「いつかこの日が来ると思っていたよ。久しぶりだね・・・照吉。」
満月の夜、鬼となった俺が二度と足を踏み入れる事は無いだろうと思っていた場所に来た。目の前には鬼殺隊最高責任者、今代の当主である産屋敷耀哉様が立っている。
「久しぶりで御座います。覚えておいででしたか。」
御館様は月を見上げ、笑っていた。
「昔家を抜け出した私に君が見せてくれた神楽を昨日の事のように思い出すよ。」
そう、鬼殺隊だった頃、鬼狩りの任務後に1人神楽を舞っていた時、ふと視線を感じた先に当時まだお世継ぎだった耀哉様がじっと食い入るように見ていた事があった。
「あの頃は何度も御館様にせがまれました。皆には内緒にするからと。」
「君の舞がとても美しいと思ったんだ。」
御館様は夜空を見上げながら呟く。
「鬼となった君がここに来たという事は、私を食べに来たのかい?」
静かに優しさを含んだ声色。そうなるのが自然の摂理だというかの様に穏やかな表情をしている。俺は膝をつき、頭を下げた。
「その心配は有りません。人を食べずとも理性を失う事は無くなり、太陽も克服しました。」
俺の言葉に御館様から息を呑む気配がした。
「それは・・・本当なのかい?」
俺は頭を下げたままだったが、御館様がこちらに歩いてくるのを感じ取る。
「そうか・・・君は鬼でありながら無惨を討ってくれるんだね。」
「直接私の口から耳に入れたいと思っておりましたので。」
「照吉、顔を上げてくれないか?」
促されてゆっくりと頭を上げると御館様と目が合った。
「君を信じるよ・・・無惨を倒せる日はそう遠く無いだろうからね。」
「一度人として死んだ身。この身体が朽ち果てるのは奴を殺した時です。」
沸々と血が湧き上がるのを感じていた。俺のヒノカミ神楽の呼吸が俺の中の鬼の血を殺している。身体が熱い。
「行くのかい?」
「会うべき人はもう1人居りますので。」
俺は一礼し、御館様に背を向けた。
「君の事を今の柱達に知っておいて貰いたいけれど、難しいと言わざるを得ない。あの子達は鬼の存在自体を許さないだろうからね。・・・すまない。」
「承知しております。それが鬼殺隊ですので。」
鬼殺隊にいる者の殆どが身内を鬼に殺され、復讐に燃えている。俺が入隊した時もそうだった。俺のような者は当時から特殊だった。
「どうか、御館様だけは知っていて欲しいのです。この俺も貴方と志は一つだと。」
御館様が見ていた月を俺も同じように見上げた。
「今はまだ難しいけれど、いつか必ず君が本当の意味でお天道様の下を歩けるようになる事を願うよ。」
「御館様もお身体ご自愛下さい。」
そう言い残し、俺は御館様の屋敷を離れた。
次に向かうのは狭霧山。鬼狩りの師である、鱗滝左近次の元へ走る。その道中では嘗て俺が彼の元で修行した時の記憶を朧げながら思い出していた。
薄い記憶の中で何より鮮明に残っている言葉がある。
『照吉、考える事は良い事だ・・・だが、判断を遅らせるな。遅れるほどその間に救える命が減るのだ。』
囲炉裏で向かい合うようにして噛み締めるように言った。
『迷ったらお主自身も死ぬ・・・それを忘れるな。』
火の灯りに照らされた天狗の面が脳裏に過ぎる。その言葉を聞いた次の日、俺は最終選別に参加し鬼が蔓延る山中で1週間生き延びるという過酷な条件の中、達成することができた。
狭霧山へ向かう為、極力人と出会わないように道無き道を走る途中、人では無い気配を俺は感じ取った。俺と同じ血の匂い。間違いない。鬼だ。
近づくにつれてその気配は濃くなる。鬼の他に何者かの声が聞こえていたが無視だ。そして鬼の姿を目に捉えた瞬間、俺は抜刀した。
狙うは頸。水の呼吸に切り替える。
「『水の呼吸、壱ノ型 水面切り』」
急に現れた俺の姿に驚き、叫び声を上げながら俺に向かって来た。愚鈍な動きだ。酷く弱く、そして醜い。振り抜いた刀は容易く鬼の頸を落とした。血を払い、納刀すると鬼は跡形もなく消滅する。
ふと、誰かが俺の後ろに立った。
「儂が授けた狐の面を被り、呼吸を使う鬼とは、お主の事か?」
振り向くと天狗の面を被った男が立っていた。俺が気付かない程、いつの間にか背後を取られていた。・・・相変わらずだな。
「お久しぶりです、師匠。」
俺は被っていた狐の面を取り、こちらを伺う師匠に向き直る。
「・・・ついて来い。」
踵を返し、走り出す背を追いかける。久しぶりに会う師匠は記憶の中よりもさらに佇まいが洗練されていた。その事に気づいた時思わず頬が緩む。
そして第二の故郷、狭霧山に辿り着いた。
修行時代と同じ小屋で囲炉裏を前に向かい合って座る。師匠は汁腕を手にとり、天狗の面を外した。
「また、お主とこうやって鍋を囲むとは思わなかった。」
ポツリと呟いた師匠の言葉に俺は頭を下げる。
「お前のその姿を見るに、鬼に飲まれてはおらんようだ。理性も、知性も感じられる。」
汁を一口すすり、もう一つ汁椀を取って俺に差し出した。
「貴方の厳しい修行と父の教えのお陰です。」
「あの子達はお主の一族であろう。少年を目にした瞬間、お主と初めて会った時を思い出した。あの子はお主によく似ている。」
汁椀を受け取り、口につける事なく置く。
「あの少年が耳飾りをしていたでしょう。あれは代々受け継がれている物です。」
「お主が儂に隠れて舞っていた神楽もだろう?」
師匠は笑みを見せながら鍋の中の汁をかき混ぜる。修行中、何も言われ無かったので見られていないと思っていた。
「見ておられたのですか。」
苦笑が漏れた。
「炭治郎もそうだが、お前と同じ鬼となった禰豆子だ・・・あの子も強い子だ。兄を薄い意識の中で守ろうとしている。・・・お主の一族は鬼に対し、何か特別な物を持っているのかも知れんな。」
汁椀を手に持つが、口には持っていけなかった。食事を必要としなくなった今、この時ほど鬼の身体を恨めしく思う事はない。
「俺は最後の任務の時、鬼に切られそうになった瞬間にヒノカミ様の夢を見たんです。」
「お主が神楽を舞う時の呼吸か。」
頷き、俺は身体に浮かび上がった痣を見せる為、袖を捲った。
「夢の中でこの痣と同じ物がヒノカミ様にもありました。その人は俺の先祖に舞を見せ、それを今日まで代々受け継いで来た。」
あの走馬灯の中で見て、聴いたことを話した。そしてその中で確信的に思っていることを師匠に伝える。
「夢の中のヒノカミ様は鬼狩りでした。日輪刀を持ち、呼吸を使う。」
師匠は汁椀を置き、腕を組む。
「ヒノカミ神楽は型であり、神楽を舞うための呼吸は鬼狩りの呼吸です。」
「という事は、炭治郎にも受け継がれているのか・・・ヒノカミ神楽は。」
兄の子であるあの少年は俺が鬼となる前にはまだ産まれていなかった。
だが、兄が舞うヒノカミ神楽を必ずあの子は見ているはずだ。
そして兄も俺達の父と同じように教えたはずだ。たとえその時間が短かったとしても。
「耳飾りとヒノカミ神楽は必ず竈門家の長男に代々継承されるんです。次男の俺はヒノカミ神楽だけでしたが、兄は耳飾りと神楽を父から受け継ぎました。」
そして、それは既に次の世代に受け継がれている。ヒノカミ様との約束は守られているのだ。
「お主と出会った時、妙な呼吸を既に使っていると思っていたが・・・そんな事があろうとはな。」
「師匠、改めて兄の子達を頼みたい。」
俺は姿勢を正す。
「随分と時間が掛かりましたが・・・俺は鬼狩りに戻ります。御館様には既に了承を得ました。」
「あの子達には会わぬつもりか。唯一残った肉親であろう。」
俺は立ち上がり、腰に刀を納めた。
「・・・息災でいれば十分です。」
隣の部屋でゴソゴソと起きてくる物音がする。襖が開く前に土間の戸を引いた。
「やはり師匠、貴方に託してよかった。」
無惨を追うべく走り出す。鬼となった頃と同じ長い孤独が続くだろう。だが、今度は違う。御館様も師匠も居る。そして炭治郎、禰豆子というかけがえの無い存在も居る。
そう思うと、心丈夫だ。
走りながら刀を支えている手に力が入った。
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「鱗滝さん?」
俺が寝ていると、誰かと鱗滝さんの話し声が聞こえてきたので挨拶をしようと起きて襖を開けた。でもその時にはもう鱗滝さん1人しか居なかった。
囲炉裏の側には手付かずの汁が入った腕が置いてあり、まだ温かそうだ。
「起きたか、炭治郎」
「挨拶をしようと思ったんですが、遅かったみたいです。」
鱗滝さんは少し寂しさと安心が入り混じった匂いがした。
誰が来ていたんだろう?
「誰が来ていたか気になるか?」
「うえっ?!はい・・・気になります!」
思ったことを当てられてビックリして変な声が出た!
「もしかして、鬼殺隊の方ですか?冨岡さん?」
鱗滝さんは囲炉裏の前に腰を下ろすと俺にも座るように言った。
「義勇では無いが、お前達兄妹に関わりのある者だ。」
俺に関わりがある人?分からない・・・禰豆子には聞けないし、誰なんだろう?もしかして三郎爺さんかな?
「何、焦るな。奴とは近い内に逢えるだろう。」
モヤモヤとしたまま器を手にとり、汁を一口啜った。ふとさっきまでそこにいたであろう人の匂いが微かに残っているのに気がついた。
何処かで嗅いだことのある人の匂いだ。それと同時に鬼の匂いもする。鬼殺隊の人?でも冨岡さんの匂いじゃ無い。
「微かに鬼の匂いがします。でも、俺に鬼殺隊の知り合いなんて冨岡さんくらいしか居ないし・・・」
「それを食ったらさっさと寝ておけ。明日も早いぞ炭治郎。」
鱗滝さんはそう言って書き物を始めた。誰かに手紙を書くのかな?冨岡さんかな?俺は急いで汁をかき込み、鱗滝さんに挨拶をして、また布団に入った。
「禰豆子、兄ちゃんは頑張るからな。」
隣で寝息を立てる禰豆子の顔を見ながら俺は目を閉じた。