せっかくの土曜日も、仕事のおかげで休日間はゼロに等しかった。本来の土曜日なら、誰もが前日の金曜日に夜更かしをして、次の日に昼近くまで寝まくるものだろう。できることならそれくらいのダラダラした時間を過ごしたかったが、生憎仕事という呪いがあるもので、いつも通りの起床となった。
天「•••ねみぃ」
ベッドから身体を起こすと、まだ残っている眠気と冬の寒さが同時に襲ってきた。俺が上半身を直立させた所為で毛布が剥ぎ取られ、咲姫の身体が外気に晒された。
咲姫「んぅ•••」
天「おっと、すまん」
唐突に温度が低下して睡眠中でも違和感がかなりあったのだろう。眠っていても彼女は身じろぎを始めた。
すぐに毛布を掛けてやって、俺は一足先に一階に降りる。
リビングに顔を出すと、先に起きていた月が朝食を作っていた。俺に気がついた月はニッコリと笑う。
月「おはよーお兄ちゃん」
天「ん、おはよう」
月「•••咲姫さんは?」
天「まだ寝てるが」
月「•••うわぁ、すごいデジャブを感じた••••••」
月が呆れた表情を漏らす。そういえば二日くらい前にちょうど似たような事があった。あの時は学校があったからすぐに起こしにいったが、今日はそんなに急がなくてもいいだろう。
月「起こしてあげないの?」
天「お前が飯作り終えたら行く。どうせ事務所に直で行くし、ここから近いしな」
月「りょーかい。それじゃあささっと終わらせちゃうね」
天「ふわああぁ•••もう一眠りするか」
月「いや二度寝するくらいなら私が起こし行くまで寝てたらよかったのに」
天「勝手に起きてしまったんだよ、どうにもできねぇよ」
月「どうにも?」
天「とまらない?」
月「•••あの曲何年前のだっけ」
天「1972年だから•••約50年前だな•••」
かの有名なこの曲も後少しで50周年を迎えるのか•••時の流れってすごいな。この曲が誕生したかなり後に俺産まれたけど。
月「もうすぐできそうだから咲姫さん起こして来てー」
天「んー」
何とも気の抜けた返事だろうと、自分に呆れる。まだ脳が眠たいと抗議をしているのだろうか。それでも無理矢理働かせるのだけどな。やだ、俺の脳働き過ぎ•••!?
という冗談は置いといて、自室に逆戻りとなった。扉を開ければ、まだ眠っている咲姫の姿があった。相変わらずだな、と苦笑いをしながらベッドに近づく。
天「咲姫、起きーー」
咲姫「もう起きてる」
天「うおっ!?」
声を掛けようとした瞬間に、咲姫の大きい瞳が俺に向けられた。それに驚いた俺はビクッ、と身体が少し跳ね上がる。
天「お、起きてるなら降りてこいよ•••」
咲姫「ここで待ってたら、天くんが来ると思ったから」
何とも可愛らしい理由なこった。だがこっちからすればたまったもんじゃないから勘弁してほしいものだ。
天「まぁ、起きてるならいいわ。早く降りてこいよ」
ヒラヒラと手を振って、俺は部屋を出て行く。
咲姫「•••冷たい••••••」
ぷくっ、と咲姫が頬を膨らませて部屋のドアを恨めしく見ていた事を、俺が知る事はなかった。
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あくび混じりにまた一階に降りて、席に着く。後から咲姫も続いて降りてきて、俺の隣に当たり前のように座る。
目の前に食べ物が乗った皿がどんどん運ばれていき、彩りが増す。
月「はーいどうぞどうぞー」
咲姫「いただきます」
明るい笑顔で月が食事を促した。それを素直に受け取った咲姫が、いち早く食べ始める。
月「•••?お兄ちゃん、食べないの?」
天「ん?あぁ、食べる」
月「何考えてたのー?まさかエロい事?」
天「朝からんなもん考える元気ねぇよ•••」
月「えぇー!?じゃあ昼と夜は考えてるんだぁー!」
やっべ地雷踏んだわ。完全に返答の内容が薄すぎた。これ見よがしに妹は喜んで俺を指差してゲラゲラ笑っている。バカクソウザくて殴りそう。
月「いったい!?」
というか殴った。身を乗り出して拳骨を一発ブチ込んでやる。月は痛そうに頭を手で抑え込んでいた。
咲姫「月ちゃん、大丈夫•••?」
月「結構マジで殴りましたよこの兄貴!」
咲姫「天くん、ダメ」
天「•••はぁ、悪かった」
月「咲姫さんがいると楽でいいなー」
天「うっぜぇ••••••!」
俺の立場が弱い事をいいことに、月は余裕の表情で俺を煽りにくる。ここまで性格悪かったっけこいつ。
天「•••というか、最近本当にウチに泊まることが多くなったよな、咲姫」
咲姫「うん。家に帰っても一人だから、それなら神山家にお邪魔する方が楽しいと思って」
月「咲姫さん!もうウチで暮らしませんか!?」
咲姫「えぇ!?で、でも•••ご飯とか全部任せちゃってるのに•••」
ずいっ、と咲姫の目の前にまで顔を近づけた月は彼女に提案を持ちかけた。咲姫は困惑しながらも、断る方向で話を進める。
月「気にしないでください!咲姫さんがここにいるだけで私もお兄ちゃんも嬉しいんですから!!」
咲姫「嬉しい•••?そうなの、天くん?」
天「ん?好きな人がずっといるのは嬉しいぞ」
咲姫「••••••!泊まる頻度、増やす•••!」
月「やったー!お兄ちゃんナイスゥ!」
天「•••は?」
朝飯を食うのに集中していた俺は、唐突な月からのサムズアップに困惑してしまう。隣の咲姫もやたらと嬉しそうに笑ってるし、あぁもうめちゃくちゃだよ。
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咲姫と二人で事務所へと向かうが、チラチラと見える雪にため息が漏れる。気温自体が低いのに、雪のお陰で更に寒く感じてしまう。
チラリと咲姫に目を向けるが、彼女は平気そうな顔だった。ま、雪国出身だし耐性はいくらでもあるか。
某北欧のパツキン王女様は日本の夏が暑過ぎて毎日プールに入って凌いでいたらしいが、こいつはそんな暑い暑い喚いてなかったな。流石に北欧と日本の北側じゃ話のスケールが違うか。
咲姫「•••?どうかした••••••?」
天「ん?いや、なんでもないぞ」
目だけで見ていたのに、いつの間にか顔ごと動かして彼女の顔を見つめていたようだ。そりゃ何事かと思うわな。
すぐ真っ直ぐに戻したが、咲姫は首を傾げるばかりで、俺の顔を見ていた。
天「ちゃんと前を見ないと危ないぞ」
咲姫「さっきまで何を考えていたの••••••?」
天「そんな大した事じゃねぇよ。気にしなくていい」
咲姫「気になる••••••」
天「••••••ハハッ」
本当に大した事ないーーというよりどうでもいい事だ。聞くだけ無駄な事なのに彼女の好奇心の前だと関係ないようだ。
彼女らしい答えに少し笑みが零れた。
天「寒くても平気だな、って思っただけだ」
咲姫「•••それだけ••••••?」
天「本当にそれだけだが?」
咲姫「ふふっ」
何が面白いのかよくわからないが、くすりと咲姫が笑った。俺は訳がわからず頭を軽く掻いてしまう。
天「っと、もう見えてきたな。近いと楽でいいわ」
咲姫「もう少し手を繋いでいたかった••••••」
名残惜しそうにもう一度手を握りなおす咲姫。やれやれ、と苦笑しながら彼女の方に目を向ける。
天「帰り道も一緒なんだから、練習が終わるまでの辛抱だ」
咲姫「うん••••••」
咲姫の身体が俺に寄りかかる。嬉しいが少し動きにくいから勘弁してほしい。
その調子のまま事務所に入ると、すれ違うスタッフたちからクスクスと笑われた。少し恥ずかしくて俺はため息をつきながら軽く頭を抱えた。
咲姫はと言うと、ずっと俺にくっついたまま笑顔だった。引き剥がさないといけないのに可愛いと思ってしまったのは、完全に惚れた弱みだろう。
それじゃあ執筆に戻りますね。これもまたアイカツの一環(?)