綿ぼこりたち   作:凍り灯

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お待たせしました。
メインの小説を書きながら、結局こっちをやってしまったのは私です。

※鉤括弧に統一性がなかったので修正しました。







little wings

 

 

 

 

 

『───悪く思うなよ。仕事だ』

 

最近、また夢に見る。

 

あの時、俺たちを殺したゲイレールを、あの男の声を。

 

破壊されたコクピットから這い出で、そしてバラバラになった団長の灰色のゲイレールに下敷きになった自分を見降ろすように、俺は立っている。

 

トラック同士の正面衝突の方がまだマシな状況だろう。なのになんでか、俺はホームビデオを見ているかのような気分でいた。

 

 

───もう終わってしまったことなんだ。

 

 

ただ懐かしむように、アルバムをめくる感覚でただ見下ろす。

あぁ、こんなこともあったんだよなって。

 

 

なぁ俺はもう、大丈夫なんだよ。団長。

ちゃんと前に進むための、理由を見つけたんだ。

 

 

 

…やがてヘリの音が聞こえてくる。

見上げれば見覚えのある大型ヘリ。

 

そう、いつもの迎えが来たんだ。

ヘリから降りてきたアドウェナじいさんと、ロベルトじいさんが俺を()()()()()団員の名を呼ぶ。

辺りは暗く、光量の強いライトが必死に凄惨(せいさん)な現場を彷徨(さまよ)った。

 

『ブランドン!ブランドン!!………くそっ、おい───』

『───シャノン!エド!バル!フィーシャ!』

『───』

『そこか…?生きてんだな!?今瓦礫を退かす!死ぬなよ!?いいな!?』

『───』

 

突っ立てるはずの俺の目に懐中電灯を向けられたような眩しい光が見え、そして───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通りの朝。

そう昔でもないのに懐かしい夢だ。もう、見飽きた夢。

 

ベッドサイドのテーブルを見れば昨夜手入れしていたアンティークのエンフィールド・リボルバー。

まだなんとか動く懐中時計。小さな花のレリーフは、俺の趣味ではなかった。

灰色のゲイレールを背景に撮られた集合写真が入れられた、無駄に縁の分厚い木製の写真立て。"Dort Company"と金色の文字で小さく書かれている。

ランプカバーだけ小洒落た古ぼけた電気スタンド。今でもこの他にも失敗作を押し付けていた男を思い出す。

 

ぼうっとしていれば、一分もしないうちに隣の部屋から目覚まし時計の音が微かに聞こえてくる。

リーリカの目覚まし時計だ。

 

目覚まし時計が鳴る前に起床する彼女にしては珍しい…わけではない。

最近は彼女はこんなだ、いい感じに緩んできたのか…もしや俺みたいに夢見が悪いとか…?んなわけないか。

 

なんとなく彼女に目覚めを悟られないように、物音を立てずに硬いベッドから降りた。

おもむろにミュージックプレイヤーからイヤホンを伸ばし、目覚めの一曲を流しながら床でストレッチを行う。

 

今日はチープ・トリックの『Mighty Wings』だ。

 

今日の夢の話ではないが、この曲は特に昔を思い出す。

クラシック好きの団長が、好きだった映画に使われてたからって理由で聞いていた音楽。

映画も皆で見たもんだ、古いとはいえ有名な映画だったから簡単にダウンロード版が手に入ったから。

 

この拠点は変わらない、だけどもう皆はいない。

 

…あの時、皆が死んだ時に俺も死んだんだ。体ではなく、心と言うべきか。

とにかく無気力だったし、ただ叩き込まれた習慣だけを続ける人型マシーンでしかなかった。

 

だから生活がいつの間にか危うくなった時、ギャラルホルンの依頼でも平気で受けれたんだろう。

今にして思えば運が良かった、そう、お互いに。

その後の事を思えばまさに福音(エヴァンジェリーナ)だったんだよ。

 

 

───それは墜落船の回収作業だった…その時、リーリカと出会ったのだ。

 

 

現場であるSAU領内、アメリカ合衆国西南部のユタ州南部からアリゾナ州北部にかけて広がる"モニュメント・バレー"と呼ばれる地域へ行く途中のこと。

 

名が表す通り、モニュメントのようなテーブル状の台地である"メサ"や細い柱のような岩山の"ビュート"が見られる荒野。

 

登り始めたばかりの朝日をモニュメントが(さえぎ)り、長い影を落としていた。

初めて訪れる観光地なのに何の感慨もなく、少しづつ昇り始めた太陽を眺めていたのを覚えている。そしてまだ肌寒かった季節。

 

だから本当に偶然だったのだ。

真っ直ぐ伸びる道路の、薄暗い端っこなんて所に目を向けたのは。

 

 

───その時、イヤホンから《それはまるで足元の棉ぼこりさ》という歌詞が流れる。

 

 

あぁそうだ、思い出した。

あの時もこの曲を流していたんだ。

 

この歌詞を聞いて俺は道端に目を向けたんだ。

 

そしたら道端で座っていた。

あまりに無防備に。

 

 

《今夜、俺の心は空で燃え上がるんだ》

燃え上がっちゃいねぇよ。だけど親父の言葉がふと脳裏を通り過ぎる。

「女には優しくしろ」だなんて、別れた母さんに刺されて死んだ親父らしい言葉だった。

 

 

《銀の鳩に乗って》

おいおいこのトレーラーはそんな大層なもんじゃない。

ただ反抗するかのように意味もなくブレーキを踏んで。

 

 

《夜の果てに突っ込むんだ》

さぁ止めてやったぞ、なんて思っていた。そしてドアを開く。

うるさく急き立てるアップテンポの曲が、俺が開けたドアの中から薄暗い路地裏のような道路の端っこに虚しく落ちる。

 

こんな肌寒い中で入院着だけという格好もそうだが、無防備と言うのはその、心。

 

共感を感じたんだ、そしてどうもに…そう、その姿はスラムで何もかも諦めたガキのようだった。懐かしさと虚しさ。

 

 

昔の俺の様な、そして今の俺の様な掃き捨てられた綿ぼこり。

 

 

何もかもがダブって見えたんだよ。

死んだような俺が、死んだような昔の(彼女)を見下ろしている。

 

 

《連れてってくれ》

彼女はまだ、(つづ)ることを忘れていなかった。

死んでいた女は、それでも俺を見てそう言ったんだ。

だから思わずこう答えた。

「わかった」と。

 

 

《最高の翼で空を駆け抜けて》

「どうして…ですか?こんな女が必要なの、ですか?

 

───特に考えてないなぁ…必要でも不要でもないし。まぁなんだ…これから見つかるだろうさ。

 

「…私を、どうするつもりですか…何をさせるつもりですか」

 

───…いやまぁそう勘繰(かんぐ)るだろうが、違うんだよ。ほら寒いだろ、上着。

 

 

《最高の翼で連れてってくれ》

「私は…何も、何も覚えてません。ここは、いえ、私はどこから来たのかも」

 

───悪いが俺にもわからん。銀のトレーラーでマーケットのある街まで連れていくことなら出来るけどな。今後どうするにしろ、まずは服はどうにかしないと。

 

「本当に…あなたは私に何を…払わせるつもりですか…」

 

───お、調子戻ってきたか?いや行き倒れの女に払わせれるわけないだろ。対価を求めてるんじゃないんだ…あー今ギリギリの生活だったなそういえば。

 

 

《今夜、最高の翼で連れて行ってくれ》

「では何故…?」

「それなんだが、俺は女と機械は丁寧に扱えって叩き込まれちまっててなぁ…」

 

 

 

 

 

その俺の締まらない言葉で、彼女は手を取ってくれたわけで。

リーリカ(福音)が俺をどう思ってるか…?そんなのわからん。

 

いつかわかるんじゃないか…あー多分?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうそう、団長はあの曲のフレーズを気に入ったから、傭兵団が今のひっどい名前になったんだよ、って愚痴を聞いたことある。

 

"Fleckmans(棉ぼこり人間たち)"

 

同じ曲からもっといい名があったと思う。

"Silver Dove(銀のハト)"とか、それこそ"Mighty Wings(最高の翼)"とか

今思えば、そういう(掃き捨てられた)やつらが多かったから、的を得ていたなとは思う…クララばぁさん以外は、皆いい名前だって言ってたからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は午後4時を回った。

 

イギリス出身(と思われている)のアドウェナじいさんが、団長に教えたと言う"ミッディ・ティーブレーク"の真似事をしてみている。

…ちなみに"アフタヌーン・ティー"は社交的な場面でつかわれることが多いらしい。ラフなものがこの"ミッディ・ティーブレーク"と考えてくれ…つまりおやつの時間ということ。

 

 

二人で使うには広いダイニングのテーブルの上には、昨日買っておいた"Tim Hortons(ティムホートンズ)"のサワークリームグレ(ドーナツ)ーズドが皿に乗せられている。俺は半分だけだ、ちょっと甘すぎた。

 

それと以前、バンクーバーのキッツィラノにある"Bays Water(ベイズウォーター)"で買ったハーブティー。

ローズヒップをメインにブレンドした紅茶で、ビタミンCが豊富なので美容に良い。勿論、俺のチョイスではない。

 

俺のチョイスは『You've Lost That Lovin Feelin』だ。

ライチャス・ブラザーズの曲で、クラシックではなくポップミュージック…例の映画の曲だよ、これを選んだのはまぁ今朝のこともあって懐かしくなったからだ。

よくもまぁこうまでレコードを揃えたものだと今でも感心する。

 

 

これは主人公とヒロインの思い出の曲として使われている歌だ。

 

「なぁリーリカ………あれは、何だ?」

 

だがそんな雰囲気に流されることなど皆無であり、その原因は視線の先。テーブルを挟んで向かい合う俺とリーリカの真ん中。

なんと20~30くらいの封筒が積まれている。この時代に紙媒体…?

 

その見た目が問題だ…いや中身の方が問題なんだが、ピンクだったり、可愛いシールが貼ってあったり…

 

「ファンレターですね」

「………へぇ?でさ、この前手に入れたグレイズ用のブースターのことなんだが…」

「スルーしないで下さい」

「許してくれマネージャー…なぁ、こういうのはちゃんと選別してから渡すものだ。だからそっちで見ておいてくれ」

「"事務所"の方から選別されたものがこちらになります」

「そちらになりますか…」

 

俺は、がくっと天を仰ぐように椅子の背もたれに脱力する。わかるだろう?

この度私、エフィーム・アダモフはモビルスーツアクションスタントとしてデビュー致しました。違うからな?

 

「…教えてくれリーリカ、俺たちはどこに向かってるんだ?」

「『最初は兵器と聞いて怖かったのですが、キュートな踊りに魅了されちゃいました!』ですって。次は───」

「聞いてくれよ」

 

俺の目は未だかつてない程死に絶えているが、実際リーリカの目も同じだ。

嫌な現実を見たくない俺と、さっさと終わらせて忘れたいリーリカの図である。

 

俺たちは輪斬りのレモンが浮いた鮮やかな赤い色のハーブティーを飲み、心の安定を図る。

本来酸味が強いが、少しハチミツを入れているのでややマイルドな味に変わっており、飲めばバラの独特な香りが鼻を抜け、気分はリセットされた。思い込みによって。

 

「………断ればよかったじゃないですか…あんな(いかれた)依頼」

「………信頼は大事なんだよ…大事だよな…?」

 

 

───事の発端は以前、金鉱の海賊討伐の前に来ていた依頼だ。

そう、血迷った女性アイドルグループが出してきたあれだ。

 

やつらの脳が腐ってヨーグルトになってるのは間違いないが、これは絡繰(からく)りがある。

と言うのも、以前のフレッくんのことが良い例だが、軍が背景に付いているグループがあるのだ。

あの時と同じように軍の印象操作の一環だ。怖いな。

 

1グループだけ動いてもあからさま過ぎるという理由で裏で結託したのか煽ったのかは知らないが、結果8つのグループからアタックされた。怖いわ。

 

「だから実際に裏に軍がついてるグループを探して、そこからだけは引き受けなきゃいけなかったんだよ…(しゃく)だが、非常に癪だがな。泥水を(すす)ってでも将来路頭に迷う選択肢を潰したいからな」

「私が負担になってる自覚はありますが、そこまでやる必要はなかったのでは…?」

 

泥水を啜ってるならもう迷い込んでるのよあなた、と言わんばかりの目を向けられる。

 

本当に悪かったと思ってる。

振付をやる俺はまだ金属の箱(モビルスーツ)に密閉されているからまだ良いものの、彼女は事務所のマネージャーやらアイドルやらに板挟みにされていたのだ。これには流石の彼女も(こた)えたようだ。

 

あぁ、それと今回も映像出演と言うか、撮影した動きを編集して彼女たちのバックスクリーンとしてなんか使うらしい。

 

 

そんなリーリカは溜息を一つ、もう一度カップを口元に運んでさらに一泊置いて心を鎮める。その様子、仕草、ほんと絵になるな…

 

「…必要なのはわかってますよ、嫌でも軍が背後にいることはわかったので…彼女たちのその…肩幅とかで」

「それは言うな」

 

背後どころか、もはやアイドル科でもあるのかよと言わんばかりである。

もしかして彼女らは広報官なのか?

だとしたら余計に無視できる依頼でもなかったわけだ。何でこいつら俺たちの予想をことごとく超えて来るんだよ。

 

結果として事務所に届けられたファンレター(俺じゃない、"ヴェーチェル(フレック・グレイズ)"宛てだ)がこちらに回された。

 

…しかしこんな依頼が来るのは異例中の異例だ。泥水を啜る(プライドを投げ捨てる)のは今回ばかりさ、そうだろう?

…そうだよな?なんでだろう全く自信がない。

 

 

───通常傭兵と言うのは著名な傭兵が雇い主と契約を交わし、その傭兵の元に旧知のグループやフリーランスの傭兵が集まるという形態が主流だ。

 

前々回の仕事で輸送を頼んだアドウェナじいさんも、そうやって著名な傭兵に集まるフリーランスの運び屋なんだ。

 

その時は"著名な傭兵"が俺だったわけで。

 

まぁ俺が誘ったんだけど。

分け前は減るが、信頼と命の前にはあまりに安い。

そもそもモビルスーツの輸送を考慮して道路が整備されてるとはいえ、全てがそうではない。

特に奇襲をするならば尚更既存のルートは論外、そう言う時に彼らのようなヘリなどで空輸する"運び屋"が必要となってくる。

 

傭兵はそうして必要な仕事に必要な連中が集まり、そこで一時の杯を交わし合うのだ。

別に美しくも羨ましくもないだろうが、それでもその瞬間を求めて死んだ奴を見てきた。

 

俺たちもそういう人種だった。

今は、ちょっと違うかもしれないけどな。

 

………まぁ詰まる所何が言いたいかと言うと、あれは絶対に傭兵の仕事じゃない(バックダンサー代わりは違げぇ)ってことだ。

 

「ともかく、だ。点数稼ぎにはそれなりになったはずだから次来ても断る…もう来てる?」

「安心して下さい。よく調べましたが軍関係ではなく、触発された(腐れヨーグルト)人たちからだけです」

「ゴミ箱に落とせ」

「もう昨日やってます」

 

お見事。

 

「ちなみに他の依頼は」

「以前から来てましたデブリ帯からのジャンク品回収依頼が1件…これはまだ先の話で余裕があります。それとアラスカ駐屯地から()()()もらった護衛依頼が1件です」

「相変わらず傭兵らしい仕事がないよなぁ」

「国同士の戦争がありませんからね。良いことですよ」

 

大規模戦争を忘れた世界に純粋な傭兵は厳しい世界だ。

まだFleckmans(フレックマンズ)()()()頃からそうなのだからモビルスーツ一機だけの俺たちでは尚更戦闘から遠のいてしまう。

 

 

加えて、かつて俺が予想していた通りの事態になってしまっている。

 

 

「軍との模擬戦もさっぱりなくなったし…鉄華団め…」

「子供相手に大人げないですよ?」

 

多少便宜を図ってもらっていた依頼も、やはり鉄華団がアーブラウ国防軍の軍事顧問になってから少なくなってきている。

逆に言えば信頼足る傭兵だと認められたからこそまだ仕事を回してもらえている。フレッくん?アイドル?次は何をやらされるのか戦々恐々なんだよ…今は忘れさせてくれ。

 

ガキ(子供)が好きなのか?」

「嫌いではないです」

 

成程面倒見は良さそうだ。

リーリカは表情の変化にはちょっと乏しいが(人のことは言えない)、何だかんだ抱きしめてあやしてそうな気がする。

 

「そうか…何人欲しい?」

「そうですね。二人は少なくとも」

「…」

「…」

「…」

「…どうしましたか?」

「え?いや?何でもないが?」

 

フォノグラフ(蓄音機)からは《君のために(ひざまず)いてもいい》という歌詞が流れてくる。

やめろ!俺を惑わすな!

リーリカが無表情でしたり顔をしている気がしてならない…あ?笑ったな今??

 

 

…咳払いを一つ、話を元の軌道に戻す努力をしよう。

 

「俺の人生の教訓は女と道具は大事にしろだ」

「初めて会った時、言っていましたね…子供は入らないんですか?」

「入らんな。それに覚悟を決めてるヒューマンデブリの連中に、何を言っても無駄だろうさ…ああまで成功した例は聞いたこともないが」

「そうですね…子供とはいえ、彼らもまた責任を持つ立場となったのです。それが流されるままだとしても」

「戦い以外の道がないものか、とか言わないんだな?」

「わかってるくせに」

「ははっ」

 

俺たちも同じ穴の(むじな)。綺麗ごとを喋るような人間じゃぁない。

…それに現にここまで功績を残しているのだ、下手な同情はいざという時命取りになる。

 

───だけど、リーリカはそうは言うものの、どこか煮え切らないような表情をしているのだ。

それが果たして憐れみなのか、彼女の優しさ故なのかわからない。

 

「…まぁ、ガキが自分の意地っ張りのせいで死ぬのは、ちょっと気の毒だけどな…誰かが首根っこ掴んでやんなけりゃ止まらんぞあれは」

「…彼らは、死ぬまで止まらないと?」

 

怪訝そうに彼女は問う。

 

まぁ傭兵どころか軍の人間、海賊すらも命は惜しい。

当然あいつら(鉄華団)もそうだろうが、割り切るのが早いのだ。どうにもな。

 

「そんなの知らん…ただ、根付いた"習慣"っていうのはそれこそ戦いから離れでもしなきゃ中々治らんよ。そういう風に叩き込まれてるんだ」

「詳しいですね…もしや会ったことが?」

「いや?俺がそうだったからな」

 

 

団長に拾われる前の話だ。

 

親父が刺されて死んでから路頭に迷い、後は()()()()感じでヒューマンデブリの出来上がり。

二束三文で買われ、二束三文すらも与えられずに二束三文のために戦う。

 

その過程で洗脳され、脅迫観念に駆られて命を投げ出す。

 

「染み込んだ命も(いと)わない戦い方がここぞという時に引っ張り出される。同じ寝床で生き抜いた仲間の前だと尚更な」

「………初めて、聞きました…良かったのですか。私に教えてしまって」

「何を謙遜(けんそん)してるんだよ、いいさ。ただ言うタイミングがなかっただけだしな」

 

 

だからこそ彼女に手を差し伸べてしまったのだ。

自身の過去と、父の教えと、団長に拾われた恩が染み込んでいたからこそ。

 

 

「…ガキを舐めてるわけじゃないが心配だよ…ガキの命じゃなくて、なまじ高い武力を利用されることがな。悪い大人なんぞ、それこそ腐るほどいる。割を食うのは、何もガキだけじゃない」

 

これはアラスカの連中も気にしていた。

 

どうにも国防軍本部の新設MS部隊と折り合いがよくないらしいからな。こんな話ばっかだ。

付け入る隙が見えてるのは冷や冷やする。

 

《今は君の愛を失ってしまったから───生きていけないよ…》

なんてことを嘆いているフォノグラフを、俺は小突いて電源を落とした。

いそいそと彼女と共に茶菓子と空のカップと、完全に存在を抹消していた封筒(ファンレター)を片付け意識を切り替える。

休み時間は終わりだ。

 

「とりあえずグレイズ用ブースターの調整だ。腰部には元々のスラスターがついてるから背面に取り付けるしかないんだが…」

「地上仕様だとバランスが取りづらくなりますね。取り合えず一度吹かしてみてOSの書き換えをしましょう」

「一旦取り付けない事には始まらないか。そうだな、2番ガレージに───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーリカ」

 

フィーシャが私を呼んだので、手にしていたタブレット端末から目線を大きく上げた。

 

目の前には灰色のフレック・グレイズの"ヴェーチェル"が両膝を格納庫の床に付いた状態でコクピットを開いている。

フィーシャはそこから身を乗り出すようにこちらを見下ろしていた。

 

「どうだ?」

「恐らくこれで大丈夫だと思います。後は実際に飛ばしてみないとなんとも」

「まぁそうだよな」

 

彼はそう言うとコクピットに備え付けられたワイヤーフックに掴まってするりと降りてきた。

 

私はそれを迎える。

 

降りてくるフィーシャの後ろ、ヴェーチェル(フレック・グレイズ)の頭の上からひょっこりと取り付けたブースターの頭が顔を出しているのが見えた。

二枚羽のプロペラの様な装甲が上下に伸びる一対の可動式のブースターが、今回背部に取り付けられた装備だ。

 

海賊討伐の際に彼らが抱えていたパーツを一部融通してくれた時に手に入ったもので、これでもって機動力を上げて奇襲に適した仕様にしていくらしい。

 

こうして見れば、小さな翼を背負っているかのように見えなくもない。

 

 

───グレイフレッくん!?その翼は…!?───

───見ていられないぞフレッくん、貴様も年を取ったものだ───

 

和む。

 

 

至極下らないことを考えていたからフィーシャはもう私の目の前に。

 

「………なぁ、怒らないから何を考えてたか教えてくれ」

「きっと来週にはこの翼を生やしたグレイフレッくんが登場するのだろうな、と」

「翼じゃねぇよ、戻ってこい」

 

怒らないとは言ったが素直に言いすぎだ、と彼はぼやく。

どうせ本気で怒るつもりもないくせに、とは言わないでおこう。

 

…そういえば今ここに|流れている曲は、翼に関わるタイトルだったなとふと思い出す。

 

 

『Mighty Wings』

 

 

私と彼が出会った時の音楽、私は彼の"最高の翼"で連れ出してもらったと言った所だろうか。

そう思えば、この小さな翼も頼もしく見えてくる。

 

「この翼で飛ぶのを、是非とも見てみたいものですね」

「そうだな、色々試してみたいこともあ───もう翼でいいか…気に入ったのか?これ」

「ええ、きっと人気が出ますよ」

「素直に喜べとでも?」

「ふふ」

 

流石に幾らかキャラクター使用料(でいいのだろうか?)を今後貰うことが出来るようになったので、人気取りも大事になる…彼は嫌がるけど私は何だかんだ気に入っているのだ、フレッくん。

 

私たちは傭兵なのだけれども、それでも平穏が一番なのだ。

そうした"平穏"の匂いを感じれるものは、やっぱり、安心する。

 

「ただ宙をひらひらと飛ぶだけの翼であったら良かったのに」

 

私の呟きに彼は一瞬呆ける。

 

こんな詩的な言葉を言うのは意外だったのだろうか?

彼は困ったように笑って目を逸らし、ヴェーチェルを見上げた。

 

「…そうだな…明日、飛んでみるか?風になった気分になれる」

「あら?デートに誘うならば眺めの良い席を用意してもらわないといけないのですよ?」

「参ったな。このヴェーチェル()は一人乗りだった」

「私はもう"最高の翼"に乗せてもらっているので大丈夫ですよ。あの時から」

「いつからそんな洒落たこと言えるようになったんだ?」

「その気になったのは、ついさっきからですね」

「…本当に素直な女だよ」

 

 

私はもう嘘をつきたくないのだ。

 

 

…何故?

いや、わからない、けれど…自分を偽ってはいけないと、まだ見えもしない(かす)んだ記憶の中に…そう思わせる何かがある。

 

 

きっとそれは辛いことだから。

 

 

《俺が感じたいように感じるまで》

そんなフレーズが彼のミュージックプレイヤーのスピーカーから流れてくる。

そう、覚えてはいないけれど、そうしたいからそうするのだ。ただ感じるままに、後悔しない道を。

 

───少し雑談をしながら一息入れた後、私たちは残していた後片付けをすることにした。

その後フィーシャはヴェーチェルを、私はタブレットをシャットダウンさせる。

 

…すっかり手に馴染んだ画面の消えたタブレットを眺める。

 

本来OSの書き換えは不可能なのだが、フィーシャには…正確には亡くなった団長さんにはギャラルホルンとの伝手が少しばかりあったようだ。

 

その関係から限定的であれど書き換えのためのソースコードを手に入れている。

 

だからこそ戦闘面のOSが死んだフレック・グレイズを横流ししてもらったみたいだけれど、私が来るまでただの重機と化していた。

 

『───え?プログラミングが、でき、る…?』

 

目の下に隈を作って、ただでさえだるそうな目が存在を主張していた顔を思い出す。

分厚いプログラミング用の参考書を片手に、タブレットを前にして彼はうんうん(うな)っていたのだ。

 

『おお…!行けそうか?よかった、これで生活リズムを戻せそうだ…』

『ありがとう。本当に助かった』

『まさに俺へのエヴァンジェ(福音)リエだよ』

『なぁ、俺にも教えてくれるか?』

『───の知っていることを教えてくれる?』

 

 

───…え?

 

 

「よし戻るか」

「あ…はい」

 

少しぼうっとしていたようで、彼の言葉で現実に引き戻される。

最近、よく夢も見る…思い出せないけれど…

目覚ましが鳴る前にも、中々起きれなくなってしまった。

 

 

 

あぁ、全て思い出したとき…私は何を選ぶのだろうか…?

 

 

 

「───SAUは日和見だし、まず動くならギャラルホルンだろうさ。なんせ戦争がなさすぎた。なんかあったら裏で暗躍してるんじゃないかと勘繰りたくもなる」

「それは同感ですね…少し探ってみたのですが」

「それはいつものクラッキング(不正な調査)?」

ハッキング(正当な調査)です。ぎりぎりを見極めてますから、ね?」

「まー俺はどっちでもいいよ、バレなければな」

 

失礼な。見つかっても黒と断定されないように暗号化しているんですからね。

 

「ギャラルホルンの通信の記録なのですが…」

「待て、待て待て…あーいやすまん、続けてくれ………」

 

え、大胆過ぎね?そんな表情を貼り付けたフィーシャが再度私の言葉を遮り…謝罪した。

言いたいことはわかる。でも話が進まないので素知らぬ顔で続ける。

 

「さすがに内容はわかりませんし覗くつもりもありません。あくまで"アリアドネ"を経由した通信履歴の記録に不自然な"()"を見つけただけです」

「…通信記録を抹消した跡があると?」

「はい。ギャラルホルンと関係がある、癒着や汚職のありそうな施設付近ではよくこの"穴"は見られるのですが、今回は地球のある特定の場所で何度かあったようです。施設も何もない場所で」

 

おおまかな地域は変わらないが場所は毎回違う。

逆にそれが怪しかったのだけど。

 

「…それだけじゃ憶測の域を出ようがないな…だがきな臭いのは間違いない」

「はい、結局は数多の通信履歴から統計的に割り出した憶測の域、でしかないですが…」

「何が出来るわけでもないし、巻き込まれないようにだけ注意しないとなぁ。ちなみにどこ辺りなんだ?」

「それが…アーブラウとSAUとの国境付近なんです」

「うわぁ………」

 

何もわからないが、わからないなりにやばいことだけはわかる、と言うような引きつった表情を浮かべたフィーシャ。

彼は目を閉じ、指先で数回自身の眉間を小突く。やや気まずい時間。

 

その間に沈黙ではなく、代わりにずっとリピートされているアップテンポな音楽が格納庫に響いてはいた。

《俺の心は激しく燃え上がる》と口ずさみながら。

ええ、もっと燃え上がってください。この気まずい間が全く持ってないですよ。

 

 

───そうして、彼は閉じた拳をパッと広げてこう言った。

 

「今日の夕飯なんだが」

 

哀れ、彼は頭を叩いて記憶を消し去ってしまったようだ。そんなわけありますか。

ただ、正直私も知った時は似たような心情になったので責められない。

 

それに結局、何もわからないに等しいのでどうしようもない。

だから私もさっさと用意していた話を差し込むのだ。彼が夕飯予定のオリヴィエサラダの話を終える前に。

 

「そういえば依頼というか…」

「ピクルスと香草を───どうした?」

「フィーシャに会いたいと言う人物が」

「俺に…誰だ?」

「ガラン・モッサと名乗る傭兵です」

「………へぇ?」

 

フィーシャの目が細められる。

 

彼が何を思ったかはわからないが、間違いなく、穏やかな心情ではなかったということだけは私でも理解できた。

 

 

《カミソリのように夜を切り裂くんだ》

 

 

そんな目をしていた。

 

 

 

 

 









Fleckmans(フレックマンズ)団員名簿
ブランドン:団長。壮年男性。元ギャラルホルンで退役後傭兵へ。死亡。
シャノン:副長。中年女性。元ギャラルホルンで団長の元部下。後を追い傭兵へ。死亡。
エドヴァルド:戦闘員。中年男性。火星出身でドルト2の元労働者。死亡。
バルトーク:戦闘員。青年男性。元海賊。団長とジャズバーで意気投合し鞍替え。死亡
エフィーム(フィーシャ):戦闘員。青年男性。元ヒューマンデブリ、阿頼耶識は無い。後に団長に拾われる。コクピットを破壊されるも奇跡的に生存。
ロベルト:壮年男性。団長と旧知の仲。クララと夫婦で所属、戦闘員の死亡により退団。
クララ:壮年女性。団長と旧知の仲。ロベルトと夫婦で所属、戦闘員の死亡により退団。

エヴァンジェリ(リーリカ)ーナ:マネージャー兼オペレーター。エフィームに拾われ、後に"福音"という意味の名前を貰う。

尚、現在はFleckmansという名前で活動していない。

■団長が好きだった映画と曲
トム・クルーなんたらさんが主演のとても有名な戦闘機映画。カッコいい。
Mighty Wingsはエンドロールに名流れた楽曲。
この小説を思いついた時に、たまたま最近映画を見直していた。

■ヴェーチェル(フレック・グレイズ改・寒冷地仕様)
翼…ではなくてグレイズ 用のブースターを装備した。
次の週の放送でさっそくグレイフレッくんが装着して登場した。納得いかねぇ。

■グレイフレッくん
サイボーグ忍者では、ない。

■リーリカ
だんだんフィーシャに似てきた。



本来"flecks of fibre"で棉ぼこりとなるので、"fleckmans"だと"小片男たち"か、"そばかすの男たち"という意味になってしまいます。
歌詞でも棉ぼこりは"a ball of dust"として使われていますが、この世界だと"flecks of fibre"だったという事で一つ。

要はDon't think, feelということです。雰囲気でやっていきますよー。


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