天の智慧研究会、第二団(アデプタス)地位(オーダー)>、エレノア=シャーロット」

「あら?私の位階もう割れてしまいましたか。帝国にもまだ優秀な方がいらっしゃるようですね。それよりアルベルト様、お返事をする前にいきなり襲うなんて酷いですわ。殿方は女性に対してもっと優しく接しないといけませんわよ」

「貴様のような売女には興味ない。失せろ」

「あら、つれないお方・・・。せっかく綺麗どころ一同、精一杯のお持てなしをするご用意が整っておりますのに」

エレノアが妖しい笑みを浮かべてぼそりと呪文を唱え、一つ指を打ち鳴らすと、辺りの地面から次々と何者かが地表から這い出してきては立ち上がる。

爛れた肌、所々剥き出しの骨、生気のない目。

その容貌から一目でわかるように現れた者は皆死人であり、そして何故か皆女性であった。

 

 

 

死霊術師(ネクロマンサー)が・・・。いいだろう外道、相手をしてやる。だが、俺は女の好みには煩いぞ」

「ふふ、アルベルト様に悦んでいただけるよう、一同精一杯ご奉仕させていただきますわ」

エレノアが口早に呪文を唱えると、それに応じて死人の波が一斉にアルベルトに押し寄せるが。

 

 

 

「”吠えよ炎獅子”」

アルベルトが一節で呪文を唱えると、左腕から巨大な火球が死人の波に向かって放たれ、辺り一面を焼き尽くしながら一掃する。

 

 

 

「あらあら、せっかちな殿方は嫌われますわよ。まだまだいますのでごゆっくりと堪能してくださいませ」

アルベルトの左腕から放たれた火球は死人の波を薙ぎ払うが、後ろから次々と第2、第3の死人の波がアルベルトに向かって四方八方から押し寄せてくる。

このままでは埒が明かないと考えたのか、攻め手を変えて一節ではなく三節のルーンで呪文を唱える。

 

 

 

「”金色の雷獣よ・地を疾く駆けよ・天に舞って踊れ”」

B級軍用魔術、黒魔”プラズマ・フィールド”。

電撃系のC級軍用魔術である”ライトニング・ピアス”の上位高等魔術である。

 

 

 

B級軍用魔術の詠唱節数は味方との連携で運用されることを想定していることから七節以上が一般的である。

そのため威力は高いが隙が非常に多いため1対1の魔術戦では役に立たないというのが常識だ。

そのB級軍用魔術をアルベルトは1対1の魔術戦にて耐えられる最長節数とされる三節で詠唱したのだ。

 

 

 

黒魔”プラズマ・フィールド”の呪文を唱え終えると、アルベルトを中心に魔力の光の線が五芒星法陣を形成。

すると、アルベルトの周囲の空間を無数の雷球が螺旋を描いて踊り、稲妻の嵐が吹き荒れる。

アルベルトに接近しようとした死人の波は稲妻の嵐の前に跡形もなく蒸発した。

だが、召喚した死人が消滅されることは計算済みだったのか、樹の上からアルベルトの様子を窺っていたエレノアは黒魔”アイス・ブリザード”の呪文を唱え始めており、詠唱に応じて周囲に凍気が満ちる。

だが、対するアルベルトはこれも読み切ったと言わんばかりにエレノアに向けて左手を鋭く指す。

すると、呪文を唱えていないにも関わらずアルベルトの指先から一筋の雷閃がエレノア目掛けてまっすぐ放たれた。

 

 

 

時間差起動(ディレイ・ブート)

予め呪文を唱えておき、詠唱済み(スペル・ストック)の呪文を任意のタイミングで起動する高等技法である。

 

 

 

アルベルトが時間差起動(ディレイ・ブート)した”ライトニング・ピアス”により、エレノアは唱えかけの”アイス・ブリザード”を中断することでなんとか雷閃を躱すも、アルベルトが右手で自分を指指しているのを見ると、咄嗟に近場の幹を蹴り自身の落下の軌道を変えた瞬間、もう一筋の雷閃がエレノアの耳を掠める。

 

 

 

時間差起動(ディレイ・ブート)二反響唱(ダブル・キャスト)まで・・・。見事なお手前ですわ、アルベルト様」

二反響唱(ダブル・キャスト)

一度の呪文詠唱で二度同じ魔術を起動する高等技法である。

 

 

 

エレノアはいったん距離を取ろうと素早くその場から駆け出す。

だが、それを見逃すほどアルベルトは甘くない。

 

 

 

「”雷剣よ(シーヴィン・マル)”-”踊れ(タンズ)”」

”ライトニング・ピアス”の七射同時起動ー”七星剣”がエレノアの身体を射抜くため猟犬のように空間を走り抜ける。

エレノアは対抗呪文(カウンター・スペル)を唱える余裕がないためか致命傷になりそうな雷閃を躱すが幾らかの雷閃が身体を射抜いたため足が遅くなる。

すると。

 

 

 

「-シ!」

アルベルトの拳がエレノアの腹部を殴打すると、後方の樹を薙ぎ倒しながらエレノアが吹き飛ぶ。

魔闘術(ブラッド・アーツ)

拳や脚に魔術を乗せて相手の体にインパクトした瞬間、相手の体内に魔力を爆発させるという魔術と格闘術を組み合わせた近接戦闘術である。

 

 

 

アルベルトは拳からエレノアの腹部に直接魔力を流し込み、それを炸裂させた。

手応えは充分にあり確実に仕留めたと思ったのだが。

「・・・逃げたか」

吹き飛んだ場所にエレノアはいなかった。

しかし、血の跡が逃げたであろう方向に続いており、アルベルトは脚に力を入れて後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げるエレノア、追うアルベルト。

傍から見ているとこのように見えるだろう。

事実、エレノアはアルベルトに対して為すすべがないかのように一切反撃をせず攻性呪文を躱しながら、アルベルトから逃げるため一心不乱に樹海を駆けていた。

しかし、エレノアの口元は勝利を確信したかのようにうっすらと歪んでいた。

 

 

 

操死”デッド・ライン”。

この線形結界を無断で踏み越えた者は問答無用で命が刈り取られる魔術罠である。

 

 

 

何も派手な攻性呪文の応酬のみが魔術戦ではない。

古今東西、優秀な魔術師であっても簡単な罠や毒で命を落としている。

エレノアは只闇雲に逃げているのではなく事前に設置していた罠がある場所までアルベルトをおびき寄せていたのだ。

 

 

 

だが、アルベルトはその結界を踏み越えるまであと一歩という直前で足を止める。

「これも読まれていましたか・・・。なんていけずなお方」

苦笑するエレノアはアルベルトが唱えた呪文に対抗するため口早に呪文を唱える。

「”吠えよ炎獅子”」

「”出でよ赤き獣の王”」

アルベルトとエレノア、両者が放った火球は衝突し、大爆発が起きるとその場一帯が灼熱の炎に飲み込まれる。

 

 

 

「・・・チッ。”光の障壁よ”」

アルベルトは炎に呑み込まれる前に咄嗟に対抗呪文(カウンター・スペル)を唱えて炎の波を耐え凌いでいる。

すると。

 

 

 

「”おいでませ”-”嗚呼・おいでませ”-”おいでませ”-”夜霊の呼び声に・応じませ”ー”応じませ”-」

エレノアが詠唱を唱えていた。

対抗呪文(カウンター・スペル)を唱えず、付呪(エンチャント)していた魔術で炎の波を耐え凌いでいたため、アルベルトより先に早く次の一手の呪文を唱えることが出来た。

エレノアが詠唱を唱え終えると新手の死人達が凄まじい勢いで次々と召喚されアルベルトの周囲を取り囲む。

 

 

 

「”彼の血が肉が・汝等慰めたもう・潤したもう”-”いざ・いざ・召され”-」

エレノアの令呪(コマンド)に応じ、再度死人の波がアルベルトへと迫る。

アルベルトといえども炎の波を耐え凌ぐため対抗呪文(カウンター・スペル)を唱え終えたばかりにこの死人の波を対処することは厳しいだろう。

 

 

 

死人の波がアルベルトまであと一歩の距離というところまで押し寄せたその瞬間。

「”金色の雷獣よ・地を疾く駆けよ・天に舞って踊れ”」

黒魔”プラズマ・フィールド"により、一気に殲滅された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・御冗談のきついお方ですわ」

エレノアはアルベルトの実力を素直にこう評した。

確かに黒魔”プラズマ・フィールド"を発動していたことからこの手があることは分かっていた。

だが、周囲を敵に囲まれた絶体絶命の状況でマナ・バイオリズムが乱れず、感情も一切揺らがず、B級軍用魔術を三節で詠唱して完璧に発動できる魔術師が一体どれほどいるだろうか。

アルベルトの実力を過小評価せず、搦手を用意して舞台を自分に有利な場所を選ぶといった綿密な準備をしてもそれを全て真っ向から実力で覆す。

帝国宮廷魔導士団特務分室執行官ナンバー17、”星”のアルベルト=フレイザー。

この男の実力を間近に見、エレノアは額から汗が一滴滴り落ちた。




長らくお待たせしてゴメンなさい!
まさか次の投稿にこんな時間がかかるとは思ってもいませんでした。
次の投稿も少し間が空くと思いますが気長に待ってくれると嬉しいです。
ではまた~

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