東方幻葬郷~Invisible Illusion~ 作:狭間 栞
天宮美琴・・・・・・それが僕の名前、確か。
確証が無いが何故かその言葉が僕の腑に落ちている。
前の二人が一瞬ピクりと眉を動かしたような気がしたが気のせいだろう。
みんな黙り込んで一時の静寂の時が流れる。
こうなってしまうと僕から第一声を発するには気まずくなってくるし、何にせよ話題が無い。
こういう名前でして~みたいな経緯を急に話されても、おそらくあちらが困るだけだろう。
視線はみんなこっちを向いて他になんか無いのみたいな感じの事を訴えかけてくるが、残念だがそんなものは無い。
そんな僕を見かねてなのか前の紫髪の人がこの静寂を破る。
「美琴君・・・だったかな? 記憶が無いのはいいけどこの先どうするのかは決めているのかい?」
いいのか、まぁいいんだろうけど。
そう、問題はそれ。
記憶が無いから自分の家が何処かもわからないし、広い海に突然放り投げられたみたいで行き着く島も無い。
困った。
今の状況が終わった後の予定、そしてそれがこの先における自分の人生。
その他諸々の事を考えると、急に焦燥と恐怖の念に煽られる。
この先、自分はどうやって生きていけばいいのか。
どこで物を食べ、どこで暮らし、どこで生活をしていくのか。
中途半端な選択肢ではない。
人生の最後までという長いラインで考えなければならない事。
人生における重要な現実を決める「イエス」と「ノー」の選択肢。
ここで受け入れる事を「ノー」と答えてしまえば、逃げた先には死しか待っていない。
つまり、逃げれない・・・この現実を受け入れるだけ・・・。
記憶を失ってから困る事の連続なんだが、宿に関しては色々な面から考えても非常にまずい。
幸い、この家の人はとても優しい。
ご好意に甘えれば、労働という対価と引き換えに数日は泊まらせてくれるかもしれない。
だが、それがいつまでも続くわけでは無いし、宛てがここに泊まる事なんてのは口が裂けても言えない。
当然、質問の答えは『何も無い』なんだけどね。
「何も・・・考えてないですね、今は現状を把握する事に精一杯で・・・」
嘘は言ってない。
これが自分なりの回答。
「そうか、なら美琴君。ウチで暮らしてみないか? いつまでとは言わない、記憶が戻るまでゆっくりしておいき。」
は い ?
「幸い部屋なら空いてる。ここは家主の老婆心と思って、自分の家だと思って住みなさい。」
この返答には流石に驚きが隠せなかった。
確かにこれで『衣食住』には困らないし、この先の人生もなんとかなる。
しかしだ、いくら病人だったとは言え仮にも見ず知らずの他人の身。
何故ここまでしてくれるのかが正直不安だった。
記憶の片隅にこう言った上手い話には必ず裏がある、といった教訓が残っていた事を思い出す。
はっきり言って、介抱、食事、そしてこれからの生活の約束。
純粋に見てみればこの人達は神だ、僕にとっての女神様だ。
だが、本能的な何かが僕を止める。涙が出そうなくらいの優しさなのに。
疑ってしまう。
この人達は女神の皮を被った悪魔なのだと・・・・・・。
「介抱してもらったり、お食事も頂きました。それに加えて住まわせて頂く事など・・・・・・とても」
「いや、いいんだよ。何か裏が思っているんだろうがそんな事は無い。そんな無粋な真似はしないさ。」
「そうそう、遠慮する事なんてなーんにも無いんだよ美琴君。」
う・・・・・・そこまで言われると流石に欲望に負けたくなる。
もういっか、いざとなったら逃げればいい話だし少なくとも生きている間の『衣食住』は約束される。
逃げたところで、この何処かわからない土地の中で野たれ死ぬだけ、時間の問題だ。
「では、すいません・・・・・・ご好意に甘えさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「ぜーんぜん大丈夫だよ! 守矢神社にいらっしゃい美琴君改めて歓迎するよ」