放課後になっても雨は降り止まず、地面に向かって音を立てて突っ込んでいた。
湿度も高いままで、汗が流れ出るのを感じる。
天「さて、と•••事務所行くか」
傘を取り出して、開く。肩に担ぐように持つのが一番楽だ。
しかし、そこに1人の人間がくっついてきた。
咲姫「お邪魔します」
天「••••••本当にするだな•••••••••」
朝に言っていた通りに相合傘を決行するらしい。
傘自体は大きいが、いかんせん2人となると少し窮屈になるのが否めない。
天「ちょっと恥ずかしいんだけど」
咲姫「私、傘持ってない」
天「消去法やめれ」
それじゃ嫌でも傘の中入れないといけねぇじゃん。担当濡らして風邪引かせたとかマジでブッコロ案件だし。
天「ちゃんと天気予報見たのか••••••?」
というかそもそも朝から雨降ってたよな••••••?だとしたら傘を持っていない方がおかしいのだが。
天「••••••本当は持ってるだろ?」
咲姫「うん」
全く悪びれる様子もなく、ノーコンマで頷きやがった。なんとも言えない固い表情になってしまう。
天「自分でさした方が濡れないだろ」
咲姫「天くんと一緒がいい」
天「こういう時は本当に譲らねぇな••••••」
あまりの逞しさに尊敬の念すら抱くよ。もう諦めて俺はため息をでっかく吐き出した。
天「そういや、校内ライブとかも予定立てないとな。いつまでも外部でやるわけにもいかないし」
咲姫「じゃあ、またりんくさんたちと合わせる形でするの?」
天「今のところはな。その方があいつらも喜ぶだろうし」
せっかく学園内に見知った顔が集まっているのだ。それを上手く活用しないでどうする。
都合の良い事によく絡む連中でもあるので尚更だ。
咲姫「今日はどれくらいお仕事かかりそう?」
天「まだ忙しくはないからそっちが終わる前には片付くと思う」
咲姫「じゃあ練習、見にきてくれるの?」
天「••••••行くよ」
最近ご無沙汰だったし、前よりどれくらい成長したのか見てみたくなってきた。少しワクワクする。
天「まぁでも、後一ヶ月もしないうちに忙しくなるだろうけどな」
咲姫「夏休み期間のライブの予定?」
天「そう。去年よりも大きいハコは多分押さえられるだろうし、また一歩先にすすめるんじゃないか?」
多分と言うだけで、確証は一切ないが。だが、それでも何処か大丈夫だろうという安心感はあった。
咲姫「楽しみにしてるね」
天「ん。待っとけ」
期待を寄せてくれているようなので、絶対に失敗できないな、と精神的に少しプレッシャーを感じた。まぁ、これくらいの方が油断しないしいいだろう。
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仕事自体はすぐに終わったので、俺は席を立ってPhoton Maidenのレッスンを見学する事にした。
軽い足取りで歩いていき、タイミングを確認してから中に入った。
天「お疲れ様です」
姫神「珍しいな」
天「••••••••••••」
バタン••••••。
姫神「おやおや、逃げる事はないじゃないか」
天「ちょっと待って待って!!プロデューサーいるなんて聞いてないんですけど!?」
姫神「いいからこっちに来い。今更遠慮する仲でもないだろう」
しっかり捕まって中に放り込まれてしまう。ゆったりと練習を眺めていようと思ったのに、プロデューサーの所為で厳しい目で見ないといけなくなった。
天「•••••••••」
前と比べたら確実に上手にはなっているが、そこまで大きな変化というものは感じられなかった。
何かしら壁に当たっているのか?と少し疑問を覚えたが、あまりにも解明できる要素が少なくて口を出せずにいた。
そしてそのまま流れるようにダンスを見続けて、気がつけば終わっていた。
姫神「神山から見て、今の彼女たちはどうだった?」
天「•••••••••まぁ、前より良くなってますが•••少しだけですね」
少し残念な雰囲気を醸し出しながら、俺は言葉を吐いた。
目の前に映るPhoton Maidenの面々の顔が曇ったのが、何となくだがわかった。
天「何かが足りないんですよね••••••」
姫神「だがそれがあまりわからないと」
天「そういうことです」
プロデューサーが代弁してくれた。俺はコクリと頷く。
乙和「具体的にどこがダメとかないのー?」
天「乙和さんはいつも通りミスを失くしてください。普通に振り付け間違えてますから」
乙和「うっ••••••!」
真顔を向けながら注意する。乙和さんは少し不満そうな顔を俺に向けていたが気にしない。
天「••••••そろそろ時間ですね。今日はこれまででいいでしょう。着替えて帰るなりご自由に」
俺は立ち上がって、そそくさとレッスン部屋から去っていく。そのまま自身の仕事部屋に戻って、帰る準備を進めた。
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外に出ると、既に着替え終わった咲姫が事務所の入り口前に待機していた。
天「待ってたのか?」
咲姫「うん」
傘を持っている様子もなく、ただ立ち尽くしたまま頷く咲姫。
他のみんなは既に帰ったのだろうか•••。
天「帰るか」
咲姫「うん」
傘を開くと、すかさず咲姫が隣にくっついた。
天「早いな••••••」
本当にあっという間に潜り込んで俺の手を握っていた。あまりの素早さに驚いてしまう。
咲姫の歩幅に合わせながら歩く。しばらくして神山家が見えてきた。
天「飯、食ってくか?」
咲姫「うん、食べたい」
頷いたので、そのまま彼女を連れて家に入ることに。
リビングを覗いてみれば、既に夕食を作り終えていた月の姿があった。
月「あ、おかえりー。咲姫さんもいらっしゃい!」
咲姫「おじゃまします••••••」
足をブラブラしながら、妹はいつもの明るい笑顔を見せる。こんな顔して、下ネタ吐きまくりのクソアマとか信じたくないわ。
天「なんか今日はやけに作るのが早かったな?帰る時間もいつも通りだったはずだが」
チラリと時計に目を向けると、いつもの帰宅時間となんら変わりなかった。
別に月は気分屋というわけではない。その日その日で行動が変わる事はまずないと言っていいだろう。そんなあいつがちょっとでもズレていると少し心配になる。いや普段から発言はズレているが。
月「なーんでもないよ。さっさと手洗っちゃって」
天「••••••わかった」
あまり詮索するな、という事だろうか。俺は頷いて、素直に手洗いうがいを済ませた。
席に座って三人で手を合わせる。目の前の料理や食材に感謝してから食べ始めた。
月「•••お兄ちゃん」
天「どうした?」
やたらと弱々しい声で、月は俺を呼んだ。箸を動かす手を止めて、聞く体勢に入る。何故か咲姫も一緒だ。
月「いや、なんていうかさ、私、本当に高校に受かるのかなーって思って••••••」
思ったよりも深刻な内容だった。苦笑いが含まれているが、雰囲気からも余裕がないのがしっかりと伝わってくる。
天「今まで通り学年一位はそのままなんだろ?その状態をキープしていれば、高校受験なんて楽勝だ。結局は中学の復習みたいなものなんだし」
咲姫「うん、月ちゃんなら絶対に受かるよ」
月「あはは•••応援してくれるのはありがたいです••••••。でも、やっぱり不安で••••••」
少なくとも月の成績で落ちる事はまずないだろう。むしろ落ちる方が珍しいレベルだ。
だが今の妹は緊張感と焦りで精神的にもかなり参っている状態だ。これが続くとあまり良くない結果を生みそうな気がしてくる。
天「どうしたいかはお前に任せる。でも、変に緊張するなよ?ウチなんて未だにガチガチに緊張する人がいるからな」
今本人が近くにいたらメチャクチャに騒がれていただろう。笑いながら月に目を向けると、少しだけだが安心した顔になっていた。
月「•••うん、ありがとう。そうだよね、Photon Maidenのみんなも頑張ってるんだから、私も頑張らないと!」
天「俺を抜いたのは悪意あってのことでいいんだな?」
月「当たり前だよなぁ?」
天「殺すぞクソガキ」
月「きゃーこわーい!咲姫さん助けてー!」
月は席から立ち上がって、咲姫の後ろへと逃げ込んだ。
ニコニコと穏やかな笑みを浮かべていた咲姫は、俺たちを優しく見守っている。
咲姫「大丈夫そうだね」
天「••••••ん、そうだな。乙和さん、いい具合にダシにできて楽でいいわ」
咲姫「乙和さんに聞かれないようにしないと」
天「•••••••••まぁ、バレないだろ」
今現在咲姫の後ろに控えているヤツが口でも滑らせない限りはな。
目を向けると、ニヤニヤとした表情を浮かべていた。これは完全に弱み握られたな••••••。
天「というかお前いつまでそこいんだよ!早く戻って飯食え!」
月「お?お?愛しの咲姫さんにくっつかれて嫉妬かなー?」
天「お前マジで泣かしてやる!」
月「やってみろー!」
いつもの調子に戻って、ギャーギャー騒ぎながら俺と月の言い合いは続いた。
咲姫「•••とても楽しそう」
その光景を見ていた傍観者は、小さくそう呟いた。
そんじゃまた会いましょう。多分かなりの期間空くので気長に