天「••••••そこまで眠れなかった」
昨日の事があまりにも気がかりで、満足に睡眠を得ることができなかった。寝たのは昨日の十時くらいなのに、まともに寝たのは三時間くらいだろう。
いつもなら日の光によって眠気が多少は飛ぶが、今は逆に眠くなってしまう。
月「お兄ちゃん起きてるー?って、かなり眠そうだね•••いつまで起きてたの?」
天「いや、すぐには寝たんだ•••だけど全く眠れなかった」
まだ眠たい目を擦りながら、ベッドから身体を起こす。
天「•••••••••」
昨日の衣舞紀さんの赤い顔を思い出して、何故か俺が恥ずかしくなる。
月「何朝から顔赤くしてんの?エッチな夢でも見た?」
天「んなわけねぇだろ、バーカ」
衣舞紀さんの事を考えているのは読まれていないようで、少し安心した。いつものように月に毒を吐いて、俺は一階のリビングへ降りた。
月「うーん•••まだ眠そうだねー。というかお兄ちゃん、最近衣舞紀さんの事気になってるでしょ?」
天「ぶっふぁ!!?」
今一番出してほしくない話題を出されて、俺は口の中に含んでいた食べ物をつい噴き出してしまう。
月「汚いなぁ!もう!」
天「ゲッホ!ゲホゲホ!お前っ、何で衣舞紀さんの事•••!」
月「妹に隠し事は通用しません!朝から衣舞紀さんの事考えてたんでしょ?もしかして好きなの?」
天「••••••••••••」
月「えマジ?」
天「わ、悪いか•••」
顔を赤くしたまま逸らす所為で月の疑問は確信に変わり、小さな驚きの声を漏らした。
月「えー!お兄ちゃん衣舞紀さんの事好きなんだー!あっははは!」
天「わ、笑うなよ!」
月「でもでも良かったよー!あの女っ気のなかったお兄ちゃんが誰かを好きになったんだから!妹は嬉しい限りだよ!」
安心した、心の底からそう言ってる笑顔だった。そこに母さんの面影を感じたが、そこはどうでもいい。
月「それで、いつ告白するの?」
天「何でそれをお前に言わなきゃ行けねぇんだよ」
流石にそこまで世話される筋合いはないし、人のプライベートに口を突っ込まないでもらいたい。
月「早めにしといた方がいいよー?時間が経てば経つ程迷っちゃうよ?」
天「なんかやけに詳しいなお前•••」
月「恋愛ゲームやり込んでますからねぇ!えっへん!」
その無い胸を張られてもなぁ••••••。
月「お兄ちゃん殺す」
天「すまん」
毎度の如く胸の事を微塵でも思えば、月に察され殺意を向けられる。俺たちの中では最早日常茶飯事だ。
月「それは置いといて•••。告白、早くしなよ?」
天「••••••はいはい、わかったよ」
これ以上口うるさく言われるのも癪なので、俺は適当に答える。月もすぐに話題を変えて、他愛のない会話だらけの食事がまた始まった。
準備を済ませて、俺は家を飛び出す。小走りで学園へと向かう。それだけで汗が流れて鬱陶しい。
日差しも嫌なくらい照りつけて、視界が眩しい。あくびも出てきて最悪だ。
天「地味に距離あるのがムカつくな•••」
気がつけば、小走りから普通のランニングへと化していた。今すぐ学校の冷房を浴びたくて、ただそれ目的で走り続けた。
学園に到着し、俺は一目散に教室へ駆け込んだ。自分の席に勢いよく座り、大きく息を吐く。
天「はぁ〜•••涼しい••••••」
既に冷房の効いた教室は、冷たくて気持ちよかった。鞄に入れておいたタオルを取り出して、汗を拭き取る。
焼野原「汗かいてるだけでも絵になるよな〜神山は」
天「ん?そうか?」
後ろの席の焼野原くんから声をかけられ、そちらの方向を向く。彼も汗をかいていた。
焼野原「今日は暑いってわかってたのに、拭くモノ忘れちまったんだ」
天「それは災難だったな」
俺はそれだけ返して、自分の身体を拭くのに専念する。
焼野原「しかし•••神山、筋肉すごいよな」
天「ん?」
焼野原「体育でたまに見るけど、ムッキムキだよなーお前。どんな鍛え方してるんだ?」
天「ガキの頃から父さんから仕込まれてたんだよ•••その結果がこれだ」
軍人を父親に持つと面倒で敵わん。小さい頃から鍛えられて、今じゃ細身ながら筋肉の塊と成り上がってしまった。
焼野原「••••••意外と苦労してんだなお前」
天「ま、今の仕事がその分楽に感じられるからいいんだけどな」
焼野原「マネージャーって面倒そうなイメージしかないけどなぁ•••」
いや、実際面倒だぞ。スケジュール立てて、ライブの計画立ててハコ押さえる為に交渉に行ったり、担当のアレコレも考えなければいけない。こう考えると色々やってるな、俺。
天「まぁ•••オススメだけは絶対にしないな。キツいのに変わりはないから。というより、キツくない仕事なんてないけどな」
世の中誰もが苦労しているんだ。してないのは精々生活保護受けて生きてるヤツとか株で生活費稼いでるヤツくらいだろう。
学生だって、勉強とかで忙しいし決して楽ではないと感じる。楽な生き方なんて存在しないのだろう。
焼野原「••••••なんか気難しそうな顔してるけど、大丈夫か?」
天「あぁ•••ちょっとな」
焼野原くんに対して薄く微笑む。冷房のおかげで、いつの間にか汗は引いていたが、汗を吸ったタオルはかなり湿っていた。
焼野原くんと少し話して精神的に落ち着いたのか、今日の授業はやけに真面目に受ける事ができた。が、こういう時に限って当てられないものなのだな。当たらないのが一番ではあるが。だって面倒だし。
昼休みになれば、衣舞紀さんが乙和さんとノアさんを連れてこの教室までやってくる。
もう当たり前のようになりつつあって、周りの視線も感じなくなった。
今日は前のように溜まっていた仕事に追われている事もないので、落ち着いて昼食を食べる事ができた。
衣舞紀「•••••••••」
何やら衣舞紀さんが落ち着かない様子で、ソワソワしていた。
乙和「衣舞紀どうしたの?さっきからもじもじして」
衣舞紀「えっ!?な、なんでもないよ•••?」
明らかにビクッと身体が跳ねていたぞこの人。絶対に何かあるよな。
ジッ、と彼女を見つめると、顔を逸らされた。
天「(あれ!?俺嫌われてる!?)」
もしかして昨日のアレで嫌な印象持たれたか•••?うっわ•••普通に凹むわ。
咲姫「天くんの色が暗くなった••••••」
その報告しなくていいよ•••更に精神的にクるものがあるから••••••。
放課後になり、俺は咲姫と一緒に事務所へと向かっていた。二人並んで歩くが、会話はほとんどない。
咲姫「あの•••」
咲姫が口を開いたので、そっちに耳を傾ける。
咲姫「天くんってもしかして、衣舞紀さんの事好きなの••••••?」
天「••••••••••••言わなくてもわかるだろ」
あんなあからさまな態度をとってしまった上に、咲姫には『色』を見られる。彼女には月とは別の意味で筒抜けになってしまっているだろう。
咲姫「そう•••でも、きっと大丈夫。天くんなら、きっと•••」
何でそんな悲しそうな顔をするんだこいつは。まるで誰かに大事なものを取られているかのような顔だ。
天「そうか•••ありがとな」
咲姫「うん••••••」
普通に会話をしているはずなのに、何故か空気は重たかった。
仕事がほとんど終わり、俺は大きな欠伸をする。真面目に授業を受けた所為で、変に身体が疲れてしまったようだ。
まだ夏に軽く入った程度のもので、外はまだ暗くなる気配はしなかった。それでも時間は19時前を回っており、いつ暗くなってもおかしくはなかった。
衣舞紀「天?いるかしら?」
天「はい、どうぞ」
突然の来訪に驚きながらも、声だけは冷静さを装って通す。
静かにドアが開かれ、練習を終えた衣舞紀さんが入ってきた。
衣舞紀「もう仕事の方は終わった?」
天「えぇ、もう終わってます。今からお帰りですか?」
衣舞紀「そう。その前に、天と話がしたいと思ってね」
そう言って、近くに座る彼女は少しだけいつもより大人びて見えた。
それにたじろいで身体を引きそうになるが、衣舞紀さんは手を伸ばして押さえ込んだ。
衣舞紀「好きよ、天」
天「•••••••••えっと」
急に近づかれて、俺は恥ずかしいことにドキドキしていた。衣舞紀さんの顔が真っ直ぐ見る事ができず、逸らしたままだ。
天「俺も••••••好きです」
恥ずかしい、恥ずかしいし声も小さいしで、男として最悪な告白になってしまった。
衣舞紀「•••!そう•••良かったわ!」
そしてとびきりの笑顔を見せる彼女を見て、俺はつい微笑んだ。変な恥ずかしさも吹っ飛び、今は衣舞紀さんの顔を見る事ができる。
天「これから•••よろしくお願いします」
衣舞紀「えぇ!じゃあ、明日から天の分のお弁当も作っちゃいましょうか!」
もう既にテンションが高くなってる衣舞紀さん。それを眺めているだけで、俺は元気になれる気がした。
お腹空いた、はよ飯食お。空腹状態での筋トレは普通に辛い。