夜見島港の南にある灯台近くの岩場で、考古学者の三上隆平は、四歳になる息子の脩と共に探し物をしていた。数年前に大阪で開催された国際博覧会『土器と平和』の記念メダルで、以前、隆平が脩に与えたものだ。友達と遊んだ際、落としたのだという。もう、かれこれ二時間近く探している。間もなく陽が暮れる時間だ。暗くなり始めた岩場でライトの光を頼りに探すが、見つかりそうにない。
「脩、本当にここに落としたのか?」
隆平の問いに、脩は力無く「うん」と答えた。小さくため息をつく隆平。子供の言うことだから、あまりアテにはならないかもしれない。まったく違うところに落としていても、特に根拠も無くここに落としたと思っている可能性もある。仮に本当にここに落としたとしても、波にさらわれてしまったとしたら、もう見つけるのは不可能だろう。
それでも脩は探し続ける。隆平としても見つけてあげたい。メダル自体はせいぜい数百円程度のもので、たいして価値のあるものではない。しかし、脩にとっては他に代えがたい宝物だ。母の、形見の品と言ってよいものだった。
脩の母親は、大学生時代に土器の研究をしていた。記録的な赤字を出したとされる土器博にも何度も足を運び、興味深いレポートを数多く書いていた。メダルは、そのとき買ったものらしい。
母親は、脩を生んで間もなく海難事故に遭い亡くなった。その際、隆平は母の遺品からメダルを選び、「母さんの宝物だ」と言って、脩に与えた。実際はさほど大事なものではない。形見の品であるのは間違いないが、所詮は安物のメダルだし、だからこそ幼い脩に与えたのだ。本当の形見は、脩が大人になった時のために取ってある。だから、メダルを無くしたことは残念ではあるが、隆平にとっては諦めがつかない品というわけでもないのだ。隆平は何度も「無いなぁ。暗くなると危ないから、もう帰ろうか」と言っているのだが、その度に脩は、「もう少しだけ」と言って、ずっと探し続けていた。
陽が落ち、周囲はどんどん暗くなる。探し始めた時間は引いていた潮も、少しずつ満ちはじめている。この周辺の岩場は、満ち潮になると沈んでしまうところがほとんどだ。さすがにこれ以上は危険だった。
「脩。今日は諦めて、また明日探そう。お腹すいただろ? 今日はオムライスを作ってやるぞ?」
隆平は脩の大好物で気を引こうとする。
しかし、脩は隆平の言葉には応えず、波打ち際に立ち、じっと、薄暗い海を見ていた。足元には、時折強い波が押し寄せ、脩の足を濡らしている。
「脩、危ないぞ。こっちへ来い」
隆平はやや強い口調で言った。脩は聞き分けのいい子だ。それで、おとなしく帰るだろうと思ったのだが、それでも脩は、そこに立ったままだ。
「お父さん、アレ」岩場の先を指さす脩。
隆平は、脩が指さす先にライトを向けた。
波打ち際に、裸の女が倒れていた。夜の闇に覆われはじめた岩場で、彼女だけが薄く光り輝いているかと思うほどに、全身真っ白な肌をしている。
脩が女に駆け寄ろうとしたが、隆平は肩をつかんで止めた。海辺に全裸で倒れている女。何らかの事件や事故に巻き込まれたのならすぐに助けなければならないが、言い知れぬ恐怖が胸の内から湧き上がり、隆平の行動を押しとどめていた。
この島には、海から来る穢れという古くからの伝承がある。海から来るものは島に災いをもたらすと、島民はみな強く信じていた。
隆平はこの島の生まれではない。妻の死をきっかけに、島の歴史や伝承を調査するため移住したのだ。研究者であるがゆえ、伝承が生まれた背景に興味はあるが、伝承自体を信じているわけではない。
それでも、その女からは不穏な空気が漂っているように思えてならない。関わらない方が良いように思える。警察に連絡し、全てを任せるのが無難だが、本土から遠く離れたこの島には駐在員さえいない。本土、あるいは近くの島から警察官が来るには時間がかかる。ならば、この島の漁業を取り仕切る網元の太田に報せるべきだろう。そう思うが、太田を始め島の住民は伝承を強く信じている。海から来たかのようなこの女をどうするかは判らない。あまり考えたくはないが、伝承どおり、穢れとして
隆平がどうすべきか迷っていると、女の肩がわずかに震えた。意識を取り戻したようだ。ゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。いや、隆平を見たのではなかった。隆平のそばにいる脩を見ている。
脩を見つめた女は、漂う不穏な空気とは正反対の、穏やかな笑みを浮かべた。
「……ただいま、脩」
その言葉と、そして女の顔に、隆平は言葉を失った。