赫灼の鬼   作:篤志

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赫灼の少年

「フーッ!フーッ!ッガァアアアアッ!!!」

 

雪深い森の中。

背中に赤黒く染まった滅の文字が施されている服を身に纏い、腹部に複数の穴が開いた男は自身の血を白く冷たい雪の上に撒き散らし走っていた。

理性のかけらも無く本能のまま走る。まるで人間ではない獣のような動きで縦横無尽に木々の間をすり抜けた。走るほどに血の量は増えていく。

 

普通であれば痛みでのたうち回り、出血過多で死んでもおかしくは無い状況の中、さらに森の奥へと進んだ。

 

血を吐き、転び、這いずりながら漸く一軒の家にたどり着く。

 

「グゥウウウ・・・」

 

軒先で1人の男が斧を両手に持ち薪を割っているのが見えた。それを見て安堵のような色が目に浮かぶ。

しかし、それも一瞬の事。目が血走り、犬歯を剥き出しにして男を睨みつけていた。自身の腕を押さえつけるかのように手首を握りしめ、歯を食いしばる。

 

その目に再び理性が戻る。

 

「父さん達を頼むよ兄ちゃん。」

 

涙をボロボロと流しながら家から背を向けた。

目が取れそうなくらいに目を擦った後、再び走り出す。

 

深々と降る雪の日、鬼と化したその男は直接家族に別れを告げる事なく姿を消した。

 

 

----------------

 

 

「兄ちゃん兄ちゃん!俺も連れて行ってくれよ〜!」

「ずる〜い!私も行きた〜い!」

「ぼくも〜!」

 

3人の弟妹達に俺は家から遠く離れた街に行きたいとせがまれていた。

 

「ごめんな?兄ちゃんも連れて行きたいんだけど今日はこの雪だ。もう少ししたら今よりも雪が強くなる匂いがするから夜までに帰れないかもしれない。だからお前たちは留守番な?春になったらみんなで行こう。」

「「「ええ〜」」」

 

俺の説得にやっぱりみんな納得しない。

 

「はぁ・・・お前らなぁ、兄ちゃんは遊びに行くんじゃねえんだぞ。」

「そんなの知ってるもん!でも行きたいの!」

 

竹雄が花子に注意してくれるが、花子はイヤイヤと首を振る。うーん、どうしたもんかなあ。

 

「みんなもうちょっと大きくなったら一緒に行けるからさ、少しだけ我慢してくれないか?」

「やだやだ!行きたいの!」

「花子!俺が先に行きたいって言ったんだぞ!お前は留守番だ!」

「ぼくもぼくも〜!」

 

あらら、俺そっちのけで喧嘩が始まった。もうこうなったら母さんの真似をして・・・

 

「いい加減にしなさい!!!」

 

俺の言葉でピタッと言い争いが収まる。が、次の瞬間。

 

「うあ〜ん!兄ちゃんなんか嫌いだ〜!」

「兄ちゃんのばか〜!」

「ばか〜!」

 

なっ!?嫌いだって?!兄ちゃんは嘘でも嫌いなんて思ったことも言ったこともないぞ!

 

「茂、花子、六太。兄ちゃんを困らせるなよ。兄ちゃんは俺たちのために街に行くんだからな。」

「だって・・・もうすぐお姉ちゃんの誕生日だもん。お姉ちゃんにおめでとうってお祝いあげたいもん!」

 

は、花子ぉ〜!なんていい子なんだ!兄ちゃんも禰豆子に新しい着物とか買ってあげたいよ!

 

「兄ちゃんも花子と同じだ。でも今日はやめとこうな。兄ちゃんが代わりにお祝い選んで買ってくるから、花子は禰豆子がどんなことしてもらったら喜ぶか考えておいてくれ。」

「喜ぶこと?」

「そうだ、頼んだぞ。」

 

俺の言葉に花子は頷き、考え込み出した。

 

「兄ちゃん、これから雪が深くなるんだろ?急いだほうがいいんじゃないか?家の事は俺に任せとけよ。兄ちゃんがいない時は父ちゃんの代わりは俺の役目だからな。」

「ありがとう竹雄!帰ったらお前の好きな磯部焼き作ってやるからな!」

 

竹雄の言葉が嬉しくて俺はいつものように頭を撫でるけど竹雄は恥ずかしがり屋だから素直に撫でさせてくれない。他の3人は羨ましそうにそれを見ている。大きくなってるんだなぁ、竹雄も茂も花子も。六太はまだ小さいけれどあっという間なんだろうなあ。

 

「い、磯部焼きなんか好きじゃねーし!それより薪が少なくなってきたから木切ってくる!お前らも手伝えよ!」

「「「ええー・・・」」」

「じゃ、兄ちゃん。こいつ等は俺の手伝いさせるから安心して街に降りてよ。」

 

そう言って弟妹達を引っ張って木を切りに行った。竹雄の後ろ姿を見ていると、父さんが言っていた事を思い出す。

 

『ねぇ父さん。母さんのお腹の中にはぼくのきょうだいがいるんでしょ?』

『ああ、無事に生まれてくればお前は兄ちゃんだ。』

『父さんもきょうだいいるの?』

『ああ。父さんよりも勇敢で、強くて、優しい弟がいたよ。』

『そっかぁ。』

 

俺の頭を撫でながら父さんは微笑んでいた。でも、その時の父さんは何処か悲しく寂しさを含んだ匂いだった。

 

『炭治郎、たとえ何があっても兄弟の絆は切ってはいけない。』

『きずな?』

『家族を何よりも大切だと思う気持ちだよ。忘れないでいてくれ。』

 

父さんは感情が穏やかな人だと思ってたけど、この時は俺が見たことない表情で俺に言った。

 

『父さんのように後悔して欲しくないんだ。』

 

父さんの記憶の中でその日が1番寂しさを隠し切れない匂いがしていた。いつもは澄み切った青空のような匂いがするのに・・・。俺は父さんの寂しさを少しでも紛らわそうとずっと父さんから離れなかったなぁ。そしたら禰豆子もやってきて最後には母さんまで父さんにべったりだった。でもみんなで並んで寝る頃にはいつもの優しい匂いに戻ってて安心したんだ。

 

「兄ちゃん気をつけてね〜」

「お土産買ってきてね〜!」

「もみあげ〜」

「仕事だって言ってるだろ!茂、こっち早く手伝え!」

 

父さんの言った事は忘れていない。忘れない。みんな俺の大切な家族なんだ。みんなの為ならなんだって出来る!頑張れる!だって俺は竈門家の長男だから!

 

「兄ちゃん頑張って炭売ってくるからな!待ってるんだぞ!」

 

俺は力一杯手を振った後、雪の中を一歩ずつ歩き出した。

 

 

 

----------------

 

 

 

「しっかりしろ!禰豆子!堪えるんだ!鬼になんかなるな!禰豆子!頑張れ!」

 

炭を売って家に帰ったら、母さん、禰豆子、竹雄、茂、花子、六太までみんな血塗れで倒れていた。最初は熊の仕業かと思った。けれど、そんな匂いじゃなかった!微かに人の匂いがした!誰かに襲われたんだ!誰かは分からないが人の匂いよりも家に残っていた匂いは鼻が曲がりそうになるくらい酷い匂いだった!この世の物とは思えない醜い匂い。誰かが俺の家族を!みんなを殺したんだ!

 

俺は急いで禰豆子だけまだ生きている可能性があったから街の医者に見せようと禰豆子を背負って走った。その途中、足を滑らせて崖から落ちてしまった。

 

落ちた崖の下で立っていた禰豆子は昨日まで元気だった姿とはまるで別人だ。歯は獣のように鋭くなり、俺を掴んだ腕は普通の大人よりも力が強い!

 

でも、禰豆子は禰豆子だ!俺の大事な家族だ!最後に残ったたった1人の妹だ!俺が諦めてどうする!鬼になんかにさせない!妹を!禰豆子を取り戻すんだ!

 

「頑張れ禰豆子!頑張れ!!!」

 

俺の叫びが届いたのか獰猛な表情だった禰豆子の目から涙がこぼれ落ちた。俺に食いかかろうとしていた腕の力が弱くなる。その時だった。

 

誰かが俺と禰豆子に襲い掛かった!咄嗟に禰豆子を庇い、その攻撃から身を守ったが、襲ってきた人を見て俺は足がすくんだ。

 

襲ってきたのは知らない男だった。刀を持ち、禰豆子を睨みつけるようにして見ている。誰なんだ?!何故襲ってきた?!

 

「何故庇う。」

「妹だ!妹なんだ!!!」

 

大人しかった禰豆子がまた暴れ始めた。俺は禰豆子の体を掴んで暴れないように説得するが落ち着く気配はない。

 

「それが妹か。」

 

そういうや否や、また男がこちらに迫ってきた!刀を持っている!せめて禰豆子だけでも!

 

だが、俺に男の攻撃は襲ってこなかった。

目の前にまた知らない人が立っていたからだ。

 

「その面・・・誰だ。」

 

俺と禰豆子を庇うようにして立っている人は俺の方を一瞬だけ見て前を向いた。狐の面?それに俺と同じ赤みがかかった髪の毛だ。この人も刀を持っている。禰豆子を襲ってきた人と仲間じゃないのか?でも、この人からは鬼になった後の禰豆子みたいな匂いがする。だけど何処か懐かしい匂いがする人だ。

 

「何故その面を付けている!お前は誰だ!!」

 

切っ先を向けて男がお面の人に迫った。刀を振り上げる。

 

「『水の呼吸、壱ノ型・・・水面切り』」

「危ない!」

 

俺の叫びにピクリともしない。お面の人は襲いかかってきた男と同じ技でその刀を受ける。

そして2人はまた距離をとって対峙した。

 

「水の呼吸の使い手・・・俺と同じ鱗滝の一門か。お前が庇っているのは鬼だ。これ以上その鬼を庇うのならお前も斬る。」

 

お面の人は一言も言葉を発さない。その背中に赤黒く染まった滅の文字が見えた。

そうしている間にも禰豆子の暴れる力が段々と強くなり、俺が抑えていた腕が限界に来ていた。そして・・・

 

「禰豆子!行くな!!!殺されるぞ!」

 

2人の間に禰豆子が立った。お面の人を庇うようにして男を睨んでいる。

 

「お前も鬼殺隊ならば目の前の鬼を斬れ!頸を斬れ!判断を遅らせるな!その面を被る資格ある者ならば意味は分かるだろう!」

 

お面の人と対峙している男が叫ぶ。しかし、お面の人は微動だにしない。禰豆子を攻撃しないのか?

 

「禰豆子?!」

 

禰豆子は確実に意思を持って2人の間に立っている!でも、いくら力が強くたって相手は刀を持っているんだ!俺が、俺が禰豆子を助けないと!

 

「戻ってこい!禰豆子!」

 

思わず叫んで走り出そうとした瞬間、お面の人が目にも止まらない速さで禰豆子の背後に立ち刀で首を打った。力が抜けて崩れ落ちる禰豆子。やっぱりお面の人も襲いかかって来た男も同じ仲間なのか?!禰豆子を、鬼を倒すためにここに来たのか?!

 

「お前ぇえええ!!!」

 

斧をしっかりと握りしめて俺は駆け出した。俺はどうなってもいい!禰豆子は、たった1人生き残った妹だけは何があっても守るんだ!

 

脇目も振らず斧をお面の人に投げつける。その間に俺は禰豆子に覆いかぶさろうとした。

 

「落ち着け少年。少しの間眠っていろ。」

 

お面の人が俺に向かって言葉を発したと思ったら、首に衝撃が来た。ダメだ!まだ禰豆子を守れていない!こんなところで気絶している場合じゃ・・・ないんだ・・・。

 

 

 

----------------

 

 

 

 

数十年振りに生まれ故郷の山に入った俺は鬼殺隊の隊士に襲われていた赫灼の少年を見つけた。見たところ少年は鬼ではなかったが、少年が連れていた少女が鬼と化していた。

 

「鬼は人を喰って初めて鬼となる。あの子はまだ間に合う・・・。」

 

無意識のうちにそう呟いた俺は少女を庇う少年の前に立つ。

 

鬼殺隊士の刀には惡鬼滅殺の彫が見える。ならば階級は最上位の柱。鬼舞辻無惨の配下、十二鬼月を倒すことが出来る実力を持つ剣士だ。

 

奴は俺が被る狐の面を見て驚いていた。そして少女の鬼を庇うように立つ俺に向かって襲いかかって来た。

 

奴は水の呼吸の使い手だった。俺も同じ呼吸で刀を振るう。

 

決着がつかないまま膠着状態となった時、少女が俺を庇うようにして前に立った。その目には紛れもなく人の感情があった。

 

しかし鬼化して間もないため本能のまま暴れてしまう恐れがあった。掴みかけた希望をみすみす鬼舞辻無惨の思い通りにはさせたく無い。俺は目の前の一つの可能性に賭けてみる事にした。鬼の少女を無力化し、必死に少女を俺や鬼狩りから守ろうと足掻く少年を大人しくさせた後、俺は鬼殺隊の男に向き直る。

 

「お前のその隊服・・・何時の物だ。」

「・・・この鬼には手を出すな。」

「何?」

 

俺の言葉を聞いて奴は自身の刀に手をかけた。

 

「この鬼はまだ人間を食べていない。」

「お前は何を言っている。意思もなく人間を襲い、嬲り殺し、そして喰うのが鬼だ。例外など無い。」

 

ジリジリと俺の間合いを探りながら奴はこちらを窺っている。そして俺が奴から視線を切った瞬間、その刃が俺を襲った。

 

「『水の呼吸、漆ノ型・・・雫波紋突き』」

 

俺は奴の目にも止まらぬ速さの突きをいなし、奴の胸ぐらを掴んだ。

 

「気付いていないのか。あの子は俺の前に立った。小さく無い傷を負ってだ。」

「それがどうした!」

「少なくとも食人衝動は抑えていた。あの少年を守ろうとしていた。あの子にはまだ人間の意思が残っている。」

「戯言を!今はそうでも鬼は必ず人を喰らう!俺は何度もその様を見てきた!」

 

俺の言葉を聞いて奴は激昂した。刀を振り、俺の頸を寸分の狂いなく狙ってくる。

 

「師に話を通せ。あの人なら万が一の事があってもどうとでもするだろう。」

「お前、鬼殺隊では無いな。お前のような男は知らん。」

 

俺は面の下で笑い、答える。

 

「俺が何者か・・・今は少なくとも人間ではない。

「どう言う事だ。」

 

笑いながら狐の面に手をかけ、外した。俺の顔を見た奴は一瞬言葉を失い、

 

「・・・そうか。お前が鬼を庇う理由が分かった。『水の呼吸、拾壱ノ型 凪』」

 

静けさが辺りを覆い尽くす。奴は柄に手をかけ音も無く俺の横を通り過ぎようとする。だが、俺には見えている。奴の呼吸の流れ、筋肉の動きが。

 

「ゴオオオオオオオ」

 

俺は呼吸を変えた。

 

「『ヒノカミ神楽、斜陽転身』」

 

奴が抜刀する直前に飛び上がり、刀を横薙ぎに振るう。狙うは首。しかし寸前で奴は首と俺の刀の間に日輪刀を捻り込んだ。

 

ガキィイン!!!

 

「チッ!『水の呼吸、捌ノ型 滝壷』」

「『ヒノカミ神楽、輝輝恩光』」

 

火花をあげながら刀が擦れ合う。

 

「お前はここで俺に首を斬られろ。」

「そうはいかん。」

 

俺は身体を霞のように変化させた。実体のあった体が消えていく。俺が鬼となって使えるようになった能力だ。他の鬼達は血鬼術と呼んでいたな。

 

「待て!」

 

奴は辺りを見回し俺を探す。俺は体を実体化させて奴の背後に姿を現した。しかし、奴は柄に手をかけたまま攻撃はして来ない。

 

「死ね、鬼!」

 

問答無用で横薙ぎにされた奴の刀は再び霞となった俺の身体には届かない。

 

「必ずその子達をあの人の元へ送れ。」

 

俺はそう言い残し、山から去った。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

『略啓

 

鬼殺の剣士になりたいという少年をそちらに向かわせました。

連れている妹は鬼へと変貌していますが、手負いの鬼であるにも関わらず少年を庇い明確な意思を持って私の前に立つ姿は他の鬼とは違うものを感じ、人を襲わないと判断致しました。

少年の方も鍛えれば良い剣士になると思われます。また、貴方と同じく鼻も効くようです。もしかすれば最終選別を突破し受け継ぐ事ができるかも知れません。

どうか、貴方に育てて頂きたい。

手前勝手な頼みとは承知しておりますが何卒御容赦を。

 

御自愛専一にて精励くださいますようお願い申し上げます。

 

追伸

 

貴方から弟子に送られる狐の面を被った鬼と遭遇しました。赤みがかった髪に赤い瞳。隊服を身に纏い、鬼となった今も日輪刀を使っていました。そして血鬼術では無く独自の呼吸を使うようです。

貴方の弟子の中に心当たりがある男がいれば教えて頂きたい。

 

匆々

冨岡義勇

鱗滝左近次殿』

 

現水柱である我が弟子、冨岡義勇からの手紙を読み終えた後、こちらへ向かっているであろう少年を迎えに家を出た。

 

「独自の呼吸・・・か。」

 

かつて弟子にした1人だった。儂に弟子入りする前から奇妙な呼吸法を奴は使っていた。しかしそれとは別に適性が低い水の呼吸を皆伝し、その年の最終選別の参加者の内、奴ともう一人の2人だけが突破した。赫灼の子である特徴も一致する。

 

「沙汰が無いと思っておったが・・・鬼に成り果てておったか。」

 

ふと奴の顔が浮かぶ。

 

「家族の元を離れた時から覚悟はしていた様だが、まさか奴がな・・・。」

 

そんな事を考えながら儂の足は無意識の内に速くなっていた。




読んでくれてありがとうございます。
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