学園に着くと、いつもなら咲姫から俺の方に寄ってくるのだが、今日は打って変わって俺が彼女の机に赴いていた。
机に手を置いて、見下ろすように咲姫に目を向けながら俺は口を開いた。
天「昨日、一応だがリミックスの事を色々教えてもらってきた。今日はそれをやってみたいからお前の家に行っていいか?」
咲姫「うん、大丈夫•••」
事の次第を手短に話して、咲姫の了承を得ることができた。最悪オールになりそうだが、俺は良くてもこいつの身体がものすごく心配だ。危ない時は寝かせて残りは俺がやろう。
女子生徒A「え、神山くんもう彼女いるんでしょ?出雲さんの家に行くのはちょっとマズいんじゃ•••」
事情を知らないクラスメイトから野次が飛んでくる。俺は数回瞬きをして、ため息を吐いた。
天「あのなぁ•••俺がそんなみっともない真似をすると思うか?これは仕事なんだよ。それを抜きにしても俺と咲姫は友達だと思うだが•••」
咲姫「うん。天くんは大切なお友達•••」
女子生徒A「そ、そうなんだー•••じゃましちゃってごめんね••••••?」
天「ん」
会話が終わると、俺は即座に視線を咲姫に戻した。
天「それじゃあ、仕事が終わったらそのまま咲姫の家に直行でいいな?早く取り掛からないと明日まで掛かるかもしれん」
咲姫「うん、わかった」
天「じゃ、頼んだ」
それだけ言って、俺は自分の席に戻る。そしてメモ帳と万年筆を取り出して、仕事に取り掛かった。
焼野原「おーおー、朝からお忙しいもんで」
天「ん?あぁ。今日は色々立て込んでいるからな。仕事は早めに終わらせておきたいんだ」
焼野原「そんなに今忙しいのか?」
天「はは、かなりな。というより過去一だ。明日から夏休みなのが幸いだ」
俺は苦笑を漏らしながらそう呟く。そう、明日から夏休みだ。そしてライブの日程も相当近くなる。そう考えると一気に不安が押し寄せてきた。少しお腹が痛い。
天「•••••••••」
焼野原「•••神山、大丈夫か?すげぇ顔してるけど••••••」
天「だ、大丈夫だ。ちょっと嫌な事を考えてしまって」
変な汗が背中を伝った。万年筆を持つ手に汗が滲んで、気持ち悪さを覚える。
焼野原「む、無理だけはするなよ••••••?」
天「それは俺じゃなくてみんなに言ってやれ。俺の何倍も頑張っているからな」
焼野原「お前も頑張ってるだろ?」
天「•••俺のことはいいんだよ」
そっと、小さな声で苦笑しながら呟く。いや、苦笑にもならないような不安定な口の歪み方をしていた。
天「俺はただライブのハコを提供しているだけだよ。それを上手く扱ってるのはあくまで彼女たちだ」
焼野原「••••••神山、さ」
天「ん?なんだ?」
焼野原くんの顔が一変する。真剣な眼差しはいつものおちゃらけた彼の印象は一つも残っていなかった。
焼野原「お前は頑張ってるんだ。お前自身がそのつもりじゃなくても、周りは、俺はな、お前が頑張ってるって思ってるんだ。それを否定するんじゃなくて素直に受け入れろ。お前で頑張っていないなら、俺とかどうなるんだよ?何もやってないぜ?」
天「•••••••••そ、そういう事にしといてやる」
俺はふいっと顔を逸らす。顔があまりにも熱くて、どうにも真っ正面に相手の顔を見ることができなかった。
焼野原「••••••俺が言わなくても、お前の周りの人間が教えてくれるさ」
天「お前、そんなカッコいいこと言えるのになんで彼女できねぇんだよ」
焼野原「お?いつもの調子に戻ったか。世の中顔だ顔。俺には無理だ」
そう言ってヘラヘラと笑っているが、焼野原くんは顔が特別悪いわけではない。どちらかと言うとフツメンな方だ。
天「•••まぁ近いうちにできてるか」
焼野原「ん?なんか言ったか?」
天「いや、何でもない。何でもないさ」
焼野原「気になるじゃんかよ〜言えよ〜」
天「おいおい揺らすなって•••」
苦笑しながら、俺は焼野原くんに肩を掴まれてゆらゆらと身体をしばらく揺らされていた。こいつのおかげで、少しばかり精神的に楽になれた。
天「(ありがとな•••)」
と、口には出さなかったが、心の中で密かに感謝を述べた。彼がそれに気づくことは絶対にないだろう。
仕事を終えて、俺は咲姫と二人で彼女の家に向かっていた。
天「とりあえずサクッと終わらせるぞ。あまり時間がないからすぐに組まないと」
咲姫「うん、わかった•••!」
咲姫の表情に余裕はなく、頬に一筋の汗が流れていた。それは俺も同じで、心臓がバクバク鳴っている。
咲姫の家ーーというより部屋だがーーに入って、すぐにパソコンを立ち上げる。月にはちゃんと連絡を入れてるので、催促がかかることはないだろう。
天「じゃあ、最初はーー」
咲姫「うん、やってみる••••••」
しのぶから教えてもらった通りの説明を咲姫にして、少しずつ確実に作業を進めていく。
天「ここどうするか」
咲姫「少しインパクトを強めにする?」
天「あっさりめでいいんじゃないか?Photon Maidenの曲自体落ち着いてるものが多いし」
度々議論になって時間が過ぎていくが、なんでかこの時間がありえないくらい楽しかった。
いや、そもそもこんな可愛い女の子と一緒に何かしてる時点で男にとっては夢なのだろう。俺には衣舞紀さんがいるからどうでもいいが。
咲姫「••••••••••••」
天「な、なんだ?」
咲姫「衣舞紀さんの事を考えてた••••••」
天「お見通しか•••」
月もそうだが、咲姫も大概だった。というかどうしてこう俺の周りの人間は考えてる事を読んでくるんだ?俺がわかりやすいだけか?
咲姫「今はこっちに集中••••••」
天「はいはい、悪かったって」
ムスッとした顔でパソコンの方に顔を戻す咲姫。俺も笑いながら、同じように視線を戻した。
天「ここはこうやっていこうか、その方がウケそうな気がしないか?」
咲姫「一度やってみて微妙だったらやり直す•••」
天「ん、了解」
何気に、先程と比べて効率は上昇していた。このままいけば徹夜は免れそうではあった。
天「••••••おっと」
しかし、一瞬の気の緩みが命取りとなった。首がカクン、と曲がり、一気に眠気が押し寄せてくる。
咲姫「眠いの?寝ても大丈夫だよ•••?」
天「いや•••咲姫一人にやらせるわけにはいかんだろ••••••」
強く目を閉じて、眠気をなんとか追っ払う。そしてまた作業に戻るが、効率は一気に落ちていた。
咲姫「•••ちゃんと寝た方がいいよ?目も充血しちゃってる••••••」
天「いや、いい•••後少し、あと少しで終わるから•••」
正直な話、視界はそこまで綺麗ではない。今は気合いでどうにかなっているが、本当に一瞬、ほんの一瞬だけ気を抜けばすぐにオチてしまうだろう。
咲姫「••••••うん、できた」
ようやく、ようやく作業が終了した。その瞬間に俺は完全に気を抜いてしまい、咲姫に覆い被さる形に倒れてしまった。
咲姫「そ、天くん••••••!?」
天「•••ねっむ••••••」
咲姫「無茶しすぎ••••••動ける?ベッドまで行ける?」
天「人様の部屋のベッドとか使えるわけねぇだろ•••適当に床で寝る••••••」
そのままフラフラと歩きながら、俺はバタンっ!と勢い任せにぶっ倒れる。眠気が強すぎて、痛みはあまり感じなかったが、なんか感覚が暴走した気がする。身体が気持ち悪い。
天「••••••悪いな、こんなマネージャーで」
咲姫「ううん、天くんはいつも頑張ってる」
あぁ、まただ。俺は頑張ってないはずなのに。現にこうやって眠気と戦うのに必死で結局は咲姫に任せていた。マネージャーの仕事自体はしてても、担当のサポートに手を回せていない。仕事をしてる身として失格だ。
天「••••••すー••••••」
どうのこうの考えていられる程、身体にも脳にも余裕はなく、俺はそのまま眠りに落ちてしまった。その隣に咲姫が座って、俺の頭を撫でる。
咲姫「他の誰よりも、天くんは頑張ってる•••だから自分を否定しなくていい•••」
咲姫の声は俺には届いていないが、頭に触れる手だけは優しさに満ちていて、眠ってる今の俺にさえ感じ取れた。
ちなみに明日も投稿します。明日は完全に車校休みですので☆