一樹と郁子よりも先に地上へ戻った阿部倉司と喜代田章子は、遊園地を離れ、四鳴山のふもとを通る林道を歩いていた。このまま進めば、金鉱発掘時代につくられた夜見島港という港があるらしい。別に何か目的があってそこに向かっているワケではない。地の底から現れた異形の生物共から逃れるため、とりあえず遊園地から最も離れた場所へ向かっているだけだった。
同棲相手である多河柳子失踪の真相を探るため夜見島へやってきた阿部だったが、今の彼は目的を失っていた。
遊園地から逃げ出した後、阿部は章子から異形の生物の正体について話を聞いた。ヤツらはまだ世界が闇に包まれていた大昔に地上を支配していた闇の住人だが、光の洪水が起こって世界が光に包まれると、地の底へ身を隠した。そして、地の底から鳩と呼ばれる使いを送り、いつか地上を奪還するために様子を探っていたという。
この話は、阿部にはイマイチよく判らない。恐らく判らなくても良い話だろうとも思う。重要なのは、あの化物どもが柳子の失踪とどう関係するかだ。
異形の生物は、柳子と同じ顔をしていた。似ているというレベルの話ではない。髪型やホクロの位置、話をする時のちょっとした表情の動き方など、全て柳子そのものだった。他人の空似でそこまで似るはずがない。さらには、作家の三上が探していた女も同じ顔だったようだ。柳子と同じ顔をした女が三人――これは、一体どういうことなのか。
章子は言う。
「闇の住人が地の底へ逃げたのは人類誕生よりもずっと前だから、ヤツらは人間のことなんて知らなかったはず。たぶん、あの異形の生物が飛ばした鳩っていうのは、誰か特定の人間をモデルにして作られたんだと思う。要するに、クローン人間みたいなものね。元になった人が誰なのかはわかんないけど」
つまり、異形の生物と同じ顔を持った柳子はクローン人間のようなもの――ヤツらが放った鳩である可能性が高いというのだ。
そんな訳はない、と、否定することはできない。思い当たることがあるからだ。阿部が柳子と同棲していた一年の間、彼女が昼間外出することはほとんど無かった。仕事は夜から営業する居酒屋だ。夏は陽が沈む前に出勤することもあったが、その時は必ず長袖の服を着ていた。陽の光に当たることを極端に嫌っていたのだ。特にこの数ヶ月間は酷かった。夜勤の仕事にも行かなくなり、昼は部屋中のカーテンを閉め、電気も消し、布団にくるまっていた。無理に外へ連れ出そうとすると手が付けられないくらい暴れた。何かがおかしいと、阿部も思っていたのだ。闇の住人とやらの仲間であったのなら、説明はつく。
だが章子は、不可解な点もあると言う。
地の底から放たれた鳩は、地上のことを何も知らないはずだ。言わば究極の世間知らずであり、人間社会ではかなり浮いた存在になるはずだ。柳子には、光を嫌うという以外に不審な点はなく、きちんと働いてごく普通に暮らしていた。世間知らずだという印象は無い。
また、柳子は日頃から日記を書いていた。章子は一度、それを見せてもらったことがあるという。ごく普通の十八歳の少女がごく普通に書いたごく普通の日記だったそうだ。鳩では、これはあり得ない。地上に放たれて間もない鳩が長い文章を違和感なく書くとは思えない。
「もちろん、それらはあたしの勝手な思い込みかもしれない。鳩は何年もかけて人間を観察・学習して社会に馴染んでいるのかもしれないし、鳩が人間をモデルにして作られたのなら、最初からオリジナルの人間の記憶があるのかもしれない。でも、地上の様子を探るためにやってきた鳩が日記を書くっていうのは、あまりにも違和感があるわ。柳子の日記は本当にごく普通の日常を書きとめたものだった。あんなもの、闇の住人の地上侵攻には何の役にも立たないはず。鳩としては無駄な行動としか思えないのよ。柳子が鳩だったのは間違いないと思うけど、ちょっと特殊な鳩なのかもしれない」
そう、章子は言う。
もっとも、今の阿部には柳子の正体がなんであろうと関係なかった。
阿部は、いつも財布の中に入れてある柳子とのツーショット写真を取り出した。
「結局、死んだのは柳子だったんだな……」
二日前の夕方、彼のアパートで殺害されていたのは柳子であり、立ち去った女が柳子でないというのは、もはや疑いようがなかった。
「たぶん、柳子は鳩の使命を放棄して、人間としてあなたと暮らすことを選んだんだと思う。でも、それが原因で……」
章子は最後の言葉を言い淀んだが、言いたいことは阿部にも判った。あの異形の生物は柳子の裏切りを許さなかった。異形の生物は新たな鳩を飛ばし、裏切り者を抹殺したのだ。
柳子との写真を見る阿部。カメラに向かっておどけて笑う阿部に対し、柳子は目をそむけ、暗い表情を浮かべている。写真は阿部のアパートで撮ったもので、フラッシュを使っている。恐らく光が嫌だったのだろう。柳子はカメラで撮影されるのを嫌っていた。彼女が写っている写真は唯一これだけだ。もう二度と、柳子の写真を撮ることはできない。彼女が笑っている姿は、思い出の中にしか存在しない。
章子が、阿部の肩に手を添えた。「元気出して……なんて言っても、出るわけないよね。恋人が、あんなことになったんだから」
「いや、元気出た」
阿部は写真をしまうと、けろりとした表情で言った。
「……はい?」
「柳子が死んじまったのなら、それはどうしようもない。今は落ち込んでいる場合じゃねぇ。もうこの島に用は無い。こんなところ、さっさと逃げ出そうぜ」
章子はしばらく目を丸くして驚いていたが、やがて小さく笑った。「へぇ? 意外ね。あんたのことだから、『柳子の仇だー』とか言って、バットで化物に挑んでいって、あっさり返り討ちになるかと思ったのに」
「俺ひとりだったら、そうしたかもな。でも、今はオメーがいるからよ」
「へ? あたし?」
「ああ。俺のせいでこんな危険なことに巻き込んじまって、ホントにすまねぇと思ってるぜ。オメーのことは、俺が責任もって、無事家まで送り届けてやる」
「なによ、急に。あたしは、あたしの意志でついてきたんだし、別にあんたのせいで巻き込まれた、なんて、思ってないよ」
「いいから、俺に任せとけ」
「……ありがと」
ほほ笑んで礼を言う章子に、阿部は鼻の下をこすって笑い返した。
「で、帰るにはどうしたらいいんだ?」
「……あんた、たった今『俺に任せとけって』言ったばかりでしょ」
「それは化け物どもからオメーを護ることに関してだ。脱出方法を考えるのは、オメーの仕事だ」
「やれやれ、ま、そんなことだろうと思ったけどね」あきれ声で言った後、章子は腕を組んで考える。「まあ、オーソドックスにどこかで船を手に入れて、海へ出るしかないんじゃない?」
「ならちょうどいいじゃねぇか。この先に港があるんだろ? 行ってみようぜ」
道を進もうとする阿部だったが、章子は「うーん」と唸った。「あそこに船は無いんじゃないかな? 夜見島港は、島で発掘した金を運び出すための港なの。金鉱を管理してた会社がつくったんだけど、会社は金鉱閉鎖と同時に島から撤退しちゃったから、船は残ってないと思う」
「じゃあ、どうするんだ?」
「船があるとしたら、夜見島港を抜けて少し北にある蒼ノ久の漁港だろうね」
「それって、俺たちが最初に流れ着いたとこだよな」
「そう。あそこは、島に古くから住んでる漁師たちの港だから、漁船があるかもしれないわ」
「よし、じゃあ、行ってみっか!」
「ええ」
愛用のバットを手に、ぐるぐると肩を回す阿部。いつもの調子が出てきた。柳子の命を奪ったヤツらに対する恨みは、もちろんある。だが今は、島からの脱出を優先すべきだろう。化物どもの正体について考えたり、落ち込んだり、ヤケになって無謀な行動に出るのは性に合わない。今まで通りのやり方で島からの脱出を目指す。阿部は、そう心に決めた。
二人は、港へ向かって歩き出した。
「……でもよ」
「……なに?」
歩きながら、阿部は空を見上げた。「これ、船なんかで脱出できる状況なのか?」
章子も同じように空を見る。「そうね……正直に言うと、ムリだと思う」
空を見上げたまま、二人は大きくため息をついた。島に上陸して以降、空はずっと厚い雲に覆われていたのだが、いまは少しだけ雲が途切れ、陽の光が注いでいる。敵は光に弱いからそれは良いことなのだが、問題は、雲の切れ間から見えているのが空ではないということだ。そこには、鳩の形をした島が逆さを向いて浮かんでいるのだ。それは、空に巨大な鏡があって、島全体を写しているかのような光景だ。なぜこんなことになっているのかは、章子も判らないと言う。
「……船よりロケットでも探した方がいいんじゃねぇか? 作家の先生も、あっちの島が本物で、こっちの島は偽物だ、みたいなこと言ってたぞ?」
「ロケットなんてあるわけないでしょ、種子島じゃないんだから」
しばらく二人で逆さまに浮かぶ島を眺めていたが、やがて、空は再び厚い雲に覆われ、島は見えなくなった。
「とにかく、今は港に行ってみるしかないわ」
章子の言葉に、阿部は「へいへい」と応える。二人はとりあえずもうひとつの島のことは考えないようにして、先を急いだ。
しばらく進むと道は開け、小さな広場に出た。広場の隅には資材を保管する倉庫があり、その右側には鉄柵の扉がある。扉から広場を出て少し進めば金鉱会社のビルが建ち並ぶ区域だ。また、倉庫の左側にはトンネルになっている下り階段があり、下りていくと灯台があるそうだ。二人はビルが建ち並ぶ区域へ向かうため、鉄柵の扉の方へ向かった。
倉庫の前を通りかかったとき、心臓の鼓動が激しくなった。近くに屍人がいる合図だ。阿部は幻視で素早く周囲を探った。すぐに、トンネル方面から広場に向かって階段を登る視点を見つけた。手にはボロボロのコウモリ傘を持っている。
「さっそくお出ましか。まあ、傘なんて貧相な武器で、オレ様の聖剣エクスカリバットにかなうワケはないがな」
阿部はバットを構えて倉庫の陰に隠れると、息をひそめて相手が現れるのを待つ。そして、姿を見せた瞬間、大きく振りかぶって殴りつけた。
しかし。
がつん! と、硬いものを叩いた手応え。阿部渾身の一撃は、相手の傘で受け止められていた。
「……なっ!? なんだてめぇは!?」
阿部は驚きの声を上げる。屍人が不意打ち攻撃を受け止めたことも驚きだが、相手の姿がこれまでに見た屍人とは全く異なっていたのだ。死体そのものの顔色でぼろぼろの服を着た姿ではなく、色白の肌で黒い雨合羽のような服を着ている。さらには、見るだけで不快な気分になるようなニヤケ面をして、「醜い人間のクセに、よく頑張ったなぁ、偉いぞぉ」と、人間の言葉まで喋ったではないか。
色白の肌で黒い雨合羽のような服を着た屍人のような化物は、阿部のバットを横に薙ぎ払った。体勢を崩す阿部。そこへ、色白の肌で黒い雨合羽のような服を着た屍人のような化物が傘を振り上げる。ヤベェ! と思った瞬間。
「――ぎゃぁ!!」
色白の肌で黒い雨合羽のような服を着た屍人のような化物は悲鳴を上げ、顔を押さえて苦しみ始めた。色白の肌で黒い雨合羽のような服を着た屍人のような化物の顔には、章子が向けたライトの光が当たっている。光に弱いのか?
「今よ! 早く倒して!」
章子の声で我に返り、阿部は色白の肌で黒い雨合羽のような服を着た屍人のような化物に向けてバットを打ちつけた。三度、バットで殴ると、色白の肌で黒い雨合羽のような服を着た屍人のような化物は、金属をこすり合わせるような甲高い悲鳴を上げて倒れた。
ふう、と大きく息を吐く阿部。なんとか倒すことができたが、コイツは一体なんなのだろう? バットによる渾身の一撃を受け止め、人間の言葉を喋った。屍人とは明らかに違うように思う。この、色白の肌で黒い雨合羽のような服を着た屍人のような化物は――。
「その呼び方やめてくれない? 長すぎてイライラするから」しびれを切らした声で言う章子。
「なんだよ? オメー、人の心が読めるのか?」
「読めるわよ。占い師だから」
「どういう理屈だそれは」
「とにかく、そいつは、闇人っていうの」
「闇人?」
「ええ。地の底で異形の生物からイモムシ状の化物が生まれるの、見たでしょ? あれは闇霊って言って、まあ、屍霊の親戚みたいなものね。で、闇霊も屍霊と同じく光が苦手だから、人間の死体に憑りついてシェルター代わりにするの。それが闇人。屍人よりずっと頭は良いし力も強いから、ヤバイ相手よ。気を付けて」
「やれやれ、めんどくさそうだな」阿部は倒れた闇人をじっくり観察した後、章子を見た。「ところでオメー、なんかやたらとこいつらのことに詳しいみたいだが、それも、例の夜見島ガイドって新能力か? オメーの中にいる別の誰かが島を案内してくれるっていう」
「そうね。理由はわかんないけど、なんか島や屍人に関することよりも詳しいみたい」
「ふうん、なんでだろうな」
「なんでだろうね」
「…………」
「…………」
「つーかオメー、その夜見島ガイドの能力とか、一〇〇パーセント当たる占いとか、変な能力持ってるわりには、やたら明るい性格してるよな?」
「なによ急に。明るい性格だったらいけない?」
「別にいけないってことはないけどよ、普通だったら、『なんであたしにはこんな能力があるの?』とか、『あたしは何者なの?』とか、悩むんじゃねぇの?」
「なんで悩む必要があるのよ? むしろ、こんな便利な能力をタダで取得できるなんてラッキーじゃん」
「ずいぶん能天気だな、オメー」
「あんたがそれを言うかね」
などと話していたら、びくんと身体が震え、倉庫の屋根の上から阿部たちを見下ろす視点が見えた。屋根の上を見ると、鉄パイプを持った闇人が阿部たちを見下ろして、さっきのヤツと同じく不愉快な気分になる薄ら笑いを浮かべていた。
「人間っていうのは、本当に醜い生物だなぁ。早く死ねばいいのに」
闇人は屋根の上から飛び降りると、阿部に向かって鉄パイプを振り上げた。だが、章子がライトを顔に当てると激しく悶えて苦しみ始めたので、阿部はその隙にバットで殴り倒した。さらに身体が震える。今度は背後の道から左官用のコテを持った闇人が襲って来たが、これも章子のライトでひるませて倒した。
「なんだよ。闇人は、屍人よりヤバいんじゃなかったのか? これじゃあ、屍人の方がよっぽど手ごわいぜ」
「まあ、闇霊はずっと地の底に隠れてたからね。海の底にいた屍霊よりも、さらに光に弱いのよ。だから、死体に憑りついても、完全に光への耐性を持つわけじゃない。そこは、大きな弱点だと思う」
「へっ。そんな致命的な弱点があるんじゃ、オレ様の神剣バットルムンクの敵じゃねぇな」
阿部も懐中電灯を取り出すと、バットを肩に担いで悠々と歩きはじめた。
鉄柵の扉から広場を出てさらに進むと、近代的なコンクリート製のビルが所狭しと立ち並んでいた。昭和三十年代に島から金を運び出すために造られた夜見島金鉱株式会社のビルだ。道は舗装され、ビルの間を縫うように細く長く続いている。しばらく進むと曲がり角が見えたが、その手前でまた鼓動が激しくなった。幻視で様子を探ると、ちょうど角を曲がったところに闇人がいる。手には何も持っていない。
「弱いくせに武器さえ持ってないとはな。そんなんで、オレ様の魔剣レーバットインに敵うとでも思ったのか」
「呼び方が苦しくなってるわよ。元ネタの武器もどんどんマイナーになるし」
阿部は章子を無視し、バットを振り回して走り出した。
しかし、角に差し掛かったところで急停止し。
「…………」
回れ右をして引き返した。
「どうした、急に」と章子。
「いや、なんかヤバイのがいる」
「だから、闇人はヤバイって、最初から言ってるでしょ」
「いや、あれはたぶん闇人じゃないな」
「じゃあ、なによ」
「何と言ったらいいかわからんが、まあ、いま見たものをありのまま話すぜ。外見は、ケンタウルスに似ている。RPGなんかに出てくる、上半身が人間で下半身が馬のモンスターだ。だが、顔が頭に無いんだ。顔は、人間でいう股間の所にある。それも、普通の三倍くらいデカい顔だ。そんで、下半身なんだが、馬って言ったが、それは他に表現のしようがなかったから言っただけで、本当は馬じゃない。四足歩行をしているんだが、足がデカい指なんだ。下半身にでっかい指が四本生えてそれで歩き回ってる感じだな。体長体高ともに二メートル以上あって、とにかくデカい。なに言ってるのかわからねーだろうが俺だってわからねーよ」
「あんたが判らなきゃあたしだって判らないわよ。もっと判りやすく説明できないの?」
「じゃあ、オメーが手本を見せてくれよ」
「いいわよ? あたしの語彙力、見せてあげるわ」
章子は角から顔を出して向こう側を覗くと。
「…………」
すぐに回れ右をして戻って来た。
「……どうだった?」と訊く阿部。
「何と言ったらいいかわかんないけど、まあ、いま見たものをありのまま話すわね。外見は、セントールに似ているわね。ギリシャ神話なんかに登場する、上半身がヒューマンで下半身がホースの半人半獣よ。でも、顔が頭に無いの。顔は、馬でいう首の付け根の所にあった。それも、普通の顔を十倍にして三で割ったくらいの大きさよ。それで、下半身なんだけど、ホースって言ったけど、それは他に表現のしようがなかったから言っただけで、本当はホースじゃないの。四足歩行してるけど、それは手なの。四本指の手が下向きになってて、その上にデカい顔とヒューマンの身体が乗ってる感じね。体高体長ともに八十インチ以上あって、とにかくおっきいの。なに言ってるのかわかんないだろうけどあたしだってわかんないわよ」
「……俺が言ったのと同じじゃねーか」
「仕方ないでしょ。それ以外に言いようがないわよ」
「んで、ありゃあ、なんだ?」
「たぶん、闇人の一種だと思う」
「あれが闇人? 闇人は、闇霊が人間の死体に憑りついたものなんだろ? どう見ても人間の姿じゃないぞ、あれは」
「そうね。闇人は、憑りついた人間の細胞を一度ぐちゃぐちゃにして再構築することができるの。つまり、自由自在に姿を変えられるわけ。おそらく、より戦闘に適した姿になろうとして、いきついた姿なんじゃないかな」
「あの変な姿が戦闘力マックス形態だっていうのか? 化物のセンスはよく判らんな。んで、どうやって倒すんだ?」
「倒し方?」
「ああ。夜見島ガイドは、なんて言ってる」
「えーっと……知らない、だって」
「なんだよ。肝心なところで役にたたねーな」
「仕方ないでしょ。人類と闇霊が接触するのは今日が宇宙史上初なんだし、夜見島ガイドさんだって、あんなの初めて見るのよ」
「まあ、何にしてもこんなバットなんかで倒せる相手じゃねぇだろうな」
「強そうな相手には聖剣とか魔剣とか言わないのね」
「仕方ない。こんな時は、
「ええ。
二人は頷くと、曲がり角に身を隠したまま巨体の闇人を幻視した。説明しよう。
必殺・様子見は、すぐに効果を発揮した。巨体闇人は、のっしのっしと歩きながらその場を離れ、道の先にある長くて急な階段を下りていったのだ。章子によると、その階段は地獄段と呼ばれるこの地域の名所のようなもので、下りた先には波止場があると言う。また、街は急斜面に張りつくようにビルが建てられているため、階段の途中から連絡橋を通ってビルの二階や三階に入ることもできるそうだ。
巨体闇人は地獄段の下まで降りると、波止場の方へ歩いて行った。今がチャンスだ。二人は角を曲がって地獄段まで進み、途中にある連絡橋から隣の夜見島金鉱のビルに渡った。連絡橋はビルの二階に繋がっている。二階のドアは開きっぱなしになっていたので中に入った。
章子は大きく息をついた。「ふう。なんとかやり過ごせたわね」
阿部は室内を見回した。金鉱会社の二階は十メートル四方の広さだ。正面にもうひとつ出入口があり、連絡橋を使ってさらに隣のビルに渡ることができるようになっている。
「しかし、この先もあんな奴らがいるんじゃ、もっと強い武器を見つけなきゃな。ここに何かないかな」
阿部と章子はなにか武器はないかと手分けして室内を探ってみた。が、所詮はただの会社だ。武器として使えそうなものは、鉄パイプやモンキーレンチ、ハンマーやクギなどの工具くらいしかない。どれもバットと大差はないだろうが仕方がない。沢山持って行っても邪魔になるので、阿部はその中からハンマーとクギを取った。
「ハンマーはともかく、クギなんてどうするの? 違法建築でもするの?」
「ふふん。思いついたことがあるんだ。まあ見てな。オレ様の手にかかれば、ただのバットもあっという間に電光剣ライトセーバットに早変わりだ」
「ネタが無いからってSFに逃げるな」
阿部は早速作業に取り掛かろうとしたが、またまた心臓の鼓動が激しくなった。あの巨体闇人が戻って来たらしい。ここにいると見つかるかもしれないので作業は後回しにし、二人は反対側のドアから外に出た。連絡橋を使ってさらに隣のビルへ渡る。幸い、巨体闇人に見つかることはなかった。二人はビルの階段を使って一階に下りると、出入口から外に出た。
ビルの前は舗装されていない砂利道が南西から北東へと続いていた。ビルの敷地と道の境には鉄格子製の扉があったが、鍵はかかっていなかったので開けて敷地の外へ出る。南西の道は波止場に通じ、反対の北東の道は蒼ノ久漁港へ通じていると、章子が説明した。
「そういや、さっきの部屋でコレを見つけたんだが、使えないか?」
阿部はポケットから鍵を取り出して章子に見せた。鍵には木の札が付けられてあり、『蒼ノ久行ロープウェイ』と書かれてある。
「蒼ノ久って、いまから行く港だろ? ロープウェイがあるなら、それ使えば楽じゃねぇか?」
章子は鍵を受け取って少し観察した後、「ああ、ダメよ」と首を振った。「確かに、ここからちょっと東に行ったところにロープウェイがあるけど、人が乗るタイプじゃなくて、工事とかの資材を運ぶためのものなの。まあ、小さな子供なら乗れないことはないかもしれないけど――」
そこまで言ったところで、章子は急に黙り込んでしまった。あごに手を当て、何か考え込んでいる。
阿部は章子の顔を覗き込んだ「どうした? いきなり黙り込んで」。
章子は――。
章子は顔を上げ、首を振った。「ううん、なんでもない。とにかく、そのロープウェイは使えないわ。歩いて行くしかないわね」
「ちっ、しゃーねーな」
二人は北へ向かう。少し進むと古い街灯があり、そこで道が枝分かれしていた。さっき章子が言ったロープウェイへ向かう道だが、特に用は無いので二人はそのまま直進し、蒼ノ久方面へと向かった。