虚像と偶像 作:ブラックコーヒー
俺はその人を常にキーウィと呼んでいた。これは別に彼のことが嫌いだからだとか、心理的に
距離を取りたいからだとかそういうわけではない。ただ単純に俺が彼の本名を知らなったことと、彼が師匠と呼ばれることを嫌ったからだ。
彼曰く、『人を喜ばせたい。その心があるのならもうすでに立派なエンターテイナー。技の巧拙や、パフォーマンスの差異はあれど、そこに立場の上下はないよ。だから弟子入りとかそんなものはないんだ』、そういうことらしい。
勿論彼の名前はキーウィではない。キーウィとは彼の芸名だ。彼は芸をする時、必ずキーウィと名乗っていた。
結局のところ、彼がこの街に留まっていたのは三か月程度だった。ある程度芸も教わったが、それも触りだけとか、簡単なものばかりで本格的なものを教わったことはなかった。
三か月、たかが三か月、されど三か月。三か月が短いかそれとも長いかそれは人によるだろう。俺の中でその三か月はとても短く、しかし凝縮された思い出の詰まった三か月だった。
100日にも満たないその期間で俺は彼から一番重要なことを教わった。
『お客様は神様だ。芸をするとき目の前に神がいると思って芸をする。清い心で、指先一つ、動きの一つに気を遣う。芸の練習をするときも神様に見せることを意識して行うんだ。そうすればそこに――神が宿る』
だからだろうか、俺は彼の芸に――
――――神をみた。
「ほら、小糸ちゃん! 飴だよ、飴!」
握りこぶしを開き、あらかじめ仕込んでおいた飴玉を差し出す。きっと、目の前の少女には何も握らていなかった手を握って開いたら飴玉が現れたように見えただろう。簡単な手品だが見栄えの良さとインパクトは強さから気に入っていた。
「あ、ありがとうございます」
そういって少女は頭を下げる。彼女の名前は福丸 小糸。円香の幼馴染の一人で共にアイドルをやっている少女だ。150cmにも満たない小柄、少し癖のある黒髪のツインテール、幼い顔立ち。その三点が相まって高校生には見えないが、歳は円香の一つ下の高校一年生だ。性格は真面目で、礼儀正しい。俺のような勉強が出来ない人間と違い、高校では新入生総代を努めことからも彼女の真面目さが分かるだろう。
「いいよ、いいよ。どんどんな食べな。あ、そうだクッキーも出して上げよう」
先ほどの手品の応用で今度はクッキーを取り出す。円香からあらかじめ連絡があったため仕込みは万全だ。
「うわー! ありがとうございます!」
「いいよ、いいよ! 次は何を出してほしい? チョコレート? ラムネ? それともグミとか?」
「ねー、おにーさん、雛菜もお菓子食べたーい。出してー」
小糸ちゃんと話している俺に横から声がかかった。少し間延びした特徴のある声の主は市川 雛菜。円香の幼馴染の一人であり、共にアイドルをしている少女である。歳は円香の一つしたの高校一年生。小糸ちゃんと同い年だ。歳は小糸ちゃんと同い年だが、背格好は大きく違う。身長は小糸ちゃんと比べると頭一つ分高く、円香や透を含めても一番高身長だ。体つきも一番発育がよく大学や社会人に間違えられることもあるとか何とか。
「いつもの棚にあるから、勝手にとって食え」
ちなみに性格の方も小糸ちゃんと180度違い。透と傍若無人コンビを結成している。
「えー、それつまんなーい!」
「分かった分かった。はい、飴だ。これで満足か?」
文句を言う雛菜に飴を一つ取り出して差し出す。
「むー、つまらなーい!」
「雛菜、ちょっと声を落とせ! 苦情がきたらどうする」
基本的に雛菜の声は大きい。いや、元気がいいのは何よりなのだが、我が家は何といっても木造のボロアパート。防音性のは心もとない。今まで騒いでもクレームがきたことはないが、今日も来ない保証はどこにもない。
「ほら透のように静かに……」
そういって透の方に視線を向ければ、
「…………」
もくもくとクッキーを頬張っている透がいた。見慣れたパッケージのそれは俺がいつもお菓子を収納している棚にあった、それ。どうやら彼女が知らぬ間にクッキーを取り出していたようだ。
「? 美味しいよ、クッキー」
もくもくとクッキーを頬張っていた透と目が合う。
ちなみにいつもの定位置で円香が携帯をいじっているため、この六畳の部屋には5人の人間がいると言うわけだ。中々な人口密集度である。
「それはよかった。でも、せめて食べる前に許可取って欲しかったな」
「あー、クッキー食べてるよ」
「お、おう。次からそれを食べる前に頼むな」
「あー、分かった」
ポリポリとクッキーを食べている透は俺の言葉の意味を理解したのだろうか、いやしてないだろうな。
「透せんぱーい! そのクッキー一枚くださーい!」
そういって体を透の方に向けた雛菜に、
「うん、いいよ。クッキー、一緒に食べよう」
透はクッキーを差し出す。
「あはー、ありがとー」
いや、確かに雛菜にクッキーを渡したのは透だが、もともとそのクッキーは俺のものであり、俺にもお礼なりなんなり言うべきだと思うのだが、雛菜にそれを言ったところで暖簾に腕押しのような気がするので黙っておくことにする。
――まぁいいや。アイツらは食べてるときは基本的に無害だし。
傍若無人コンビをほっておいて小糸ちゃんに対して今度はペンを花に変えるマジックを披露しようとした時だった。
「透せんぱーい、おにーさんって、小糸ちゃんにだけ優しくなーい?」
「あー、あれだよ、雛菜。お兄さんは、ロリコンだから」
飛んでもない爆弾が俺の預かり知らないところから放り込まれた。
「ちょっと、まて透! 今、なんて言った!?」
「え、お兄さんがロリコンだって」
「誰がロリコンだ!?」
知っての通り俺はロリコンではない。俺の好みは年上の包容力あるお姉さんであり、ロリコンとは事実無根だ。
「えー、お兄さん」
「あはー、やっぱりー。おにーさん、ロリコンだったんだー」
「ちげぇーよっ!」
いつもの傍若無人コンビに訂正という名の突っ込みを入れる。こいつらはあることないことスグに言うから注意が必要だ。そして、なまじカリスマ性と影響力があるのもたちが悪い。そのままほっておくと実家の周りとんでもない噂が流れそうなのでしっかりと否定しておく。
「ぴ、ぴぇ……」
ほれみろ言わんこっちゃない。アイツらが騒ぎ立てるせいで小糸ちゃんが少し引いてしまったじゃないか。透や雛菜に何と思われようともダメージはないが、小糸ちゃんのようなタイプに距離を置かれるのは少しばかり心に響く。
小糸ちゃんは純粋なのだ。馬鹿二人の戯言をそのまま受け取ってしまう。だが、そこがいい。是非とも透や雛菜に染まらず純粋なまのキミでいてくれ。小糸ちゃんは俺の癒しである。
「小糸ちゃん、大丈夫だから。あの馬鹿二人が適当なこと言っているだけだから心配しないで。おい、お前ら適当なこと言うんじゃねぇぞ!」
「だって、ほら……。私や雛菜に対する態度と小糸ちゃんに対する態度が明らかに違うし」
そんな透の言葉に、
「あはー、確かにー」
雛菜が頷きながら同意の意志を示す。
「それはお前たちに可愛げがないからだよ! ちっとは小糸ちゃん見習え!」
「じゃあ私に可愛げがあれば、優しくしてくれの?」
クッキーを食べる手を止めて、透は俺を見る。アクアマリンの透き通った瞳が俺を射貫く。
「あ、小糸ちゃんみたいに手のかからない子になったら考えてやる。そして、俺は元々優しい」
「ふーん、そうなんだ……」
結俺と透と雛菜の特に意味のない馬鹿話は円香に「うるさい」と斬って捨てられるまで続いた。
――ってかアイツら結局なにしにきたんだ?
結局、散々騒いだ挙句飯まで食って帰って行った円香たち一行。アイツらは一体俺の家に何をしに来たのか、俺の疑問に答えてくれる人はついにいなかった。