SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第四十九話 『記念日』 喜代田章子 夜見島港 14:01:10

 灯台を離れ、トンネルを通って再びビルが建ち並ぶ地区へ戻った喜代田章子と阿部倉司の二人は、休める場所を探し、近くのビルに入った。周辺に闇人がいないのを確認し、ビル内の最も奥まった部屋に入ると、ドアに鍵をかけ、窓は部屋内にあった黒い布で覆って外から見えないようにした。これで、ちょっとやそっとでは見つからないだろう。

 

「――しかし、ビックリしたぜ。オメーが突然泣き出すんだもんな」作業を終えた阿部は、章子の隣に腰を下ろした。

 

「あは、ゴメンゴメン。ちょっと、昨日観た映画思い出しちゃって。ほら、今やってるでしょ? 『ダースベイダーVS.貞子と炎の宇宙戦争』」

 

「ああ、アレは確かに泣けるな」

 

「でしょ? あたしなんてもう五回も観てるけど、何度観てもトライポッドから貞子が這い出てジャックとアナキンをダークサイドに引きずり込むシーンは号泣しちゃうわ」

 

 適当な話でごまかす章子。さっき灯台で見えたものは、阿部には関係の無いことだ。話す必要はない。

 

 章子は「はあ……」と、と大きくため息をついた。「しかし、とんだ誕生日になっちゃったわね」

 

「うん? オメー、今日誕生日なのか?」

 

「そ。この数日ずっと大変だったから、あたしもすっかり忘れてたんだけどね。八月三日はあたしの誕生日。いくつになったかは訊かないでね」

 

「別に興味ないから訊く気はねーけど、いくつになったんだ?」

 

「だから、訊くなっての」

 

 阿部はへへっと笑った後、何か思いついたように目を輝かせた。そして、ポケットをごそごそと探り、中のものを両手で覆って取り出すと、指輪の箱のフタを開けるような仕草でぱかっと開いた。

 

「サプラーイズ」

 

 阿部の手の中には、金の将棋の駒のキーホルダーがあった。

 

「純金だぜ? スゲーだろ? オメーを驚かせようと、密かに用意してたんだ」

 

 したり顔で言う阿部からキーホルダーを受け取る章子。突然のプレゼントに最初は目を丸くして驚いていたが、やがて目を細めて阿部を見た。

 

「……って、これ、島に上陸したとき道端で拾ったヤツでしょ」

 

「判るか?」

 

「ったく……そんなもの誕生日のプレゼントにするかね?」章子はあきれて肩をすくめたが、「でも」と笑顔を浮かべて続けた。「ありがとね」

 

「礼なんていいさ。どうせ拾ったモノだ」

 

 章子は首を振った。「それもあるけど……あたしのこと、信じてくれて、ありがとう」

 

「あん? なんだ、急に?」

 

「あたしの特殊能力……過去の映像を見たり、あたしの中にいる別の誰かが島について教えてくれたり……そんな胡散くさい話を信じてくれて、こんな危険な島まで来て、あたしを護ってくれて、本当に、感謝してる」

 

「なんだよ、改まって。それこそ、礼にはおよばねーよ。警察に追われて途方に暮れてたところを、オメーのアドバイスで随分助かったんだ。礼を言うのはオレの方だ」

 

 恥ずかしそうに鼻の下をこする阿部を見て、小さく笑う章子。

 

 その表情を引き締め、「ねえ、リーゼント」と、まっすぐに阿部を見た。

 

「なんだ?」

 

「このままこの島で調査を続けたら、あたしはあたしでなくなるかもしれない」

 

「あ? そりゃ、どういうことだ? オメーはオメーだろ」

 

「そう。でも、そうじゃないの」

 

「――――?」

 

「でもね、これだけは言える。あたしがあたしでなくなっても、あなたが言う通り、あたしはあたしだから。だって、あたしがあたしなのにあたしじゃなくなったら、それってあたしじゃないあたしがあたしだってことじゃない? だったら、そこにいるあたしは確かにあたしだけど、ここにいるあたしは一体どこの誰なのよ?」

 

「粗忽長屋か」

 

「…………」

 

「…………」

 

「今のボケにそこまで的確なツッコミを入れるなんて、あんた、ウデを上げたわね」

 

「なんだよ。褒めてもこれ以上何もでねーぞ」

 

「あたし、ちょっと前まであなたのことを柳子のヒモでクズ男だと思ってて、柳子はなんでこんなヤツを好きになったんだろうって思ってたけど、いまなら、柳子があなたを好きになった理由が判る気がする」

 

「今度は愛の告白か?」

 

「そう取ってもらって構わないわ。ねぇ、元の世界に帰ったら、あたしと漫才コンビを組んで、M1に出場してみない? 二人で天下を取りましょう」

 

「お断りだ」

 

「そう? 残念」

 

 章子が肩をすくめると、阿部が笑い、そして章子も笑った。

 

「疲れただろ? 少し寝ろよ。オレが見張ってるから」

 

 阿部の言うことに、章子は「ん、そうする」と、素直に従い、阿部の肩に頭を乗せ、眠った。

 

 

 

 

 

 

 一時間ほどで章子が目を覚ますと、阿部は隣でいびきをかいていた。見張ってるって言ったのに、コイツは。

 

 ――ま、あんたらしいけどね。

 

 章子は小さく笑うと、阿部を起こさないよう静かに立ち上がった。部屋を見回し、紙とペンを見つけ、サラサラとメモを書く。

 

『鉄塔に行ってる。あそこからなら、脱出できると思う。先に行ってるから、後から来てね』

 

 章子はメモをテーブルの上に置いた。メモを見た阿部は、鉄塔に向かうだろう。書いた通り、恐らくあの鉄塔を上れば、元の世界に戻れるはずだ。

 

 だが、章子は鉄塔に向かうつもりはなかった。予定通り、蒼ノ久集落の漁港を目指すつもりだ。

 

 章子は、「ん……柳子……これ……純金じゃね……」と寝言を言う阿部の寝顔を見つめ。

 

「――さよなら、リーゼント」

 

 小声で言って、一人、部屋を出た。

 

 調査を続けなければならない。

 

 ずっと、章子の胸の内に潜む何者かが訴え続けている。脩を助けて、と。

 

 章子は、それを無視し続けていた。章子にとって三上脩は赤の他人だ。危険を冒してまで助けるような関係ではない。内に潜む何者かも正体不明だ。言うことを聞く恩も義理も無い――ずっと、そう思っていた。

 

 だが、あったのだ。章子と、()()の間には、重大な関係が。

 

 章子は今日、二十九歳の誕生日を迎えた。つまり、二十九年前の今日――昭和五十一年八月三日に、章子は生まれた。

 

 そして、夜見島の全島民が失踪したのも、二十九年前の今日、昭和五十一年の八月三日だ。

 

 全ては、最初から繋がっていたのだ。

 

 章子は全てを知ってしまった。もう、()()の言うことを無視できない。三上脩を助けなければならない。例え、自分が自分でなくなったとしても。

 

 

 

 

 

 

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