SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第十三話 『違和感』 喜代田章子 夜見島/崩谷 0:40:38

 喜代田章子が目を覚ますと、アスファルトの道路のど真ん中だった。ヤバイ。酔っぱらって路上で寝るという嫁入り前の乙女にあるまじき失態をしてしまったか、と、一瞬思ったが、すぐに思い出した。ここは夜見島で、島を覆い尽くすほどの巨大な赤い津波に襲われたことを。周囲を見回す章子。すぐそばに軽トラックが停められてあり、その近くには小さな公園がある。砂場とアリクイの置物くらいしかない小さな児童公園だ。その先には古い団地が見える。見覚えのない場所だった。蒼ノ久漁港とは明らかに違う地区である。津波で流された……わけではないだろう。島を覆い尽くすほどの巨大津波に襲われたのなら、多くの建物が倒壊し、瓦礫などが流されてくるはずだが、見える限りそのような形跡は無い。ここから見る限り団地はしっかりと建っているし、道路にはところどころに空き缶やたばこの吸い殻などのゴミが落ちているくらいだ。とても津波が去った後には見えない。やはり、あの津波は現実ではなかったのだろう。ただ、連れのリーゼントこと阿部倉司の姿は見えなかった。

 

 よっこらしょと立ち上がる章子。とりあえず阿部を探さなければならない。近くにいればいいけど。まずは団地の方へ向かおうとして、不意に、強烈な頭痛に襲われた。二十九年分の生理頭痛を今この瞬間に凝縮したようなひどい痛みに、頭を押さえてうずくまる。すると、目を閉じているにもかかわらず映像が見えた。左官用のこてを使ってモルタルの壁をならす映像、両手に大きな斧を持って道を歩く映像、「腹減ったなー。お? ラッキー。やっぱオレ持ってんなー」と道端に実っていた果実をもいで食べる映像、小さな鎌のような物を持って狭い階段を上がる映像……様々な映像が次々と見えては消え、また見える。どれも、主観視点とか一人称とかファーストパーソンとか言われる映像だった。

 

 ――え? なにこれ?

 

 戸惑う章子。章子には人や物の過去を読み取る特殊な能力『過去視』があるが、いま見えているのは、いつもの過去視によるものではない。過去視は、人や物に手で触れ、そこに宿った『残留思念』のようなものを読み取る能力だ(詳しい仕組みは章子自身にも判らないが、少なくとも章子はそうだと思っている)。何にも触れていないのに、勝手に思念が流れ込んできて次々と映像が見えるなど、今までなかったことだ。

 

 目を開ける章子。頭痛は嘘のように消えていた。軽トラックと児童公園が見える。これは、まぎれもなくいま自分自身の目で見ているものである。では、さっきのいくつかの映像はなんだったのだろう? 脳梗塞とかで幻覚が見えるとかだったらヤバイな、と思っていたら。

 

 ――これは幻視。この島に古くから伝わる、他人の視界を覗き見る特殊能力。

 

 不意に、そんなことを思った。いや、頭で考えたというよりは、胸の奥底から湧き上がってきた、という方が正しいかもしれない。

 

 さらに。

 

 ――あれは屍人。海から来る穢れが死体に憑りつき、生きている人間を襲う。

 

 ――ここは、蒼ノ久漁港の南東にある崩谷(ほうや)という地域。夜見島金鉱で働いていた鉱員とその家族のために建てられた社宅がある。

 

 胸の奥底から次々と知識が湧き上がる。まるで、古くからこの島に住んでいたかのようだ。だが、もちろん章子は過去に夜見島に住んでいたことなど無い。島を訪れたことも無く、夜見島という名前さえ二日前に知ったほどだ。今日この島を訪れることになったのは極めて突発的なことであり、事前の調査などほとんど何もしていない。なのに、多くの島の知識がある。なぜ自分がそんなことを知っているのだろう? いや、知っているという感覚とは、少し違うような気がした。それは、古い記憶がよみがえるのではなく、自分の胸の奥底に別の誰かがいて、その誰かが知識を授けてくれているような感覚だ。

 

 はっとなる章子。これは、もしかしたら……。

 

 ――――。

 

 これはもしかしたら、新たな能力が覚醒したのかもしれない。他人の視界を覗き見る能力と、必要な情報を得る能力。どちらも、かなり便利な能力だ。これから島を探索するのに、大いに役に立ちそうだ。『視界ジャック』と『夜見島ガイド』という能力名にしよう。だが、なぜこのような能力が突然覚醒したのだろう? 理由は判らないが、もしかしたら、自分にはまだまだ目覚めていない特殊能力があるのかもしれない。島の探索を続ければ、さらに新たな能力が覚醒するのだろうか? どんな能力だろう? 前々から、未来を予知する能力が欲しいと思っていたところだ。占いの仕事にはこれ以上ないほど役に立つし、いっそ占いなんてやめて、競馬や株で大儲けすることもできる。時間を止める能力や物を直す能力も欲しい。ああ、なんかワクワクして来たぞ。

 

 …………。

 

 胸の奥底にいる別の誰かが呆れているような気がした。いいだろ別に。人と違う変な能力があるからって、なぜこんな能力があるのか、とか、こんな能力さえなければまともに暮らせるのに、とか、うじうじ悩んだってしょうがないじゃないか。あるものは受け入れ、最大限有効に活用して生きていく。それが、スペックホルダーとして二十九年間生きてきたあたしのモットーなのだから。

 

 まあ、そんなことより、まずは阿部と合流しなければ。章子は目を閉じ、視界ジャックの能力で周囲を探った。さっき道端に実ってた果物を食べてたのが阿部だろう。テレビのチャンネルをザッピングするかのようにいくつかの視点を切り替え、阿部らしき視点を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 阿部はいつの間にか室内に移動していた。六畳の和室で、ちゃぶ台やタンス、テレビなどがある居間だ。団地へ入ったのだろう。外は屍人共がうろついているから隠れたのかもしれない。それは仕方ないが、これはどこの部屋だろう? 団地は東のイ棟と西のロ棟のふたつあり、両棟とも三階建てで、各階に四部屋ずつある。合計二十四部屋。当然、団地だからどの部屋も同じような間取りだろう。もっと判りやすい場所にいろよ。状況が状況だけに、一部屋一部屋訪ねていくのは危険が大きい。何か部屋を特定する手がかりは無いだろうか? 章子はとりあえずそのまま視界ジャックを続ける。阿部は窓のそばへ移動する。窓はベランダに出入りするための、いわゆる掃き出し窓だ。窓を開け、ベランダに出る阿部。かなり高い場所にある部屋だった。左下に砂場とアリクイの置物(って言うかなんでアリクイだよ)がある小さな公園が見える。いま章子がいるそばの公園だ。そうなると、阿部がいるのは西側のロ棟の301号室か302号室だ。

 

 幻視をやめ、団地の方へ向かう章子。公園のそばを通ると、西側の団地のベランダが見えた。思った通り、301号室のベランダに阿部の姿が見えた。手を振って合図を送ろうとしたが、その前に阿部は奥へ引っ込んでしまった。そのまま出てくる気配はない。迎えにいかなければならないようだ。めんどくさいヤツだな。心の中で悪態をつきながら、入口へ向かう。

 

 入口はベランダの反対側だ。そちらへまわりこもうとした章子だったが、角を曲がったところで足を止めた。入口の前に屍人が立っていたのだ。視界ジャックの能力で確認すると、あろうことか拳銃を持っていた。ヤクザかマフィアの屍人だろうか? だとしても、なんでこんな本土からはるか離れた島にいるんだ? 拳銃屍人は注意深く周囲の様子を伺っており、その場から離れようとはしなかった。隙を突いて団地内に入るのは無理だろう。何か別の方法を考えなければならない。ベランダ側から入れないだろうか? そう考え、来た道を戻る。残念ながら、一階はどの部屋の窓も開いていなかった。窓を割れば入れるだろうが、音で周囲の屍人に気付かれる可能性がある。もちろん、ここから三階にいる阿部に声をかけるのも危険だ。さらに調べてみると、二階の部屋の掃き出し窓が開いていることに気がついた。なんとかあそこから侵入できないだろうか? 考える。そう言えば、さっき公園のそばに軽トラックが停められていたな。あれを使えば二階へ上がれるかもしれない。

 

 章子は一旦道を戻り、軽トラックを調べてみた。ドアは開いており、キーも挿しっぱなしだ。災害時、路上に車を置いて避難する場合は、ドアはロックせずキーを挿しっぱなしにしておく。うん。良い心がけの運転手だ。章子は遠慮なく運転席に乗り込み、ハンドルを握った。

 

 …………。

 

 んで、どうするんだっけ?

 

 章子は一応普通自動車免許を持っているが、十八歳の時に取得して以降、十年以上一度も運転していない。いわゆるペーパードライバーである。もはや運転の仕方などすっかり忘れてしまった。もしかしたら胸の奥に潜んでいる別の誰かが教えてくれるかもしれないと期待したが、しばらく待っても何も教えてくれなかった。どうやら別の誰かもペーパーか無免許のようだ。使えないヤツだ。まあいい。ここは取得したばかりの新スキルよりも、使い慣れた従来スキルを使おう。この軽トラックの過去の記憶を見れば、運転の仕方くらい判るだろう。章子は、軽トラックに残る残留思念を探った。

 

 

 

 

 

 

 軽トラックは真っ暗な闇の中に停まっていた。誰も乗っていない。過去視は強い残留思念を読み取るものだが、停車している状態で強い残留思念が残っているのもおかしな話だな、と思いつつ映像を見ていると、がちゃがちゃと鍵を開ける音がして、誰か乗り込んできた。なんだか判らないがずいぶんと慌てているようだ。モスグリーンのジャケットを着た若い男だった。顔はかなり幼い。まだ免許を持っているどうかも判らないような少年だ。少年は、かなり慣れていない手つきでキーを挿し込み、捻った。ぶるるん、とエンジンがかかる。その途端、フロントガラスに懐中電灯の光が当てられた。少年は慌ててアクセルを踏む。しかし、車は走らない。どんなに強くアクセルを踏んでも、エンジンが大きく唸るだけだ。おそらくサイドブレーキを上げっぱなしなのだ。ペーパードライバーの章子でさえすぐに気がつくようなことだが、少年は気がつかず、ただアクセルを踏み続ける。やはり無免許なのだろう。と、ぱぁん、と乾いた音がしたかと思うと、フロントガラスに大きな穴が空いた。え? 銃撃されてる? どうやらフロントガラスにライトを向けた人物が銃を撃ったようだ。警官のような格好をしているが、どう見ても未成年でしかない少年を、いきなり銃で撃つかフツー? 警官は銃を構えたまま近づいて来る。少年はパニックになりながらも、ようやくサイドブレーキが上がっていることに気がついた。慌ててブレーキを下ろす。だが、アクセルは踏みっぱなしだ。急発進するトラック。どん! と鈍い音がして、警官が大きく跳ね飛ばされた。少年はブレーキを踏み、トラックを停めた。倒れた警官は、ピクリとも動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 過去視をやめる章子。どこにあった軽トラだよこれは。もはや事故車とかいうレベルではないぞ。何があったか知らないが未成年者が逃亡に使用して警官がいきなり発砲するなど、よほど治安の悪い国でもそうそうないだろ。呪われたりしていないだろうな? 心配だけど、まあ、別に買うわけじゃないからいいか。そう思い、章子は映像にならってキーを回し、急発進しないようしっかりとブレーキを踏み、きっちりとサイドブレーキを下ろした後、慎重にアクセルを踏んだ。ゆっくりと走り出すトラック。よしよし。いい感じだ。章子は歩いたほうがはるかに速いスピードで軽トラックを進め、時間をかけて団地のベランダ側に横付けした。車を降り、まずは荷台へ上がり、そこから運転席の上、さらに団地の二階へと上がった。よし、うまくいった。団地の中に屍人の気配はない。章子は開いている窓から201号室へ入ると、玄関から外へ出て階段を上がり、301号室へ入った。阿部は奥の部屋で、ちゃぶ台に肘をついてタバコを吸っていた。章子に気付くと、「おう、お帰り」と、片手を上げた。

 

 章子はちゃぶ台を挟んで阿部の正面に座った。「お帰り、じゃないわよ。何のんきにタバコなんか吸ってんのよ。てか、なるべく動くなって言ったでしょ。なんでこんなややこしい場所に隠れてんのよ」

 

「しゃーねーだろ。外はイカれたやつらがうろついてんだから。なんなんだよ、あいつら。なんか、銃持ってるヤツもいたぞ」

 

「あれは屍人って言って、まあ、ゾンビみたいなものね」

 

「あー。やっぱりか。あいつら、なんかもう死んでるっぽいから、そうじゃないかと思ったんだよ。んで、どうするんだ?」

 

「それよりさ、あんたん()では、はるばる訪ねてきた客に、お茶の一杯も出さないわけ?」

 

「オレん家なわけねーだろ。飲みたいなら自分で淹れろ。水道もガスも使えるみてーだし」

 

「え? ホントに?」

 

「ああ。さっき試してみた」

 

 阿部がそう言うので、章子は台所へ行き、水道の蛇口をひねってみた。じゃば、と勢いよく水が出る。ガスコンロも同様にひねってみたら問題なく火が点いた。お茶を出せというのはただの冗談だったのだが、まさかホントにお茶を淹れられる状態だとは思わなかった。そう言えば室内の電気も点いている。この島は二十九年前に全島民が失踪し、それ以来無人のはずだ。ライフラインが使えるとは思えない。実際、津波の前の蒼ノ久漁港では、街灯ひとつ点いていなかった。あの赤い津波の後に使えるようになったのだろうか。そうだとして、それはなぜだ。赤い津波の前と後で、何が変わった。

 

「おーい、茶はまだかー?」

 

 阿部の声で、章子は考えを中断する。ここで考えていても答えは出ないだろう。今は島を調査するしかない。章子は奥の部屋へ戻ると、また阿部の前に座った。

 

「お茶はやめておくわ。汚い湯呑とヤカンしかなかったし」

 

「そうか。まあ、そうだな。んで、これからどうするんだ?」

 

「とりあえず、島を調査して、柳子の手掛かりを探すしかないわね。この島の北東に、碑足っていう地域があるんだけど――」

 

「お? ちょっと待てよ」そう言うと、阿部は立ち上がってタンスをごそごそし、戻ってきてちゃぶ台の上に夜見島の地図を広げた。「さっき見つけたんだ」

 

「お? やるじゃん。えーっと……」章子は地図の中心からやや左下、夜見島を鳩の形で例えると胸の部分を指さした。「今いるのがここ、崩谷地区。碑足は、島のちょうど反対側にあるの。遊園地とかがある地域ね」

 

「遊園地? こんな小さな島に、遊園地なんかあるのか?」

 

「ええ。夜見島は、昭和三十年代に金鉱が発見されて、一気に人が集まって発展したの。この団地は、金鉱で働く人向けに建てられた社宅なのよ。んで、鉱員やその家族向けの娯楽施設として、遊園地や映画館なんかが作られたってわけ」

 

「ふーん。随分詳しく知ってるんだな。オメー、この島は初めてだ、って言ってなかったっけ?」

 

 章子は「ふっふーん」と言って胸を張った。「実は、この島に来てから新しい能力が目覚めたみたいなのよね。島に関する知識がどんどんあふれてくるの。『夜見島ガイド』って能力名にしたわ」

 

 阿部は、ふーん、と、無感動に唸った。

 

「……張り合いがない反応ねぇ。じゃあ、もうひとつの能力はどう? なんと、他人の見ているものが見えるの。『視界ジャック』っていう能力名なんだけど」

 

 ドヤ顔で言う章子だが、阿部は驚きもせず、ちゃぶ台の上の灰皿にタバコの灰を落とした。「あ、それなら、オレも使えるぜ」

 

「……へ? あんたも? なんで?」きょとん顔になる章子。

 

「理由はわからんが、目が覚めた後、なんかスゲー頭が痛くなって、気が付いたら使えるようになってた」

 

「なんだ。じゃあ、みんな使える能力なのかな。つまんないの」

 

「それより、その遊園地が、どうなんだ」

 

「ああ、えーっと……その遊園地に、柳子に関する手がかりがあるような気がするから、とりあえずそこへ行ってみましょう」

 

「気がするって、ずいぶんと頼りない言い方だな? それも占いか?」

 

「そう。まあ、安心しなさい。あたしの占いは、だいたい当たるから」

 

「だいたい、ねぇ……まあ、そもそもその占い頼みでこの島に来ちまったんだから、今さら文句は言わねーけど」

 

「よろしい。んじゃ、そろそろ行きますか」

 

 章子が立ち上がると、阿部も灰皿にタバコを押し付けて立ち上がった。

 

「でもよ、あのゾンビどもはどうするんだ? 問答無用で襲い掛かってきて、だいぶヤバいヤツらだったぞ」

 

「なんとかして脱出するしかないでしょうね。幸い車を手に入れたから、それ使えば、どうにかなるでしょ」

 

「ずいぶん能天気だな、お前」

 

「あんたに言われたくないわ」

 

 二人は部屋を後にし、来たときと逆の要領で外に出て、車に乗り込もうとした。

 

 だが、二人とも助手席に座ろうとする。

 

「……なんでオメーが助手席に座ろうとするんだよ」と、阿部。「オメーの車だろ? オメーが運転しろよ」

 

「あたしの車なわけないでしょ。あたしは永久ゴールド免許だから、あんたが運転してよ」

 

「いや、オレバイクの免許しか持ってねーし」

 

「はぁ? あんた男のくせに車の免許も持ってないの?」

 

「それは別に男も女も関係ないだろ。オレはバイクが好きなんだよ。オメーこそ、免許持ってるくせに車も持ってねーのかよ?」

 

「いいでしょ別に。電車やバスに乗ればいいんだから」

 

「じゃあそもそも免許なんて取らなきゃいいだろ」

 

「なに言ってんの。運転免許証は、公的な証明書として最強なのよ? 保険証だと、だいたい住民票とかガス代の領収書とかの補助書類が必要になるから、めんどくさいのよ。原付免許だけだと、なんかパッとしないし」

 

 などと言い合いをしていると。

 

 びくん、と身体が震え、一瞬、軽トラックの前で言い争いをする男女の姿が見えた。まずい、ヤツらに見つかった。そう思った瞬間、ぱぁん、と銃声が響く。まずいまずい、あろうことか拳銃を持ったヤツだ。幸い弾はどこにも当たらなかったが、もはやペーパードライバーとかゴールド免許とか言ってる場合ではない。素早く車内に乗り込む二人。章子がキーをひねってエンジンをかけると、再び銃声がして、フロントガラスに穴が空いた。さっき過去視で見た映像と同じ状況だ。

 

「前から来てるぞ! どうするんだ!?」と、阿部が騒ぐ。

 

「……こうなったら、偉大なる先人様の知恵を借りるわ」

 

「先人様の知恵?」

 

 首をかしげる阿部をよそに、章子はサイドブレーキを掛けたままアクセルを踏んだ。「しっかりつかまってなさいよ!」

 

 思いっきりアクセルを踏み込んだ後、サイドブレーキを下ろす。急発進する軽トラ。どん! と鈍い音がして、拳銃屍人は大きく跳ね飛ばされ、夜の闇へと消えた。

 

「……オメー、占い女のくせに容赦ないな」阿部が呆れた声で言った。

 

「占い女は関係ないでしょ。まあ、仕方ないわよ。向こうが襲って来るんだから迎撃しないと。こういうゾンビ的なシチュエーションは、即座に順応しないとね」

 

「そういうヤツは、だいたい途中で死ぬけどな」

 

「うるさい。とにかく、あたしはもうあいつらには一切遠慮しないわ。あんたも覚悟を決めなさい」

 

「へいへい」

 

 再び車を発進させる章子。崩谷から碑足へ向かうには二つのルートがある。北の瓜生ヶ森の四鳴山林道を進むルートと、一旦南東へ行って海沿いの県道を進むルートだ。早いのは瓜生ヶ森を突っ切るルートの方だが、四鳴山林道は舗装されていない細い砂利道で、ところどころ崖のそばを通っている。ペーパードライバーが通行するには危険すぎる道だ。無難に県道を進むのが良いだろう。『夜見島ガイド』の能力でそう判断した章子は、南東へ車を走らせようとした。だが、団地の敷地外へ出る道に車止めのポールが立てられており、そのままでは通行できなかった。車止めを外すには専用の鍵がいるようだが、どこにあるのかは見当もつかない。車を捨て、徒歩で碑足へ向かうなら、海沿いの道はかなり遠回りになる。それなら四鳴山林道を通る方が良い。とりあえず、行ける所まで車で行ってみるか。そう思い、北へ向かおうとしたら。

 

「…………」

 

 北東の方角には、この島で最も高い山(と言っても標高一〇〇メートルほどだが)・四鳴山がある。その山頂付近には鉱山発展時に建てられた鉄塔があり、この崩谷地区からも見ることができた。その高さは二〇〇メートルと、なんと山よりも高い。日本でも数ヶ所にしかない規模の鉄塔だった。章子は、アクセルを踏むのも忘れ、闇に浮かぶ四鳴山と鉄塔を見つめた。

 

「あ、ちょっと待て」と、阿部が言った。「この先は、なんかデカい銃を持った屍人がいたぞ?」

 

 そう言われ、章子は目を閉じ、視界ジャックの能力で北方向を探ってみた。阿部の言う通り、フェンス製の出入口の前に、アサルトライフルと呼ばれる大きな銃を持った屍人が待機していた。なんでこんな小さな島に銃で武装したヤツらがたくさんいるんだよ。テロリストが秘密基地にしていたのだろうか? ……地元の人間は近づこうとさえしなかったというし、案外あり得る話なのかな。なんにしても、さっきと同じ先人の知恵で切り抜けるにはちと危険すぎる銃だ。近づく前にハチの巣にされるだろう。何か別の方法を考えなければ。

 

「林道を通るなら、車はここに置いていく方がいいよな?」と、阿部が言った。

 

「うーん、そうかもね」

 

「じゃ、オレに任せろ。降りるぞ」

 

 と、言うので、章子と阿部は車を降りる。何をするのかと見ていると、阿部は運転席側に回り、窓から手を入れて派手にクラクションを鳴らした。

 

「ちょっと! 何してんのよ! アイツらに気付かれるでしょ!!」

 

「だから、それが狙いだよ。アイツらがこの車に気を取られている隙に通るんだよ」

 

 ああ、なるほど。そういう作戦か。

 

 びくんと身体が震え、ライフル屍人の視点が一瞬見えた。どうやらうまく気付いてくれたようだ。急いで物陰に隠れる。幻視で様子を探っていると、ライフル屍人は出入口の前を離れ、軽トラの方へ近づいてきた。そのまま運転席を覗き込む。その隙にしゃがみ走りで出入口へ向かう二人。ライフル屍人は運転席を覗き込んだまま動かない。そのまま気付かれることなく、二人は出入口の前へ移動できた。

 

「いえーい」と、阿部が陽気な声で右手を挙げた。ホントに緊張感がないヤツだな、と思いつつも、章子も右手を出し、ハイタッチを交わした。

 

 そして、二人で出口から出ようとして。

 

「……あれ?」

 

 章子は、そばのフェンスに植物の蔓が巻き付いていて、細長い果実がたくさん実っているのに気がついた。そのいくつかはかじられた跡がある。

 

「そういやあんた、ちょっと前にこれ食べてなかったっけ?」章子は阿部に訊いた。

 

「ん? ああ。腹減ってたからちょうど良かったぜ。うまかったし」

 

 平然とした顔で言う阿部に、章子はあきれた視線を送る。「よくこんなの食べようと思うわね」

 

 果実は、真っ赤な表面に黄色い斑点がぽつぽつとあり、毒々しいという表現がぴったりな見た目をしている。自然界で派手な色をしたものは毒があるとよく言うが、その典型的例というべき見た目だ。

 

 新スキルが発動し、果実の正体が判った。ため息をつく章子。「ヤバいもの食べちゃったわね。知らないよー?」

 

「なんだよ? 黄泉戸喫(よもつへぐい)だとでも言いたいのか? バカバカしい」

 

「……あんた、リーゼントのくせに変なこと知ってるわね」

 

「リーゼントは関係ないだろ。まあ、偉大なる先人様の知恵だな」

 

「よくわかんないけど、黄泉戸喫とは関係ないわ。これ、夜見アケビって言って、この島にしか自生しない果実なの。美味しいらしいけど、よく()()()のよ」

 

「はん、オレ様の鉄の胃袋をなめんなよ? そんなもんじゃ、びくともしねーぜ」

 

「……ならいいけど」

 

 心配ではあったが、食べてしまったものはもうどうしようもない。まあ、毒性は低く、よほどのことがない限り死ぬことはないだろうから、いいか。

 

「……ところでよ」

 

 阿部の声のトーンが下がった。笑みが消え、珍しく真剣な表情だ。「ありゃあ、なんだ?」

 

 北東の方角、これから二人が向かおうとしている方向を指さす阿部。

 

「ああ、アレね。あたしも、ちょっと前から気になっていたのよね」

 

 章子も北東を見る。北東には、四鳴山と鉄塔があるのだが、その、鉄塔の上半分が、雨雲の中に()()()()()のだ。雨雲の中に()()()()()のではなく、()()()()()――そう思わせる光景だった。空は一面厚い雨雲に覆われているにもかかわらず、その鉄塔の周囲だけ雲が無く、ぽっかりと穴が空いているのだ。そこから覗く空は秋の夕暮れのように真っ赤で、鉄塔の上半分は、その赤い空に吸い込まれるように消えているのだ。それは、どこか禍々しさを感じさせる不気味な光景だ。そもそも、四鳴山は標高約一〇〇メートル、鉄塔の高さは約二〇〇メートルで、合わせても高さ三〇〇メートル程度。到底雨雲に届く高さではない。

 

 しばらく二人は無言で鉄塔を見つめていたが、ここにいたらライフル屍人が戻ってくるかもしれないと思い直し、ひとまず先を急ぐことにした。

 

 二人は瓜生ヶ森へと向かった。

 

 

 

 

 

 

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