綿ぼこりたち   作:凍り灯

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思ったより早く仕上がりました。
後半になります。







Let's introduce ourselves

 

 

 

 

 

半壊した格納庫、そこから少し離れた場所にある草原はかつて5機のゲイレールが動作確認用の試験場としていた場所。エフィームことフィーシャが拠点の崩壊を危惧したのか、それともガランが戦いやすい場所へ誘導したのかは定かではないが、いつのまにか戦場はそこへと移っていた。

 

そもそもが山一つ入るような広大な土地を今は亡きfleckmansの団長が買い取り、拠点としていた場所。だからそこはそれなりに広く、樹木を引っこ抜いて慣らされた平地ゆえに、上から見れば生い茂る針葉樹林の中にぽっかりと大きな穴を空けているように見えることだろう。

 

その大穴の中で深緑色のゲイレールと灰色のフレック・グレイズが互いに銃口を突き付けながら対峙する。

 

ゲイレールは左腕部の小さなシールドをコクピットを守るように持ち上げつつ、110㎜ライフルをその左腕に乗せる独特の構え。脚部は左右に肩幅よりやや大きく開かれ、足一つ分だけ左脚が前へ出ている。

 

対するフレック・グレイズも左腕のシールドでコクピットを守る姿勢は変わらず、同種の110㎜ライフルはシールドの右側から覗かせるように構える。ゲイレールは機体正面をフレック・グレイズに向けているが、小柄なモビルスーツは膝部の装甲が歪んだ左脚を前に出す半身の姿勢。

両肩部から突き出て見える背部のブースターは時折火花を散らしており、突き出したシールドも弾痕が生々しい。

 

 

どちらが優位かなど、明らか。

 

 

まるで戦闘の一瞬を切り取ったかのようなその場面は一見すれば膠着(こうちゃく)状態に見えるが、しかし実際には間違いだ。

 

フレック・グレイズが()り足で左脚を前へ詰める。ゲイレールが右脚をほんの少しだけ引く。

フレック・グレイズが右脚をやや横へ逸らす。ゲイレールが機体の腰を少し低く下げる。

 

互いの銃口は一度も逸らさないままに、次の動作を互いに読み合う静かな戦い。

餌の()き合いだ。自分の思った展開へ持っていくための、眼前の敵に自分に有利な行動させるための予備動作(フェイント)のぶつけ合い。

 

一瞬でも気を抜けば次の瞬間どちらかが飛び掛かってしまいそうな緊張感の中、二人…いや、三人は通信を交わす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───抱えたリーリカの鼓動を感じる。こんな状況でもリーリカのそれは一定だ。鋼の心臓なのは間違いないな、それと汗臭くないかな、なんて場違いなことを俺は思った。

 

「…"フミタン・アドモス"?」

「らしいですね」

 

戦場の()の空気に当てられているためかやや緊張を感じるものの、リーリカはだいたいいつも通りな声色でそんなことを言った。

その間もタブレットを動かす手は止まらない。彼女の"戦場"はそこだからだ。

 

「出生が分かっても、やはり思い出せないですか…期待はしていませんでした。記憶が戻る時と言うのは、本当に何がきかっけかわからないようですから」

 

それは、かつて二人で調べ上げたことのことを言ってるんだろう。

 

記憶が戻る"きっかけ"というのは様々だ。それは母親の料理の味だったり、或いはペットの犬の匂いだったりする。

いや、むしろ味覚や嗅覚こそが思い出に直結していることが多いらしい。

例えば、特定の匂いから、それにまつわる記憶を誘発する現象を"プルースト効果"と言う。

そうなってしまうのは、嗅覚は脳の中でも本能的な感情を(つかさど)大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)に直結しているからだとかなんとか。

 

つまり匂いは特に感情や記憶に直接作用しやすいらしい。

 

 

…つまるところ、今の彼女に、他人の"言葉"は、思ったよりも力を持たなかった。

 

 

『ふん、つまらんな』

 

それはガランも承知のことだったようだ。運が良ければ、程度にしか考えていなかったのだろう。

 

どちらかというとこれは、リーリカから間接的に俺を揺さぶるための手札の一つ。

もしリーリカが記憶の断片でも思い出し、その素振りをあからさまに見せるようなことがあれば俺なら()()()。それ程に俺の中で彼女が占める割合は大きい。

 

その小さな隙をガランは逃しはしなかっただろう。この瞬間も、互いに銃口は突き付け合ったままにプレッシャーをかけあっているのだから。

…まぁ結果は御覧の通りだが。

 

「ありがとよ、ガラン」

『ほう?そう思うなら両手を上げて欲しいものだ』

「言ってろ」

 

それでも礼はしなくちゃいけないだろう。俺たちでは簡単に辿り着けない答えを教えてくれたのだから。

だからこそ、こいつを殺さなきゃならない。リーリカを殺そうとした、それでいて多くを知っているこいつを。

 

 

俺たちを殺そうとした理由は?

リーリカの過去は他にも知ってるんじゃないか?

あの時、バーで会った時から、最初から殺すつもりだったのか?

…団長との思い出は───あの懐かしむような笑みは嘘だったのか?

 

 

出来るならば聞きたいことは色々あるさ。

どうせ教えてくれないんだろう?大してこの男の事は知らないが、そんな気がする。

 

状況はまだ大きく動かない。それはガランの策が不発に終わったからだ。

ならばやつが手札を一つ切った今、俺も手札を一つ切る。

 

───予備動作もなく、頭部のミサイルポッドのハッチを開かせ、小型ミサイルを一発、垂直に打ち出す。

 

互いにほぼ静止状態。であれば今まで定まらなかった頭部内蔵ミサイルの照準は既についていた。

 

ミサイルは虎の子ではある。…が、その実、頭部に内蔵されたスモークグレネードとの相性は悪い。煙幕によってレーザー光が散乱し、命中精度が著しく低下するからだ。

 

 

先に使う方が、後のヴェーチェルの行動を抑制しないと判断した。

 

 

『思い切りが良いな!』

 

やつも予測していないはずがない。そう言ってガランは動き出す。

 

待て、()()()()()()()

それで一つ確信した、こいつは間違いなく俺のことを調べ上げていると。

恐らくやつはミサイルの残弾数については把握している。俺の購入履歴と軍に提出している戦闘記録を把握していれば自ずと分かってくるからだ。

だから「思い切りが良い」なんて言葉が出てくるんじゃないか?

 

 

俺はガランの言葉を聞いた直後、やり方(殺し方)を決めた。

 

 

そしてこれは賭けだ。

 

やつにとって、パイルバンカーの存在は()()()()()()の可能性が高い。

 

サブマシンガンの時ですらやつの意表を突けたんだ。今も尚隠し通している武器、且つ()()()()()()()()に関してなら?

 

この短い戦闘の合間で理解している。このまま正攻法でやっても勝ちの目が見えてこないということは。

機体の損傷具合がそれに拍車を描けている。

 

だから賭けるしかない。やつの()()()()()()と、()()()()()()に。

 

 

───あぁ悪くないな。

 

 

短期決戦。

それは変わらない。皆が生きていた時から、俺はずっとそうだった。

ヒューマンデブリ時代の劣悪な環境下で生き抜くための癖であり、その癖を伸ばすべきだと導いてくれた団長の教えがあったから。

 

だけどこうまで無謀なことを仕出かそうとしたことがあったか?"敵"と"仲間"を信じた上で戦うなんて。

あの自暴自棄の俺であったならともかく、今は違う。さらには一蓮托生(いちれんたくしょう)の身、失敗すれば、俺たちは一緒にあの世行き。

 

だと言うのに、いや()()()()()なのか、俺はこの大一番に心が()いでいくのを感じる。

そして急にひどく、腕の中のリーリカが愛おしく思えた。

思わず、俺はリーリカに聞いた。

 

 

「───俺に預けられるか?」

「───何を今更」

 

 

垂直に発射されたミサイルが弧を描きガランの頭上から迫る。

その前に、やつは俺へと接近するべく前へと大きく踏み込んでいた。

 

短距離用の小型ミサイルとは言え、格闘戦の距離では当たらないことなどガランは当然のごとく心得ている。

もしも後ろへ下がれば当たっていた。だが急激に前へと詰めればミサイル本体の旋回性能が追いつけず、虚しくその背後の地面へ着弾するしかない。

 

つまりこれは回避の上では最適解。だが互いに接近専用の武器はない、そう表面上は。

 

ガランが前へ進む選択をした時、俺もまた背部のブースターを吹かして最高速度で踏み込んだ。

構えるのはシールド、それもお互いに。

 

衝突。

いや、火花を散らして互いのシールドが擦れ合う。不協和音が響き、それでもぶつかったにしては小さな音。理由はまるで曲芸のように互いにシールドでいなし合い、すれ違い、通り過ぎていたから。

 

 

俺はここで初めて、ガランのリズムと噛み合った。

 

───よし。

 

『やるようになって来たじゃないか。なんだ、押す必要のないスイッチを押したかね』

「底から舞い上がることに関しては一家言あるもんで」

『元ヒューマンデブリらしいお言葉だな』

 

ガランの余裕は本物だ。何が可笑しいのか笑ってやがる。

対して俺は軽口は叩けども、正直余裕なんてない。

 

左脚部の損傷のせいか、すれ違い後の旋回も遅れていた。見るからに装甲が歪んでるのだ、ガランも気づいただろう。背部追加ブースターの不調も、きっと気が付いたはずだ。()()()()()()()()()()

 

加えて互いの位置が入れ替わったということは───今まで守り切っていたピッケルを拾われるということになる。

それは俺のマチェットに関しても、同じことだ。

 

俺はライフルを腰部にマウント、素早くマチェットを拾い上げ、同じように得物を取り戻したガランと対峙した。

 

 

『では仕切り直しと行こうか?』

 

ガランの皮肉を聞き流しながら、リーリカに頼らずに右手首の関節の状況を確認する。

あと数度、全力で振るえばイカれる。ヴェーチェルの消耗具合は思ったよりも大きい。

 

無理やりな二人乗りと言う操縦環境。

額の怪我による体力の消耗。

左脚部、右手首と背部追加ブースターの損傷。

そして単純な経験と機体性能の差。

速度もやつのゲイレールの方が上回ってるから逃げることも出来ない。

 

「フィーシャ───」

「───リーリカ、もう一つ頼む」

「─────────…はい、間に合わせて見せます」

 

マチェットの具合を確認する。俺はマチェットが予想していた状態にあることを理解し、緊張を誤魔化すために息を大きく吸い込んだ。

 

───スモークグレネードの弾数は3発。サブマシンガンも残弾数は多くはない…か。

 

ガランは俺の機体状況から押し切れると判断したのだろう。

俺の損傷が左側に(かたよ)ってるのを確認してか、俺から見て左側へと陣取りつつ旋回しながら接近。

俺が選択したのは───逃げの一手。

明らかに調子の悪くなったブースターを吹かしながら後退。ガランの牽制の為の射撃をシールドで防ぎつつ、ただ"必死に"下がる。

 

全く気の抜けない防戦の中で()ぎったのは───嫌と言う程見てきた阿頼耶識を乗るガキの動き。

 

阿頼耶識を取り付けられたガキは結構いたが、俺はヒューマンデブリ時代には運よく施術されなかった。

それは施術する金さえない連中だったからだ。あの環境下で阿頼耶識がないのは運が良いのか悪いのかは正直判断できない。

 

技術を叩き込まれ、モビルワーカーを駆る。必死に生き残るために阿頼耶識持ちの動きを真似ようとしたからよく覚えている。

 

…やがて死に際を団長に拾われた。

団長が教えてくれたリズム、それは人間の格闘技を応用したものだ。

接近戦が決め手となるモビルスーツ戦を考慮した技術。

 

そんなもの阿頼耶識にこそ相応しいのではないか?そう思った時もあったが、それは違う。団長がかつてギャラルホルンにて阿頼耶識持ちと戦うために見出した対抗策こそがそれだった。

 

人馬一体、それを阿頼耶識なしで行う。

当然そのアプローチの仕方は全く違う。そりゃそうだ。

これは阿頼耶識の有機的な動きに追い(すが)るための無機的な技術。だが元は格闘技と来た。どっちなんだか。

 

───リズムを聞け、ヴェーチェルの鼓動(調子)を。それは言わば機械への理解。どこまでが可能で、どこまでが無理かのラインを正確に把握すること。今こそ、()()()()()()()になる。

見極めろ、ガランのリズムを。さっきの噛み合った瞬間を思い出せ。あの時確かに、わかったはずだ。

 

ゲイレールがピッケルを振るう。狙いは…シールドを剥がす気か!

それを受けることなくヴェーチェルのスラスターを吹かせて最小限の動きで右へ躱す。

 

『さぁどうする?エフィーム』

「あんたこそどうする?山奥とは言え、じきに騒ぎを聞きつけ軍が派遣されるぞ?」

 

───喋らせ続けろ。

 

スライドするように躱したヴェーチェルをゲイレールが追随(ついずい)

ホバーユニットの急加速なのか、一気にモニター全体をゲイレールが占めた。

 

『準備とは周到にするもんさ。木っ端傭兵一人であろうとな』

「…っ!そうか…よっ!」

 

───会話を止めるな。利用しろ。

 

右切り上げの軌道を追ったピッケルはまたしてもシールドに引っ掛かることなく空降る。

ガランと同じように背部追加ブースターによって急加速し、距離を取った。それでも皮一枚の距離。

その際にサブマシンガンの残り少ない残弾を一気に使い切り牽制。有効打は…なし。

 

空になったサブマシンガンを"八つ当たり気味に"投げつけ。左腕は防御に専念。

背部ユニットの深刻なエラーを表すランプが点滅を繰り返す。次同じことをすれば確実に壊れることを把握。

やかましい警告音とコクピットを照らす赤の中でさえ、リーリカはもう一言も口を開かない。

 

俺を信じて、ただ集中している。

 

急加速から右脚一本でブレーキ。地面を抉りながら右脚を回転軸として半回転。

再度追撃を加えようとするガランと正面から向き合うことになった。

 

「そっちこそ、木っ端傭兵一人にこの体たらくか?そのピッケルはお飾りか?」

『あぁもやり返された手前、大手を振って「そうだ」などと言えないのが残念だがな───さて、お前はまだ足掻くのか?』

「あんたも軍にいたなら知ってるだろう?」

『差し詰め窮鼠(きゅうそ)か。おっと、お前はネズミのしっぽ(阿頼耶識)はなかったな』

 

───どこで仕掛けるか、それを読み取れ。

 

ガランが射撃を止め、左腕のピッケルで左薙ぎを行おうとする───

!?‥単純に、今までで一番早い…!

 

構えたシールドを戻すことが叶わず。

絡めとられ、シールドごと左腕が大きく左へと伸ばされる。咄嗟に戻そうとしたからか、それともガランが早さのみを追求して振るったからか、接続部が壊れて飛ばされるようなことは無かった。

 

「…っ!!」

 

左へと(パリィ)された勢いのまま、右腕のマチェットを"慌てて"袈裟斬りに振り下ろす。

自分で決めたタイミングでないにしろ、体重の乗ったその一撃の威力は当たれば一溜まりもない。

 

『はっ』

 

ガランはそれを鼻で笑う。

ガランがしたことは───いや、()()()()()()()

 

俺の一振りは確かに重かったが、これは"失策"だ。

この体勢からの袈裟斬りは、左脚へと重心移動を行う。ましてや体制が崩された後なのだ、無理やりであったが故に、左脚への負担はかなり大きい。ガランはそれを見抜いていた。

 

───そう、左脚の損傷から、思ったよりヴェーチェルが前に踏み込めないのを理解していた。より装甲が圧迫し、可動域が狭まっていたんだ。

 

ここでガランがケリをつけるためにと、もう一歩だけでも踏み込んでいれば届いただろうそれは、最初、ガランと俺が得物を失った時の攻防とまるで逆の様相だ。

 

マチェットがガランの前で空振る。

 

自分で作った獲物の隙を前にしても、ガランは冷静だった。

 

そして空振ったマチェットは地面へと突き刺さる。

 

 

『どうした?また怖じ気づいたのか?さぁ、これ  でし  まい  にす  ───  』

 

 

───ここだ。

 

 

喋らせ続けたからこそ、まだ理解と言うよりは勘に近いレベルではあるものの、行動のタイミングが微かにわかった。

人間の行動は、意識しなければ何かに連動する。集中すれば息が止まるように、話し始め、息継ぎ、話終わりなどのタイミングは同時に動かす身体の動きと直結することがある。

 

絶対はない、だから必死に読み取ったそれを、ただ自分の直感を信じて判断する…!

 

目と鼻の先にいる俺を葬らんとピッケルを振り上げたゲイレールから目を逸らさずに、手元のスイッチを押し込み、頭部のウェポンベイにあるもう一つの手札を切る。

 

それはミサイルの代わりとして詰め込んだスモークグレネード。ガランは存在こそ知っていたかもしれないが、まさか仕込んでいるとは思わなかったのは反応を聞けばわかる。

 

『!?これはっ…!』

 

フレック・グレイズの背は低い。だから必然的に、ゲイレールの頭部より下の位置にこっちの頭は来る。上方向にしか射出できない現状では、どんぴしゃ。

ウェポンベイから射出したグレネードは三発全てであり、咄嗟の予測でそれぞれ別方向に撃ち放った。その内一発がゲイレール頭部のカメラにぶつかり、二機の間を一瞬で真っ白に染め上げた。

 

「fleckmansからのお届けもんだぜ…!」

 

目視に頼っているモビルスーツ戦にとって、煙幕の効果は絶大。

当然、俺も見えはしないが、これに関しては一日の長があるはず…!

 

崩れた姿勢から、最早地面を這うような前傾姿勢のままゲイレールの横を通り過ぎる。すぐ後ろで、何かが振り下ろされた音を聞いた。

そこから無理やり姿勢を持ち上げることで片膝をついたような体勢のまま横滑りしてブレーキを行った。

エイハブリアクターの慣性制御でも殺しきれない負荷が俺とリーリカに伸し掛かる。ベルトが身体に食い込むも、身体をモニターに叩きつけることだけは阻止されているのだから文句は言うまい。

 

「…!」

「…っ!うっ…!」

 

リーリカは呻き声を上げるも、その手は一切澱みなく動き続ける。

煙幕をボフりと突き抜けて飛び出したヴェーチェルを間髪入れずに右脚とスラスターで素早く持ち上げ反転、「これで終わってくれよ」と願いながら、マチェットを腰だめに構えて一突きで決めるために突撃。

 

まだ煙幕の中の様子は何も見えないが、俺は迷わなかった。

そして俺が向かったその位置には───

 

 

『小癪な真似を───っ!?』

 

 

煙幕から抜け出したゲイレールが、ちょうど今、背中を晒していた。

 

わかるさ、俺もかつて訓練で初めてやられた時は同じ動きをしたもんだぜ…!

反射的に俺がさっきいた場所へそのままピッケルを振り下ろし、手応えのなさから敵の位置と正反対に飛び退いたんだ。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ピッケルの振り払いを避けるために右半身側へとやや回り込む様に突き進む。

少なくとも左腕のピッケルで俺を迎撃する暇は、ない。

 

 

間違いなく…獲った…‼

 

 

 

 

 

はず、だった。

 

 

 

 

 

ガランは右半身を俺に向けている。

そこまでしか旋回が間に合わなかったからだ。

 

なのに俺のマチェットは折れた。

甲高い音を響かせて後方へと飛んでいく刃を目で追うことはしない。

ガランが裏拳で殴るかのように、少ない時間で許された90度もない角度の"振り向き"を行いながら水平に薙いだ()()を見た。

 

右腕に持っていたはずのライフルは既になく、代わりにあるのは小型のアックス。

そして気が付く。

 

 

「───シールドアックスかよ」

 

 

道理で、シールドが小さ過ぎるわけだ。

 

『…全く、やるもんだ…さすがに笑えなかったぞ?だが───』

 

俺がサブマシンガンを隠していたように、ガランもまた、手札を隠していた。これが恐らく、やつの()()()

振り向きざまに、いや、恐らく煙幕を抜ける前からライフルを手放し、左腕にマウントされたシールドアックスに手を掛けていたんだ。

 

───ここで接近戦で決めにかかることを、読まれていた。

 

『───ブランドン(団長)から手の内を隠すのは基本って教わらなかったのか?』

 

ほんと、ムカつく野郎だ。

なんて悪態をつく暇もなく、俺は最後の()()に出るために頭を切り替える。

呆ける暇なんぞないんだ。

 

俺はブースターを()()()()()吹かす。

 

そうすれば───

 

「フィーシャ!」

「…!」

 

思わず止めるような、或いは()()()()()()リーリカの声…!そして直後に、背部追加ブースターが小さな破裂音を上げた。

リーリカの"悲痛な叫び"も、ガランに聞こえただろう。

 

───()()()動かない…!

 

左側だけだが、それが余計に悪かった。

バランサーによる調整が間に合わないまま、ヴェーチェルは右側だけのブースターを強く吹かしたせいで体勢を再び崩し、地面が急速に近づく。

 

間一髪、折れたマチェットを手放した右手で支えるも、ピッケルで絡めとられた時に損傷していたために手首の関節から折れ曲がり、不自然な方向に向いたまま地面へとめり込ませた。"止むを得ず"倒れ込まないために左腕もシールドごと、機体を支えるために地面へ伸ばし踏みとどまる。

 

まるで絶望し挫折した人間のように、火花を散らしながら(こうべ)を垂れたその様を見て、もう戦えると誰が思うのだろうか?

 

 

もう、(ヴェーチェル)は満身創痍だった。痛々しい程に。

 

 

その姿勢から動こうとするも、まるで産まれたての動物のように駆動系が震えるばかりで立ち上がれない。

 

…ゲイレールが一歩一歩、近づいてくる振動が伝わる。

コクピット内のいくつもあるランプは赤く点滅するばかりで、不愉快に短く小さな警告音が何重にも響くも、それ以上は動かない。

俺は汗と血を額から垂れ流しながら、それでも一定の呼吸を繰り返す努力をしていた。

 

───リーリカと、目が合う。

 

「───」

「───」

 

鼻先がぶつかり合うような距離で見つめ合い、俺は頷いた。

 

 

『本当に、でかくなったもんだよエフィーム。俺が思っていたよりもずっとな』

 

リーリカがタブレットを操作する。

俺はそれを見て、コンソールより上、モニター脇にあるカバーのついたレバーに手を伸ばし、カバーを開けた後にセーフティー用のピンを素早く引き抜く。

 

『出来れば、こちら側についてもらいたかったもんだ』

 

リーリカがタブレットの操作を終えたと同時に、俺は迷いなくそのレバーに手を掛け、引き下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある格闘家が言った。

"Be water"―――"水のようになれ"、と。

 

 

心を空にせよ。型を捨て、形をなくせ。水のように

カップにそそげば、カップの形に

ボトルにそそげば、ボトルの形に

ポットにそそげば、ポットの形に

そして水は自在に動き、ときに破壊的な力をも持つ

友よ、水になれ

 

 

それは団長がこの戦闘技術を確立するに当たって参考にした格闘家の言葉だ。

───俺には結局、理解しきる前に皆逝ってしまった。

 

だけどもう、「生き残ってしまった」なんて言うつもりはない。

確かに、俺は理解できなかった。いつかきっと…そう思いながらも、その境地へと至らず、今この瞬間まで来てしまった。

 

わかっていたんだ。そこへまだ辿り着けないことは。

 

だからこそ、俺は(ヴェーチェル)の名をこいつ(フレック・グレイズ)につけたんだ。

強く打つためではなくて、誰か(棉ぼこり)の背中を押して舞い上がらせるためと。それが、リーリカを見つけてしまった俺の"責任"だと思ったから。

 

 

 

何が言いたいかと言うと………全部がリーリカを後押しするための"布石"だってことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆竹のような短く連続した破裂音がしたと思えば───フィーシャたちの乗る"ヴェーチェル"のコクピットが分離し、飛び出したことにガランは驚いた。

 

"それ"は勢いよく飛び出し、慌ただしい着地と同時にガランのゲイレールの真横をスレスレで通り越す。

…だが、それ以上進むことは叶わなかった。荒っぽい着地のせいか、機体の三本の脚部の内一本がへし折れ、羽のもがれた虫のように這いつくばったからだ。

 

ガランは振り上げたシールドアックスを降ろし、たった今横を通り過ぎて行った()()()()()()()へとゲイレールを振り向かせる。

 

「そう言えば、あれには"ああいう機能(モビルワーカー)"もあったな…」

 

フレック・グレイズの初期型に見られる機能だ。コクピットブロックが分離し、簡易的なモビルワーカーとなる。動力はエイハブリアクターを使用しないで行う動作確認用も兼ねた、予備電源である水素エンジンとなっている。

爆裂ボルトによる素早く確実な分離が出来るとはいえ、接続ボルトを破壊して行うために元に戻すのは手間と金がかかってしまうが。

 

低コストが売りゆえにスペックダウンされたモビルスーツではあるが、どこぞの良心的な科学者がなけなしの慈悲として脱出機能をつけることを提案したことが発端らしい。

 

どうやったかは知らないが、上層部もそれを一度許可したから世に出回り、巡り巡ってフィーシャの手にそのフレック・グレイズがあるのだ。

 

───まぁそのご慈悲も、すぐに取り払われたようだがな…

 

今、売り出されているフレック・グレイズにはそんな機能はないのだから。

 

「随分と珍しいものを持っていたものだな」

 

ガランは笑みを深め、シールドアックスを再び左腕へと折り畳みマウントする。そして落としていたライフルを拾い上げ構える。

左腕に銃身を乗せる、彼独特の構えだ。

 

たった一発の銃弾で二人の命は(つい)えるだろう。ガランが外すはずもない。

 

 

 

───そのほんの一瞬の気の緩みこそが、()()()()()()()()()()だった。

 

 

 

ガランにとって想定すべきだったのは、"フィーシャの成長"。それに絞られていた。当たり前だ。操縦者以外、何故脅威になる?

 

 

…だが本当に想定すべきだったのは"フミタン・アド(リーリカ)モスの手腕"、それだったのだ。

 

 

モビルスーツの機動とは当然事細かに全てを操縦するわけではない。

ある程度の"動き"をパターンとしてOSに覚えさせてあり、それを取捨選択、組み合わせることで阿頼耶識ほどではないにしろ人間染みた動きを可能にしている。

グレイズやモンキーモデルのフレックグレイズに使われるOSも、それ以外も例外はない。

 

()()()()()()()

 

フィーシャがフレック・グレイズを容易に手に入れることが出来たのは、その最も大切なOS部分が破損していたからだ。だからこそフィーシャは最初の内、慣れない分厚い専門書なんて読んでいた。

そしてリーリカと出会い、彼らは一年と少しと言う短い期間とは言え、二人でずっとモビルスーツに手を加えてきた。

 

リーリカ(フミタン)の力によって少しづつ、このフレック・グレイズは他のモビルスーツと()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

そう、フミタン(リーリカ)がそれをほぼ一人で成した、この短い期間で、だ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()─────────例えばそれが戦闘中でも、()()()()()()ということを考えるべきだった…と言うのは、酷だったかもしれない。

 

 

 

 

 

『っな───』

 

そして今───

 

「やっぱりおまえは俺の"福音(エヴァンジェリーナ)"だな」

「光栄です─────────"ヴェーチェル"、お願いします」

 

シールドアックスも仕舞い、ライフルを撃つ独特な構えで両手も塞いでしまった背中を堂々と"彼"に晒したゲイレール。

そこに"ヴェーチェル"が()()()()()()()()()()()()上半身を持ち上げ、左腕───シールドの裏に隠し続けていた正真正銘の切り札(パイルバンカー)を背中へ突き出した。

 

 

 

 

 

…手の内を隠すのは基本。団長の教えだぜ。

ヴェーチェルの腹(俺たちの足掻き)の内を、探れなかったお前の負けだ。

 

「リーリカ、お前もこれで風上にも置けない女になったな」

「では風下においてください」

「妥協案の話をしてるんじゃぁないんだよ」

 

この夜、最も大きく短い金属音が、舞い上がる風に流され乾いた空へ響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

分離後の着地による過剰な負荷によって、ローラーのついた脚がへし折れたモビルワーカーがそのハッチを開ける。

ハッチと言っても、このモビルワーカーはコクピットブロックそのままなのだから、(くちばし)を開くように上部装甲ごとまるまる持ち上がった。

 

そこから覗くシートベルトに縛り付けられた二人の男女───フィーシャとリーリカは油断なく後ろへと倒れ込んだ穴の開いたゲイレールを見つめる。これ以上、もう出来ることは無い、文字通りやり尽くしたのだ。

 

やがて、ピクリとも動かないことを確認した二人は息を吐いてシートへと‥リーリカはフィーシャの胸元へと力なく身を預けた。

 

二機のモビルスーツが機能を停止したために、コクピットに備え付けていた止まっていたラジオから『キャラバンの到着』が流れ始める。

双子の姉妹を主人公にしたミュージカル映画にて、年に一度の祭りを数日前に控えた町にキャラバン(ショーを披露する一座)が到着し、その際に流れる音楽だ。

 

…これを聞いていると、さっきまで起きていたぎりぎりの殺し合いすら、もしかしたら前座なのかもしれないな、なんて陽気な音楽を聞き流しながら適当なことを考えた。

 

 

「───記憶、戻ってたのか」

「───いつ、気が付いたんですか?」

「だってお前、ガランの言葉に「出生が分かっても」って言っただろ?お前程の人間が、やつの言葉をそう簡単に鵜呑みにするなんて思えないぜ。その時にはもう、どーせ戻ってたんだろ?で、いつ戻ったんだ?」

目敏(めざと)い人…本当に。…ガランに出生を暴かれる、そのほんの少し前です。戻った理由は恐らく───」

「…どうした?」

「笑わないですか?」

「笑えるなら笑う」

「…汗」

「ん?」

「汗の匂いですね」

「…まじ?」

 

確かに嗅覚と脳の関係は強いとは言ったが、まさか本当に?

俺と密着してたから、俺の汗の匂いで思い出した?

いつか格納庫で俺とぶつかって思い出したときも、思えばランニングの直後だったから汗をかいていた。あれも匂いがトリガーだったのだろう。

 

「それも戦いの中で生き足掻く()()()()のような…そんな血を含んだ汗の匂い」

 

誰か()()を思い出すようにリーリカは言う。

 

「…記憶を失くしてからも、似たような人間の近くに行ったってわけ、か…」

 

思わず夜の空を仰ぎ、満点の星空を見上げた。

奇妙な星の元に生まれるとはこういうことなのだろうか?それとも、あの時、今日みたいな寒空で出会った時も、血と汗の匂いに惹かれてしまったのか…

 

ほぅ、っと吐き出した息はまだ少し白く、熱くなり過ぎた二人の体温を冷やしていく。むしろ、少し寒いぐらいだ。

リーリカは身動(みじろ)ぎすると、ほんの少しだけ身を寄せ、不安を混ぜたかのような口調で聞いてくる。

 

「私は…一体、どうするべきなんでしょうか…」

「…それなんだが、俺は女と機械は丁寧に扱えって叩き込まれちまってるからな」

「───えぇ、よく知っていますよ………また、よろしくお願いします」

 

"また一緒にいてくれるのか?"

そんな意味の込められた問いだったが、俺は言うまでもなく、リーリカも聞くまでもなかったのだろう。

どこかずれた問答でありながら、互いに確認するように一言ずつ告げ、それ以上はなかった。

 

そしてリーリカは顔を上げ、俺を真正面に捉える。

───記憶を思い出した今、やることは一つだ。

 

 

「…そうだな、自己紹介をしようぜ」

「ふふ…お初に御目にかかります…フミタン・アドモスと申します…エフィーム(優しい人)・アダモフ」

 

そこは俺に言わせてくれよ。なんて言葉を呑み込み俺は小さく笑った。

 

 

結局、色々わからないことはあったが今は全部後回しにして………なんてことはリーリカが許してくれるはずもなく、俺の上を退いた彼女に「ほら、行きますよ?」と、手を差し出される。

 

 

苦笑いしながらも『キャラバンの到着』の躍動するようなジャズワルツのメロディをBGMに、俺はその手を取るべく、まだ冷め切らない高揚感で震える腕を持ち上げた。

 

 

 

 

 









お気に入り数が50となりました!
最近ポッと出した短編が軽く超えていったことで微妙に落ち込みましたが、みなさんの存在があるだけで励まされてます。

次回は多分解説多めのパートになります。
この作品の山場は越えたので、今後の彼らの選ぶ行く末をお楽しみください。

※誤字見つけましたので修正しました。

■エフィーム・アダモフ
癪だが"演技"はバイトで慣れてんだ。
エフィーム(Ефим)はロシア語で"親切な"を意味する。
父親が女たらしで、女には優しくしろという意味が込められた。
その父親は幼少のころに目の前で母親に刺殺されたため忠実に"教え"を守っている。

背中を押す事こそ、自分の責任と思っている。

■フミタン・アドモス
愛称で"リーリカ(福音)"と呼ばれている。
どうすればいいのか、それは二人で考えればいい。
背中には、銃弾で撃たれたかのような傷跡が残されている。

■ガラン・モッサ
『出来れば、こちら側についてもらいたかったもんだ』
それは本心だったのだろうか?

■ヴェーチェル
フレック・グレイズを改良し、寒冷地仕様にしたモビルスーツ。
ヴェーチェル(ветер)はロシア語で"風"を意味する。
思った以上にかなりぎりぎりの綱渡りだったが、逆転劇は、きっと子供たちのヒーローの特権。

■"Be water"───"水のようになれ"
ブルース・リーの名言。
団長ことブランドンは彼の人生哲学を取り入れた。

■『キャラバンの到着』
『ロシュフォードの恋人たち』というフランス映画の挿入曲。
日本のCMでもいくつか使われてるので曲の方が有名。

■蛇足
タイトルは棉ぼこり"たち"なのに「あらすじ」に"たち"はない。
フィーシャは風となり背中を押すことが自分の責任、役目と定めた。
つまり「あらすじ」はフミタンことリーリカのことを指しているのかもしれない。


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