今日はレッスンも何もなく、完全なオフの日だった。ライブ前に呑気な事だと思われそうだが、こういう日は確実に設けないと彼女たちが疲れてしまう。たまには休まないといけない。
まぁ、そもそもPhoton Maidenの面々が普段どうやって休日を過ごしているのかは知らないが、少なくとも一人だけは知る事ができそうだ。俺込みだけど。
乙和「ねぇ〜、まだー?」
天「財布の中身の確認くらいさせてください」
後ろから服の裾を引っ張る乙和さん。俺は現金の確認がてら財布を開いていた。遊ぶ分には十分過ぎる額が入っていたので、まぁ良しとなった。
天「お待たせしました。それじゃあ行きますか」
乙和「うん!あっ、その前に•••」
何かを思い出した様子の彼女は、俺の目の前に立って、顎を上げて目を閉じた。それだけで何となく察しがついた俺は、乙和さんの両頬に手を添えて唇を近づけた。
乙和「んっ、ちゅ」
出掛ける前なので、ソフトで短いキスに留める。すぐに口を離したが、乙和さんは笑顔だった。
乙和「よーし行こ行こー!今日はたくさん付き合って貰うんだから!」
天「元気ですね••••••」
俺の手を引っ張って、乙和さんは家を飛び出す。すっかり神山家に馴染んだ彼女は、以前の怯えた姿など忘れさせるくらい爽やかだった。
目的地まで行く中、乙和さんはいつものように俺の腕を抱きしめていた。すっかり慣れた光景に、俺は息を漏らす。そして胸が触れているのに、何も感じなくなった事に妙な残念感を覚えた。
天「乙和さんって•••」
乙和「なになに?」
天「身長の割に胸デカいですよね」
乙和「急にどうしたの!?」
少し引き気味の顔になる乙和さん。無理もないだろう。同じ状況だったら俺も引く。
天「いえ、魂によってそういう風に形作られるのかと、単純な興味が湧いただけです」
乙和「たましい••••••天くんが研究してるアレだよね?それってなんなの?」
天「乙和さんでは理解できないかと」
乙和「あー!私の事バカって言ってるなー!」
いや事実じゃん、と言いかけたが、これ以上言ったら本気で乙和さんが凹んでしまう可能性があるのでやめた。
天「そうは言いますけど、期末テストは大丈夫なんですか?」
乙和「うっ••••••ちょ、ちょっと危ないかな〜••••••」
やっぱり•••俺は嘆息する。近々勉強会でも開いて、ノアさんにしごかれて貰おうかな。ライブに支障をきたさない為、と言えば彼女も協力してくれるだろう。
乙和「そういう天くんはどうなの!?」
天「俺は欠点さえ取らなければそれでいいので、まぁ、大丈夫です」
乙和「そう言いながら落としても知らないよ〜?」
天「今まさに落としそうな人に言われてもなぁ••••••」
俺は苦笑する。乙和さんが明らかに機嫌を悪くしたのがわかった。ぷいっとそっぽを向いてしまったが、その姿もまた可愛かった。
乙和「天くんなんて嫌い!」
天「はいはいすみませんすみません」
ヘラヘラと笑いながら頭を撫でてやる。流石に機嫌は戻らなかったが、先程よりは柔らかい雰囲気になった。
乙和「キスして•••」
天「今は無理です」
周りにはたくさんの人間で溢れかえっている。そんな中でするのは恥死案件だ。
乙和「天くんは恥ずかしがり屋過ぎるの!これくらい大丈夫だって!」
天「そこまで言うなら来てください、ほら」
俺は少し屈んで、乙和さんの目線に合わせる。すると途端に彼女は顔を赤くして、しどろもどろになってしまう。
天「••••••来ないんですか?」
俺は意地の悪い笑みを向けた。カッチーン、と音が聞こえた気がした。
乙和「えーいっ!くらえっ!」
笑顔のままキレていた乙和さんが、俺に勢いよく抱きつきながら唇を奪った。
乙和「ちゅぅ、ちゅっ••••••」
天「ちょ、ちょっと、んぅ••••••」
呼吸が整ってない状態での突然のキスだったので、かなり息苦しかった。乙和さんの背中を軽く叩いて意を示すが、今の彼女には通用しなかった。
乙和「•••はっ。ど、どう?私だってこれくらいできるんだから••••••!」
天「はぁ、はぁ、はぁ•••その割には••••••顔真っ赤ですよ••••••」
何とか息を吸えるようになった俺は、かなり息が荒れていた。そして乙和さんの顔の指摘も忘れない。
乙和「何もできない臆病者の天くんとは違うんだよ!」
カッチーン。はぁームカついた。これは一度わからせるしかねぇなぁオイ。
天「じゃあ俺からやっても文句はないですよね?」
乙和「えっ?ま、待って•••まだ心の準備が••••••」
天「俺もやられたんです、こっちがやっても問題ないでしょう?」
乙和「で、でもっーーんぅ!?んっ、ちゅぅ、ちゅっ•••」
さっきから乙和さんが抱きついていたので、逃げられないようにこちらも背中に腕を回した。唇を強引に重ねて、吸っていく。
乙和「ちゅ、ちゅぅ、んっ••••••苦しいよ••••••」
天「人の事煽るからですよ」
乙和「むぅ〜納得いかないよー!」
乙和さんは悲痛の叫びをあげる。そして案外してみると意外と恥ずかしくなかった。煽られたイラつきで緩和されたのもあると思うが、なんというか、過剰に恥ずかしがる必要性は皆無だった。
天「近々勉強会開きますか。ノアさんに教えられてくださいね」
乙和「ノアは嫌だよー!」
天「あの中で一番成績いいのはノアさんなんですから。いい教え役がいて良かったですね」
乙和「天くんは教えてくれないの••••••?」
天「俺一年なんですけど••••••多分ないとは思いますけど咲姫に教える程度ですかね」
咲姫はちゃんとテストで点を取っているし、日々の積み重ねとか何やら言っていた。恐らく普段から勉強をしているのだろう。俺は間近に詰め込んでどうにかするタイプだが。
天「それに欠点取って補習、なんてオチは勘弁ですよ。ライブ対策のレッスンの抜けができてしまいます。いくらバkゲフンゲフン、成績が芳しくない乙和さんでも許されません」
乙和「今バカって言いかけたよね?」
天「気の所為かと」
笑いながら圧を掛けてくる乙和さんを躱す。さっきからずっと駄弁ってばかりで、目的地に着く事など全くなかった。
乙和「?何あれ?」
天「あ?あんなのありましたっけ•••」
横目に店を見ていた乙和さんは、一つの小さな建築物に目を向けた。『大福庵』と書かれた看板がデカデカと貼ってあった。
天「名前を見る限りは大福売ってそうな店ですね」
乙和「もしかして新しくできたのかな?行ってみない?」
天「俺も気になるので、食べていきますか」
乙和「さんせーい!」
俺の手を引っ張って、乙和さんは大福庵の中へと入る。店の中はお年寄りのお婆さまと若い兄ちゃんの二人が働いていた。客はいなかったが、なんだか後から増えそうな予感がする。
大福庵の大福は、大体がフルーツ入りの大福だった。でも一つ一つが大きくて、値段も意外とする。
乙和「えーっとねー、私はこれ!キウイ大福!」
天「じゃあ俺は••••••さつまいもバターをお願いします。後、ミカンも一つお願いできますか?」
乙和「?ミカンは誰用?」
天「咲姫だけど」
乙和「•••浮気じゃないよね」
天「そんな事しませんよ。咲姫には色々世話になってますから」
これはほんの恩返しだ。まぁ、彼女はそんな事気にしないだろうが、それでも自分勝手にさせて貰おう。
お婆さん「仲のいいカップルですね」
乙和「でしょでしょ!私たちラブラブだもんね?ね?」
天「人様の前でやめてください恥ずかしい」
乙和「冷たい••••••」
他人の目の前で抱きつかれたのが気に食わなかったので、つい強く返してしまった。シュンと気分が落ちた乙和さんがそこにいて、なんだか申し訳なかった。
ちなみに大福三つで約1000円もした。たっかいなぁ。これはあんまり買いに行けねぇぞ。
目的地までもうすぐだが、大福を食べながら歩いていた。
天「あむ•••うまっ」
餡子の甘味とバターの染みたさつまいもの旨味。餡子とバターが合うのは前々から知っていたが、そこにさつまいもが加わるとまた格別だ。バターの味も濃くて美味しい。
乙和「もぐもぐ•••んー!美味しいー!」
乙和さんが食べているキウイ大福は、白餡の中にキウイが丸ごと入っていた。とても美味しそうに食べる彼女の姿は可愛かった。
乙和「ねぇねぇ、天くんのも食べてみたい!」
天「はい、どうぞ」
乙和「わーい!」
まるで子供のように喜ぶ乙和さんは、俺の大福にかぶりついた。
乙和「これもおいしー!あ、私だけ食べるのも悪いね。はい、天くん。あーん!」
天「••••••あーん」
乙和さんは自身の食いかけのキウイ大福を差し出した。俺は少し戸惑ったが、口を開いて大福を齧った。
天「••••••美味いです」
乙和「だよねだよね!あそこの大福屋さん、これからも行きたいね!」
天「また機会があれば行きましょう」
乙和「やったー!今度は別の味も食べたいなー!」
天「俺も次は変わったものにします」
乙和「じゃあまた食べ合いっこだね?」
天「ーーッ、そ、そうですね•••」
微笑みながら紡がれた言葉に、俺は変な恥ずかしさを感じて顔を逸らす。なんか、いつもの元気いっぱいの乙和さんとは違う感覚だった。
乙和「あれー?照れちゃってるー?」
天「うっさいですよ」
いや、そんな事はなかった。いつもの元気な可愛らしい乙和さんだ。
天「この後も食べるんですよね•••太らないか心配だ」
乙和「大丈夫大丈夫!どうにかなるよ!」
そこで具体的にどうするかを言わない辺り、この人らしいな、と苦笑してしまう。俺はそっと彼女の頭に手を置いて、優しく撫でた。
まぁクリスマスの前に色々片付けないといけないことが多々あるんですけどね•••テストぉ•••いやだぁ•••。