朝になり、俺は自然と目が覚めた。やけにスッキリとしている目を擦って、俺は上体を起こす。乙和さんは俺から離れていたので、なんの抵抗もなくベッドから降りる事ができた。
コツ、コツ、コツ、と階段を音を立てない様に降りると、リビングで父さんが一人で座って酒を飲んでいた。引き返そうと後ろに振り向こうとしたがーー、
猛「天、話がある」
声をかけられたので、返そうとした踵を戻す。そのまま歩いて向かいの席に座った。
天「なんだ」
猛「軍、というより国から直々に言伝が出たんだ••••••。お前を、軍に入れろとな」
天「•••へぇ、国からか」
俺は椅子の背もたれに体重を預けた。何かと思えばまた面倒そうな事案を持ってきたものだ。
天「お断りだ。今の俺の立場はわかってるだろ?こんな大事な時期に軍になんて行ってられるか」
猛「お前の言い分はよくわかる。だが頼む•••これは強制なんだ。変に逆らったらムショにブチ込まれるぞ」
天「知らん。というか、そもそもなんで今更軍に入らないといけないんだ?」
率直な疑問をぶつける。過去に、というより一年前に同じような事があったのを覚えている。あの時は強制やら何やらはなく、ただ仕事があるからと断っていた。だが、今回はそうは行かないらしい。
猛「最近軍は人手不足でな••••••何より一部の班の教官がいないんだ•••不慮の事故で亡くなって•••だから、一刻も早く代理を入れないと今後の指揮に関わるんだ。それでーー」
天「断る」
食い気味に、それでいて強い語気で拒絶した。俺は苛立ちを露わにする。そんな自分勝手な理由で、選択肢もなく勝手に話を進めた事に対して、怒りが湧いた。
天「いつから軍はそんなに落ちぶれたんだ。教官がいない?だったら任命しろ。中途半端でもいいから後釜をさっさと用意しろ。簡単な事だろ?そんな事で俺の今後を任せられるか」
猛「確かにお前が言うことももっともだ!だが、こういう時にこだわらないと、軍が弱くなって外国に潰されてしまう!」
天「それをどうにかするのがお前の仕事だろうが!」
俺は机を叩きながら立ち上がる。バンッ!!と凄まじい音がリビング内を反響した。
天「なぁ、父さん•••お前、逃げてるだけだろ?国が怖いから、何も処罰を受けたくないから、ただ自分は助かりたいから•••逃げてるだけなんだろ?」
猛「••••••••••••••••••」
父さんは何も言わない。いや、言えなかった。事実を、自分の心境を全て言い当てられ、言葉が出せないでいた。
天「もっと軍の中でしっかりと相談しろ。せめて、無関係の人間を巻き込むような真似だけは絶対にするな。いくら国からのお達しと言われてもだ。軍は住民を守るのが仕事だろ?だからこそ、その守る対象の住民を、自分たちのエゴに巻き込むな」
猛「•••••••••わかった。もう一度、話し合う」
父さんは立ち上がって、家を出て行った。俺は大きなため息が自然と漏れて、机に突っ伏す。
天「一体どうなってんだ軍は••••••!国もそうだが狂ってるんじゃないか••••••!?」
どうしてこんな暴挙に出たのか理解に苦しむ。なんだ?軍の上層部が変わったのか?それでこんな突拍子もないアホ抜かした真似をしているのか?
天「クソ•••これは面倒な事になったぞ••••••」
上手く交渉が進んで何事もなく終わればいいが、そんな美味しい話があるわけがない。軍の内密を知っている以上、易々と手放すわけがないだろう。
つい指を噛みそうになるが、汚いのでやめた。マネージャーの仕事に加えて今後の事に頭も回さないといけないのか•••地獄だな。
乙和「天くーん•••?起きてるの••••••?」
天「•••あ、乙和さん••••••」
俺がいない所為で違和感を感じて起きたのだろうか。まだ眠そうな目を擦りながら、ぱちぱちと瞬きをしている。そして、俺の顔と、目の前にある父さんの酒を見比べた。乙和さんの目が見開いた。
乙和「天くん•••この歳で飲酒!?」
天「誤解です!」
完全に間違われた。というかこの歳で酒飲むとかバカのする事だろ。少なくとも俺は絶対にしない。
天「これは父さんのですよ。今さっき仕事に行ったので、そのままになってただけです」
乙和「そ、そうなんだ。てっきり天くんがお酒を飲んでいるのかと•••」
天「そんな事しませんよ。それで、どうしたんですか?」
乙和「天くんがいなかった所為かな••••••自然と目が覚めちゃった!」
明るく笑いながら、乙和さんはそんな事を言う。俺は先程の事もあって少し傷心気味だった。椅子から立ち上がって、乙和さんを抱きしめる。
乙和「天くんからなんて珍しいねー」
天「俺だって、こういう時くらいありますよ」
乙和「•••何かあったの?」
天「いえ•••何でも、ないですよ」
声は震えていた。隠すつもりだったのに、隠せなかった。が、乙和さんは何も言わずに、俺の頭を撫でてくれた。
乙和「大丈夫、天くんなら大丈夫だよ」
天「••••••ありがとうございます」
ただ優しくて、温かくて、俺は自然と感謝の言葉を口にしていた。
父さんの酒を片付けて、乙和さんとまた自室のベッドで寝た。しばらくしてから月が起こしに来て、俺と乙和さんは眠そうに起きた。
リビングに降りれば、咲姫が座っていた。そういや昨日泊まっていったなこいつ。
月「二人とも休日だからって寝過ぎ!」
乙和「寝過ぎじゃないよ!二度寝だよ!」
月「えっ!?一回起きたんですか!?」
天「俺が起きた後にな」
月が信じられない、と言ったような驚愕の声を上げる。俺もそうだが、こいつも大概失礼なヤツだ。
咲姫「早く食べないと冷めちゃう••••••」
月「あっ、そ、そうですね。食べましょう」
乙和「わーい!ごっはんー!」
天「朝から元気いいですね••••••」
俺は苦笑しながら席に座る。乙和さんはさっきからずっとウキウキ気分なご様子で、朝飯も勢いよく食べていた。
月「乙和さんどうしたの?」
天「さぁ•••?」
いつもよりテンションの高い彼女を見かねた月が耳元で訊いてくる。俺もこの事はよくわかってないので、ただ首を横に振ることしかできなかった。
月「お父さん、仕事忙しいんだね」
天「••••••あぁ」
早朝の事を思い出して、返答に困った。この件はあまり表に出さないつもりでいる。というか出せない。出したら出したで、妙に面倒な事になるのが簡単に予想できた。
咲姫「天くん、大丈夫?なんだか元気がない••••••」
天「そ、そうか•••?」
鋭く言い当てられ、俺は困惑してしまう。恐らく色を見られたな••••••今の俺は精神的にも参っている。無理矢理色を変えて誤魔化す真似もできそうになかった。
乙和「ふぇ?ほはふんはいひょうふ?」
天「飲み込んでから喋ってください」
咀嚼しながら喋るな汚い。軽く睨むように目を向けた。
月「お兄ちゃん、怖い怖い」
天「おっと」
月から指摘されて、いつも通りの顔に戻す。少し、イラついているのかもな•••あまりにも自分の父親が情け無くて、どうしようもなくて••••••。
天「(いや、どの道軍に入る気はサラサラない。あいつらも、そんなつまらん理由で殺そうとはしないだろう)」
実際はそんな甘くないのはわかっているが、最終手段で襲ってきたら潰せばいい。銃を持ってこられたら死ぬが。
乙和「ごちそうさまー!先に部屋に戻ってるね!」
一足早く食べ終えた乙和さんは、走って階段を上がって行った。
月「朝から元気だねー•••あの人らしいけど」
咲姫「それが乙和さんの良いところだよ」
天「まぁな」
俺たち三人は小さく笑った。今は、今だけはこの楽しい空間に浸っていよう。俺はそう決意した。