ライブの日が刻一刻と迫っている中、レッスンは最終調整へと入っていた。ライブを想定した通し練習を何回も繰り返して、その中で改善できる点を探し続けているのだ。
ほとんど仕事が終わっていた俺は、Photon Maidenの練習をじっと眺めていた。本当は見る気などなかったが、第三者からの意見も必要と言われたので仕方なくこの場にいるのだ。
衣舞紀「•••ふぅ、どうだった?」
一曲踊り終えた衣舞紀さんが、小さく息を吐いてこちらに振り返る。動きを見るのに夢中になっていた俺は一瞬反応が遅れて、ハッとした表情になった。
天「•••ッ。乙和さんとノアさんの動きに少しばかりズレがありました。とりあえずそこを合わせるように調整しましょう」
衣舞紀「了解。二人とも、聞いてたよね?」
乙和「はーい•••」
ノア「うん、わかった」
しおらしい反応を見せる乙和さんに対して、ノアさんはまだまだ余裕そうだった。
天「次だったか?リミックスの方は」
咲姫「うん•••。お客さんの反応次第では順番を変えるけど」
天「それは咲姫に任せる。というよりそこらへんの判断は咲姫しかできないからな」
そもそも観客の色を見てセトリ強制変更なんて荒技、こいつくらいしかしないだろ。いきなりされても対応できる三人も大分人間辞めてるんじゃないか?
天「••••••まぁ、この流れなら当たり障りもないし、安全面を考えればちょうどいいな」
セトリの順番は彼女たちに一任している。一応確認したが、しっかりとバランスの取れたいい流れが出来上がっていた。
天「ふわああぁぁ•••。あー•••眠」
乙和「最近いつも眠そうにしてるけどちゃんと寝てるのー?夜更かしは身体に悪いんだぞー?」
気が緩んであくびをしてしまうと、すかさず乙和さんからの口撃が加わる。眠たい目を擦って、どうにか眠気を妨げる。
天「正直、あまり寝れてません•••準備が近づけば近づく程、仕事が増えるんですよ」
ノア「え?じゃあ昨日は何時に寝たの?」
天「••••••2時くらいでしょうか。遅くまで会場の方にスタッフと一緒に詰めてましたから」
衣舞紀「2時!?もしかして今日もそんな感じなの•••?」
天「今日は家の方で済ませられるのでそこまで遅くはならないと思います。久しぶりにちゃんと寝れそうですよ」
なんともないように笑っているが、正直身体の方は限界に着々と近づいていた。ここまでまともに睡眠時間を取れない日々が続くのはかなり辛いが、それも後ちょっとの事だ。それを耐え凌げば俺の勝ち(本◯圭佑並感)。
咲姫「•••本番に体調を崩したりしない••••••?」
天「大丈夫だっての。二、三ヶ月前に一回風邪引いてんだし、今更病気になったりはないだろ」
衣舞紀「その慢心が響かないといいけれど•••」
はぁ、とため息を吐かれながら衣舞紀さんに呆れた目を向けられる。おっと、失言だったかな。
ノア「無理だけはしないようにね?天くんに倒れられるとこっちまで困っちゃうから」
天「•••わかってますよ」
わかってる、わかっているから。頼むからそんな心配するような目で俺を見ないでくれ。変に心が痛んでしまうだろ。
乙和「本当かなー•••今の天くんを見てると信用ならないぞー?」
天「そんなに言うならこれから永久にクレープ禁止にしてもいいんですよ?」
乙和「それだけは絶対にやだ!!」
軽く脅しを掛けたらすぐに乙和さんはその身を引いた。クレープとかお菓子関係チラつかせたら扱いやすくて助かる。
天「••••••というか、いつまでもダベッてないで早く再開した方がいいんじゃないですか?」
衣舞紀「おっと、そうだったね。それじゃ、再開しましょうか」
衣舞紀さんの声に合わせて、全員がすぐに定位置に着いた。俺も下がって、彼女たちの邪魔にならない所へと移動する。さて、後どれくらい練習するのかわからないが、終わるまで眺めていよう。
レッスンが終わった後、俺は家に向かって歩いていた。集中して人の動きを見るだけでもまぁまぁ神経が削られるので、なんだか疲れてしまった。
天「•••あ゛ー•••つっかれたぁ•••こんな調子でライブ本番まで持つか•••?」
正直前日辺りに倒れそうな気がしてならない。過去一の忙しさだ。
だが、脳裏に彼女たちの心配する顔が思い浮かんで、小さくため息をついて唇を優しく歪ませる。
天「一回風邪引いて迷惑掛けてんだ。これ以上無様な姿を見せるわけにはいかねぇな」
外なのもお構いなしに小さく笑ってしまう。幸いなことに周りから視線が集まる事はなかったが、少し自分の行動を悔いた。恥ずい。
天「•••帰って寝るか」
今日は夜遅くまでやるような仕事もない。ぐっすり熟睡して明日を迎えられそうだ。まぁ、世の学生と比べて忙し過ぎるのは少しだけ不満だが。とりあえずはさっさと帰って寝る。これに尽きる。
事務所と家の距離はそう大してないので、すぐに到着した。玄関を開けてキッチンに顔を出す。
天「ただいま」
月「あ、おかえりー。お疲れ様。もうすぐライブだね」
天「あぁ、また明日から帰るのが遅くなるから夕飯は作らなくていいぞ」
月「りょーかい。••••••大丈夫?無理してない?」
天「お前もみんなと変わらねぇな•••大丈夫だ。迷惑を掛けるわけにはいかないからな」
月「•••へぇ〜」
天「な、なんだよ」
やけにニヤニヤしながら俺の顔をじろじろと見つめる妹。気色悪さを感じて、俺は引き気味になる。
月「お兄ちゃんがそんな事を言うなんてね〜。いやー、人って変わるものなんだねー」
天「•••そうだな、変わったな」
月「えっ?」
あまりにも素直な反応を示したのが意外だったのか、月は素っ頓狂な声と共にポカンとした顔になる。
天「以前の俺だったら、担当の気遣いも関係なく仕事を進めてただろうな。でも、不思議と今は落ち着いてできてる。今の環境が、俺をいい方向に変えてくれたんだよ」
月「••••••そっか。Photon Maidenのみんなには感謝しないとね。みんなのおかげで、家族が救われましたって」
天「救われた•••か。その表現も、あながち間違ってないのかもな」
力なく笑う中、月のニヤニヤはニコニコといった、爽やかな笑顔へと変わっていた。
天「•••お前がそんな顔するのも、なんか珍しいな」
月「え?そうかな?」
天「あぁ。なんというか、母さんに似てきたな」
月「マザコン•••?キモいんだけど•••オェ」
天「ぶっ殺すぞ••••••」
ピキピキとこめかみに青筋を浮かべながら月にこれでもかと笑顔を向けてやる。流石に言い過ぎたと反省したのか、月は手を合わせて俺を拝んでいた。
月「そういえばライブいつ?」
天「三日後」
月「すぐじゃん!!何で言ってくれなかったの!?」
ノーコンマで返答をすると、月は目をギョッと見開き、机を勢いよく叩きながら立ち上がった。今の突然の行動には流石の俺も驚く。
天「•••え、何行くの?」
月「••••••いや行かないし行けないけどさ。そういうのはちゃんと事前に言っておいて欲しいのです!」
天「お前は俺の保護者かよ•••」
月「私いないと何もできないでしょお兄ちゃん」
天「••••••いや、俺別に家事できないわけじゃないし」
月「あっ、そっかぁ••••••」
家事は全部月に任せているが、わざわざ俺がやるよりも月の方が効率よく、更に上手くやってくれる。要は俺がやる余地なんてないのだ。自分で言ってて悲しくなったが。
天「ごちそうさま」
月「はーい。それじゃあ早くお風呂入ってちゃっちゃと寝ちゃって!明日も忙しいんだから!」
天「はいはいわかったよ」
月に背中を押されながら、俺は力なく微笑む。少しだけだが、妹と距離が縮まったような•••そんな気がした。
それでは僕は筋トレに励むとしますかねぇ•••ではでは。