俺はどうして朝っぱらから衣舞紀さんに誘われてランニングをしているのだろうか。別に運動をするのは嫌いではないし、むしろ好きなのですぐに承諾した。
衣舞紀「朝からごめんねー、付き合わせちゃって」
天「いえ、問題ありません。ただまぁ••••••溜まってる仕事を消化したかったです」
衣舞紀「そういえば昨日休んでたわね•••どれくらいかかりそう?」
天「学校でも多少やりますが、それを込みにしても夜の九時くらいまではかかりそうですね」
ぶっちゃけ学校ではあまり進められる気がしないが、できる限りやろう。せめて帰る時間をこれ以上遅らせたくない。
衣舞紀「もしかして急ぎでやらないといけなかった?」
天「別に急いでるわけではありません。これ以上溜めると後々面倒なので••••••」
どんどん先延ばしにしてたら、いずれ一生かけても終わらない量が残ってしまう。そんなつまらない結果には絶対にできない。というかそんな事をする奴に仕事をする資格はない。本来やるべき仕事の遅れを取り戻すだけ。当然の事だ。
衣舞紀「せめて走ってる間は忘れた方がいいわよ?変に考え事をしながらやってるとすぐ疲れるわ」
天「そうですね。今だけは忘れる事にします」
仕事の山を頭の中から切り離して、俺は目の前に集中する。まだ日が出てない暗い道は、街灯によって何とか見ることができた。
天「どこまで走る予定ですか?」
衣舞紀「ノアの和菓子屋まで行っちゃう?」
天「クッソ迷惑ですね••••••」
ノアさんの事だから起きてるわけないだろうから、変に音を立てなければ多分バレないだろう。昼にでもネタにして笑ってやろう。
衣舞紀「距離的にも、往復を考えたら申し分ないでしょ?」
天「いいえ、全然余裕です」
父さんによって鍛え上げられた俺は、体力だけは一人前だった。
衣舞紀「へぇ、じゃあ隣町まで行っちゃう?」
天「じゃあ、時間かけないように飛ばしますか」
挑発するように衣舞紀さんがニヤッと笑ったのを横目に、俺はただ目の前を睨みつけるようにしていた。
衣舞紀「行くよ!」
天「はいっ!」
一気にスピードを上げた衣舞紀さんに合わせて、俺も更に地面を強く蹴って同じ速度で走り始める。周りの景色が流れる動きが早まり、それでも視界は多少の揺れだけで安定していた。
衣舞紀「••••••余裕そうね」
天「衣舞紀さんこそ、本当に高校生ですか?」
隣町は数十kmも離れている。そんな中で少しの時間で抑える為にほぼ全力に近い速度で走り続けているが、衣舞紀さんは笑みを向ける余裕すらあった。そんな事を言ってる俺もまぁまぁ平気ではあるが。
天「••••••って、結局ノアさんの和菓子屋通るのかよ••••••」
ナチュラルに福島家の和菓子屋を素通りして行った。言葉通りに行くのかよ。
しばらく走り続けて隣町の駅まで到着したので、俺たちはそこで停止して息を整える。
衣舞紀「はぁ•••はぁ•••少し疲れたわね••••••天は••••••?」
天「ほっ、ほっ、ほっ」
衣舞紀「全く疲れた様子なし、ね••••••軍人の息子は違うわね」
俺は足を冷やさない為にぴょんぴょんと軽いジャンプを繰り返していた。
衣舞紀「でも、あの時と違って汗はかいてるわね」
天「流石にこんな距離走ってたら汗はかきますよ」
俺の事人間じゃないと思ってんのかこの人()どちらかと言うとあなたの方が人間離れしてると思うのですが?
衣舞紀「天も水飲む?」
衣舞紀さんは水が入った飲みかけのペットボトルを手渡してくる。それを受け取るが、俺は飲むのを躊躇った。
衣舞紀「飲まないの?」
天「いや、その•••間接キス•••」
衣舞紀「ぷふっ。天•••そんな事気にしてたの••••••?見た目通りに可愛いわね•••!」
そんなに間接キスを機にする俺が面白かったのか、衣舞紀さんは噴き出して笑い始めた。ムカつく上に恥ずかしかったので、ムキになって俺は水を飲んだ。
天「•••ありがとうございます」
少し不本意だがちゃんと礼は言っておく。まだ笑っている衣舞紀さんは俺の手からペットボトルを受け取って、それを飲んだ。
天「•••なっ!?」
衣舞紀「お返しよ。これでお互いに間接キスをしたってことで文句ないでしょ?」
天「•••もう、なんでもいいですよ」
俺はため息をつきながら、アキレス腱を伸ばし始めた。まだ走り始める時間じゃないので、それまでの間はふくらはぎを入念に和らげた。
走り終えて帰ってきた俺は、少しだけ流れた汗を拭いていた。しっかり水分補給もして、時計を確認する。
天「5時50分•••。あと少ししたら月が起きそうだし、二度寝は難しそうだな」
変に物音を立てたら月が起きてきそうなので、俺は大人しくリビングにある椅子に座ってスマホをいじっていた。
特に何かを見たいというわけでもなく、ただ何となく買った漫画を見ている。走って心が無になってた俺は、笑いが込み上げる事もなく、無心で読み続けた。
月「おはようー?」
天「うおおっ!?」
後ろから突然声をかけられて、俺は飛び跳ねて椅子から転げ落ちる。
月「••••••大丈夫?やけにボーッとしてたみたいだけど」
天「いや、走ったらなんか何も考えられなくなってな。漫画じっと見てた」
頭をボリボリ掻きながら立ち上がる。少し眠たい目を擦り、欠伸を一つ。
月「眠そうじゃん。私の事は気にせず寝て良かったのに」
天「そうは言ってもな••••••走ってしばらくの間は全く眠くねぇから」
脳が活動的になっているのか、はたまた身体が熱いからなのか、やけに目がパッチリとするのだ。それは運動している人は誰でもそうなるだろうが。
月「ふーん?まぁいいや。ちゃちゃっと朝ご飯作っちゃうね」
天「ん、頼むわ」
また俺は携帯で漫画を読み始める。月がフライパンで何かを焼いている音をBGMにどんどんページを読み進めていった。
朝食ができたのは本当にすぐの出来事だった。仕事早すぎだろこいつ。
月「いただきまーす!」
天「いただきます」
二人で手を合わせてから、箸を持って食べ始める。
月「そういえば珍しいよね、お兄ちゃんがあんな朝早くから起きたなんて」
天「衣舞紀さんからランニング誘われたんだ。ほっぽり出したら何されるかわからん」
月「えぇー、せっかく誘われたなら喜びなよ〜。あんな可愛くてカッコいい人と二人きりで走ったんでしょ?最高じゃん」
別にあの人が可愛かろうがカッコよかろうが俺にはどうでもいいんだけど。というか走るの自体は楽しかった。間接キスの件で少し嫌になったが。
天「これからは衣舞紀さんと走るのやめようかな••••••」
本気でそう思うくらい、今日の事が恥ずかしくてたまらなかった。勝手に意識してからかわれて、自分がバカみたいだ。
月「•••••••••いい意味で、衣舞紀さんはお兄ちゃんを変えてくれそうだね」
天「••••••?どういうことだ?」
月の言葉がイマイチわからず、俺は首を傾げてしまう。月はニコニコと笑うだけで、何も答えてくれない。マジで分からん。
月「お兄ちゃんも、何か悩みとかあったら相談してね?家族なんだから」
天「•••••••••わかってる」
月「はい嘘。いつものように一人で抱えるつもりだな〜?」
天「チッ、バレるか」
いつものように月に内面をバラされながら、俺は白飯を口の中にかきこんだ。俺を見る月の目が、やけに優しいのは気の所為だろうか。
天「いつにも増して笑顔だが、何かあったのか?」
月「ん〜?なんかね〜、お兄ちゃんと衣舞紀さん、付き合うんじゃないかなーって」
天「••••••••••••はあぁ!?」
長い沈黙の後に、俺は素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
天「俺と衣舞紀さんが!?ありえねぇだろ!」
月「••••••どうだろうね〜。人生、何があるかわからないよ〜?」
天「••••••衣舞紀さんが俺を”そういう”目で見ないだろ」
月「わからないよ。お兄ちゃんの行動次第で、何にだって変わるんだから」
••••••どうしてそう何もかもわかったような顔で言うんだこいつは。少し月の事が不気味に感じてしまう。
天「••••••ごちそうさま」
さっさと仕事を片付ける為に、俺はすぐに飯を食べ終えて準備に移った。
咲姫√の二回目と並行して衣舞紀√書いてるけど、やっぱり両立は難しいって、はっきりわかんだね。