フィニッシャーとなったのは、《レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント》だった。あれから盤面を覆されることなくトークのライフポイントが0になる。その時点で勝敗は決し、蛮族はフィールドのモンスター達を眺めて頷いた。
初戦が初心者というのは少々味気なくも感じたが、それはそれ。好奇心旺盛、向上心のある相手はデュエリストとしてまだまだ駆け出しではあるがその素質があると感じ取れる。だがこちらも先を急ぐ手前、あまりサーマルタウンに長居もしていられなかった。早々にウィンドミルタウンへ向かおうかとも思っていた矢先に――。
「あなたさっきエントリーネーム登録してる時に思いっきり爆笑してた奴じゃん! さっきのアレめちゃくちゃ恥ずかしかったんだからね!」
気がつけば、人だかりができていたようだ。その人々をかきわけてずんずんと突き進んできたのは、やけに長いマフラーを着けている少女――はて、名前はなんだったか?
「む? なんだ小娘。貴様も今回の大会の参加者か。よかろう! 我が圧倒的な暴力で捻じ伏せてくれる! 我が名は蛮族! 名を名乗れぇい!」
「あたしはシャルク! ここで会ったが一時間目! デュエルだ!」
「では手加減なしで行くぞ! 全力でかかってこい!」
仮面の内側、蛮族はすごすごと潔く観衆の中に消えていくトークの背中を盗み見ながらデュエルディスクを構える。
シャルクと名乗った少女は、よほど自分の腕に自信があるのかその幼さに似合わないほどの毅然とした態度を見せていた。LIVEデュエルに手慣れていると見ていい、ならば年の差など関係なく真正面から正々堂々と受けて立つ。
「「オープンチャンネル! LIVEデュエル、オンエアー!!!」」
放送枠の延長、という形で再び蛮族のチャンネルが「D-LIVE」へ配信されることとなった。
――敗北したトークはというと、すごすごと場所を譲って人混みをかきわける。その肩を叩きながら慰めの言葉を投げてくれるデュエリストや野次馬と言葉を交わしつつ、ベンチに腰を下ろす。
「お疲れ、ビギナー。ナイスデュエル」
「あざーっす。はは、無理無理あんなん。勝てねーって」
「いやホントな。なんだアレ……」
出てくる感想は困惑の二文字。ため息交じりにベンチに腰を下ろしたトークのデッキの中から、カードが1枚。光った瞬間にモンスターが出てきた。
人形のデュエルモンスター。サイバース族の《バックアップ・セクレタリー》だ。バイザーを着けているために目元はわからないが、その表情と呆れた態度は見て取れる。
『言わんこっちゃない。まだアンタのデッキ全然弱いんだから、まずはカードを揃えることから始めたらいいってアレほど言ったじゃない』
「んなこと言われても、デュエルはやらなきゃ覚えないって言ったのセクレタリーだろ」
『基本は出来てるんだから、次はデッキの強化でしょ。ワイルドエリアでも何でもデュエルはやれるんだから』
「とはいえ、俺ワイルドエリア行ったことねーしなぁ……怖いもん」
『ま、野生のデュエルモンスターに負けてカード奪われるなんて間抜け。そうそう居ないと思うけどね。アンタ以外』
この《バックアップ・セクレタリー》は、トークがデッキを手にした時から何かと世話を焼いてくれているが、何分ちょっと当たりが強い。しかし、放っておけないという理由から助言してくれているのでビギナー決闘者であるトークは助かっている。
『それと。さっきのデュエルだけど、なんで墓地の《スクリプトン》の効果使わなかったわけ? リンク素材にしたら、除外されている自分か相手のモンスター1体をデッキに戻せたじゃない。あの状況なら《スタック・リバイバー》をデッキに加えられたんですけどー?』
「あー、まー、それはその……」
ずいっと、身体を前のめりにして《バックアップ・セクレタリー》が顔を寄せてきた。
『アンタさては、忘れてたわね?』
「いや、まぁ……すいません。でもさぁ! それやっても結果絶対変わらなかったと思うぜ俺!」
『結果が変わらなかったとしても! 自分のデッキのモンスターの効果くらいは全部把握しておきなさいよ!』
「あい、ごめんなさい……頑張って覚えます……」
こんな具合に。トークは自分のデュエルモンスターであるはずの《バックアップ・セクレタリー》に頭が上がらない。実際その指摘は尤もであるし、トーク自身も自分の未熟さは痛感している。それを初心者という言葉で免除できるのも限度がある。
呆れた様子でため息をつきながら《バックアップ・セクレタリー》は腰に手を当てた。
『ま、でもそのチャレンジ精神は認めてあげるわ。アンタは物覚え良いみたいだし、この調子で経験積んでいけば来年のジムチャレンジには挑戦できると思うわよ』
「俺がぁ? いやー、無理無理。チャンピオンとか興味無いし」
『そうね、アンタがチャンピオンとか悪夢だわ』
「俺を慰めたいのか落ち込ませたいのかどっちなんだセクレタリー……」
ますます肩を落とすトークに、面倒そうにする《バックアップ・セクレタリー》。その後ろ、人だかりが一斉に沸いた。
その歓声に何事かと顔を上げれば――つい先程、自分に決定的な敗北を突きつけてくれた《レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント》が蛮族のフィールドに君臨している。
「うわぁ……」
『うわぁ……』
これにはさしもの《バックアップ・セクレタリー》もドン引きである。
「なぁ、セクレタリー。あのシンクロモンスターってそんな簡単に出るものなのか?」
『そんなわけないでしょ。召喚条件「チューナー2体」と「チューナー以外のモンスター1体以上」よ? 最低でも3体並べて合計をレベル10にしないと出てこないの。それをああも簡単に出すとかどういう構築してるのかしら……』
「戦ってもわかんねーよ……」
『見てもわかんないわよ……』
口を揃えて理解不能。
くよくよしていても仕方ない。トークは沈んだ気分と重い腰を上げてデュエルを観戦している人だかりに紛れ込んだ。
その盤面はと言うと――なんだかとても既視感がある、なんならさっきやられたばかり。
「えっとー……どういう状況?」
「おお、さっきのビギナー。どうもこうも、見ての通りさ。あのマフラーの子、水属性でサメ使いのようだったが……」
聞けば、今度は【インフェルニティ】で初手からフルスロットルの展開。それを少女、シャルクは
恐らくアレが蛮族流の勝ち筋なのだろうとは思うが、そうはならないだろう。しかし、あの赤い竜が蛮族のエースモンスターというのは本当らしい。
「あれ、どうやって召喚されました?」
「ん? おお。《BF-疾風のゲイル》と《BF-突風のオロシ》に《インフェルニティ・アーチャー》を使って召喚されたぞ」
「へー」
「自分でも口にしてわかるが、おかしいんだよな……」
「まぁ……」
それはデュエルをしたトーク自身、痛感していた。あいつはドロー運がおかしい。
立て続けに2連勝を収めた蛮族は敗北した少女に一瞥もくれずに背を向け、偶々トークと目が合ってしまった。すると、歩み寄ってくる。
「ナイスデュエル、蛮族」
「うむ。だがそれはそれとして、トーク。お前にこのカードを渡しておこう」
「へ? いいのか?」
「打点の低さを補えば、今よりはマシになるだろう」
「なになに? ……永続魔法「一族の結束」?」
「墓地とフィールドのモンスターの元々の種族が一致していれば攻撃力が800ポイントアップする。サイバース族しか使わないなら丁度いいだろう」
「でもいいのか、こんなカード貰っちまってよ」
「こちらもリンク召喚の良い教材になった。その授業料だと思え。私は先を急ぐ! さらばだ!」
「あ、ちょっと! あー……、まぁ。ありがたく使わせてもらうか……」
荷物を持った蛮族はサーマルタウンを後に駆け出していた。受け取ったカードをひとまずホルダーに入れつつ、トークは蛮族のチャンネルをデュエルディスクに登録する。
すると、再び《バックアップ・セクレタリー》が顔を見せた。
『いいカード貰ったじゃない』
「おぉ……でも本当に貰ってよかったのか?」
『アンタがビギナーだっていうのもあるんじゃない? デッキ構築は謎を極めてるけど、デュエリストとしての姿勢は好感もてるわね』
「……俺もそう思うわ」
『さて。それでどうするの、トーク。アンタ今日のブログのテーマ、ジュニアリーグじゃなかった?』
「やっべ、忘れてたわ! 取材とか写真撮ろうと思ってたのにすっかり頭から抜けてた!」
隣で《バックアップ・セクレタリー》が呆れて肩をすくめている。
『しっかりしなさいよ。将来デュエリストライターになるんでしょ?』
「おうよ! そうと決まれば、早速取材開始だ!」
――ジムチャレンジとは別に、ここにも自分の夢に向かって駆け出している
――サーマルタウンから出て間もない場所には「ワイルドエリア」と呼ばれる野生のデュエルモンスター達が生息する領域が存在する。
環境も天候も、まるで区切られているかのように移り変わる場所は危険性が高く、リーグ運営の関係者が昼夜を問わず監視体制を整えていた。万が一、という時は常に行動できるようにだ。しかし、よほど危険性の高い場所でもない限りは低級モンスター達が自由気ままに活動をしている。
デュエルシティ・ジュニアリーグのオープニングセレモニーが終わった昼下がりの草原。そのすぐ傍らには湖畔。木陰で涼むように、その少女がいた。
真っ赤な長い髪。まるで燃えているような、情熱の色。だが少女はそんな髪色とは裏腹に物静かにスケッチブックに向けてペンを何度も走らせていた。
琥珀色の瞳は裸眼では見えないのか、大きな丸メガネを着用している。服も、フリルの付いたゴシック調のドレス。シンプルなスカートと、おとなしい印象を受ける。
目尻の下がった大きな目は、まるで小動物のように愛くるしい。
「…………あー」
ぼんやりと、口から出てきたのは感心したような吐息にも似た言葉。
少女の視界いっぱいに広がるワイルドエリアの広大に過ぎる大地。その中で自分たちの意思で過ごすデュエルモンスター達を眺めているだけで、胸が満たされていく。
だが此処はワイルドエリア。野生のデュエルモンスターに、デュエリストが襲われる危険性もある。にも関わらず、少女は身の危険など意に介さず風景画を描いていた。
そんな少女に忍び寄る1体のデュエルモンスターがいたが、しかし、即座に燃える拳の乱打を受けて大地に沈んだ。その音に驚いて、少女が身体を竦めて振り返る。
そこに居たのは拳から煙を上げている人型のデュエルモンスターだった。
「ぴぇ……!」
『ご無事ですかネガちゃん!』
「あ、あー……はいー……ありがとうございます。【
『なぁに気にしないでください! さぁ、オレ達に挑んでくる奴はいねぇのか!』
「えっとー……挑まれると、困るのでー……」
できれば静かにしていてほしい――そんな少女、ネガティヴことネガちゃんの密かな願いも叶うことなく、今日も【BK】は邪魔にならない場所でトレーニングに励んでいる。
《BK ベイル》が《BK スイッチヒッター》の拳を両腕の盾で受けながら捌いていた。かと思えばその横では《BK スパー》がシャドーボクシングで汗を流している。
何よりも目を引くのは、気弱な主人に付き添っている特殊なデュエルモンスター。
左脇腹に大きく数字のようなものが刻印されている赤と金のエクシーズモンスターは《
そのレプリカモデルが存在しない――もとい、レプリカが
その内の1体――であるはずの《No.105 BK 流星のセスタス》が少女の眺めているワイルドエリアの大地を猛進していた。担ぎ上げられているのは《BK 拘束蛮兵リードブロー》である。トレーニングの一環だろうか? いや違う。その後ろから上級モンスターが迫ってきていた。
『うぅおおおおおおぉぉぉっ!!! でかい獲物が釣れたぞぉぉぉおおおおっ!!!!』
「……あー……あ、あー……えっとー……」
ちらりと、ネガちゃんが傍らの【No.】を見上げる。
目に闘志の炎を宿した《No.79 BK 新星のカイザー》が拳を打ち鳴らした。それがまるで開戦のゴングであるかのように、トレーニングに励んでいた他の【BK】一同が手を止める。
『行くぞお前ら!』
『オオオオォォォッ!!!』
気迫、情熱、熱血漢。ネガちゃんの燃えるような髪色に見合った熱量を灯して、《No.79 BK 新星のカイザー》達が一斉に駆け出した。
そして、立ち向かってくる恐竜族モンスターを総出で迎撃する。その間に《No.105 BK 流星のセスタス》はネガちゃんの隣に《BK 拘束蛮兵リードブロー》を寝かせて額の汗(?)を拭う素振りを見せた。
「あのー……セスタスさん……?」
『ふぅー、危なかった! 走り込みに夢中になってうっかり縄張り争いに巻き込まれてしまうとは! ははは! いやしかしリードブロー、お前を担いで走るのは中々いいトレーニングになるな!』
『セスタス……! おまえ、ほんと……!』
『ははははは、よぉし! こうなったらオレもリターンマッチだ! 今行くぞぉぉぉぉぉっ!!!』
主人であるはずのネガちゃんの言葉も聞く耳を持たず、そのままセスタスまでもが恐竜族モンスターと殴り合いをしている【BK】の群れに参戦している。
それからしばし時が過ぎ――結果、見事に【BK】達は勝利を収めた。
ボロボロになりながら戻ってきた戦士達をデッキの中に戻して休ませると、ようやく穏やかな一時を取り戻す。さながら大型犬に振り回される少女である。
「はぁ…………」
気を取り直してスケッチブックに向き直ると、あちこちに力尽きてカード化した恐竜族モンスターが散乱していた。
このまま放っておいても自然と復活するだろう。その前に回収してしまえば手持ちに加えることができる。ネガちゃんは少し考えた末に、手を合わせて謝罪の言葉を口にしながらバッグのストレージに加えることにした。不慮の事故であったとしても、きちんと自分が面倒を見てあげなければならないと感じたから。
不意に横で流し見していた「D-LIVE」の映像が流れてきた。
そこには、仮面を付けた一見奇抜なファッションのデュエリストが映っている。
彼のデュエルは恐らく他では見ることができないような、いわゆる個性的。悪く言えば変態、或いは、非合理性の塊。にも関わらず、その少年はその非合理性をねじ伏せるかのような魅せ方をしていた。
思わず、魅入る。逆境を跳ね除けるかのように、絶対的な信頼をデッキに寄せている様が画面越しに伝わってきた。それは、ある種の「憧れ」にも似た感情。
その仮面も、プレイスタイルも含めて、あまりに自分とかけ離れていた。型破りな、誰もが一度は夢見るようなデュエリストの在り方。
――だがしかし。ネガちゃんはその名前通り、自分に自信がない。
「……会ってみたいですねー……」
そう呟いて。
「うぅ、でもわたしなんかとお話ししてくれるかな……」
やっぱりちょっと、自信なさげにしながらもスケッチブックに何度も走らせていた。