SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第四十五話 『彷徨』 喜代田章子 夜見島/蒼ノ久集落 15:31:58

 

 

 

 島から脱出するための船を求め、蒼ノ久漁港にやってきた喜代田章子と阿部倉司の二人は、海沿いの道を重い足取りで歩いていた。古くから漁師が住むこの集落ならば漁船があるだろうと思い来てみたのだが、期待通りにはいかなかった。船自体はすぐに見つかった。漁港には何艘もの船がロープに繋がれていたが、どれも古く、とてもじゃないが乗れたものではなかったのだ。半分沈んでいるものや、完全に沈没しているものがほとんどで、かろうじて浮いている船も、いつ沈むか判らないボロボロの状態だ。そのような船で海に出るのは自殺行為としか思えなかった。

 

 章子は肩をすくめた。「考えてみたら当然よね。この島は二十九年も無人で放置されているんだから。ま、海に出ること自体思いつきで言ってみただけだから、これで良かったのかも」

 

「のんきに言ってる場合じゃねぇだろ」と、阿部。「他に何か良い手はないか? 夜見島ガイドに訊いてみろ」

 

「それが、さっきから全然返事しないの」

 

「はぁ? なんでだよ」

 

「たぶん、拗ねてるんだと思う」

 

「拗ねてる?」

 

「ええ。実はね、夜見島港で、あんたがロープウェイに行こうって言ったじゃない?」

 

「ああ。物資運搬用で人は乗れないってやつだよな。」

 

「そう。だからあたし、行く必要はないって言ったんだけど、実はあの時、夜見島ガイドさんは、ロープウェイに行けって、メチャクチャアピールしてたの。それを無視したから、怒ってるんじゃないかな」

 

「オメーのせいで拗ねてんのかよ。なんで無視なんかしたんだ」

 

「まあ、なんというか、ちょっとイヤな予感がしてね。このまま夜見島ガイドさんの言うこと聞いてたら、あたしがあたしじゃなくなっちゃうかもしれないって」

 

「なんだそりゃ?」

 

「ううん。なんでもない。とにかく、そういうワケだから、しばらく夜見島ガイドさんは使えないわ。あたしたちでなんとかするしかないでしょうね」

 

「俺たちだけでどうにかできるとは思えねぇけどなぁ」

 

 ため息まじりに周囲を見回す阿部。海の反対側は丘があり、斜面に古い民家が建ち並んでいた。夜見島港ほど急傾斜ではないものの、ここも斜面に沿って発展した集落だ。

 

 しばらく周囲を見回していた阿部だったが、「うん?」と首をかしげた後、近くの街灯のそばの角を曲がった。

 

「どうした? 何かあった?」章子も阿部を追って角を曲がる。曲がった先は緩やかな坂道になっていて、いくつかの民家の玄関が見えた。

 

 阿部は、手前の民家の門を指さした。「アレなんだけどよ」

 

 阿部が指さした民家には、『三上』の表札がかかっていた。立派な門構えで、平屋がほとんどのこの地域では数少ない二階建て。周辺の家と比べると浮いていると言っていいほどの大きな家だ。

 

「ここって、あの作家先生の家じゃねぇのか? 先生、この島の出身だって言ってたし」

 

 と、阿部が言ったが。

 

 

 

 ――お姉ちゃん! 加奈江お姉ちゃん!

 

 

 

 章子の目には、まったく別のものが映っていた。

 

 雨の降る夜、幼い少年が傘も差さずに道を走っていた。五歳にも満たないであろうあどけない顔には見覚えがあった。章子が島に上陸し、海沿いの堤防を過去視した時に見た少年――二十九年前の三上脩だ。ならば、これは過去の映像。過去視が発動しているのであろう。だが、章子が行う過去視は人や物に触れて残留思念を読み取る能力だ。なにも触れていないのに映像が見えるなど、今までになかったことだ。新たな能力が目覚めているのかもしれない。

 

 脩はロケット柄のパジャマを着て、手にはロボットのおもちゃを持っている。靴も靴下も履かない素足の状態で、「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と言いながら、泣き出しそうな顔で周囲を見回している。だが。

 

「脩! どこにいるの!?」

 

 坂の上から女の声が聞こえた。そのとたん、脩は笑顔になる。坂の上へ向かって走り出す。その先に、若い女が背を向ける格好で立っていた。女も脩と同じく、雨の中傘も差さず、靴も履いていない。どこか怪我でもしているのか、手は血がべっとりとついており、その手にたき火などをかきまわすための鉄の棒を持っていた。

 

 脩の声に女は振り返った。その顔を見て、章子は息を飲む。生まれて一度も陽の光を浴びたことがないのではと思うほどの白い肌の美しい少女――柳子と全く同じ顔の少女だった。少女は脩の姿を見ると。

 

「脩! 無事だったのね!」

 

 と言って、駆けてきた少年を抱きしめた。

 

 ……そうだ。島に上陸した際に見た過去視でも、脩のそばにこの少女がいた。脩が「加奈江お姉ちゃん」と呼ぶ少女。

 

「脩、大丈夫? どこもケガしてない?」加奈江は脩の身体の様子を確認する。

 

 脩は「うん。大丈夫」と、大きく頷いた後、加奈江の血まみれの右手に気がついた。「お姉ちゃん、手、ケガしたの?」

 

「ううん、大丈夫」加奈江は首を振り、隠すように右手を背中に回した。「お姉ちゃんも、ケガはしてないわ。それより脩、怖い思いしなかった?」

 

「あのね、お父さんがいっぱい血を出して廊下で寝てて、お父さん、お父さん、って、何回呼んでも起きなくて、それで、怖いおじさんたちが探してるの」

 

「そう……でも、よく一人でここまで来れたね」

 

「うん! ボク、お姉ちゃんに言われた通り、勇気を出したの!」

 

「そう、偉いわ」

 

 加奈江が頭をなでると、脩は満面の笑みを浮かべた。

 

「――おい」

 

 という阿部の声で、章子は我に返った。映像は消え、阿部が章子の顔を覗き込んでいる。

 

「どうした? ボーっとして」

 

「ああ、ゴメン、なんでもない」章子は首を振った後、目の前の家を見た。「えっと……ああ、そうね。ここが脩……三上さんの家で、間違いないわ」

 

 阿部は章子から家に視線を移す。「あの先生、島についていろいろ詳しく知ってたみたいだから、中を調べれば、脱出のヒントみたいなのが見つかるかもしれねぇぞ?」

 

「いや、どうだろ? 住んでたと言っても二十九年前の話だからね。確か、彼が四歳の頃よ。当時から島に詳しいとは思えないけど」

 

「そうか……でも、一応調べてみようぜ」

 

 阿部は門をくぐり、玄関へ歩いて行った。まあ、他にアテがあるわけじゃないし、調べるくらいならいいか。章子も阿部の後に続いた。

 

 だが、門をくぐったと同時に、二人の目の前に、どすん! と大きな音を立て、妖怪つるべ落としかと思うほどの大きな物体が落ちてきた。巨大な手の上に人の身体が乗り、あり得ない場所にデカい顔がある化物。妖怪つるべ落としなんかよりもよっぽどたちが悪い、巨体闇人だ。

 

 巨体闇人は「他人(ひと)の家に勝手に入るなぁ」とやたら低い声で言うと、こちらに突進してきた。

 

「ヤベェ! 逃げるぞ!」

 

 二人は門から外に飛び出すと、坂道を駆け上がって逃げた。巨体闇人はその巨体に似合わず二人にも劣らぬ速さで追いかけてくる。道は少し進むと右に折れていた。そこを曲がって少し進むともう一度右に曲がっている。ちょうど、三上家の周囲をぐるっと回る道で、そのまま進めば下り坂になり、海沿いの道へ戻ることになる。

 

 巨体闇人から逃れるため走り続ける章子だが、二つ目の角の手前で、不意に。

 

 ――ここを通ると、近道だよ?

 

 脩の声が聞こえたかと思うと、一瞬、家と家の間に空いたわずかな隙間を通り抜ける脩と加奈江の映像が見えた。映像はすぐに消える。また過去視か? 正面を見ると、突き当りの民家とその隣の民家の間に、映像と同じわずかな隙間があるのを見つけた。

 

「リーゼント! あそこに逃げるわよ!」

 

 章子は隙間を指さして阿部に指示を出した。阿部もその隙間に気付き、身体を横にして入ろうとするが。

 

「ダメだ! 狭すぎる!」

 

 阿部の体格では隙間は狭すぎて通り抜けられそうになかった。そうしている間にも、巨体闇人は迫っている。

 

「ここはあたしに任せて、あなたは逃げて!」章子は阿部の目を見て、力強く言った。

 

「そんな……オメー、犠牲になるつもりか!?」

 

 目を潤ませそうな安部。その横を通り抜け、章子は隙間へ身体を滑り込ませた。阿部と比べてかなり小柄な章子だ。問題なく隙間に入ることができた。そのまま奥へ進む。

 

「……って、オメー、なに一人だけ逃げてんだ!」

 

「だから言ってるでしょ? ここ(を通るの)はあたしに任せて、あなたは(自力で)逃げて!」

 

「んだよそりゃ! てめー、覚えてろよ……」

 

 阿部の声が遠ざかる。坂を下って行ったようだ。直後に巨体闇人がやってきて隙間を覗き込んだが、阿部が入れないほどの隙間だ。阿部の倍くらいありそうな巨体闇人が通れるはずもない。巨体闇人は章子を諦め、阿部を追って坂を下って行った。よし、作戦成功だ。章子はそのまま隙間を通り抜け、反対側の道に出た。海から丘の上にかけて曲がりくねった細い坂道が続いている。途中から階段になっている所もあるようだ。

 

 さて。

 

 先ほど一瞬見えた脩と加奈江の映像のことを考える章子。あれが二十九年前の出来事を過去視したものだとしたら、二人もこの隙間を通り抜けたのだろう。脩たちも誰かから逃げていたのだろうか? 誰から? 闇人ではないだろう。二十九年前、闇の住人はまだ地の底だ。ならば屍人か? 屍人の伝承は古くから島に伝わっているから、あり得ない話ではないだろう。だが、幼い脩は「怖いおじさんが探してる」と言っていた。追手が屍人なら、オバケ、あるいはゾンビと言うように思う。屍人でもない。ならば、生きている人間――島の住民だろうか? しかし、なぜ住民が脩たちを追いかける必要がある? 四歳の子供だぞ? それとも、脩を追いかけていたのではないのだろうか? 脩でなければ、一緒にいた加奈江ということになる。あの、柳子と同じ顔をした少女……。

 

 はっとして顔を上げる章子。

 

 ――鳩だわ。

 

 異形の生物が地上の様子を探るために地の底から放った鳩。柳子と同じ姿をしているのなら、加奈江も鳩であった可能性が高い。島の住民は、加奈江が鳩であると気付き、排除しようとしたのだろうか? それで、加奈江と脩は逃げた。この蒼ノ久から逃げるなら、北の貝追崎か、南の夜見島港だ。貝追崎は戦前に日本軍が建設した要塞跡がある地域だ。夜中に四歳の子供と一緒に向かうには少々遠い場所にある。南の夜見島港ならかなり近い。可能性が高いのはこっちだ。

 

 ――そうか。だからあの時、夜見島ガイドさんはロープウェイに行けって言ったんだ。

 

 蒼ノ久と夜見島港を繋ぐロープウェイ。資材運搬用だから人が乗ることはできないが、小さな子供ならば乗れないことはない。加奈江は、幼い脩をロープウェイに乗せ、夜見島港へ逃がしたのかもしれない。

 

 だが、夜見島港ではなにも調べて来なかった。その後、脩と加奈江がどうなったかは判らない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 いつの間にか、すぐそばに息も絶え絶えな阿部が立っていた。

 

「あら、無事で何より」

 

「無事じゃねーわ。死ぬかと思ったぞ」額の汗をぬぐう阿部。額だけでなく、全身汗でびっしょりである。「あのヤロー、マジでヤベぇ」

 

「だから、最初から闇人はヤバイって言ってるでしょうが。よく逃げきったわね」

 

「いや、まだ逃げきってねぇんだ」

 

 坂の下を指さす阿部。巨体屍人が、のっしのっしと上がって来るのが見えた。

 

「ちょっとー。あたしと合流するなら、あいつを振り切ってからにしなさいよ」

 

「ムチャ言うな。あいつ、あんなデカい身体なのに、結構足速いんだぞ」

 

「次はちゃんと振り切って来るのよ? じゃ、あたしはこれで」

 

 章子は片手をあげると、もう一度隙間を通って反対側に行こうとする。

 

 だが、向こう側では別の人型闇人がニヤケ顔で隙間を覗き込んでいた。人型闇人もそれなりに大柄だから隙間を通り抜けることはできないが、これでは向こう側に行けない。

 

「残念だったな」と、阿部。「諦めて一緒に戦え」

 

「戦うったって、バットやハンマーやクギなんかじゃどうにもならないでしょ」

 

「安心しろ。俺には秘密兵器がある」

 

 不敵に笑う阿部に対し、章子はめいっぱい疑惑の眼差しを向ける。 

 

「秘密兵器って、夜見島港で言ってたライトセーバットってやつ? どうせ、バットにクギ打ち付けただけでしょ? そんなんで勝てるの?」

 

「違うな……見ろ!」

 

 阿部がドヤ顔で取り出したのは、なんと小型のマシンガンだった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「バットとハンマーとクギを組み合わせてマシンガンを作るなんて、コンボ武器作りの達人チャック・グリーンやフランク・ウェストもビックリだわね」

 

「誰だそれは。オメーは言うことはたまによくわからねーんだよな。バットやクギからマシンガンが作れるわけねーだろ。これは、前に要塞みたいなところで手に入れたんだ。いつか使おうと思って、すっかり忘れてたんだよ」

 

「そんなもの、今までどこに隠し持ってたのよ。小型っていっても一応マシンガンなんだから、結構な大きさでしょ」

 

「それが異界の不思議なところだ。まあ、これくらいの大きさならまだマシだ。偉大なる先人の中には、ブラウン管テレビくらいある大きな脳波測定器を隠し持ってた医者もいるからな」

 

「誰よそれ。あんたの言うことはたまによくわかんないのよね。それより、持ってたのはいいけど、そんなの使えるの?」

 

「狙いを定めて引き金引きゃいいだけだろ? 簡単だぜ」

 

「そんな安易なモンじゃないと思うけど……まあいいわ。やってみなさい」

 

 阿部は巨体闇人に銃口を向け、引き金を引いた。ぱらららら、と、小気味良い音を奏で、銃口が火を噴いた。ずっと安全装置を掛けずに持ち歩いてたのかこの男は、という思いはあるものの、とりあえず撃つことはできた。だが、かかかかん、と、トタン屋根に雨が当たったような軽い音がして、弾は全て弾き返された。巨体闇人の身体には、かすり傷ひとつついていない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ダメじゃん」

 

「……ダメだな」

 

 銃弾の雨をものともしない巨体闇人は、股間にある大きな顔でニヤリと笑うと、また突進してきた。やはり逃げるしかない。二人は坂道を駆け上がる。曲がりくねった道は途中から階段になっている。階段は擁壁の上にある道へ繋がるもので、大人二人がすれ違うのがやっとという狭さだ。二人は階段を駆け上がった。巨体闇人は階段の下で立ち止まり、悔しそうに見上げる。あの巨体は戦闘に特化しているのかもしれないが、蒼ノ久や夜見島港のような狭い道が多い斜面地域ではかなり行動が制限されるだろう。そこは弱点と言えるかもしれない。

 

 巨体闇人を階段下に置き去りにし、二人はさらに坂道を上がる。やがて、道端に小さな社があるちょっとした広場に出たので、そこで少し休むことにした。この地区ではかなり高い位置にある広場で、集落全体と海を見渡せる場所だ。

 

「ふぅ。なんとか振り切ったわね」社のそばに腰を下ろす章子。

 

 その隣に阿部も座る。「しかし、銃も効かないとなると、もうどうしようもねぇな。この先あのタイプの闇人に会ったら、逃げの一択しかないな。まあそれはそれとして、この先どうするんだ?」

 

「うーん。とりあえず、ここから北へ行けば要塞跡があるけど……どうする?」

 

「またあそこか……あそこに行っても、次は遊園地に行って、そんでまた夜見島港に逃げて、結局ここに戻って来るだけだろ」

 

「Continue to NEXT LOOP...って感じね」

 

「それは偉大なる先人の最大の知恵だが、この島じゃ通じないだろうな」

 

「そうね。お互いなに言ってんのかわかんないけど」

 

 と、どすん、と重いものが落ちたような音がして、わずかに地面が揺れた。いやな予感がして階段の方を見ると、巨体闇人が立っていた。どうやら擁壁をよじ登ったらしい。

 

「本当にしつこい女だな、いや、しつこい巨体闇人だな」阿部は呆れ声で言いながら腰を上げた。

 

 章子もやれやれと立ち上がる。「このままやられるわけにはいかないから、ループ覚悟で逃げるしかないわね。何度もループしてたら、ちょっとした行動の変化で抜け出せるかもしれないし」

 

 などと話していたら。

 

 ――社を開けよ。

 

 不意に声が聞こえた。誰? 章子は周囲を見回すが、それらしき人はいない。というよりも、今の声は耳で聞いたのではなく、直接頭に響いたという感じだった。夜見島ガイドさんの機嫌が直ったのか? と一瞬思ったが、それとも違うように思う。夜見島ガイドさんの声は胸の内から聞こえてくる感じだ。なによりも、今の声は女の人ではなく男の人だった。天の助けか? それとも土壇場で新能力が目覚めたのか? 判らないがとにかく今はこの声に賭けてみよう。社を開けよ? 広場には小さな神社のような社がある。あの中に何かあるのかもしれない。小さいながらも何かの神様を(まつ)ったものだから、きっと神器と呼ぶにふさわしい物が奉納されているに違いない。煉獄の炎を降らす土人形か、はたまた聖獣の宿りし刀か。章子は胸の高鳴りを押さえつつ社の扉を開けた。中には一本の木の枝が入っていた! しかも、三上脩という名前が書かれた札付きだ!!

 

 …………。

 

 ……って、ただのボロい枝じゃねーか! んなもんどーしろっつーんじゃい!

 

 思わず枝を真っ二つに折りそうになった章子。そんなことをしている間にも巨体闇人は迫る。ダメだ。謎の声なんか信じたあたしがバカだった。こうなりゃ自分たちでなんとかするしかない。

 

 …………。

 

「……リーゼント」

 

「……なんだ」

 

「あたしがあいつの注意を引くから、その隙に、あんたはあいつの後ろに回り込んで、背中を撃ってみて」

 

「後ろからの攻撃なら効くのか?」

 

「わかんないけど、正面からの攻撃が効かないなら背後から、っていうのは、セオリーでしょ」

 

「そうかもしれんが、オメーは大丈夫なのかよ?」

 

「んっふっふ。任せなさい。あたしには、最強の武器があるから」

 

「いまいち根拠不明だが……信じるぜ」

 

「ええ」

 

 二人は力強く頷き、巨体闇人の方を向いた。

 

 巨体闇人が突進してくる。こちらの作戦が決まるまで待ってくれた巨体闇人の優しさにちょっぴり感謝しつつも、情けは無用だ。

 

「これでも喰らいなさい!」

 

 章子はライトを取り出すと、迫ってくる闇人の顔に光を当てた。

 

「――ぐはぁ!!」

 

 悲鳴を上げ、顔を押さえて苦しむ巨体闇人。そう! その恐ろしい姿にビビってすっかり忘れていたが、巨体だろうと何だろうとこいつは所詮闇人! 光こそが最強の武器だ!

 

「今よ! リーゼント!」

 

「任せろ!」

 

 章子の声に応じ、巨体闇人の背後に回り込む阿部。巨体闇人はもがきながらも両腕を振り回す。そんな闇雲な攻撃を喰らうものか! 章子はバックステップでかわし、阿部は身を屈めてかわす。そして、巨体闇人の背後に回り込んだ阿部は、マシンガンの引き金を引いた。ぱららららという音と共に、大きくのけ反る巨体闇人。効いてる! 効いてるぞ! やっぱり背後からの攻撃は有効だ! そのままぶっ殺せ!

 

 と思ったとたん。

 

 ぱらららという小気味良い音が、からからからというむなしい音に変わる。銃に詳しくない章子にも、それが弾切れを告げていることがすぐに判った。なんで敵がいない間にリロードしておかないかな。そういうの基本動作だろ。つまらんしくじりをしおって。そういうヤツだ、あの男は。

 

 光から復活した巨体闇人は、振り返って阿部の方を向いた。阿部は慌ててライトを取り出し、顔に光を当てようとするが、巨体闇人は顔に手をかざして光を遮った。ちなみに巨体闇人の顔は股間にあるので、股間を手で隠すというちょっとマヌケな格好になっている。

 

「てめぇ! 光を手で遮るなんて卑怯だぞ!」

 

 卑怯なのかな? どちらかと言うとあたしらの方が卑怯な手段使いまくってる気がするが。まあいい。敵がリーゼントに気を取られているこの隙に、逃げよう。章子は息を殺してその場から去ろうとしたが。

 

 ――枝を刺せ。

 

 また謎の声がした。枝? さっきの社の中にあったボロい木の枝か? 枝は三十センチほどの長さで、ところどころコブのように膨らんで太くなっており、先端は鋭く尖っている。とは言え所詮は木の枝だ。めちゃくちゃ油断している人間のおなかくらいになら刺さるかもしれないが、マシンガンですら倒せない化物に刺さるとは思えない。どうあってもこんな枝で戦えと言うのか。五十ゴールドと銅の剣で魔王を倒せとか言う王様並のムチャ振りだな。

 

 巨体闇人がリーゼントに迫る。あの男を犠牲にして逃げることは簡単だけど、あたし一人逃げたところで先はないかもしれない。なら、腹をくくるしかない。こうなりゃヤケだ!

 

 章子は、巨体屍人が阿部に気を取られている隙に、そっと背後に忍び寄り。

 

「……うおおりややぁぁ!!」

 

 気合と共に、闇人の背中を枝で突いた。

 

 ぶすり、と。

 

 枝は、まるで鶏モモ肉に串を刺すかのごとく、ワリと簡単に刺さった。

 

 同時に、巨体闇人がその巨体にはあまりにも不釣り合いな金切り声で悲鳴を上げる。まさか、こんな枝の攻撃が効いているのか!?

 

 次の瞬間、枝のコブのような部分から、いく本もの根が生え出し、巨体闇人の全身に絡みついていく。巨体闇人がもがく。その体格にふさわしい馬鹿力を持っているはずだが、絡みついた木の根はビクともしない。やがて木の根が巨体闇人の全身を包み込むと、闇人の身体が青白い炎に包まれた。さらに悲鳴を上げる巨体闇人。炎はすぐそばにいる章子をも飲み込むほどの勢いだが、不思議と熱さを感じなかった。炎はさらに燃え上がり、巨体闇人の身体を焼く。炎が勢いを増すと同時に、木の枝が大きくなっていった。三十センチほどの長さだったものが一メートルほどになり、いくつも枝分かれし、葉も茂ってきた。闇人の生命を糧に育っているように見えた。

 

 やがて巨体闇人は、枝が納められていた社に睨むような視線を向けると。

 

「こちらから招かれてやったというのに……いまだ我らの災いとなるか……」

 

 よくわからない言葉を残し、燃え尽きた。

 

 そして、その後には、一本の小さな木が生えていた。

 

「なんだ……? オメー、何やったんだ?」驚いた表情の阿部

 

「わかんない……ただ、謎の声に従って、木の枝を刺しただけ」

 

 残った木を見つめる章子。闇人も屍人同様、一度倒しても死体に闇霊が憑りつけばまたよみがえる。だが、枝を刺した闇人は消滅し、一本の木と化した。これでは屍霊も闇霊も憑りつきようがない。あの枝は、不死なるものを無に還すレベルの神器だったのだろうか。

 

 だが、枝は消滅してしまった。一本一体にしか使えないのだろう。あの枝がもっとあればこの先の戦いがぐっと楽になるのだが……。そう言えばあの枝、三上脩という名前が書かれた札が付いていた。名前が書いてあるのは、他の人のものと間違わないようにするためだろうか。だとしたら、他の住人の枝もあるのかもしれない。

 

「……あれ?」

 

 章子は、木の根元に手帳落ちていることに気がついた。拾ってみる。表紙に、三上隆平と書かれていた。三上隆平(りゅうへい)……三上脩の父親だろうか。そう言えばあの巨体闇人、三上家に入ろうとした時、「勝手に人の家に入るな」とか言ってたな。

 

 章子が手帳をどうしたものかと眺めていたら、はらり、と、中から写真が一枚滑り落ちた。拾って見てみる。それは、大きなおなかを抱えた女性が穏やかに微笑んでいる写真だった。

 

「……え?」

 

 思わず声が出る章子。その写真の女は、柳子と全く同じ顔をしていた。

 

 写真を裏返す。手書きの文字で、『一九七二年六月 弥生・妊娠九ヶ月』と書かれてあった。

 

 これは、三上隆平の妻――つまり、脩の母親? この母親もまた、柳子と同じ顔をしている。ということは、脩の母親も鳩だったのだろうか? この写真の女は妊娠している。恐らくお腹の子は三上脩であろう。鳩も妊娠できるのだろうか? ならば、過去視で見えた映像で脩と一緒にいた少女・加奈江は、母親だったのだろうか? いや、加奈江はまだ成人していないと思われる。仮に柳子と同じ十八歳だとすると、脩を産んだのは十四歳の頃ということになってしまう。あり得なくはないだろうが、やはり不自然だ。そもそも脩は加奈江のことを「お姉ちゃん」と呼んでいた。母親ではないように思う。どうなっている。この写真の女と、脩が姉と慕う加奈江と、柳子と、鳩。これらは、どう繋がるのだ。

 

 …………。

 

 章子は考えるのをやめ、写真を手帳に戻すと、そのまま木の根元に置いた。あたしたちはもう、柳子の正体は探らないと決めた。いまのあたしたちの目的は、島から脱出することだけだ。

 

 ――鉄塔へ向かえ。

 

 また謎の声が聞こえた。鉄塔――四鳴山の頂上に建つ、あの鉄塔か。

 

 章子は北東の方角を見た。島で最も高い山に建つ、山よりも高い鉄塔。空は一面雲に覆われているが、相変わらず鉄塔の周辺だけは丸く穴が開ており、その穴に鉄塔の先端と雲が吸い込まれて消えている。

 

 章子は、夜見島港の手前で見た空に浮かぶ逆さまの夜見島を思い出した。そうか。あの空に浮かんだ島が真実の夜見島なら、あの鉄塔を上れば……。

 

「……リーゼント」

 

「……なんだ」

 

「鉄塔に行ってみるわよ」

 

「アレか……」阿部も鉄塔の方を見た。「アレはアレでヤバそうだが……まあ、他に手段がないなら、行くしかねぇか」

 

「ひょっとしたら、これが島から脱出する最後のチャンスになるかもしれない。気合入れなさいよ?」

 

「ああ、任せとけ」

 

 二人は決意を込めて頷くと、蒼ノ久集落を後にし、四鳴山へと向かった。

 

 

 

 

 

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