「捕まえたァ」異形の鬼は歓喜に満ちた声をあげた。幾本かの腕に埋もれて見えない口元にも、醜悪な笑みを浮かべていることだろう。「イヤーッ!」「ンアーッ!」真菰の小さな体が木の幹に打ち付けられる!「イヤーッ!」「オゴーッ!?」吐血!
「イヤーッ!」「ンアーッ!」ナムサン!何たる体格と筋力差に由来する圧倒的暴力か!小柄な真菰にとっては一撃の負傷や出血があまりに重い。真菰の意識が霧がかる。正にロウソク・ビフォア・ザ・ウィンド!「クスクス、いい様だなあ狐娘。お前はどう食ってやろうか」
朦朧とした真菰に、鬼は舌なめずりするような声音で話しかける!「そうだなぁ、まずは右腕からもいでやろう」「腕をもぐのか」「そうとも!次は左腕を…アイエッ?」「イヤーッ!」「アバババーッ!?」
真菰を締め付けていた腕の力が抜ける。付け根から引きちぎられたのだ!地面に投げ出された真菰の霞む視界に映ったのは赤黒の装束に全身を包む男の姿!「もぎ取られるのはオヌシの悪趣味な腕の方だ。ドーモ、デモンスレイヤーです」
「お前えええ!邪魔をするな!」鬼は唐突に現れた異物に激怒する。今までになく厄介だった獲物を、ようやく捕まえたというのに!なんだ、この男は?得体の知れぬ赤黒装束、顔には「鬼」「殺」のメンポ。腰に刀一つ携えない、見たこともない装いだ。
(武器がない?だがコイツは俺の腕を斬った。あのブレーサーか?危険だ)鬼は最大限の警戒と共に観察を続ける。(しかし…消耗している?わかりにくいが手傷もある。殺せば狐娘共々食えるか?幸い娘は死にかけだ、横槍は入らない)
逃走か闘争か。鬼は二つを秤にかけ、後者を選んだ。頸の守りを一層固くし、消耗戦を挑む腹積りだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」デモンスレイヤーを真っ直ぐ狙った拳がチョップに両断される。しかし瞬時に再生!「イヤーッ!」「イヤーッ!」
鬼の無数の腕が、四方八方からデモンスレイヤーを殴殺せんと襲いかかる!「イヤーッ!」頭上腕をチョップ切断!「イヤーッ!」側面迂回腕をブリッジ回避!「イヤーッ!」地面から飛び出した腕をバク転回避!「イヤーッ!」正面から伸びた腕をチョップ突き破砕!チョーチョー・ハッシ!
腕の猛攻を凌ぎきったデモンスレイヤーは鬼の首を狙う。だが、視界の片隅に動く影あり!真菰を狙って地面から腕が飛び出した!「イヤーッ!」デモンスレイヤーはストンプ粉砕!その様を見ながら鬼はクスクスと笑う。敢えて動けぬ真菰を狙うことで有利にイクサを進めようというのだ。狡猾!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」鬼は距離を保ったまま執拗に真菰を狙う。デモンスレイヤーは踏み込めず、足を止めたままの打ち合いを余儀なくされる!ジリー・プアー(徐々に不利)!
((グググ…何たる無様か、フジキド))デモンスレイヤーのニューロン内にジゴクめいた声が響く。この声の主はナラク。死に瀕したフジキドに憑依した、謎めいた存在である。((この程度のサンシタに苦戦するとは。見たところ百人も食っておるまい))
((小娘など捨ておけ。ワシに身を任せろ、フジキド!此奴ごとき、瞬きの内に殺してくれるわ!))疲労で鈍化したフジキドの思考が、嘲弄混じりの声に侵食されていく。デモンスレイヤーの右の瞳がセンコめいた赤色に輝く!((オヌシはフートンででも寝ておれ!))((黙れナラク!))
ナラクの邪悪な意思に呑み込まれる寸前、師のインストラクションがフジキドのニューロンに甦る。『手綱を握るのは己自身』。((これは私のイクサだ!))デモンスレイヤーの瞳が元の黒色を取り戻す!フジキドは強引に駆け出そうとしていた身体を引き戻し、鬼の腕を迎撃する!「イヤーッ!」
((バカ!ここで小娘共々死のうてか!))「イヤーッ!」ナラクの悪罵も意に介せず、フジキドはただチョップを振るう!鬼の腕が千切れ、また再生!巨大怪腕の一撃に、デモンスレイヤーは両腕を滑り込ませてガード!「イヤーッ…グワーッ!?」
CRAAAASH!猩々緋砂鉄のブレーサーが…砕け散る!あまりの酷使に耐えかねたのだ!((バカ!スゴイバカ!))これでは最早鬼の頸は斬れぬ!フジキドの行動はナラクの罵る通り、ただ炎に飛び込むモスキートめいて無意味な自殺的行為に過ぎなかったのか?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「…モ=サン…」
「…真菰=サン!」「えっ?」どこかで聞いたことがある声に真菰は振り向いた。狐面をつけた、見覚えのない少年たちが立っている。(鱗滝さんの弟子?でも、今はわたししかいないはず)困惑する真菰に彼らは言葉を続ける。「早く戻らないと」
(戻る?)おかしなことを言う子だ。真菰に戻る場所があるとすれば、それはこの狭霧山だ。育手であり、孤児である彼女にとって親にも等しい鱗滝左近寺。彼の住まう場所が、真菰にとって帰るべき家だ。だからあの時も必ず戻ると約束して、(…約束して、どこに行ったんだっけ?)
真菰は軽く頭を振って雑念を払った。まだ日も高いし、ともかく鍛錬を続けなければ。目の前には岩がある。鱗滝さんが試練として出したものだ。これを斬れるようにならなければ、「違うよ、真菰=サン。もう斬れてる」真菰はまた困惑する。少年の言葉通り、目の前の岩は確かに二つに割れていた。
その光景が真菰の記憶を呼び起こす。確かに岩は斬った。そして最終選別に、藤襲山に向かったはずだ。「ほら、早く戻らないと」同時にこの声のことも思い出す。鍛錬の最中、どこからか聞こえてきた幻影めいた声。その言う通りに鍛錬を続けると、不思議とうまくいった。「あなたたち、もしかして」
少年は何も言わず微笑む。真菰は確信した。この少年たちは、あの鬼に食われた鱗滝さんの弟子たちだ。恐怖心が藤の花に映した幻とは違う、本物のユーレイ。その手がそっと真菰の背に触れ、優しく押した。「真菰=サン。アイツに負けないでね」
その言葉を最後に、真菰の意識が覚醒する。ソーマト・リコールめいた狭霧山の景色が塗り替わる!
どれほどの間気を失っていたのか?目の前には凄絶なイクサの情景が広がる!無数の鬼の肉片、そして返り血を浴びた赤黒の殺戮者の姿!
真菰の右手が日輪刀を探り当てた。幸い折れてはいない。静かにそれを握りしめ、深く息を吸う。「ヒュウゥゥ…」水の呼吸独特の、風の逆巻くような呼吸の音に気がついたか、デモンスレイヤーが横目に真菰を見る。黒色の瞳にしっかりと目を合わせ、真菰は頷いて見せた。己があの鬼の首を断つ!
彼は果たして真菰の目に何を見たろうか。「スウゥーッ!ハアァーッ!」鬼の腕を捌きながら、デモンスレイヤーは無言で呼吸を深めた。茶の呼吸。水と根を同じくする呼吸の音が真菰を導くように響く!「ヒュウウウウウウ!」鋭い風切り音。即席のメンターとアプレンティスめいて、呼吸が共鳴する!
鬼はその呼吸音に恐怖した。自分をかつて捕らえた、鱗滝と同じ音!「オオオオオーッ!」全ての腕を出し切る攻勢!ヤバレカバレだ!真菰は動じず、その場で回転を始める!拾ノ型、生生流転!
「イヤーッ!」真菰へと迫る腕をデモンスレイヤーがキック粉砕!「イヤーッ!」チョップ切断!「イヤヤヤーッ!」スリケン寸断!五回目の回転を始めた真菰の眼前で、無防備な鬼の頸へと間隙が開く!背中を押す小さな手を感じながら、真菰は飛び出す!
「イヤーッ!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
最終選別が始まってから、七日目の未明。産屋敷耀哉は藤襲山中腹の広場で夜明けを待っていた。この山で生き延びた合格者がいれば、まもなく帰ってくるはずだ。見守る耀哉の耳に、下草を踏み分ける音が届く。
「アイエエエエ!?」木々の間から現れたその姿に、控えていた隠は思わず失禁した。ボロクズめいた服と威圧的な「鬼」「殺」のメンポを身につけた男が、両手に四つの生首を下げて現れたのだ。コワイ!
この生首は選別を二、三度経験した狡猾な鬼である。最終日までは隠れ潜み、疲労した志願者を狩ろうとしていたのだ。そしてその狡猾さが仇となった。日輪刀のないデモンスレイヤーに、心折れて再生を止めるまで殺され続ける羽目になったのだ。
「この山の鬼は全て殺した」デモンスレイヤーは鬼の生首を耀哉の眼前に放り捨て、言い放った。生首が朝日を受けて、涙を流しながら塵へと帰る。「ここに鬼がいる限り、何度でも殺す。このような試験が二度と出来るとは思わぬことだ」
「素晴らしいよ、健二」耀哉は威圧を意にも介せず、微笑みと共に賛辞をを送る。「お疲れ様。私はこの後、合格者たちに説明と支給を行う。待たせても悪いから、先に隠に送らせよう。屋敷でゆっくりと休んでくれ」「…ドーモ」
耀哉の指示通り、隠は迅速にフジキドを背負いあげてその場を後にする。隠の背に負われながら、フジキドの意識は泥めいた眠りの中に落ちて行った。
…この七日間のイクサに果たして意味はあっただろうか?ここで生き残った子供たちも、或いはすぐに任務で死の道へと歩むのかもしれない。入隊選抜が変わったことで、鬼の絶滅は却って遠のくかもしれない。彼の行動は善か?悪か?分かるはずもない。彼はブッダではないのだ。だが…
少女がゆっくりとした足取りで藤襲山を下っている。烏を肩に乗せ、怪我を庇うように歩く姿。真菰だ。どこか上の空のまま説明と支給を受けた彼女は、用が終わると真っ先に下山を始めた。
間もなく藤の花も途切れ、人里に出る。その前に、真菰は振り向いて藤の花を見た。「一緒に行こうか?」姿は見えなかったが、藤の花が微かにざわめいたようだった。
狭霧山に帰ろう。鱗滝さんが待っている。
(デモンスレイヤー「レック・ザ・ロングタイム・オブセッション」 終わり)
わたしの書くデモンスレイヤーはこれで終わりです。インスピレーシヨンがなんかするとあるかもしれないですが、基本的にないです。続きは皆さんが作るのだ。そして未来へ…