SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第二十九話 『再会』 藤田茂 夜見島/第1砲台跡 5:14:55

 謎の座礁船ブライトウィン号から脱出した警察官の藤田茂と女子中学生の矢倉市子は、蒼ノ久集落で一度休んだ後、島北部にある貝追崎へ来ていた。かつて日本軍が建造した要塞が遺跡として残る地域である。遺跡の中央には砲台跡がある小高い丘があり、その北側に海が広がっている。そこに、藤田が乗ってきた小型のボートが停めてあるのだ。それを使い、市子を安全な場所へ避難させるのが藤田の目的だった。

 

「さあ、あと少しだ。ガンバレ」

 

 市子を励ましながら先へ進む。地図と案内板が建てられた広場を抜けると、赤煉瓦で造られた擁壁が見えた。そのすぐ上が砲台跡だが、こちら側には階段が無い。向こう側へ行くには、地下道を通るか、東へ大きく迂回しなければならなかった。迂回はかなり時間がかかる。藤田は擁壁に沿って進み、地下道への階段へと向かった。

 

 しばらく進んだところで、壁の上で何者かが動く気配がした。しまった、屍人か? 警告を促すような激しい鼓動が無かったため、完全に油断をしていた。市子をかばい、拳銃を構える藤田。どさり、と、目の前に着物姿の男が落ちてきた。すぐ引き金に指をかけたが、その顔を見て指が止まる。顔色は、屍人ではなく生きた人間のものだった。なによりも、その顔に見覚えがあったのだ。左目に黒い布を巻きつけた初老の男。

 

「……おやっさん? あんた、太田のおやっさんか!?」

 

 銃口を下げ、男に駆け寄る。間違いない。かつてこの島の漁業を取り仕切っていた網元・太田常雄だ。

 

 太田は顔を上げた。「お前は……藤田のところのバカ息子か? どうした……少し会わない間に、随分と老けたな……」

 

「なにを言ってるんだ……それより、あんた、()()年近くもどこにいたんだ!? 他の連中は無事なのか!?」

 

 太田常雄は、昭和五十一年の島民失踪事件で行方不明になった者の一人だ。警察は懸命に捜索するも手掛かりひとつ見つからず、事件から数年後に死亡が認定された。

 

 太田が眉間にしわを寄せた。「二十年だと? お前こそ、なにを言っている?」

 

「なにを……って……」

 

 言葉を告げない藤田。話がかみ合わない。まるで、太田には失踪したという認識が無いかのようだ。

 

「それよりも……」と、太田は鋭い目で睨んだ。「大口を叩いて島を出たお前が、なぜここにいる?」

 

 夜見島には、島で生まれた者は島で一生を終える、というしきたりがある。藤田はそんな古いしきたりに反発し、立身出世を夢見て島を出たのだ。当然、両親や島の者からは反対されたのだが、若い藤田は聞く耳を持たなかった。

 

「……三ヶ月前、護送中の犯人を逃がしてしまい、左遷させられたんだ」

 

 藤田の言葉に、太田は、ふん、と鼻を鳴らした。「……つまらんしくじりをしおって。それで、逃げ帰って来たわけか? だから、島を出るなと言ったんだ。貴様は、島の習わしを――」

 

 太田が激しく咳き込んだ。両手を地面につき、さらに咳き込む。咳と同時に血を吐いた。

 

「おやっさん!? 大丈夫か!?」

 

 藤田は太田の顔を覗き込んだ。口の周りを血で濡らし、苦悶の表情を浮かべている太田。その腹も、血に染まっていた。かなりの出血量だ。銃で撃たれたか、刃物で刺されたか、いずれにしても、すぐに適切な処理をしなければ助かりそうにない。だが、この島には病院も無ければ医者や看護師もいない。急病人や怪我人が出た場合、船で本土の病院まで運ぶしかないのだ。無論、そんな余裕は無いだろう。

 

「藤田よ……ワシは……もう駄目だ……」太田は、咳と血を吐きながらも、強い力で藤田の襟を掴んだ。「お前、『枝』は持っているか?」

 

「『枝』? おやっさんから貰った、あの『枝』か?」

 

『枝』も、夜見島に伝わる古い習わしのひとつだ。夜見島では、葬儀の際、死者に魔よけの木の枝を刺すと風習がある。その枝は、島で赤子が生まれた際、太田家の当主が一人一人の名前を刻んで授けるものだ。だから、島で生まれた者は皆、自分の名前が記された『枝』を持っていた。島民は皆それを大事にし、箱に入れてお守り代わりに常に持ち歩く者も少なくはない。藤田もその『枝』は貰っていたが、島を離れる際、実家に置いたままにしていた。

 

「今は持っていないが、家に帰れば、どこかにあると思う」

 

「そうか……貴様の家では……間に合わんな……」

 

 太田は、再び血を吐いた。今までよりもさらに大量の血だった。

 

「もういい。おやっさん、もう喋るな。もう――」

 

 藤田の言葉を遮り、太田は最後の力を振り絞るようにして、続けた。「いいか……ワシが死んだら……誰の物でもいい……その『枝』を……」

 

 だが。

 

 また、激しく咳き込む太田。咳と血に言葉が掻き消される。

 

「おやっさん! おやっさん!!」

 

 藤田には、名を呼ぶことしかできない。

 

 激しく咳き込んだ太田は、最期に、ひゅっ、と、短い息をして、その場に伏し、動かなくなった。

 

「おやっさん!? しっかりしろ! おやっさん!!」

 

 藤田がどんなに呼びかけても、もう、太田は返事をしなかった。

 

 最期の言葉は聞き取れなかった。『枝』を……どうすればいいのだろう? 島で死者に枝を刺すのは、穢れから死者を守るためとされている。今の島の状況を見れば、それが単なる習わしではなく、島に必要不可欠なことであったのは明白だ。恐らく、『枝』を刺した死体に、屍霊は憑りつくことができないのだ。太田は、誰の物でもいい、とも言っていた。『枝』にはそれぞれ名が刻まれているが、誰の物でも効果は同じなのかもしれない。ならば、どこかで『枝』を調達しなければ。

 

 だが、もう遅かった。

 

 まるで太田の死を待ちわびていたかのように、周囲の闇から屍霊が湧いて出て来た。群がるように太田へ近づく。ライトを当て、あるいは警棒を振るっても無駄だった。数が多すぎる。そのうちの一体が太田の中に入った。太田の身体がびくんと震え、ゆっくりとお起き上がった。そして、藤田を見て獣のような咆哮を上げた。

 

「おやっさん! やめろ! おやっさん!!」

 

 屍人相手に話をしても無駄だということは判っていた。それでも、島では世話になった人だ。銃で撃つのをためらう。

 

 背後で、小さな悲鳴がした。

 

 はっとする藤田。そうだ。自分の後ろには、怯える少女がいる。護らなければならない。

 

 藤田は拳銃を向けると。

 

「――おやっさん! すまん!!」

 

 警告なしで発砲した。とても警告などする余裕は無かった。三発命中し、太田はその場に倒れた。

 

 大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせる藤田。おやっさんには申し訳ないが、これは仕方がないことだ。そう自分に言い聞かす。それより、これからどうすべきかが問題だ。屍人化したおやっさんは倒したが、そのままにしておくと、また別の屍霊が憑りつき、よみがえるだろう。『枝』を刺せば、もうよみがえることはないのかもしれない。だが、この近くに民家は無い。『枝』を手に入れるには蒼ノ久集落まで戻らなければならない。ただし、戻っても手に入るとは限らないし、運良く手に入ったとしても、その間におやっさんはよみがえりどこかへ行ってしまうだろう。それよりも、今は少女を護ることが重要だ。おやっさんには申し訳ないが、脱出を優先しよう。藤田はもう一度太田に詫びると、市子を連れて先へ進んだ。

 

 擁壁に沿って先へ進むと地下への階段がある。幻視の能力で気配を探ると、多くの屍人の視点が見つかった。皆、ナイフやスコップなどで武装している。拳銃を持つ藤田の方が有利だが、地下は電気が点いておらず真っ暗だ。屍人は暗闇の中でも行動に不自由はないが、こちら幻視の能力でわずかに見える程度だ。小さな懐中電灯一本で進むにはあまりにも危険だ。なんとかして明かりを点けた方がいいだろう。確か、ここを真っ直ぐ進めば電灯所跡があったはずだ。もちろん、戦時中に打ち捨てられた基地だから、現在電気が来ているはずはない。しかし、この要塞跡に来る途中に立ち寄った蒼ノ久集落では、どういう訳か電気が使えた。もしかしたらここも使えるかもしれない。藤田たちは電灯所跡へ向かった。

 

 電灯所跡は、古い赤煉瓦で造られた平屋の建物だ。扉の無いアーチ状の入口から入ったすぐそばに、電灯所内の明かりを点けるスイッチがあった。押してみるが、明かりは点かなかった。やはり電気は来ていないのか。諦めかけた時、ぱっと、室内が明るくなった。だが、すぐにまた消える。しばらくするとまた点いて、そして消えた。そのまま明滅を繰り返す。配線の接触が悪くなっているのかもしれない。それでも電気が来ているのは間違いないようだ。藤田は中に入ると、明滅する明かりと懐中電灯を頼りに室内を探し、地下道のへ電気を供給するブレーカーを見つけた。「切」になっていたので「入」にする。これで、地下にも電力が供給され、明りも点いたはずだ。屍人は光の影響を受けないからあまり意味は無いかもしれないが、屍霊の動きはかなり制限できるし、なにより、相手だけがこちらの姿を確認できるという状況は避けられる。光は、必ずこちらに味方するはずだ。

 

 電灯所を後にし、地下へ向かう。階段を下りた瞬間、警告を促すかのように鼓動が激しくなった。藤田は幻視を駆使して様子を探りながら、慎重に進んだ。

 

 要塞跡の地下は、戦時中の敵襲に備え、迷路のように入り組んだ構造になっている。しかし、終戦後、公園や社会見学の場として島民たちに活用され始めると、地下で迷子になる者が続出した。そのため、現在は不要な通路を板で塞ぎ、弾薬庫跡や兵舎跡などの順路を示して、迷わないように整備されていた。おかげで地図が無くとも道に迷うことはなくなったが、全ての跡地を回るようになっているため、ただ通り抜けたいだけの場合はかなり遠回りになってしまうのが欠点だった。

 

 階段を下りると東側に通路が続き、さらに進むと北へと折れ曲がった。しばらく進むと、右手側にかつて日本兵が寝泊まりしていた兵舎跡がある。この兵舎跡は、地下の東側区画と西側区画に各三部屋ずつ、合計六部屋建造されていた。

 

 兵舎跡の前を通る藤田と市子。反対側の壁にはいくつか西へ向かう通路があるのだが、それらはみんな板で塞がれており、通れないようになっている。このまま真っ直ぐ進むしかない。途中、何人かの屍人に襲われたが、所持している武器はナイフなどの刃物だったため、拳銃で難なく撃退できた。やがて地下二階への階段が見えてきた。この下は弾薬庫跡があるが、一階と同様に通路はかなり入り組んでいる。藤田たちは階段を下り、さらに通路を進んだ。しばらくして、二人は地下二階の中央部にたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 そこは、北側に二部屋の弾薬庫がある場所だ。無論、今は弾薬はもちろん他の物資なども残されていないので、そのまま素通りする。途中、スコップを持つ屍人に襲われたが、拳銃で簡単に撃退した。

 

 さらに進むと地下一階へ上がる階段があった。それを登り、西部兵舎跡の前を通ると地上への階段がある。それを上がれば要塞跡の北部に出るはずだ。ボートを停めてある浜辺はそのすぐ先だ。

 

 だが、外へ繋がる階段の手前で、藤田は息を飲んだ。通路が土砂によって塞がれ、通ることができないのだ。藤田は上陸した時もこの通路を通ったが、その時は何も無かった。深夜の津波で崩れたのかもしれない。

 

「出られないんですか……」ここまで無言で藤田の後について来ていた市子が、不安そうな声を上げた。

 

 藤田は、市子を少しでも安心させるため、笑って振り返った。「大丈夫。土砂の量は多くないから、何か道具があれば、すぐに出られるよ」

 

 考える藤田。ちょうど、地下二階にスコップを持った屍人がいた。あれを使わせてもらおう。

 

 再び地下二階へ下りる。幸い屍人はまだよみがえっていなかったので、スコップを奪って階段前へ戻った。土砂をかき分ける。手作業で除去するにはかなりの量だ。まして屍人の襲撃を警戒しながらの作業となると神経も磨り減る。思ったより時間はかかったが、なんとか三十分ほどで通れるようになった。疲労に押し潰されそうな身体に鞭を打つようにして階段を上がる。浜辺はすぐそこだ。この先に屍人の気配はない。あと少しで、この島から脱出できる。そう信じて。

 

 だが。

 

 階段を上がり、目の前に広がる海を見て、藤田の希望の光は消えかける。

 

 目の前には、赤い海――血のように真っ赤な海が、広がっていた。

 

 この要塞跡に来る前の蒼ノ久集落でも、海は見た。だが、その時は真夜中だったから、闇に閉ざされ遠くまで見渡すことはできなかった。

 

 しかし、夜が明け、わずかに明るくなったいま、海を臨むと。

 

「どうなってるんだ……」

 

 そこは、見渡す限り赤い海だった。

 

 赤い海以外、何も見えない。

 

 夜見島は、本土から三十キロ以上離れているが、それでも、隣の島までは四キロ程度。充分目視できる距離だし、さらにその隣の島も見ることができる。

 

 また、付近を航行する船も、夜見島を避ける航路を取ることが多いとは言え、見えなくなるほど遠くを通るわけではない。三逗港へ通じるこの海は、旅客船や貨物船など、行き交う船は多い。近隣の島には漁業を生業とするものも多い。夜明け前に出港し、ちょうど漁を始める時刻だ。島からは、それらの船も多数見えるはずだ。

 

 なのに。

 

 見渡す限り、島も、船も、何も無いのだ。

 

 見渡す限り、赤い海しかないのだ。

 

 赤い海がどこまでも続いている――そう思わずにはいられなかった。

 

 ボートは、藤田が上陸した時のまま浜辺に残っていた。海へ出ることは可能だ。

 

 だが、この赤い海を渡った先に、本当に本土があるのだろうか。

 

 判らない。あることを祈るしかない。

 

 藤田は市子と共にボートに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

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