SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第四十二話 『別離』 木船郁子 蒼ノ久集落/三上家居間 11:48:46

 冥府の門を閉ざすことに失敗し、闇霊を地上へ解放してしまった木船郁子と一樹守は、なんとか遊園地から脱出し、島の西部にある漁師たちの集落・蒼ノ久まで逃げていた。二人は丘の斜面にいくつも立ち並んだ木造住宅の中から鍵がかかっていない家を見つけ、中で少し休むことにした。

 

「――すまない。まさか、あんなことになるなんて」

 

 居間に腰を下ろした一樹は、悔しさと申し訳なさをにじませた声で言った。冥府から地上に戻った郁子と一樹は、遊園地から脱出する前、敷地内にある七つの石碑をすべて破壊した。石碑は地上と冥府を繋ぐ門と鍵であり、それを壊せば門を閉ざすことができると考えたのだ。だが、その行為は完全に裏目に出た。全ての石碑を破壊した結果、冥府の門は大きく広がり、大量の闇霊が地上へ湧き出したのだ。石碑の破壊は、かえって事態を悪化させてしまったのだ。

 

「知らなかったんだから仕方ないわよ。あたしだって、石碑を壊せばなんとかなるかもって思ってたし」

 

 落ち込む一樹をなんとか励まそうとする郁子。無論、どんな言葉を掛けたところで、気休めにもならないだろう。それ以上かける言葉を見つけられず、郁子は無言で一樹の隣に座り、部屋を眺めた。八畳の和室で、机とたんす、そして、ぎっしりと本が詰まった大きな本棚がある。並んでいる本のタイトルを見ると『土器に見る縄文人の歩み』とか、『失われた古代文明の秘宝』など、世界中の遺跡や出土品、古い文明等に関する本ばかりだ。考古学というやつだろうか。趣味というレベルをはるかに超えた量である。もしかしたら、この家に住んでいたのは学者さんなのかもしれない。

 

 しばらくぼんやりと本棚を眺めていると、一樹が「――教えてくれ」と言った。「あいつらは何なんだ。なぜ地下に封印されていた。地上に現れて、なにをするつもりだ」

 

 郁子は視線を一樹に移した。「えっと…あたしも、子供の頃に昔話みたいなのを聞いただけで、あんまり詳しくないんだけど……あ、そうだ。ちょっと待ってて」

 

 郁子は立ち上がり、本棚の前に立った。この島に住む学者さんならたぶん……と思い、本の背表紙を端から見ていくと、思った通り、『夜見島古事ノ伝』というタイトルの本を見つけた。夜見島に伝わる古い伝承をまとめたものだ。郁子は本を取り出すと、その中の『光に追われし古の者』のページを開いて、一樹に渡した。

 

「ヤツらは、この世界に人間が誕生するよりもずっと昔に、地上を支配していた者と言われてるわ――」

 

 その頃、この世界にはまだ光が存在せず、全てが闇に包まれていた。古の者は、闇の世界で生きていたのだ。だが、あるとき、世界を創造した神が「光在れ」と言うと、たちまち地上に眩しい光が降り注ぎ、世界を覆い尽くした。これを、光の洪水と呼ぶ。この光の洪水により、地上で生きられなくなった闇の住人達は、光を逃れるために地の裏へ逃げた。それが冥府だ。闇の住人たちは長い年月冥府に身をひそめ、やがてひとつの存在になったという。恐らくこれが、郁子たちが冥府で見た異形の生物の正体だろう。

 

 一方で、闇の住人の中には逃げ遅れた者も多くいた。冥府に逃げ損ねた者たちは海の底へ隠れた。それが、海から来る穢れ・屍霊どもだ。

 

「――こうして、闇の者たちは地上から追い出されることになったんだけど、ヤツらはいつか地上に戻ることを願い、地の底から使()()を放って、地上の様子を窺っていると言われているの」

 

 郁子の話を聞いた一樹は、はっとした表情になった。「使い……そうか、それがあの、岸田百合――鳩と呼ばれていた女か」

 

「……そうだと思う」

 

「地上に戻ると言っても、人間と仲良く一緒に暮らしましょう、という話じゃないだろうな。俺たち人間を排除し、再び地上の支配者となるつもりなんだ。クソ! 俺は、ヤツらの地上侵攻に手を貸してしまったのか」

 

「…………」

 

 一樹は、島で出会った岸田百合と名乗る少女に誘惑され、彼女に言われるがまま冥府の門を解放した。だがそれも仕方がないかもしれない。ヤツらは幻視などの様々な()()()()を持っている。人の心をまどわし、操る能力を持っていたとしても不思議ではない。普通の人間が、そんな特殊能力に抗うことは難しいだろう。

 

 郁子は、一樹を慰めようと、彼に手を添えようとした。

 

 しかし。

 

 

 

 ――貴様は因子を持つ者か!?

 

 

 

 不意に、冥府で異形の生物から言われた言葉が、脳裏によみがえった。

 

「…………」

 

 郁子は一樹に伸ばしかけた手を下げ、代わりにパーカーのポケットに入れた。そして、デジタルカメラを取り出し、一樹に差し出した。

 

「これ、港に落ちてたよ? あなたのでしょ?」

 

 カメラを受け取る一樹。「どこに落としたのかと思ってたんだ。ありがとう」

 

「でも、ゴメン。今度は、眼鏡を落としちゃったね」

 

 地の底で異形の生物から逃れる途中、一樹は掛けていた眼鏡を落とした。一樹は拾おうとしたのだが、それでは異形の生物に捕まってしまう恐れがあったため、郁子が無理矢理一樹を連れて逃げたのだ。

 

 一樹は小さく笑った。「いや、いいんだ。どうせ度は入ってない」

 

「そっか……なら、もう大丈夫よね?」そう言って、郁子はまた立ち上がった。「じゃあ、あたしは行くから」

 

「え……行くって、どこへ?」

 

「わかんないけど……とにかく、島から脱出する方法を探してみる」

 

「なら、俺も一緒に」

 

 一樹も立ち上がろうとしたが、郁子は手のひらを向けてそれを制した。

 

「悪いけど、あたし、誰かと一緒にいるの、好きじゃないの」

 

 一樹に背を向け、部屋から出ようとする郁子。

 

 その肩を、後ろから一樹が掴んだ。「待ってくれ。どうしたんだ、急に?」

 

 郁子は肩に添えられた一樹の手を見る。「あたしの能力、見たでしょ?」

 

「君の能力……あの、屍人や闇人を操った能力か」

 

「そう。あれは、他人の心の中に入り込んで操る能力。この島に来てから目覚めた能力だけど、それに似た能力は、もっとずっと前……子供の頃から使えるの」

 

「……似た能力?」

 

「ええ。他人の心の中に入り込むだけなら、ずっと昔から使えたわ。あたしには、他人が考えていることが判る――心が見えるの」

 

「…………」

 

「それだけじゃない。最近は能力を使わなくても、触るだけで、その人が考えていることが判るわ」

 

 郁子の言葉を聞いて、一樹ははっとした表情になり、郁子の肩から手を離した。

 

「安心して。直接肌と肌が触れなければ大丈夫だから」

 

 郁子が夏でも厚手のパーカーを着ているのはそのためだ。誰かと不意に肌と肌が触れないよう、常に長袖でフードつきの服を着るようにしている。若い女には場違いな田舎の港で働いているのもそれが理由だ。港ならば、日光を遮るものがない海上で肌を守るため、長袖姿でいる人は少なくない。

 

 自嘲するように小さく笑い、郁子は一樹を見た。得体の知れない能力に脅えるような、あるいは、郁子の話を疑っているような、そんな微妙な眼差しだ。

 

「――そういう目で見られるのが嫌なの」

 

 突き放す声で言ったつもりだったが、自然と声が震え、どこか悲しみがにじむ言い方になってしまった。

 

「いや、俺は別に――」

 

 戸惑う一樹に背を向け。

 

「さよなら」

 

 郁子は家から出ていった。一樹は、追いかけてこなかった。

 

 一人、海沿いの道を歩く郁子。別に、彼に何かを期待していた訳ではない――そう自分に言い聞かす。彼は海に転落しそうになった郁子を助けようとしてくれた。その借りを返したかっただけだ。

 

 それに。

 

 ――あたしは、誰かのそばにいてはいけない人間なのかもしれない。

 

 他人の心に入り込む――なぜ、そんな能力を持っているのか? ずっと悩んでいた。その答えが、この島にあるような気がする。異形の生物が放った鳩には、幻視や他人の心を惑わすといった特殊な能力がある。あたしの能力もそれと同じものなのではないのか。あたしも鳩ではないのか。あたしも、闇の住人ではないのか――。

 

 大きく首を振り、考えを振り払う。それはおかしい。あたしは光が苦手ではない。夏でもパーカーを着ているが、それは日光を避けるためではなく、他人と肌が触れ合うのを避けるためだ。鳩は地上の様子を探る使命を受けているというが、あたしはそんな使命は知らないし、人間を探ろうと思ったこともない。また、あたしには子供の頃の記憶があるし、当時の写真やビデオの映像もある。以前()()()()()()()()で戸籍を調べたが、きちんと記載されていた。冥府から放たれた鳩に子供の頃の記憶や写真、戸籍があるとは思えない。あたしは、鳩なんかではない。

 

 ただ。

 

 ――貴様は因子を持つ者か!?

 

 郁子を見た異形の生物が言った言葉が、ずっと心に引っかかっている。

 

 因子とは何か、それは判らないが。

 

 あの時、少しだけ、異形の生物の心が見えた。郁子は、異形の生物の心の中にも入りこんだのだ。

 

 

 

 ――我は何度も鳩を飛ばしたが、戻って来たのは一人だけだ。

 

 

 

 感応はすぐに弾かれてしまったため、読めたのはそれだけだった。その一人とは、岸田百合のことである。戻ったのは百合だけ――つまり、他の鳩は戻っていないということになる。

 

 では、戻らなかった鳩は、どうなったのか。

 

 全員死んでしまったのだろうか? ヤツらは光に弱い。強い太陽光を浴びれば死ぬという可能性も、充分に考えられる。

 

 だが、もし、光を避け、人間の世界に溶け込み、いまも暮らしているとしたら――。

 

 おぞましい考えが浮かび、郁子の背中を冷たい汗が流れた。

 

 

 

 

 

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