大型客船ブライトウィン号の探索を終えた自衛官の三沢岳明は、瀬礼洲地域の北西に位置する崩谷地区にいた。古い団地が立ち並ぶ地区で、夜見島が金鉱発掘で栄えた時代、鉱員たちが多く住んでいた社宅である。
夜見島不時着後、ずっと行動を共にしていた部下・永井頼人の姿は無かった。数時間前、永井は暴言と共に三沢の元を去って行ったのだ。上官の命令に背き、任務を放棄して勝手に行動するなど、自衛官にあるまじき行為――いや、社会人としてあるまじき行為である。あれでは、まるで子供だ。隊内では若手の有望株として評価されている永井だが、まだまだ精神的には幼いようだ。
「……どうしてそんなに嫌うかなぁ」
三沢は苦笑いと共につぶやいた。もともと三沢は部下から慕われるような男ではない。永井が尊敬する沖田と違い、無愛想で、積極的に部下や後輩の面倒を見るようなタイプではないのだ。それでも、この島に不時着して以降、生き残るために最善の努力をしてきたはずだ。それが、永井には判らないのだろうか。
気分がかなり落ち込んでいる。よくない兆候だ。三沢は、ポケットからピルケースを取り出し、蓋を開けた。上陸前には十錠近くあった中の
しばらくして、薬の効果が表れたのを感じた三沢は、目を開け。
「なああぁぁがぁいくううぅぅん! いっしょにあぁそびぃましょおおぉぉ!!」
目の前の社宅に向かって、子供のようにおどけて叫んだ。
途端に、びくんと身体が震え、同時に心臓の鼓動が激しくなる。敷地内に潜んでいる屍人に声を聞かれたのだろう。かなりの数がいると思われる。今はまだ見つかってはいないが、それも時間の問題だ。危険な状態だが、気分が高揚している三沢は、恐れはしなかった。むしろ、この地区にいる屍人全員を殺して回りたい気分だった。
三沢は、薄く笑いながら進んだ。
社宅は、敷地内の東側と西側に二棟並んで建っている。その南にある道を西へ向かって進む三沢。身を屈め、姿を見られないよう警戒して進む……という訳ではない。まるで夜の散歩を楽しむかのように、道の真ん中を堂々と歩いていた。びくんと身体が震え、一瞬、夜道を歩く自分自身の姿が見えた。屍人に見つかった合図だ。正面にいる。三沢は慌てず、小銃を構えてスコープを覗き込んだ。すぐに闇に潜む屍人を見つけた。ナイフのようなもの――恐らく小銃の先端に取り付ける銃剣だ――を振り上げ、こちらに向かって来る。銃を持っている俺にそんなもので勝てると思ったのか? 三沢は失笑と共に引き金を引いた。撃った弾は一発。その一発が、正確に屍人の頭を撃ち抜く。屍人はその場に倒れた。
三沢が銃を下ろした瞬間、また身体が震え、今度は闇の中にたたずむ自分の背中が見えた。後ろから来る。三沢が振り返ると、たたたたん、と、小刻みな銃声が響き、同時に足元の土がいくつもはじけ飛んだ。機関拳銃だな、と、すぐに判断した。連射力は高いが反動で照準がぶれやすく、距離があればそうそう当たるものではない。三沢と屍人の距離は二十メートル以上離れている。三沢は冷静に小銃を構えると、スコープを覗くのとほぼ同時に引き金を引き、またも一発で仕留めた。
また身体が震える。今度は社宅の屋上から見下ろし、小銃を構える映像だ。その一瞬の映像で、屍人が持つ小銃がいま自分が持っているものと同じ銃だと判断した三沢は、反射的に駆け出した。次の瞬間、さっきまで三沢が立っていた場所の土が弾け飛んだ。三沢は走り続ける。その背後を追うように、土が次々と弾け飛び続ける。三沢は頭の中で、ひとつ、ふたつと数えた。そして、みっつ数えたところで立ち止まる。同時に、屋上からの銃撃も止んだ。屋上の屍人が持っている小銃は三沢の銃と同じ。この銃の発射速度は一秒間に八発から九発で、装填できる弾は二十発。つまり、三秒弱で弾切れとなるのだ。そうなったらリロードするか別の銃に持ち替えるかだが、どちらにしても、その一瞬の隙があれば充分だった。三沢は屋上に向けて銃を構える。屋上は闇に溶け込んでよく見えないが、銃声から屍人のいる位置の見当は付けてある。スコープを覗き込むと、思った通りの場所に屍人はいた。弾倉を取り換えようとしているが、もう遅い。三沢は引き金を引き、屍人の頭を撃ち抜いた。
また身体が震えた。今度は拳銃を持った屍人が迫っていた。それも、二体。もちろん、近づかれる前に狙撃して倒す。また身体が震える。倒す。また体が震える。倒す。
屍人を倒しながら、三沢はどんどん気分が高揚していくのを感じていた。笑みがこぼれる。笑った。笑いながら、銃を撃つ。笑いながら、屍人を倒す。
三沢は一人、屍人を倒し続け。
十分後。
静かになった敷地内で、三沢は幻視の能力を使い、周辺の気配を探った。
敷地内には、何の気配も無かった。もう、この近くには誰もいない。屍人も、そして、他の者も。どうやら永井はここにはいなかったようだ。無論、屍人となっていなければの話だが。
三沢は、無言で敷地内を見回した。多くの屍人が倒れている。みな、迷彩服を着ている。かつては三沢の仲間だった者たちだ。
ふと。
夜見島遊園で初めて屍人と対峙した時の、永井の言葉を思い出した。
――できません!! あれは、沖田さんなんですよ!?
屍人としてよみがえり、こちらに発砲してきた沖田に対し、永井は反撃することができず、涙を流しながら叫んだ。
今の三沢には、あのときの永井のような感情は無かった。ただ降りかかる火の粉を払っただけで、それ以上でも、それ以下でもない。たとえかつての仲間であろうと襲って来るからには敵であり、倒さなければならない。そうでなければ、こちらがヤツらの仲間入りをしてしまう。それは、今この状況下で生き残るためには正しい行為だ。
たが。
はたして人として正しい感情を持っているのは、自分だろうか、永井だろうか。
「…………」
三沢は倒れた屍人たちに背を向けると、その場を去った。