SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第三十一話 『破綻』 永井頼人 夜見島/瓜生ヶ森 3:00:59

 上官である三沢を残し、岸田百合と二人でブライトウィン号から脱出した永井頼人は、瀬礼洲地区の北にある瓜生ヶ森にいた。道端の岩に百合を座らせ、話を聞く。百合のような少女が、なぜ、上陸が禁止されたこの島に来たのか。彼女の話によると、島北東部の碑足地域にある遊園地に、母親が囚われているという。

 

「あの遊園地に、お母さんが……?」

 

 百合の話を反芻するように問う永井。その遊園地には永井も立ち寄った。屍人と化した隊員たちが何名かいたが、他に人の気配は無かった。夜見島は、二十九年前に全島民が失踪するという事件があり、それ以来誰も住んでいないと聞いている。そんな島に、母親が囚われている……にわかには信じられない話だった。いったい誰が、何の為に捕らえたのか。不審なことだらけだ。訊いてみても、百合は首を振るだけだ。

 

 ただ。

 

「お願い、頼人。あたしを信じて。あたしには、あなたしか頼れる人がいないの」

 

 そう懇願されると、不審な点など大した問題ではないと思えてくる。

 

「あの、一樹って人にも同じ話をしたんだけど、信じてもらえなかった。誰もあたしを信じてくれない。みんなあたしを裏切る。これで頼人にも信じてもらえなかったら、あたし、もうどうしていいか判らない……」

 

 百合は両手で顔を覆い、嗚咽を漏らしはじめた。

 

 永井の胸に、罪悪感に似た感情が湧きあがってきた。彼女が泣いているのは自分のせいだ、そんな風に思えてくる。彼女の力になりたい。男として、彼女を助けなければ。

 

 永井は、百合の両肩に手を置き、「判った、信じるよ」と、力強く言った。

 

 百合が顔を上げた。「本当? 本当に、信じてくれる?」

 

「ああ、もちろん。一緒に遊園地に行って、お母さんを助けよう」

 

「ありがとう、頼人」

 

 百合は、両手を永井の首の後ろに回した。

 

 そして、顔を近づけ。

 

「……もうひとつ、お願いがあるの」

 

 耳元でささやく。

 

「なに?」

 

「お母さんを助けたら……あたしと、ひとつになってほしいの」

 

「え? それって、どういう意味?」

 

「ひとつになるのよ。あたしと、頼人が、ひとつに……」

 

「…………」

 

 永井は百合の目を見た。魂を吸い取られてしまいそうな、妖しげな美しさを秘めた瞳だ。思わず視線を下げると、今度は雨に濡れて潤んだ唇が見えた。わずかに開き、「頼人……」と、吐息のような声で呼ばれた。永井は、貪りつきたい衝動を抑えるのに必死だった。

 

 不意に。

 

 百合の、美しい顔が強張った。

 

 その、強張った百合の顔に、小銃の銃口が突きつけられた。

 

「――――!!」

 

 永井はとっさに銃口を跳ね上げ、振り返った。

 

 そこに、三沢が立っていた。

 

「あんた! 何やってんだよ!!」

 

 上官であることも忘れ、感情のままに叫ぶ永井。市民に銃口を突きつけるなど異常だ。頭がおかしいとしか思えない。

 

「いやあぁ!!」

 

 百合は、悲鳴を上げて走り去った。

 

「あ! 百合ちゃん! 待って!!」

 

 追いかけようとする永井の腕を、三沢が掴んだ。強引に引き寄せられる。

 

「任務を放棄し、こんなところで女と乳繰り合うとは……貴様は、自衛官の使命を心得ていないのか?」

 

 訓練で多くの部下を震え上がらせてきた三沢。彼の指導に妥協はなく、誰であろうと容赦はなかった。多くの部下、後輩、そして同僚からも恐れられていた。彼の一声で、腰を抜かしてしまう者もいるほどだ。そんな訓練の時とは比べ物にならないほどの恐ろしい声で言う。

 

 だが、今の永井は、上官に対する恐怖よりも、怒りの方が(まさ)っていた。

 

 永井は三沢の手を振り払った。「何が自衛官の使命だ! あんたなんかに、そんなことを言われる筋合いはない!」

 

「なんだと? 貴様、それが上官に対する態度か?」顔を歪める三沢。感情の表現が乏しい分、能面に睨まれているような得体の知れない恐ろしさがあるが、もはや永井には関係ない。

 

「上官? あんたなんかを上官だなんて思えるかよ! なんであんたなんだよ! なんであんたが生き残って、沖田さんが死ななきゃならないんだ!!」

 

 言ってもどうにもならないことであり、言ってはならないことだとも判っていたが、もう止められなかった。大した熱意も無く自衛隊に入った永井を指導し、自衛官の使命を教えてくれた沖田。もっと沖田の下で学びたかった。この不可解な状況下を沖田に導いてほしかった。沖田と一緒なら、この危機的状況を乗り越えられただろう。だが、沖田はもういない。いるのは、何を考えているのか判らない、頭がおかしいとしか思えない三沢だけだ。

 

「クソ! もうやってられっか! 任務なんかクソ喰らえ!!」

 

 永井は吐き捨てるように言うと、逃げた百合を追い、走った。

 

 

 

 

 

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