咲姫を抱えたまま家に帰り着いて、足で器用に玄関のドアを開ける。
月「おかえりー••••••ってなにその状態?恥ずかしくないの?」
天「クソ恥ずかしいわ」
真顔の月に対して、俺も真顔で応える。咲姫は真顔、というより無表情だが俺の方に顔を向けていた。
月「それで、何があったらそうなるの?」
天「•••さぁな、俺もわかんねぇわ」
月「当事者がわかんないってどういう事!?」
暗い住宅街の中で叫ぶのはやめてくれ。普通に近所迷惑なんだけど。
月「うん、ちょっと待って?もしかしてさ、事務所からここまで咲姫さん持ち上げてきたの•••?」
天「あぁ」
月「お兄ちゃんもやるなぁ••••••抱えられてる咲姫さんも咲姫さんだけど••••••」
咲姫「とても楽チン•••」
天「いいご身分だよこいつは」
抱え直す為に、軽く上に投げて下ろす。よいしょっと、という親父くさい声が漏れた。
月「とりあえず寒いしお家の中に入ろっか。ご飯できてるよ」
天「あぁ。咲姫はここで降りろよ」
咲姫「うん•••」
優しく下ろして、家の中に入って行く。後ろから彼女もついてくるが、なんだか小動物のような感じがして可愛らしかった。
咲姫をリビングに向かわせて、俺は二階の自室に入った。咲姫のバッグもついでに置いて、一階に降りる前にベッドに寝転がった。
天「ん、んーーっ!はぁ•••なんか今日は疲れたな•••」
校内ライブの準備を進めて、それで事務所に行けば咲姫が寝ている。それだけでもまぁまぁ精神的な疲れが加速するもんだ。
天「••••••まぁ、良い経験にもなるか」
クリスマスライブにだけ目を向けていたが、学園内でのライブもそれはそれでいいもんだろう。既にPhoton Maidenの名は学園中に響き渡っている。だがそれでも中には知らない人間もいるだろう。この学園ライブを機に、存在を認知してくれる生徒もいるのではないかと考えたのだ。
天「これも、Photon Maidenが更に上に向かう為に必要な要素だ•••」
そう考えたら、学園ライブというのも悪くないと思えてきた。いや、むしろ好都合だ。美味い話にはデメリットがない限りはできる限り乗っかっていきたい。
月「ちょっとお兄ちゃん寝てないよねー!?」
天「今から降りる!」
考え事をしていて無駄に時間を喰っていたのか、下から月が俺を呼ぶ声を轟かせた。俺も大きな声で返して、一階に降りた。
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夕食は豪華でも質素でもなく、案外普通なものだった。黙々と食べる中、月と咲姫の会話は進んでいた。
月「はー校内ライブをやるんですかぁ•••。お兄ちゃんその話全くしてくれないんですよ?ひどくないですか?」
咲姫「天くんはあまりライブの事情とかは話さないから•••。最近はクリスマスライブの事で頭がいっぱいになってるから余裕がないんだと思う」
天「まぁ•••余裕がないのは確かだな••••••どうなるか検討もつかないし、何が起こるかもわからん」
月「流石に心配症過ぎない?夏のライブなんてあんなに大成功したんだから自信持とうよ!」
月が励ますように声を掛けてくれるが、全く俺の不安は拭えない。
天「一度成功したからこそ、それ以上にプレッシャーが掛かるんだよ•••夏以上のパフォーマンスを期待されているからな」
咲姫「うん•••だから私たちも練習を頑張らないといけない••••••」
月「•••やっぱりプロは考え方が違うなぁ•••ただのファンの私とは大違いだ••••••」
椅子の背に体重を預けた月が、大きく息を吐いた。そこに俺は白飯を掴んだ箸を月の口の中に突っ込んだ。
月「んぶぅ!?ーーいきなり何するのさ!?」
天「いや•••月の言葉は嬉しかったからな。その礼だ」
月「だからってそんな無理矢理入れる事はないでしょ!?何考えてるのさ!」
天「すまんかった」
薄く笑いながら、俺は軽い気持ちで謝罪を送った。まだ月はぷんぷんと怒ってはいたが、どこか表情は優しかった。
月「全くもう•••そんなんだからお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだよ」
天「どういうことだよ、それ」
月「•••さぁーねー。自分で考えてね?」
天「•••••••••?」
月の言葉の意図が理解できず、俺は首を傾げた。が、咲姫は意味を分かっていたようで、笑みを俺に向けていた。
天「な、なんだよ•••」
咲姫「ううん、何でもない」
そして彼女も中々に意地悪なようで、答えを教えてくれる事はなかった。モヤモヤを残したまま、俺は夕食を食べるのを再開した。
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風呂も終えて後は寝るだけ•••なのだが。
天「•••眠れねぇ」
咲姫「私も•••少し事務所で寝ちゃったから•••」
ご覧の有り様だ。俺は単純に眠気が襲って来ず、咲姫は多少ながら睡眠を取ったのが仇となっていた。
天「参ったな•••明日も朝早くからレッスンなのに•••」
休日?んなもんねぇよこっちは仕事じゃボケ。というかいい加減セトリも本格的に決めないといけない。明日はプロデューサーやスタッフ共々と話し合わないといけないな••••••。
咲姫「天くん、難しい顔をしてる•••」
天「えっ?そ、そうか•••?」
咲姫「こことか•••皺が寄ってる•••」
咲姫の指先が俺の眉間に触れる。少しくすぐったさを感じて、みじろぎをした。
天「ん•••なんか変な感じだから触らないでくれ」
咲姫「じゃあ、こっち•••?」
今度は俺の頬に触れた。ひんやりした冷たい感覚が伝ってくる。
天「まぁ•••ここは別にいいが•••」
お返しにと、俺も手を伸ばして咲姫の頬に当てる。うっすらと微笑んだ後に、彼女は目を閉じる。
咲姫「落ち着く••••••」
天「•••そういうもんなのかねぇ•••」
いかんせん俺には理解し難かったが、咲姫が幸せならそれでいい。そう思うと、少しだけ心が安らいだ気がした。
咲姫「ぎゅう•••」
天「はは、はいはい•••」
相変わらずブレる事のない姿を見て、自然と笑いが込み上げた。腕を伸ばして、背中に手を回して、こちらに引き寄せた。
咲姫「えへへ•••あったかい•••」
天「しっかし細いな•••ちゃんと食べてるのか?」
咲姫「晩御飯はちゃんと食べた」
天「いやそうだけど•••普段だ普段」
真顔でたかがさっきの出来事を言わなくてええよ。
咲姫「ちゃんと食べてる」
天「ならいいんだが•••」
どうにも身体が細くて、抱きしめたら折れてしまうのではないかと心配になる。横腹に触れてみると、その華奢な体躯に驚いてしまう。
咲姫「んっ•••」
天「あっ、わ、悪い」
くすぐったかったようで、咲姫が甘い声を漏らした。すぐに謝って手を離す。
咲姫「ビックリした•••」
天「すまん、少し身勝手が過ぎた」
咲姫「ううん、天くんなら大丈夫」
天「•••ありがとう」
優しく許してくれる彼女に対して、俺は笑みを向けた。咲姫も笑っていて、大変可愛らしい。
天「なんか話してたら眠くなったわ。咲姫は?」
咲姫「私も少し眠たいかも•••」
どうやらお互いに寝るモードに入ったようだ。俺は既に目の前が軽く霞み始めている。
天「おやすみ、咲姫。明日も頑張れよ」
咲姫「うん、おやすみ•••天くんも、お仕事頑張って」
天「ん•••」
咲姫を抱きしめたまま、俺は目を閉じる。真っ暗になった視界の中で、ふと考える。
天「(そういえば、もう感覚の暴走がない•••完全に慣れたのか••••••?)」
できることなら暴走しないまま平和に過ごしたいものだ。だが、やけに嫌な予感が止まらない。
天「(多分•••大丈夫だ••••••)」
確証なんて一ミリもない。それでも俺は信じるしかなかった。今はライブの事だけを考えようと、今の思考を押しつぶした。
明日からまた部活じゃーい!土日しか参加しねぇけどさ•••()