綿ぼこりたち   作:凍り灯

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大変お待たせしました。

今回、戦闘描写は一話で纏めるつもりが纏まらなかったので二話に分けてお送りいたします。

尚、今作では設定資料でしか出てない(本編でもそうなのかわからない)フレック・グレイズのギミックとかが混ざるのでご注意ください。詳しくは後書きにて。

※前回の話の最後の部分の状況が分かり辛かったので補足する文章を追加してます。前話に戻って確認する程ではないですが一応ご報告だけ。
※さっそく誤字報告ありがとうございます。適用させていただきました。
※たまたま見返してたら誤字見つけたので修正しました。10/14







Don't come back

 

 

 

 

 

日も落ち込んだ夜の鉄色がかった紺の中。

それに紛れるような灰緑色(かいりょくしょく)の大型テントからはランプの灯りが漏れている。

 

ガス燃料の詰まった缶の上に取り付ける簡易的なコンロから、細い火が吹き上がる音。

コポコポとチタン製のケトルの中で湯が沸き上がる音。

 

やがてカンッ、とチタンらしい軽い金属同士がぶつかり合う小気味良い音までもが加わり、暖かなランプの光と合わせて心安らぐような雰囲気があった。

 

しばらくするとそれらの音は止み、湯気の立つカップを持った人影が折りたたみ式の布張りの椅子へと腰掛ける。

カップはアルミ製のどこか頼りない鉄骨でできたテーブルの上へ置かれ、淹れられたコーヒーは音もなく熱を逃がすばかり。

 

腰かけた彼が手に持つのは今時珍しい印刷された写真。

…男はわざわざ紙媒体の写真など持つのはナンセンスだと思っていた。だからこれは所謂贈り物、或いは記念品だろうか。

 

椅子の背もたれに寄りかかり、意味もなくそれを眺める。

 

写真には複数人の男女、皆思い思いの笑顔を浮かべていて…男の目線は自分が映る位置、その隣にいる男女だ。

 

一人は"角笛"の所業を嫌い自由を求めた男。

一人はその男を追って飛び出したお転婆女。

 

 

二人ともすでにこの世にはいない。

 

 

写真を裏返せばサインペンで書かれた多くの名前。男はとある二人の名前を見やる。

 

"ブランドン"、そして"シャノン"。

 

───男、ガランは目をつぶりあの頃を思い出すように小さく笑った。

 

 

「許せよ。いつかあの世で文句は聞くさ」

 

 

ガランはその笑顔の後、写真をライターで燃やした。

 

テントの隙間風によって、灰が舞い上がり流れてゆく。

 

そして彼は冷ますつもりのなかった冷たいコーヒーを宙に掲げ、まるで正面から突き出されたカップへとぶつけるように手首を揺らし、心の中で誰に言うでもなく「乾杯」と呟いた。

 

ただ一思いに飲み干し立ち上がる。美味いわけがない、だがそれもまた若い頃、まだ不味いコーヒーしか淹れられなかった死んだ男を思い出すようで苦笑いを浮かべた。

写真は燃やしたばかりだと言うのに。

 

あぁ、仕事の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が上がる。高く空へ。

 

見上げた空は人工的な空、ちょっとやそっとじゃ吸音されるはずのそれらの声は、だけどあまりの多さと大きさによって僅かに反響して聞こえるほど。

 

やがて一呼吸入れるように全ての声が一瞬だけ途絶えた。

次いで瞬きする間もなくにつんざくような発砲音。拳銃なんてものじゃ出てこないような大音量のそれは先ほどの声と同じくあまりに多く、大きい。

 

 

───スペースコロニー、"ドルト2"の吸音機構は今度は全く間に合わず、コロニー中に無辜(むこ)の人々を震え上がらせて止まない銃声を響き渡らせ続けた。

 

その中に混じる悲鳴は暴力的な鉄の雨に掻き消され、やがて静かになる。

 

俺はその音を聞き、悪い予想が当たったことを嫌でも理解した。

 

 

「ギャラルホルン…」

 

通りを一つ挟んだ、決して遠くない位置で行われた凶行。無気力気味な今の俺でも流石に何も感じるなというのは無理があるってもんだ。

 

だから何が出来るわけでもなし、せめてと角笛の凶弾に倒れたであろう人々を想って目をつぶり、無機質な空を見上げた。目的であるエド(エドヴァルド)の遺品を家族に渡すこともできた。もう、ここに居座る理由はない。

今すぐは動けないだろう、宇宙港はどうせ封鎖されている。ほんと厄介なタイミングで、来ちまったもんだ。

 

 

───不意に額に鈍い痛みが走った。

 

加えて酩酊(めいてい)感に近い、(かす)みがかった思考へと移り変わる。

だが俺の足はそんなもの知らないと言うように淡々と歩き続ける。まるで頭だけが()げ替えられたようだった。ぐらつく視界は前へ前へと進み続ける。

 

…やがて立ち止まった"俺"は再び視線を上へと向ける。だけど今度は空ではない。

どこだ?

俺の勝手に動く身体は、明確に何かを見つけた、と言うことは何となくわかった。

 

頭痛と耳鳴りが酷い、ぼんやりとした街の静寂の中───

 

 

「お…?スナイパーだぁ…?」

 

 

そんな間抜けな自分の声。

 

と、直後、弾ける火薬の音。その音に、再び頭が痛み出した。

 

ビルの中層、その窓際に陣取っていた黒服の二人組が何やらまくし立てている。俺に言っているわけではないらしい。

そうしてその場を急いで退いていく二人組。スナイパー。誰かを、狙って…?殺した?殺し損ねた?

 

 

俺の額からは何故か血が流れ始めた───だがこれは、今できた傷ではない。

それは目元を伝い口元へと入り込み、このぼんやりとした意識からは程遠い、はっきりとした苦い鉄の味を俺に認識させる。

 

…唐突に、その味はかつてのヒューマンデブリ時代、その記憶を思い出させることになる。

 

急激に色づく苦い記憶のおかげで、俺はようやくこのいつかの夢から蹴り起こされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───フィーシャっ!!」

「………っ!!」

 

目に入り込んだのは間近で叫ぶリーリカの顔、声はどこか遠く聞こえる。俺の後ろで結んでいた黒髪は解け、鬱陶(うっとう)しく視界を(さえぎ)っている。彼女は焦燥に駆られ、だがそれでいてその目は鋭く冷静さを失ってはいなかった。

 

彼女のその顔の先、開け放たれたままのコクピットから見える光景を目に入れた途端、俺は反射的にレバーを引き、フットペダルを踏み込んだ。

 

 

───回避行動。モビルスーツの急制動によって、動作確認用に使用していた内蔵された予備電源である水素エンジンから、エイハブリアクターへと供給ラインが自動的に切り替わる。

未だに開け放たれたままのコクピットを庇うように左腕のシールドを構えつつ、半壊した格納庫の壁を突き破り脱出。その衝撃と金属をへし折るような余りに大きな不協和音にリーリカは持っていたタブレットを手放し、思わず俺の身体にしがみ付いた。

 

装備されているシールドはアリアンロッド仕様のグレイズシルト、その半壊したシールドを再利用したものだ。

いくらフレック・グレイズ が小柄とは言え本来より半分以下のサイズになってしまったシールドでは全身を守ることはできない。必然、コクピット周辺だけを守ることになるが瓦礫の中を突っ切るには些かサイズ不足だ。

 

粉塵が目前を覆いつくし、劣悪な視界と空気にそれでも冷静に機体を走らせる。

 

 

リーリカは俺に抱えられるようになんとか掴まっていたようだが、機体の揺れがマシになったその瞬間、彼女は咄嗟に頭上のレバーを引いてコクピットの隔壁を閉めてくれた。

 

ナイス。そんな言葉を口走るも鼓膜をつんざく轟音のせいか自身の発した声すら耳鳴りに埋もれる。コクピットを閉じたことで一瞬途切れた視界が内部のモニターから映し出され、現状を整理するために頭を働かせた。

 

身体をリーリカごと前かがみに持ち上げ、「ベルト」と視線を逸らさずに短く言葉を出せばリーリカは素早く意味を理解し、シート奥に埋め込まれたシートベルトを引き出して手際よく二人の身体ごと括り付ける。

 

エイハブリアクターの関係上、コクピットはリアクターから発生する疑似重力によって、発生するGを抑制するためかシートベルトを使用しない人間も多い。だけどヒューマンデブリあがりのモビルワーカー乗りだった俺はベルトを締めないと落ち着かない性分だった。

特に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()このフレックグレイズであるならば尚更。

 

 

より密着した状態からリーリカのやや早くなった鼓動を感じながら細く短く息を吐き出す。

2人分の人間が無理やり重なった状態だ。操作の難易度が上がったこんな状態だが、やるしかない。

 

絶えず愛機であるヴェーチェルをスラスターによって不規則に走らせる。

射撃位置は割れてる。木々の合間から姿勢を低くしたゲイレールが一瞬遠くに見えた。右手に握ったライフルを左腕に乗せる独特の構えだ。さすがに補足されたことには気が付いているだろうが、その場を動く気配はまだない。

 

「頭の位置を下げてくれ、見づらい!」

「わかりました…フィーシャ、額の怪我は…!」

「額?…っ」

 

今更、額の痛みに気づき思わず顔をしかめた。運悪く破片が掠めていたか!

夢の中で口に感じた血の味、それは額から流れ出た血が口内に侵入していたのだということを、たった今理解した。

 

意識を彼方から呼び戻したのは傷の痛みではなく、血の味だった。

 

 

───これがなきゃ夢の中のままお陀仏だったか。

 

 

運が良かったと言うしかない。

動作確認をしていたのがシールドのついた左腕でなければ終わっていただろうし、リーリカもあんな近くにいなければ今のように抱え込むこともできず、ヴェーチェルの足元に放り投げられて瓦礫の下に埋まっていたことだろう。

 

至近距離の衝突音に耳はやられ、運悪く頭部に与えられた衝撃に意識を失う…それを鉄の味…味覚によって意識を取り戻すとは。

 

 

───それはデブリ時代、満足に栄養を取れなかったことの亜鉛不足からなる"自発性異常味覚"によって、絶えず感じる苦い鉄の味に悩まされながら送る思い出したくもない日々を思い出したからだ。まさかこんなことで命拾いすることになるなんて。

 

 

苦い記憶の味を飲み干し、警戒を───

 

 

衝撃。

 

ギャリンっ、と言う音が密閉されたコクピット越しに響き、リーリカは息を呑む。

被弾箇所はまたしてもシールド。しかしその位置に危機感を覚えざるを得ない。シールドがもう少し違う位置にあれば隙間からコクピットに直撃していたであろう位置だ。

 

 

───こっちのランダム機動を読んでやがる!

 

 

数発撃たれたとこで装甲は撃ち抜けない。だが、パイロットは別だ、特に無理やり二人乗りなんてしてる今の状況はよくない。同乗者が戦闘行為に不慣れであればパニックに陥る可能性があるからだ。

 

…だが、リーリカという女は、人一倍冷静である。

 

「───機体への被害状況を確認します。エイハブリアクターは正常に稼働…ですが、急稼働による()()が発生、FCSに異常あり。武装自体は全て異常なし、ガレージ突破の際に左脚部の装甲が一部歪みあり、膝部(しつぶ)の関節に乱れあり、詳細検査中。また、左肩部の装甲に歪みがあるようですが左腕部の可動域に影響はありません。背部追加ブースターは若干出力に乱れがあります。特に衝突した左側が不安定です。バランサーで補える程度ではありますがこれ以降の衝撃には注意してください…膝部の検査結果出ました、装甲の歪みが関節を圧迫しているだけに留まらず、ショックアブソーバーにまで影響が及んでいます。左脚部に負担をかける行動をする際は姿勢の立て直しが遅くなる可能性が高いです」

 

さっき取り落としたタブレットを使い機体状況を整理してくれる。有線で繋がれたそれはOSの改良にも使える高品質のものだ。

普段はヘリのシートにいる彼女だが、どうやらたかが場所が変わっただけとしか思ってないらしい。次々と俺が今知りたがっている情報を教えてくれる。

 

あまりに頼りがいがありすぎてついつい笑みが零れる。

 

 

そして思う。彼女だけは絶対に死なせたくないと。

 

 

機体付近に着弾。

遠距武器はライフルのみか?

俺も愛用している、単発式の110mmライフルだ。左腕部にマウントしているのはシールドか。にしては小さすぎる。近距離武器にピッケル…そんな扱うのが難しいもんを装備しているということは必然的に手練れの可能性が高い。単機で来ていることからもその自信が(うかが)える。

さらに背部にホバーユニット。

 

…奇しくも似てる構成だ。

 

ライフルにシールドとマチェット。背部に追加のブースターの類。

だがこちらは加えてシールドに隠した小型パイルのほかに同じようにシールドに隠れたフレック・グレイズのサブマシンガン、頭部にスモークグレネードと虎の子であるミサイル。手数だけならば負けていないか。

 

しかし問題は…

 

「リーリカ!パイルのOSは?」

 

 

まだパイルの攻撃の動作機動のOSが完成していないこと。

 

 

再度シールドに着弾。衝撃が俺たちを揺さぶる。

 

「っ…未完成です!」

 

 

───腕を引き、前へと押し出し、パイルを打ち込む。

この動作を全てマニュアルで行うのは難しいなんてものじゃない。腕だけではなく腰の動き、重心の移動も含まれるからだ。

だから一連の動作をOSに登録することで最適化し、パイロットへの負担も大きく減らせる。

だが今、パイルバンカーに限ってそれがない。

もともと破損してしまったOSを再利用して一つ一つ自力で更新して何とかやりくりしていたのだ。本来あるはずの動作も入っていなかったためそれの設定が間に合ってない。

 

つまり、パイルを使いたいならすべてをマニュアルでやるか…今ここで設定するしかない。

普通に考えれば無茶だ、時間も俺の力量も足りない。

 

「戦闘機動中にできるか?」

「やるしかないのでしょう?」

Прикольно(プリコーリナ(いいね))!頼んだ」

 

それを合図に俺は反撃に出る。右腕のライフルをゲイレールに向けて撃ち牽制。

 

───今の今までエイハブリアクターの急稼働の()()を受けていたために火器管制システム(FCS)が正常に作動していなかった。反撃に出れなかったのはこれが原因。

金鉱の時みたいに事前に想定しているならともかく、アイドリングでもない状態からの急激なエネルギー供給に機体の方がエラーを起こしていたということだ。中古品故の弊害(へいがい)だろう。

ならば、と接近戦に持ち込むことはできたが、ピッケルを操る腕を警戒して近づいていない。

 

ゲイレールはこちらの射撃を大きく横へとスライドしながら回避。その動きの中でも的確な射撃を止めてはくれない。

 

射撃と合わせて頭部の内蔵されたミサイルのロックのためにツインアイをゲイレールへと向ける。

LCSを応用したレーザー誘導によって射出されるそれは、当然のように存在に気付かれていたようで継続的な補足ができないように立ち回られ、残念ながら期待できなかった。

…どちらにせよ、火薬入りはもう一発しかない。使い時は選ばなくては。

 

そして肩の装甲を掠めるようにまた一発。

 

やつは何故だか、接近戦を仕掛けてこない。最初の格納庫からの脱出の時程隙だらけな瞬間はないだろうに…

 

だが好都合だ。長引けば長引く程こちらとしては助かる。

相手の機動…リズムを読むのに時間は必要だから─────────

 

 

 

『よう、エフィーム』

 

 

 

男の声が、スピーカーから聞こえてくる。

 

LCSによるモビルスーツ間の通信だ。

 

 

………予想はしていたさ、こいつが関係あることは。

 

 

「─────────ガラン」

『そう辛気臭い声するな。誰か死んだか?』

 

友人に話しかけるように気さくな声だ。殺意の欠片も感じないようなあっけらかんとした声。だが射撃は止まっていない。

 

「…リーリカがいるところを狙ったのか」

『それとどうせならトレードマーク(ヴェーチェル)と一緒にとも思ってね。せめてもの温情というやつさ。だがその様子だと…なる程、どうやら死んでないようだな。コクピットの高さから落ちた上に加えてあの瓦礫の山で生き残れるわけもない。大方相乗りでも楽しんでるんだろう?羨ましいもんだ』

「ざまぁないな。あと辛気臭い声なのはお相手があんたと分かったからだよ…二度と会いたくなかったぜ」

『そいつは光栄だ。安心しろよ、三度目はない』

「だろうっ…な!」

 

互いに円を描くように一定距離を維持する機動から一変。示し合わせたかのように俺とガランの機体は急接近する。

 

俺はヴェーチェルを左腕のシールドを前に押し出すように構えたまま半身にさせ、ライフルを腰部にマウントさせたマチェットに持ち替える。さらに右腕のマチェットを背面に回してガランから刃が見えないように水平に構えた。

マチェットのリーチを相手に直前まで認識させないためだ。

 

対するガランのゲイレールは右腕のライフルを下げ、左腕のピッケルを頭上に振り上げた。

地上戦用のホバーユニットの分だけゲイレールの方が早い。

 

ガランを迎撃するように速度を合わせていた俺に衝突する直前…ガランはヴェーチェルに届かないはずの位置でピッケルを振り下ろした。

 

「は」

 

ピッケルが勢いよく地面へと突き刺さる。

空振りの振り下ろし。明らかに隙だらけ。

 

 

明らかに、罠。

 

 

「…っ!!」

 

構わず後ろ手に回したマチェットを振り抜く。狙いは振り下ろしたばかりの右腕。

罠ならばこれ以上の踏み込みは危険、欲張らず、まずはピッケルを無力化する。最悪の場合マチェットは手放す覚悟だ。

 

『踏み込みが浅いぞ?怖じ気づいたか?』

 

───今までで一番でかい衝撃が俺たちを襲う。リーリカの短い悲鳴。弾かれた?タックルか!!

 

見れば右肩を突き出すように身を固めているゲイレールが。

振り下ろして地面に突き刺したピッケルを軸に、ホバーユニットによる強引な急加速を使って遠心力を加えたタックルのを繰り出したのか!

 

完璧なカウンター。

右腕は機体と共に弾かれ、シールドを構えた左腕も衝撃で前方へと伸びきっている。

 

───まずい!

 

回転の軸にさていたピッケルは既に地面を離れ、こちらへと突き出されていた。

ゲイレールはそのピッケルを手首を使ってくるりと回転させたと思うと…ヴェーチェルのマチェットは宙を舞っていた。

 

「右腕に異常あり!手首の関節が正常に稼働しません!」

『リズムを乱すのは基本だとブランドンに教わらなかったのか?まだまだ青い───』

 

 

───直後、前方へと伸びきっていたヴェーチェルの左腕、そのシールドの影から銃弾がバラまかれる。

シールドによって存在を隠し通していたサブマシンガンだ。

 

装甲を貫くには貧相ではあるが、至近距離から放たれたそれはゲイレールの左腕のピッケルを弾き飛ばす。

 

 

「団長から手の内を隠すのは基本って教わらなかったのか?」

『…これは一本取られたな、ガキめ』

 

汗が噴き出す。だけど呼吸は一定に。

 

───次は押し通される。

 

このままではそうなると確信した。

今のはまぐれだ。ピッケルに当たってなければ畳みかけられていた!

ガランと俺では大きな差がある。それは経験もそうだが、機体性能も込みで。あのゲイレールのスペックは通常より高いのは間違いなかった。少なくともかつて俺たちが乗っていたゲイレールよりは!

 

目を離すな。そして己にも目を向けろ。

 

まだ左脚部の不具合にガランは気が付いていない。深く踏み込まない判断をしたのはそれを考慮したからでもある。

加えて今やられた右手首。

悟らせるな。必ずつけ込まれる。動きを最適化させなくては。

 

 

"───戦闘で大切なのはリズムだ"

 

 

リズムを整えろ。戦場のリズムだ。常に揺れ動く不定のリズムを把握しろ。言ってしまえばそれも一つの音楽だ。

相手を見ろ、必ず"リズム"がある。古い映画のフィルム、その恐ろしく細分化されたコマのようにやつの動きを細分化しろ。そしてタイミングを合わせるんだ。相手の挙動に、ガランは()()()()()()()()()

同時に急接近をしたのがいい証拠だ。おまけに手痛いカウンターまでもらった。

 

 

ガランがライフルを撃ちながら後退する。狙いは落としたピッケルか。

 

もう一度あれを使わせるわけにはいかない!左腕のサブマシンガンと右腕のライフルを同時に撃ち込み妨害する。幸運なことに右腕は狙いを定める上では問題はなさそうだった。

背部の追加ブースターを吹かしてゲイレールに追随(ついずい)。距離を離させないで追い込む。

 

ピッケル付近へサブマシンガンをバラまいたのが効いたのか、拾うのを諦めゲイレールは跳躍。

同時に俺はヴェーチェルの背部ブースターをカット。このブースターも不調なため多用はできない。今はまだ大丈夫だが必ず()()が来る。

 

 

"人の心臓が脈打つように、モビルスーツにもリアクターの鼓動がある"

 

"人もモビルスーツもリズムというしがらみからは抜け出せない"

 

 

心の中でかつての団長の教訓を反芻(はんすう)した。

機械の調子に耳を傾け、無駄を無くせ。俺自身の思考も操作も。それが相手より先手を取るために必要だ。

 

長引けば確かにガランのリズムを理解しやすくなる。

だが()()()()()()()()()

ヴェーチェルのこの調子ではそう長くはもたない。

 

短期決戦に持ち込むしかない。

 

問題は。ホバーユニットの速度に追いつけないこと。さらにガランがピッケルを拾おうとしているのを妨害するために、ピッケルを足元に置く立ち位置も大きく変えられない。

 

───いつのまにかヴェーチェルを中心に、回るようにガランがゲイレールを軽々と駆り、俺を翻弄していた。まるでこれは、狩り。

 

 

『あぁ、そういえばいるんだろう?眼鏡の嬢ちゃんは』

「…」

『だんまりか、つれないな。せっかく面白いことを教えてやろうと思ったんだがな』

 

俺の神経が磨り減る以外は進展のない、ジリ貧の撃ち合いが続く。いや、ガランが話したいがために続けさせられている。ならば大きく機体を動かしていないこの状況を維持して破損個所の消耗を抑え、チャンスを待つべきか…

 

『お前を調べさせてもらったが───あぁ、嬢ちゃんじゃない、エフィーム、最初はお前だった。そしたら嬢ちゃんのことを知ったわけだ。興味を持ったのはそれからなんだがな?───"エヴァンジェリーナ"、愛称は"リーリカ"か』

 

このタイミングでおしゃべりってことは碌なことを言うわけがない。

だが開かれっぱなしの回線はハッキングによってロックされている。聞いてやるしかないな。

 

「趣味が悪い。けど女を見る目はあるみたいだな」

『お褒めいただき感謝するぜ』

 

やっぱムカつくなこいつ。

 

『おまえのくれた"フレッくん"とか言うやつも役に立った。元の監修はギャラルホルンらしいな。知っての通り角笛とはちょっとした伝手があってな、詳しく教えてくれたよ、お前たちの事を。ありがとよ。こうまで早く辿()()()()、動き出せたのはお前のおかげだ』

 

クソが、完全に余計な事だったじゃねぇか!何が「恐れおののけ馬鹿野郎」だ過去の俺の馬鹿野郎。

牽制のつもりが逆効果だ…こいつ、もしや…()()()()()()()繋がってやがるのか…?それに辿()()()()()だと?

 

俺は胸の中のリーリカの身体を少し強く抱え込んだ。嫌な予感がした。

リーリカもタブレットから手を離すことは無いが、何かを感じたらしい。無意識に身を寄せてくる。

 

ガランがぺらぺら語り始めた現状、互いに無暗に撃ち合うことは無いが、隙を狙っては互いの装備の破壊をしようと試みる振りをし合っている。

やがて互いのモビルスーツの足が止まる。距離を取り、銃口は突き付け合ったまま。

 

その銃口の先は互いのコクピット…を庇うシールドに向いている。少しでもどちらかが照準をずらせば、先程のような撃ち合いが再開されるだろう。

 

『エフィーム、お前と嬢ちゃんが一緒にいるようになった頃に、ちょうど面白いことがあった───"夜明けの地平線団"、知ってるだろう?この海賊共がギャラルホルンの輸送船団を襲撃したらしい』

 

 

 

───『墜落船の残骸処理、及び行方不明者の捜索』───

 

 

 

不意にかつての記憶が蘇る。

あれはそう、ギャラルホルンからの依頼だった。

作業自体に、何かあったわけではない。幾人か近場の傭兵も駆り出されてたし、ただ言われた通りに残骸の処理をしただけだった。

 

 

リーリカと出会ったこと以外は。

 

 

『ほとんどは難を逃れたらしいが、運悪く一隻の輸送船が逃げきれずに損傷、地球の重力に負けて落ちた…その場所は"SAU領内のモニュメントバレー"という地域。まぁこういうことはたまにある話さ、だが今回偶然にも、落ちた船はちょいとよろしくないものを運んでいたらしい…わかるか?』

「………」

『船員は大半が落ちた時に死んだらしい。なんとか生きてたやつらも、火災でお陀仏…全てが焼け落ち、運ばれていた"物"も失われたと、そう思われていた………だがもし生きていた"モノ"があって、逃げ出していたとしたら?幸い厳重に保管されていた"モノ"は、落下の衝撃程度では、死ぬことは無かった』

「"モノ"、ね…」

『どうせ予想の一つにあったんだろう?そうさ、人間さ。当然、ただの人間じゃない。実験用のモルモットらしいぞ?なぁ?─────────"フミタン・アドモス"、死んだ人間よ。思い出したか?』

 

 

 

彼女の鼓動が、早まった気がした。

 

 

 

「いえ、全く」

 

気がしただけだった。

 

 

 

 

 









私は(一先ず)地獄(仕事)を切り抜けたぞー!!ジョジョーッ!!(テンション行方不明)
仕上げられたのは間違いなくありがたい感想のおかげです。ありがとうございます。

まだ一段落しただけなので次話はいつになるのか…
首を長くし過ぎてお待ちください。


■用語補足
・Прикольно(プリコーリナ):かっこいい!いいね!という意味のロシア語のスラングです。
・"ブランドン"と"シャノン":シャノンが誰か忘れた人は五話の後書き参照。
・シートベルト:フィーシャは真面目に付けている。

■ヴェーチェル(フレック・グレイズ改・寒冷地仕様)
フレックグレイズの初期案に「コクピットブロックを分離することで簡易的なモビルワーカーとなる」というギミックがあったそうなのでその設定を採用。実際に本編でも生きてる設定なのだろうか?
一体どういう仕組みなのかは…ふふふ(目線を逸らす)
フレックグレイズが主人公機ならではのことがしたくて最初から予定してたのでご容赦を。

取り合えずPS3のディスクも起動できる初期型PS4よろしく、フレックグレイズも初期型はそんな機能もあったと言うことで一つ。プレミア!尚、粗大ごみ扱いで売られた模様。





■エヴァンジェリーナ(Евангелина)
愛称で"リーリカ"と呼ばれている。
何の因果かフィーシャの存在が、"フミタン・アドモス"を生かし、リーリカ(福音)として生まれ変わらせた。




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