赫灼の鬼   作:篤志

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ヒノカミ様との約束

シャン・・・シャン・・・

 

人の手が入らなくなり朽ち果てた神社の境内で響く鈴の音。鬼の身体になる前、子供の頃から何度も繰り返してきた神楽を舞う。囃子も台詞も無い、音の無い世界でただ舞い続ける。空が白み始める直前まで一睡もする事なく。

 

神楽を舞いながらあの山で少女を必死に守った赫灼の少年の顔を思い出していた。

間違いなくあの子達は兄の子だ。兄と同じで額に痣が有り、耳飾りを付けていた。

その事が俺は嬉しかった。

それと同時に、この身体が鬼となってからは極力人に会わない場所を転々としていた為、そんなにも年月が流れたのかと驚いた。

そして、また一つの事実に気づく。2人だけ生き残った兄妹、他の家族は鬼によって殺されたと言うことは兄はもう居ないのだ。

 

ふと脳裏に神楽を舞う兄の姿が浮かんできた。

 

 

 

 

俺が今舞っている神楽は先祖から代々耳飾りと一緒に嫡男だけに受け継ぐものだ。俺は次男だったため耳飾りは受け継いでいない。耳飾りと神楽は正当な後継者の長男である兄の炭十郎が受け継いだ。

 

でも俺は昔家にいた頃、兄と父の神楽の稽古を2人に隠れて見ていた。2人がやっていたのは稽古とは言ってもただ父が神楽を舞う姿を兄が穴が開く位にじっと見ているだけだったが。

父や兄の神楽を見て幼心に俺も神楽を舞いたいと思う様になり、見様見真似で1人練習したりもした。

しかし、当時の俺はまだ子供。父が何故一晩中同じ舞を続ける事が出来ているのか考えもつかなかった。

本気で舞おうとすると子供の俺には全ての型を模倣する事すら困難なほど体力を消耗した。

 

『照吉お前、ヒノカミ神楽の型を練習しているだろう?』

 

やはり長男にしか出来ないのかと諦めかけていた時にそう尋ねられた。怒られるのかと思い嘘をつこうとしたが、兄に俺の嘘は通用しないことはよく知っていたので洗いざらい話した。

自分も神楽を舞いたいと思っている事、でも耳飾りも貰えないし長男じゃ無いから隠れて見ていた事、真似して舞うと息が続かない事、もう諦めようかと思っている事。兄は俺の話を聞いて笑っていた。

 

『父さんはそんな事くらいで怒らないよ。寧ろ喜ぶと思う。なんで隠れて練習しているのかと思ってたけどそういう事だったんだな。』

 

俺の思い込みだった。長男の兄だけが受け継いでいく物だと勝手に思い込んでいた。俺には資格が無いのだと。

 

『俺達兄弟が力を合わせて受け継いでもいいじゃないか。耳飾りだって俺と照吉が片方ずつでもいいんだ。』

『僕はヒノカミ神楽だけでいい。耳飾りは兄さんの物だよ。』

『分かった。早速だけど、どこまで舞えるか見てやる。』

 

それから父と兄の稽古に俺も入り、親子3人でヒノカミ神楽を舞った。一晩中舞い続ける事が出来る呼吸を教わり、兄と共に試行錯誤しながら俺達は神楽を自分の物にしていった。

 

しかしそんな日々はそう長く続かなかった。

 

『家を出ろ。仕事を探せ。』

 

そう父に言われ、俺は家を出た。

 

当時、俺は勿論、兄でさえまだ子供と呼べる年齢だったがその日食べる米が段々と手に入らなくなり家族を支える為に父と同じ炭焼きではない仕事を探したのだ。兄は父の仕事を手伝い炭を売りに街に出るようになった。

 

そんな矢先、俺は鬼と遭遇し喰われそうになった所を当時鬼殺隊水柱だった鱗滝左近次に救われた。

 

『水の呼吸・・・?』

『特殊な呼吸を使い、日輪刀という日本刀で鬼の首を切る。それが儂等鬼殺隊の仕事だ。』

 

そこでヒノカミ神楽の呼吸に似た別の呼吸を見つけた。そして鬼殺隊について話を聞き、入隊すると少なくない給料も出ると知った。それならばと、俺は兄と共に父から受け継いだヒノカミ神楽の呼吸が役に立つと思い鬼殺隊に志願した。

 

すぐに家に戻り、父にヒノカミ神楽を使って鬼を退治出来れば大勢の人を救う事が出来ると話した。稼いだ金で米を買えるし、喜んでくれると思っていた。

しかし、父は鬼殺隊に入る事を反対した。鬼と聞いた瞬間、俺が今まで見たこともないような怒りが目に映った。それでも父は静かな淡々とした口調だった。

 

『絶対に鬼と関わるな。俺達は腐っても炭焼きの家の子だ。人を救おうなんてそんなおこがましい事を考えるな。もし、それでも鬼狩りをすると言うなら、』

 

俺と向き合っていた父は立ち上がり、背を向ける。

 

『ヒノカミ神楽は絶対に使うな。俺達はそんな事をする為に代々受け継いで来たんじゃない。』

『じゃあなんでヒノカミ神楽の舞はあんなに刀を使うような動きなんだ!なんで朝まで踊る必要があるんだよ!』

 

父は炭焼き作業を止めて俺を見た。

 

『ヒノカミ様との約束なんだ。』

 

気がつくといつの間にか父は俺の前に立ち、肩に手を置いていた。

 

『お前にも、炭十郎にもいつかその意味が分かる日が来る。』

 

父はそれ以降口を開かなかった。

 

『兄さん、俺、鬼狩りになるんだ。』

 

薪を切っていた兄にも話した。

 

『父さんは反対しただろうね。』

『うん。鬼に関わるな。ヒノカミ神楽は使うなって。』

『それでも、行くんだろ?』

 

兄は良いとも悪いとも言わなかった。ただ俺の話を相槌を打ちながら聞くだけだった。ただ一言だけ、

 

『照吉、俺や父さんや母さんを残して死ぬなよ。』

『・・・大丈夫さ。俺にはヒノカミ様がついてるから。』

『そうだな。』

 

それから俺は鱗滝さんの元で修行を受け、鬼狩りとなった。鬼殺隊になってからも父の言いつけ通り、誰にも見られない場所で時間を忘れるほど神楽を舞い続けた。

 

初めて父が舞う姿を見た日からヒノカミ神楽は俺の全てだった。鬼を狩る時だけ鱗滝さんから会得した水の呼吸を使い、それ以外の時間は四六時中ヒノカミ神楽の呼吸を使った。

 

そして鬼殺隊の階級も着々と上がり、一般隊士の中で最上位の甲になった直後、俺は同期で柱になった煉獄槇寿郎と共同任務に当たっていた。

 

『お前なら安心して背中を任せられるな!照吉!』

『相変わらずだな槇寿郎。』

 

槇寿郎は溌剌とした喋りをする男だった。父や兄の様な静かな男ばかり周りに居たためかその性格が珍しく、俺には新鮮だった。

そして彼は俺にとってたった1人にして初めての友人だった。

 

『俺とお前が共同で出ないといけない任務か・・・まさか十二鬼月が出たのか?』

『うむ!親方様から直々に依頼があってな!他の柱は別の任務で近くに居ないから、甲から誰か連れて行けと親方様が言うから同期のお前にしたのだ!』

『下弦か上弦どっちかは見当がついているのか?』

『どちらでも良いだろう!私達は鬼殺隊だ!鬼を倒すのは変わらん!それに無事頸を斬れたらお前も私と同じ柱だ!同期で2人も柱が誕生する事になる!いや、実に目出度いな!』

 

鎹烏の先導で鬼が出る場所へと走った。呼吸を使って極限まで走る速度を上げる。槇寿郎は炎の呼吸、俺は水の呼吸を使った。

そして目的地に到着し、二手に分かれて周りを散策していた時だった。

 

『・・・鬼狩りが2人。1人は柱か。だが、痣はない。』

 

暗闇からこちらに向けて語りかけてくる鬼。その姿が露わになった時、俺の血が沸騰した様に熱くなった。まるでヒノカミ神楽の呼吸を使った時の様な感覚になる。

 

『む?奇妙な呼吸だな・・・水の様だが少し違う。』

 

姿を現した鬼は直感で上弦だと理解した。六つ目に着物姿。その鬼は片手に異形の刀を手に持っていた。俺は何も言わず、今出せる最大限の速度で切り掛かった。

 

『弱い、弱すぎる。』

 

そう聞こえた瞬間、俺の技が鬼に届く前に俺は身体が真っ二つに斬られたと錯覚した。それが幻覚だと気付いたのは槇寿郎の声だった。

 

『鬼から目を離すな!照吉!『炎の呼吸 伍ノ型、炎虎』!!!』

 

燃え盛る虎が鬼に襲いかかる。しかし鬼はたったの一振りで槇寿郎の刀を打ち返した。

 

『嘆かわしいな。鬼狩りはこんなにも弱くなっている。』

 

間髪入れず鬼が持つ刀が幾つもの枝状に別れて伸びる。日輪刀で何とか防ごうとするが、俺と槇寿郎の身体を容易く傷つけた。

 

『このままだと負けるぞ槇寿郎。急ぎ他の柱を呼んでくれ。』

『了解した。脚は・・・私の方が速いか。』

 

俺の足を見て苦く笑った。上半身に傷が多い槇寿郎に対し、俺は傷がほぼ足に集中していた。

 

『血は上手く止めている様だが長くは持たんだろう・・・死ぬなよ照吉。』

『当たり前だ。俺はまだ死ねん。』

 

走り出した槇寿郎に鬼は何もしなかった。ただ俺を見つめ、口を開く。

 

『フフフ・・・ハハハハハハハハ!』

 

出たのは低く唸る様な笑い声。俺は益々、血が煮えた。

 

『嘗てあの忌々しい呼吸の適性がある鬼狩りは全て斬ったと思っていたのだがな・・・よもや今まで継いでいたか。だがそれも終わる。』

 

鬼の呼吸が変わる。

 

『ここで死ね。貴様の存在自体が目障りだ。』

 

槇寿郎にああは言ったが、対峙した時から常に死は覚悟していた。それが明確に感じられた時、俺は一種の走馬灯の様なものを見た。

 

 

 

それは家で自分の意識とは別に俺が誰かと喋っている夢の様なもの。その夢の中で目の前にいた痣の男が見せた剣舞は俺の脳裏に焼き付いた。

 

『絶対後に繋ぎます!貴方に守られた命で・・・俺達が!』

 

 

 

ふと意識が戻った。覚醒する意識の中、ようやく父の言葉の意味を理解した。あの人がヒノカミ様だ。そしてヒノカミ神楽はあの人の為に舞うものだ。即ち、鬼舞辻無惨をいつか必ず殺す為の舞だ。

 

そう考えると有象無象の鬼などにヒノカミ神楽を使うまでもない。十二鬼月など鬼舞辻無惨の前では唯の弱い鬼である。そう思えた。

 

『水の呼吸 拾壱ノ型、日照り雨』

 

俺は無我夢中で水の呼吸と少しだけヒノカミ神楽の呼吸を掛け合わせた技を繰り出した。

しかし鬼から放たれた刀の斬撃が俺の脚を飛ばす。もんどり打って転びそうになったが、俺の刀は鬼に深く刀身が食い込んでいた。そしてそこから吹き出した大量の鬼の血を浴びた。それを待っていたかの様に鬼は俺を見て嗤った。

 

『中々骨のある一太刀だったが鬼には無意味な事。私の血を貴様の傷口から取り込んだが最後・・・待つのは死のみよ。』

 

それは生身の人間にとって毒だった。全身に負った傷口からまるで生き物の様に蠢き、逆流してくるのが分かった。鬼の血、即ち鬼舞辻無惨の血だ。意識を失う直前、鬼が俺に向かって呟くのが聞こえた。

 

『忌々しいあの男の呼吸など滅びるべきなのだ・・・』

 

迫りくる死の恐怖と生を諦めきれない気持ちが鬩ぎ合い、俺はそのまま意識を飛ばした。

 

次に目覚めたのは雪深い山の中だった。あの傷で生きている事自体があり得なかった。だが確実に雪の中を俺は走っていた。頭に靄が掛かっている様な感覚の中、見慣れた景色が見えて俺が育った山だと気づいた。

 

俺は人間ではあり得ない様な動きで走っていた。飛ばされた脚がある事に驚き、人ではなくなったと言うことを悟った。

 

走りながらどうしようもない喉の渇きから何度も叫びを上げた。

 

そして辿り着いたのは俺の家。軒先で俺の記憶よりも痩せた兄が薪を割るのが見えて声をかけそうになるが、それよりも先に身体が人の肉を欲した。

 

本能のまま目の前の人を食うなど、ましてやそれが兄などとそんな事があってはならなかった。

 

俺は腕の骨が潰れるほど握りしめ、足を止めた。

 

微かに残った意識の中で別れを告げ、踵を返した。もう二度と兄に会えないと俺は泣いた。何度拭っても止まらないその涙は悍しいほど真っ赤な血の色だった。

 

それから随分長い間、俺は理性を無くしていた。近くで人の匂いがすると衝動が抑えられず、その度に自分で自分の首を落として人を襲わない様にした。

しかし、それでも俺の中に流れる鬼が人の血肉を欲した。

 

俺は人を食わない為にも人の匂いが薄い場所を探し、日の光さえ届く事がない山奥に移った。

 

奇しくもそこは俺が生まれ育った山の奥深くだった。

 

俺はそこで一心不乱に神楽を舞った。呼吸を使うと動きが鈍くなったがそれでも舞い続けた。

 

俺にはもうヒノカミ神楽しか残っていなかったのだ。鬼の身体となってからも神楽の事だけは決して忘れなかった。忘れてはいけなかった。死の間際に見たヒノカミ様との約束の為に。

 

 

 

 

 

神社に朝日が差し込み始めた。日の光が俺の体を焼く。身体が手先から消滅していく。だが俺は舞を止めない。

 

兄と2人で一緒に極めたヒノカミ神楽。もう居なくなってしまった兄の分まで俺は舞い続ける。

そしていつか必ず、俺を鬼の身体にした奴の頸を斬る。

 

手に力が入り、祭具の柄がバキリと砕けて鈴の音が止まった。

 

「鬼舞辻無惨・・・いつか必ずお前を殺す・・・。」

 

太陽が昇りきった。太陽の光による身体の消滅が止まった。そして俺の身体全体に燃え盛る炎の様な痣が浮かび上がる。

 

それは走馬灯の中のヒノカミ様と同じ痣だった。

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