一攫百均殺人事件   作:紫 李鳥

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 まず、冴子の携帯に非通知でかけたが、何度かけても話し中。つまり、非通知拒否の設定にしていた。次に固定電話にかけたが、出なかった。留守か、手が離せないのか、故意に出ないのか……。公衆電話から携帯に電話するという手もあるが、近所にないので、明日試してみよう。

 

 時間をずらして固定電話に電話したが、やはり出なかった。もし、留守が本当なら、この時間に居ないということは水商売という可能性もある。結局、明日の午後に電話することにした。

 

 

 そして、その時が来た。午後1時ジャスト、固定電話にかけた。――2回の呼び出し音で出た。

 

「はい」

 

「……」

 

「もしもし?」

 

「……」

 

「どなた?」

 

「……」

 

「もしもし、どなたですか?」

 

「!……」

 

 黙っていると、電話が切れた。

 

 間違いなかった。マスクをしてないからか若く聞こえたが、特徴のあるアクセントとイントネーションは間違いなくXだった。つまり、Xは大城冴子であることが証明された。早速、切手のない脅迫状を冴子の郵便受けに投函した。

 

 

 ――果たして、記した日時に、オオシロサエコの名義で100万円が振り込まれていた。この瞬間(とき)の高揚感と達成感をどのように表現しようか。言葉では上手に言い表せないが、「絵に描いた餅を食べてみたらめちゃくちゃ美味しくて、その上、棚からぼた餅がわんさかわんさか落ちてきた」って感じかな。うむ……、ちょっと違うけど、それに近い感じ。

 

 こんな大胆なことをしていながら、脅迫状を投函してから、ATMで残高を確認するまでの間、神経が高ぶって眠れなかった。サイレンの音に(おび)え、警官が踏み込んでくるのではないかとハラハラした。

 

 美智からのメールに返信する気にもなれず、廊下の靴音やひそひそ話にもビクビクして、執行の時を待つ死刑囚のように戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていた。

 

 その金からまず、家賃、光熱費、電話料金を差し引き、残りは食費や日用品などの生活費に充てようと思った。使い果たしたらまた、冴子の負担にならない程度に、5万とか10万とか頂けばいい。

 

 懐をポカポカにした私は、久しぶりに美智と呑むことにした。いつもの店で待ってる旨のメールをすると、身支度を始めた。何を着ようかと迷っているその時だった。ノックが聞こえた。それが隣なのか、向かいなのか、判断に迷う木造アパート。耳をそばだてていると、またノックが聞こえた。今度は確実に叩かれたドアが分かった。

 

 ……まさか。

 

 そして、そのまさかは的中した。恐る恐るドアを開けると、炯眼(けいがん)を向けた男が、私の名字を言った。この時一瞬、泣いている父の顔が浮かび、三面記事の自分の顔写真と、【恐喝の容疑で逮捕!!】の活字が鮮明に見えた。――

 

 

「はい、電話しました。募集で」

 

「で、誰が居たんだね?」

 

 50半ばだろうか、取り調べをしている目の前の刑事は、たらこ唇をしていた。

 

「髪の長い、サングラスとマスクをした女の人です」

 

「何歳ぐらいの?」

 

「……30前後の」

 

 私は嘘をついた。別の女に目を向けさせるために、冴子の年齢を若く偽った。金の湧く泉を()れさせたくなかった。冴子が逮捕されたら、金が入らなくなる。

 

「うむ……。で、どんな仕事を言われたの?」

 

 刑事は鼻息を吐くと、腕組みをした。

 

「茶封筒を4通渡されて、宛名の人に直接届けるようにと」

 

「で、届けたの?」

 

「いえ、宛先の住所は存在しませんでした。書き間違えたのかと思い、確認するために電話をしましたが、電話に出なくて。仕方なく、帰宅しました」

 

「被害者の家に戻ろうとは思わなかったの?」

 

「……電話に出なかったので留守だと思い、いつ帰るか分からないのに行っても無駄足になると思って」

 

「それからは?」

 

「……5時過ぎにまた電話しました。そしたら、男の人が出て、今、それどころじゃないと電話を切られました」

 

 私はこの時、椎名に会いに行ったことを話すべきか迷った。だが、もし、椎名が私と会ったことを刑事に伏せていたとしたら、辻褄が合わなくて、逆に椎名が疑われてしまう。そうなると、椎名は問い詰められて、結果、冴子に行き着いてしまう可能性がある。余計なことは言うまいと思った。

 

 私は最初、恐喝がバレて刑事が来たのかと思ったが、そうではなかった。椎名の固定電話の着信履歴で、私に漕ぎ着いたまでで、単なる参考人だった。余計なことを喋らなくてよかったと、胸を撫で下ろした。

 

 

 帰された私はホッとした。が、マナーモードに設定した携帯には、美智からの絶交を匂わすメールが2件と、烈火のごとく怒った伝言メモが3件あった。そう。キャンセルの返信もできぬままに警察に連れて行かれたのだった。まさか、警察で取り調べられていたとは言えない。

 

 結局、突然の腹痛で動けなかったと、仮病のメールをした。――間もなく、絶交を取り消す内容のメールと、心配そうに声を和らげた美智からの電話が来た。私はいかにも具合悪そうに小さな声で、「ごめんね」を連発した。すると、美智は姉のように、母のように、「おかゆを食べてゆっくり休みなさい。無理しちゃ駄目よ」と、看病する時の、あのお馴染みの言葉を言ってくれた。……ありがとう。

 

 

 これで、私の生活も安泰かと、気を緩めていると、突然、雷鳴が轟いた。――冴子が逮捕されたのだ。それも、私の証言によって。冴子の年齢は31歳だった。マスクをしたこもった声は10歳も老けて聞こえていたのだ。冴子を逮捕させないために、故意に年齢を若く言った私の嘘が、逆に冴子を挙げる結果になってしまった。

 

 

 テレビに映ったショートカットの冴子は、キリッとした顔立ちの、クールな印象を受ける美人だった。

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