一攫百均殺人事件   作:紫 李鳥

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「被害者の名を(かた)って、求人を募ったのはあなたですね?」

 

 たらこ唇の刑事が鋭い眼光を放った。

 

「……はい」

 

 冴子は取調室で項垂(うなだ)れていた。

 

「どうして、殺した」

 

「……奥さんさえいなければ、(あきら)さんと結婚できると思って」

 

 冴子は椎名の名を言って、親密な関係をあからさまにした。

 

「どうやって殺したんだ」

 

「……あの日、殺害計画に利用した求人誌が発売される日、彰さんの家の近くで携帯を手にしていた私は、奥さんに睡眠薬を飲ませた彰さんから電話をもらうと、人通りが途切れた隙に、彰さんが鍵をしないで出掛けた家に入りました。

 

 面接に来た人を犯人にするために、奥さんの名を騙り、作家の名目で求人を募りました。椎名の家に着いて間もなく、応募の電話がありました。すぐに来られるという都合のいいその人を利用することにしました。彰さんのアリバイを確実にするために、写真家の友人に会うように言ってありました――」

 

「被害者の夫と出会ったのはいつ?」

 

「彰さんと出会ったのは2年前。私が働いている新宿のパブでした。トラベルライターの彰さんから聞く旅の話が面白くて、いつの間にか彰さんに惹かれていました。

 

 時々、仕事を兼ねた旅行にも連れて行ってくれて。自然が豊かで、素敵な所ばかりでした。その中でも特に、初夏の安曇野(あづみの)が忘れられません。新緑の小道をせせらぎを聞きながら二人で歩いた想い出は私の宝物です。

 

 付き合って2年。……幸せな日々でした。彰さんに奥さんがいることは知っていました。それでも別れられなかった。本当は結婚したかったけど、彰さんと付き合えるなら、私は愛人でもよかった。ところが、彰さんは奥さんと別れて、私と結婚したいと言ってくれたんです。でも、奥さんは離婚を承諾しませんでした。彰さんと結婚したかった私は、奥さんが邪魔でした。殺すしかないと思いました。彰さんにそのことを言うと反対されました。

 

『君を犯罪者にするわけにはいかない。君を失いたくないんだ』

 

 と言って。その時思ったんです。誰か別の人間を犯人に仕立て上げる方法はないかと。それで、今回の殺害計画を立てたんです。そのためにはどうしても彰さんの協力が必要でした。だから、私は執拗(しつよう)に彰さんを説得しました。睡眠薬を飲ませるように無理矢理頼んだのも私です。ですから、彰さんは奥さんの殺害には関与していません。私が一人でやったんです……」

 

 冴子は悲哀に満ちていた。

 

「……あの日、居間のちゃぶ台で腕枕をして眠っていた奥さんを書斎まで引きずると、面接の人が来る時間を見計らって、持ってきた黒いビニール袋を顔に被せて押さえつけました。手足をバタバタさせてましたが、やがて静かになりました。でも、息を吹き返す可能性があるので、万が一のために持ってきた荷造りロープで首を絞め、(とど)めを刺しました。

 

 面接に来た人の指紋をつけさせるために、玄関と襖を開けさせました。約束の時間にやって来た人をすぐに採用すると、あらかじめ用意していたワープロを使ったでたらめの住所と名前の封筒を渡して、急務を促しました。その人は屏風の裏に奥さんの遺体があるとも知らず、急いで家を出て行きました。――」

 

 

 冴子が逮捕されてからは、今度は恐喝の件で刑事がやって来るだろうと、私は覚悟していた。――だが、ひと月経っても刑事は現れなかった。

 

 私から恐喝されたことを、冴子は刑事に話さなかったのだろうか。どうして?私に罪を(なす)り付けようとしたことへの謝罪金?それにしては、100万は安すぎるけど、欲をかくのはよそう。刑事に漏らさなかっただけでも(もう)けもんだ。とにかく、運がよかった。そういう意味では冴子に感謝しないと。

 

 でもこの先、恐喝の件がバレないとは限らない。恐喝がどのくらいの罪になるのかは知らないけど、その時は覚悟を決めて刑に服するしかない。開き直ると人は強くなるものなのか、今では、あのたらこ唇の刑事さんとの再会を楽しみにしていた。あの刑事さんになら、素直に罪を認めた上で、正直な自分の気持ちを話せるような気がした。

 

 今回の事件は教訓になった。“うまい話には裏がある”一攫千金とはいかなかったけど、一攫百均?ぐらいの(もう)けはあった。冴子という打ち出の小槌を失ったのは悔やまれるけど、事件が解決して、私の気持ちは爽やかだった。定職に就くまでは、冴子が振り込んでくれたお金を大切に使いながら、つましく食いつなごうと思った。――

 

 

 

 

 

 だが、予想外の収入を得た今、それまで小康状態(しょうこうじょうたい)だった悪い癖が再発した。

 

〈みっちー、いつもの店で待ってまーす!〉

 

 喉元過ぎればなんとやらだった。

 

 

 

 

 

 終


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