俺は偶然出会った2人の鬼に案内され、浅草にある珠世達が住んでいるという屋敷に居た。普通の人間からは見ることができない結界のようなもので屋敷全体を覆っている。聞けば、兪史郎の血鬼術らしい。
その兪史郎は俺を睨みつけたまま珠世の横に正座をして座っている。先程俺が斬った脚は既に生えていた。
「私のように鬼舞辻の呪いから外れた鬼が現れると信じていました。」
珠世は鬼舞辻の呪いを外し数百年もの間、人の血肉を喰らう事なく生きているらしい。鬼舞辻に鬼にされた当初は行動を共にしていたとの事だ。そんな時、1人の鬼狩りによって鬼舞辻が後一歩の所まで追い込まれた際に奴の支配から逃れた。
ふと、走馬灯の中のヒノカミ様のことが思い浮かぶ。
あの記憶の中に、鬼舞辻ともう1人女の鬼がヒノカミ様と出会っている場面を見た。
その女の鬼が珠世だったのだろうか。
「貴方は鬼舞辻を討つためにたった1人で鬼狩りをしているのでしょう?ですが、あの男を目の前にした時、貴方は頸を切れますか?」
疑問は尤もだ。鬼となって十数年の俺に対し、珠世や上弦の鬼共、鬼舞辻はその何倍もの年月を生きている。奴等からしたら俺など赤子も同然だ。だが、
「俺には奴を倒すだけの技が有る。後は奴の居場所さえ分かれば、何時でも奴の頸を落とすことができる。」
「しかし、残念ですが・・・ここ数百年はあの男の姿を見た者すら居ません。」
十二鬼月でさえ俺が鬼殺隊だった頃から遭遇するのは稀だった。奴らは巧みに鬼殺隊の目を盗み、人を襲い、喰らって力を付けている。奴等の居場所を突き止めなければ頸を斬ることは愚か、餌となっている人々を救うことすらも叶わない。
それに加え、珠世は鬼舞辻が鬼の頂点に立つに値する衝撃の事実を突き付けてきた。
「あの男はただ頸を斬るだけでは消滅しません。心臓が7つ、脳が5つ有り、全てを断ち切り、頸を切らなければならないのです。」
「そうだ!お前如きに倒せるものか!鬼舞辻を倒せるのは珠世様のみ!諦めるんだな!」
何故か勝ち誇ったように俺を見る兪史郎。もう一度斬ってやろうか・・・今度は口元だ。
そう考えて、横に置いてある刀に手を伸ばす。
「やめなさい兪史郎。」
「しかし珠世様!さっきから聞いていればこの鬼は珠世様に対して失礼すぎると思います!問答無用で切りかかってくるその根性!さぞ人間であった頃も鬼の様な性格をしていたんだろう!この鬼畜!鬼!」
「もういい、黙れ。その口を閉じないならば、俺がその顎から下を斬り落としてやる。」
俺が日輪刀をチラつかせながら放った脅しに黙り込む兪史郎。彼が鬼となってどのくらい経つのかは知らないが、まだ精神は子供ではないだろうか。
「申し訳ありません。兪史郎、邪魔をするのなら隣で薬の調合をしておいて。私は彼と大事な話をしているの。」
「申し訳ありません!珠世様!」
瞬時に珠世の横に座り直す兪士郎。珠世はどういうつもりでコイツをそばに置いているのだろうか。
「話を戻しましょう・・・貴方は一人で無惨を討てるのですか?あの男の支配下から外れた存在であるとはいえ、一人で挑むには血鬼術に鬼狩りの型と呼吸があったとしても厳しい筈です。ですから・・・」
「縁壱という名を知っているか。」
その名を聞いた瞬間、珠世は驚きで目を見開いた。彼女は数百年生きている鬼だ。走馬灯の中で見た女の鬼が彼女であれば、過去にその名の鬼殺の剣士がいた事を知っている可能性があった。その推測はどうやら当たっているらしい。
「俺がお前に使ったヒノカミ神楽・・・あれはその人が使っていた鬼殺の為の型と呼吸だ。即ち、」
「鬼舞辻無惨を滅殺するための呼吸・・・貴方はどこでそれを?」
俺は頷き、続ける。
「俺の家は炭焼きでな。先祖代々、無病息災を祈って年の初めに神楽を舞う。その舞を先祖に教えたのがヒノカミ様・・・縁壱という名の人だった。お前は知っているんだな?あの人の事を。」
珠世は遠くを見つめる様にしてヒノカミ様のことを話し始める。
「彼は私を鬼舞辻無惨の呪いから解き放ってくれました・・・肉塊になった無惨を脳味噌の大きさまで消滅させ、それ以降表舞台に出させなくしたのが貴方が言うヒノカミ様・・・継国縁壱という人です。」
俺が見た走馬灯は現実にあった過去の出来事だという事が珠世によって証明された。
「彼を知る者は皆、1人残らず上弦の壱の手によって滅ぼされた筈ですが・・・」
俺が鬼となるきっかけとなった任務。その時戦った上弦の鬼の目に刻まれていたのは『壱』の文字。
脚を飛ばされ、気を失う直前に奴が呟くように言ったあの言葉を思い出した。
「・・・上弦の壱は継国縁壱の縁者なのか。」
「ええ。上弦の壱の名は黒死牟。人間であった時の名は継国厳勝・・・継国縁壱の兄だった男です。」
俺は頭の中でその名を反復する。鬼舞辻無惨の他に斬らねばならない鬼が判明したのだ。無意識に頰が緩んでいた。
「戦国時代の初めから数えて四百年近く上弦の地位にいます。恐らく鬼舞辻の次に強い筈・・・そんな鬼を貴方は倒せますか?」
真剣な目で語りかけてくる珠世に俺は答えた。
「鬼を狩ってきて分かったことがある。ヒノカミ神楽の呼吸は鬼の弱点である日の光と同じだ。その他の呼吸法は確かに鬼に有効だが、ヒノカミ神楽はその遥か上を行く。」
この1年、俺は水の呼吸を使わずヒノカミ神楽の呼吸だけで鬼を狩った。そして鬼に対しての強力さに気付いた。
刃を当てた所が例え頸でなかったとしてもまるで人間のように痛みにのたうち回り、斬り落とした部分は鬼であるにも関わらず、新しく生えてくることはなかったのだ。弱い鬼であれば頸を切らずとも消滅した者さえいた。
・・・長く使ってきた水の呼吸ではそうはならなかった。
「上弦の壱が四百年生きていようと、鬼舞辻無惨が千年生きていようと・・・俺は奴らを必ず殺す。それが、ヒノカミ様との約束の果てだ。」
珠世の表情が綻ぶ。だが、その目はギラギラと燃え盛る炎のようだ。俺の手を取り、訴えかけてくる。
「分かりました・・・私にその約束を果たすお手伝いをさせて下さいませ。」
「なっ!?貴様ァ!!!珠世様が汚れるだろう!その手を離せ!」
喚く兪史郎を他所に珠世は俺の手を握りしめたまま俺を見つめてきた。その奥に激しい憎しみと怒りが見える。
俺は珠世の手を離し、目の前の2人の鬼を見た。珠世は姿勢を正し、兪史郎は俺を親の仇かの様に顔を真っ赤にして睨みつけている。
「もう一つだけ御願いを聞いていただけますか。」
「言ってみろ。」
「貴方の血を頂きたいのです。」
理由を聞くと驚きの答えが返ってきた。
珠世はこの数百年、鬼の血を研究し、鬼舞辻にしか出ないと言われる人を鬼に変える方法を自らの手で成功させた。それが隣にいる兪史郎だ。不治の病で余命幾ばくも無い病人に鬼化を勧め、生きたいと願った者達だけ鬼の身体に変化させる。鬼となった者は生き長らえ、不老不死となる。食人衝動などは少なく、少量の血で抑えられる。
そして珠世は今ある薬を作ろうとしているらしい。それが、鬼となった人間を人に戻す薬だ。
その薬を作るのに多くの鬼の血を調べる必要がある為、俺の鬼の血が欲しいらしい。
鬼を人に戻す・・・か。思い出すのは炭治郎だ。あの子は鬼となった妹の禰豆子を人に戻すべく鬼狩りになろうとしている。ならば、拒否する理由はない。
「人の血肉を食べずとも凶暴化しない照吉さんの鬼の血があれば薬の完成は大幅に早まるでしょう。どうか、お願いします。」
俺は無言のまま日輪刀で自分の腕を切り落とした。ドサリと畳に転がる腕を見て兪史郎が叫ぶ。
「なっ、何をしている!珠世様は血が欲しいと言ったんだ!」
「俺も鬼を人に戻したいと願う少年を知っている。その願いが叶うならば俺の血肉・・・好きに使え。」
さらに文句が飛んでくるかと思ったが、兪史郎は黙り込んでしまった。
珠世は慣れた手つきで落ちた腕から血を採り、その血を硝子の容器に移していく。
「その少年は貴方の大切な人なのですね。」
「ああ・・・俺の兄の子だ。家族を鬼舞辻に殺され、兄妹2人だけ生き残ったが、妹は鬼となった。」
黙っていた兪士郎が口を開く。
「・・・そいつはお前が鬼だと知っているのか?」
「俺の存在すら知らんだろうな。あの子達が生まれる前には俺は既に鬼だった。」
「他人じゃないか!何でそんな奴の事を気にする必要がある!お前がいくらそいつの為に動いたとしても、お前が鬼だと知れば他の人間と同じ様に蔑んだ化け物を見る目で見てくるぞ!」
その怒りは恐らく兪史郎が鬼となって人と接してきたからこその実体験なのだろう。それまで普通の人間の様に接してきた人達に鬼である事が分かった瞬間から恐れられ、忌み嫌われた。
兪士郎は何度も経験してきたのだ。だから珠世だけを信じ、自分と珠世に近寄る者を全て排除しようと敵意を剥き出しにする。
そんな兪史郎を羨ましく思う。俺は鬼となってから独りだった。人から離れ、誰にも会わず、声も発さず、光も音も無い夜の世界で俺は僅かに残った自我とヒノカミ神楽の記憶だけを頼りに舞い続けた。
そしてようやく、この世と繋がりが未だ有る事を知り、永遠の暗闇から抜け出せたのだ。
炭治郎と禰豆子の存在は俺を孤独から救ってくれた。
「それでも大切に思う。兪史郎、常日頃お前が珠世を想う気持ちと同じだ。」
「なっ?!おっ?!俺はっ、そそそそそんな事?!」
焦る兪史郎に俺は頰が緩んだ。
「ありがとう、兪史郎。私もあなたを大切に想っているわ。」
赤くなった表情が更に真っ赤になる。頭から血が出るんじゃないか?
「照吉さん、鬼を狩って消滅するまでの間に鬼の血を摂って頂けませんか?先程も申した通り、人に戻す薬を作るには出来るだけ多くの鬼の血が必要なのです。」
「それは良いが、どうやって血を抜き取る。」
俺がそう尋ねると、兪史郎が懐から一つの小刀を取り出した。
「これを刺せば自動的に血を吸い取ってくれる。採った血は茶々丸に渡せば良い。」
ニャオン
突然鳴き声が聞こえ、目の前に一匹の猫が現れる。そして俺の手に擦り寄ってきた。
ぎこちなく撫でると、喉を鳴らす。
「ふふ、茶々丸も照吉さんを気に入ったようですね。」
「鳴くと姿を現し、もう一度鳴けば消える術を掛けている。覚えておくんだな。」
俺は立ち上がり、腰に刀を差した。そろそろ鬼狩りを再開するとしよう。その前に、珠世には言っておくべき事があった。
「この先もし、耳飾りを付けた赫灼の子に会ったらその子にも鬼を人に戻す薬の話をしてやって欲しい。」
「その子は人間なのでは?」
「今はまだ修行の身だが、鬼となった妹を人に戻す為に鬼狩りになろうとしている。協力してくれるはずだ。」
暴れる妹を炭治郎は恐れず立ち向かい、語りかけていた。どれだけ自我を失い、凶暴化しても人として接するあの優しい少年が珠世を見て忌み嫌うなど有り得ない。俺はそう確信している。
「そうですか・・・分かりました。もし出会う事があれば必ず話しましょう。」
俺は頷き、頭を下げる。
「貴方の武運長久を祈ります。いつか鬼舞辻無惨を倒すその時まで。」
同じように頭を下げる珠世を見て、俺は兪史郎に体を向けた。
「出会い頭に足を斬って悪かったな。だが、あれを避けられんようでは、万が一柱と遭遇した時に有無を言わさず頸を落とされるだろう。お前が強くなれば珠世を守れる。気張れよ兪史郎。」
見た目が少年に見える事もあり、思わず頭を撫でてしまう。兪史郎は狼狽えるが、されるがままだ。
珠世はそれを見て笑っていた。
「ええい!いつまでやっている!早く行け!もうお前とは会いたくない!」
思い出したように喚く兪史郎の文句を聞きながら、俺は屋敷を後にした。
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「さっそくですが照吉さんの血を調べてみましょう。兪史郎?」
あいつの言葉が頭の中を巡っている。
『お前が強くなれば珠世を守れる。』
不治の病の俺を鬼にして下さった珠世様。俺は今まで貰った命の分、その恩を返そうと生きてきた。
珠世様は弱くはないお方だ。
だが俺はどうだ?鬼になって術を使えるようになったが、並の鬼よりも劣っている。あいつのような強い鬼が現れたら逃げる間も無く殺される。
その場にいるのが俺だけなら良い。しかし、珠世様がいれば俺を生かそうとしてくれるだろう。俺を庇い、傷つきながら血鬼術を使って敵を翻弄するはずだ。
あいつに脚を切断され、今にも頸を刈られようとしている珠世様の姿を見て俺は絶望した。
珠世様がいない世界など無意味だ。俺は珠世様とこれからもずっと一緒に生きていきたい。
「どうしたの?兪史郎。」
珠世様が心配そうに俺を見ている。そんな顔も美しい・・・。
「力が欲しいんです。あいつが言ったように、強くなって貴女を守りたい。」
俺の言葉に珠世様は微笑んで手を握ってくれた。
色白できめ細やかな肌のその細い手は鬼であるが故に冷たいが、確かに温もりが感じられる。
ふと、あいつが去り際に頭を撫でてきた手と同じだと思ってしまった。
「そんなことはあり得ない!珠世様の手の方が優しくて温かいんだ!」
思わず叫んでしまい、珠世様を驚かせてしまったが、驚いた顔もまた、美しいです・・・珠世様。