呪廻にて剣花は咲く 作:超親友
「(思った以上にしんどい相手に絡まれたな)」
感覚のなくなった血濡れの左腕を見て内心愚痴る。
今まで戦ってきたどの呪霊よりも呪力、術式ともに最高位だが、正直扱いやすい相手だから割とどうにかなりそうだとは思ってたものの……実際に戦ってみれば素の身体能力や治癒の速度は言わずもがな、俺の術式を僅かな間で看破する観察眼と洞察力はとても呪霊のそれとは思えないほど優れていた。
「(この後のことを考えながら戦ってる余裕はないな)」
少年院の呪霊を祓うための余力は残しておきたかったが、このまま力を出し惜しんで戦っていたら殺されるのは俺だ。
実際あの虫呪霊の音で呪力の流れは乱されたものの、術式自体は維持出来ていたし呪力で体を強化してたから、術式の間を抜けてきた爆発はそこまで威力はないと高を括ってた。
だが実際に喰らってみれば、ある程度力を相殺したにも関わらず
直撃なんて貰った暁には俺自身がどうなるかは考えるまでもない。
「(なら、攻撃させる隙を作らせなければいい)」
あの呪霊の術式が炎系統のモノなのは間違いないとして、面倒なのはあの虫呪霊を出せたように他にも手札を隠していそうなのと、地面を介してかつ視界内であれば何処からでもあのミニ火山を使った火柱が飛んでくることだ。
攻防で術式を操作しながらあのミニ火山や虫呪霊の対処をやり続けるには反転術式が使えない俺には分が悪すぎる。
利き腕じゃなかったのは幸いだが、片腕が使えない以上は術式の精度は今までよりも格段に落ちるから攻撃と防御の両立をするよりどっちかに集中した方がいい。
となれば、見た感じあの呪霊飛べなそうだから上から一方的に削り続けるのが無難だろう。
「───どうした? 逃げてばかりでは儂は殺せぬぞ」
逃げてたんじゃなくて止血してたんだっての。
まぁちょうど終わったところだし、そこまで言うならやってやるよ。
術式を操作し何もない宙に幾つかの足場を形成し、呪力強化を体に施して下準備は完了。
呪霊への牽制にその単眼目掛けて一閃したのと同時に跳躍、予め作っておいた足場に着地して呪霊を見下ろす形で宣言した。
「さぁ、第二ラウンドと行こうか……!」
▽
「浮いてる……? いや、足場を創ったのか」
上空より自身を見下ろす国近の姿を単眼に映し、呪力と傷の回復のために時間をかけて戦っていたのは愚策だったかと漏瑚は舌打ちとともに臨戦態勢を取る。
「だがそうまでして儂との距離を取るということは、やはり貴様の術式は近づけば近づくほどその力を発揮できなくなるようだな」
国近の術式が距離を詰められれば詰められるほどその力を発揮出来なくる、というのは漏瑚自身の推測だったが、今の国近の姿を見てそれは確信に変わった。
そんな漏瑚の言葉に、国近は笑みを携えたまま返答する。
「ホント、呪霊にしては感心するくらい鋭いね」
まるで人を相手に戦ってる気分だよ、と言う国近に漏瑚は分かりやすく不快感を露にした。
「貴様らのような紛い物と同列に扱うな反吐が出る。我ら呪いこそが真の人なのだ」
「真の人ねぇ……何か訳アリみたいなら聞いてあげるけど?」
「貴様に話す道理はない」
「そうかい、そりゃ残念だ」
微塵も思ってなさそうな表情に殺意を抱いたのも束の間、音すらも置き去りにして漏瑚の右肩から先が宙を舞う。
「ぐッ……!?」
何が起こったか理解できないという表情とは裏腹に、国近の術式の速度が自身では捉えきれないほど上昇していることに漏瑚は気づく。
力を出し切っていなかったのか、それとも何らかの縛りによる術式効果の上昇か、幾つもの可能性が脳裏を巡るが答えは出ない。
そんな漏瑚の様子に国近は得意気に笑いながら解答を口にする。
「相手の呪力を追って走らせる剣と自分で一から操作して走らせる剣、前者と後者とでは凡そ倍の速力の差がある」
今までのは前者、是は後者───その言葉とともに放たれた剣撃が漏瑚の真横の大地を割断する様を見て、その言葉が偽りではない事実に冷や汗が頬を伝う。
「ただ術式の処理が追い付かないからあんまり長く使えないのが欠点だけど」
それが術式の開示による縛りだと気づいたのも束の間、身震いするほどの殺意を受け呪力・術式・五体の持てる力の全てを駆使して漏瑚は駆け出した。
直後、漏瑚の立っていた場所が木々諸共跡形もなく薙ぎ払われる。
その様を確認する余裕は漏瑚にはなく、ただ一心不乱に少しでも自身の動きを予測されないように速度を落とさず走り続けることしか出来なかった。
「(自動と手動では速力が倍違うと言っていたが、術式の開示を済ませたことでその速力は更に上がっているッ───反撃する余裕すら……振り返ることすら叶わんとは!)」
「おいおい、逃げるなって言ったのは君の方だろ?」
そんな国近の挑発に答えることすら、否そもそも聞こえているか怪しいほど漏瑚は感覚を研ぎ澄ませ国近の剣撃を避け続けることに専念していた。
瞬きすら煩わしいと思うほどの、一歩踏み出した傍からその場所が国近の術式により削り抉られていくギリギリの攻防。
僅かでも気を緩めれば足が飛び、動けなくなったところを斬り刻まれて成す術もなく祓われることを漏瑚は呪いの本能で理解していた。
しかしこのまま逃げ続けているだけではいずれ限界が来て国近の剣撃に捕まることは必至、何か手を打たなければならないが国近はそんな暇を与えないと言わんばかりにより苛烈に漏瑚を追い込んでいく。
だがそんな絶望的な状況に置かれながらも、漏瑚の単眼から戦意が消えることはなかった。
「(今はヤツの術式を避けることだけを考えろッ、仕込みは既に済ませてある……!)」
脳裏を過ぎるのは国近が術式の開示をしてる間に済ませた仕込み。
そして国近が術式の開示の際に言った言葉を漏瑚は聞き逃さなかった。
「(術式の処理が追い付かないから長く使えない、貴様はそう言ったな)」
能力が向上してる以上はその言葉に偽りはないだろう。
そして国近が術式を使ってる間はその場から一歩も動かないことを漏瑚は知っている。
加えて現状滞空してる国近は空を飛んでいるのではなく、空に足場を創ってその上に乗っているだけ。
だとしたら尚更、処理が追い付かなくなった時の状態では自身の仕込みを避けられる道理はない。
「(貴様と儂、どちらの方が先に限界が訪れるか───我慢比べと行こう)」
▽
────それからどれだけの数の攻防を重ねたのか。
周囲の木々の大半が国近の術式によって薙ぎ払われ倒木し、戦いの壮絶さを現すように大地は荒れ果て、幾多もの割断を繰り返し不安定になったその足場は最早まともに歩くことすらままならない。
漏瑚が自身の考えに賭けて国近の術式から逃げ続けること約4分。
体の節々から血を流し、治癒に回す呪力すら惜しいと死に物狂いで駆け続けたその時間にようやく終わりが訪れる。
それは漏瑚が倒木した樹木を跳び越えた瞬間に起きた。
「足場がッ……!?」
着地するべき足場が割断していたため空中で身を翻し着地点を変更したことにより生まれた僅かなタイムロス。
ただでさえギリギリだった攻防に生まれたその隙間を国近は見逃さなかった。
「────」
「ッツ──…!」
漏瑚が死を覚悟したのと同時に国近の表情が歪む。
反転術式を使えない国近の脳が緻密な術式操作に耐え切れず悲鳴を上げたからだ。
その悲鳴は痛みという明確な形を伴って国近の脳内を襲い、そのあまりの痛みに掌印を結んでいた指が解かれ同時に漏瑚を襲っていた剣撃も中断された。
一瞬の空白。
「待っていたぞ、この時を……!」
再起を果たしたのは当然ながら漏瑚だった。
国近から逃げ続けたその脚で仕込んだ術式が、漏瑚の掌印と共に解放される。
「儂の勝ちだ、朽網国近ッ!」
それは国近の周囲を隙間なく覆う幾多もの巨大な火柱。
視界を封じ空中での逃げ場も封じた、常人であれば近づくだけで灰となって焼き尽くされるほどの灼熱の牢獄。
その中心で捕らわれた国近は、痛みが晴れて鮮明になった視界で自身の状況を確認し舌打ちを溢した。
「……俺暑いの苦手なんだけどな」
「案ずるな、一息で終わる」
膝をつき肩で息をする漏瑚は、国近の姿をただの強がりだと断じると勝利を確信したように嗤った。
「確かに儂は滞空する術を持たんが、対処する術は幾らでもある。自分自身で退路を断った己が愚を呪って死ぬがいい」
宙に掲げた両手で火柱を操作し、渾身の呪力を以って左右の手を引き合わせる。
「終わりだ」
瞬間、全ての火柱が中心に立つ国近の下へ集束し天を衝かんばかりに高々と燃え盛った。
協力者の呪詛師にやり過ぎるなと念を押されていたが、そんなことは既に漏瑚の頭に一片たりとも存在していない。
「脅威というのも眉唾ではなかったな」
苦心の末の勝利故か、漏瑚にしては珍しく胸中で朽網国近という呪術師の脅威を素直に認め嘆息する。
呪詛師から依頼を受けた時はまさかここまで苦戦するとは露ほども考えていなかったから、というのも理由の一つだろう。
「ヤツの話によれば五条悟は朽網国近より強いと言うが……領域に入れてしまえば問題はない」
国近の力を見誤ったせいで領域を使おうと思った頃には既に使う余裕がなかったため出せずじまいで終わってしまったが、領域さえ使ってしまえば五条悟であろうと誰だろうと負ける気はしない、という確信が漏瑚にはあった。
「一先ず、今は休息を取らねばな」
これからのことを考えるのはその後でいい。
そう結論付けてこの場を離れようとした、その時、
「────極ノ番『■■』」
聞こえるの筈のない声が、未だ燃え盛る火柱を超えて漏瑚の耳に届いた。
「バカな……ッ!!」
あり得ない、と思考がその可能性を拒絶する。
確かに漏瑚は朽網国近の術式の全容を把握していないが、それでも戦いながら推察した国近の術式では絶対に生きていられる筈がないという確信があった。
だが現実は、国近を呑み込んでいた火柱が斬り裂かれ消滅するという最悪の形で漏瑚の眼前に現れた。
「ホント強いね、君」
水晶のように澄んだ紺碧の剣を手にした国近は、足場から飛び降りて呆然とする漏瑚の前に着地する。
「一つ聞きたいんだけど」
「……何だ?」
「君、呪詛師と繋がってる?」
私のことは決して口外しないことが条件だ、協力を結ぶ条件として受け入れた言葉を思い出し漏瑚は国近の問いに沈黙する。
だが国近にとっては漏瑚のその態度だけで十分だったらしく、わざとらしく頭を抱えると大きく息を吐き出した。
「君並みの呪霊と関係を持てる呪詛師とか正直考えたくないなぁ」
少なくとも国近の脳裏に目の前の呪霊と関係を結ぶことが出来る力量の呪詛師は存在しない。
唯一思い当たる節がある人物は去年五条悟が排したため尚更だ。
「正直君には聞きたいことが山ほどあるから、素直に投降してくれると俺としてはすごいありがたいんだけど」
その問いに漏瑚からの返答はない。
愚問だということだろう、問いかけた国近自身もまったく期待してなかったので当然と言えば当然だ。
「じゃあ仕方ない───祓うよ」
「ッ、貴様まさか……!」
国近が纏う呪力が変質していく様子を見て何をしようとしてるのか漏瑚は一目で看破する。
「領域を使うつもりか!」
領域───正式な名を領域展開。
それは術式の最終段階にして呪術戦の極地、そして術師の中でも限られた才能の持ち主しか到達できない神域。
生得領域と呼ばれる心象世界に術式を付与し、それを呪力で現実世界に構築する……言葉だけで言えば簡単だが、それを実際に起こせる術師は現代では片手にすら収まらない。
「ならば……!」
領域を展開された際に最も有効な対抗手段は自身も領域を展開すること。
呪術全盛の時代から伝わるその定石に則り、漏瑚は掌印を結び己が呪力を練り上げ生得領域を構築する準備に入る。
国近もまた利き手の剣を大地に突き刺し、刀印を結んでいく。
そうして両者の準備が整い、互いに領域を展開しようとした───その時だ。
「ッ、なんだ?」
「この呪力の気配は……宿儺か?」
互いの呪力など比にならないほどの禍々しい呪力がそう遠くない場所で出現する。
その呪力の気配へ視線を向ければ、国近が向かっていた少年院の方角から漏瑚の言った通り宿儺の呪力が感知出来た。
「まさかッ!」
「どうやら、向こうは向こうで上手くやっているらしい」
最悪の展開が国近の脳裏を過ぎる中、漏瑚は事情を知ってるかのような口振りでその様子を思い浮かべ笑みを溢す。
「もしかして少年院に受胎仕込んだのって君たち?」
仮にそうだとすれば国近の中で不可解だった幾つかの点が線になって結びつく。
「さてな。何にせよ、儂の役目はこれで終わった」
「逃げるの?」
「貴様こそ儂に構ってる余裕があるのか? ……次に相見えた時が貴様の最後だ、朽網国近」
決着が付けられないのは漏瑚としても遺憾だが、如何せん先ほどから脳内に響く気色悪い声の主が撤退を促してきて鬱陶しいことこの上ないのだ。
呪力もその大半を消費してしまったことを加味すれば、目的を達した今無理を押して国近と戦うメリットは薄い。
それは国近自身も分かっているだろう。
故にこそ国近は退いていく漏瑚を追うことはせず、そのまま見逃す選択を選んだ。
「…………取りあえず、今は虎杖くんたちの安否を確認するのが優先だ」
当初の予定通り、国近は少年院へとその歩みを進めるのだった。