追っ手から逃れた加奈江と脩は、夜見島港の南にあるトンネルを抜け、海に大きくせり出した堤防の手前までやってきた。堤防の先に灯台が見える。灯台まで行けば、救命用のボートがあるだろう。太田常雄と漁師たちは、まだビル群の方を探しているはずだ。もうすぐ島から脱出できる。二人は堤防の上を走る。
だが、加奈江の前に、また着物姿の女が立ちはだかった。太田家の娘・ともえだ。
「ここに来ると思ったわ。もう逃がさないから」
ともえは、夜見島港の手前で会ったときと同じく、鬼相を浮かべて加奈江を睨む。そして、波止場の方へ向かって「化物女はここよ! ここにいるわ! みんな早く来て!!」と、叫んだ。
桟橋の近くにいた漁師たちが移動するのが見えた。すぐにここへ来るだろう。
「お願いです。そこを、通してください。あたしは……あなたたちには、なにもしません」
「はん。化物女の言うことなんて信じると思う? おとなしく子供を渡しなさい!」
ともえは脩の腕を掴み、加奈江から引き離そうとする。脩は加奈江の腕にしがみつき、「やだやだ! お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」と叫ぶ。
「やめて! 脩を連れていかないで!!」
ともえを脩から離そうとする加奈江。しかし、ともえは脩をつかんで離さない。「あなたこそ離しなさい!」と、逆に加奈江を押す。
「ともえ! 無事か!?」
トンネルの方から声がした。太田常雄と漁師が数人駆けつけたのだ。一瞬、加奈江の注意がそちらに向く。その隙に、ともえに強い力で突き飛ばされた。
「お姉ちゃん!」
倒れた加奈江に駆け寄ろうとする脩の両肩を掴むともえ。
「さあ、覚悟しなさい! 化物女!」
ともえが脩を奪う。後ろから漁師たちが迫る。脩が泣き叫ぶ。
加奈江はそのとき、サイレンの音を聞いた。
北東の方角、ちょうど、四鳴山を越えた向こう側の、遊園地がある方向だ。最初は小さかった音が、次第に大きくなる。
「……なんだ?」
漁師たちも足を止め、北西の方向を見た。遊園地のある地域に、サイレンが鳴る設備など無いはずだ。
サイレンの音は、どんどん大きくなる。
それにつれ、地面が小刻みに揺れ始めた。
「地震か……?」
太田がよろけ、そばにいた漁師に支えられた。揺れは、サイレンの音に合わせるかのように大きくなり、やがて、立っていられないほどになった。
「……おやっさん! あれ!!」
漁師の一人が海を指さした。赤い海が大きくうねって盛り上がっている。それが、こちらに近づいて来る。近づくにつれうねりは大きくなり、やがて島を飲み込むほどの巨大な津波となって押し寄せていた。
その津波を見た瞬間、加奈江は悟った。
――お母さんが、人間を
太田は大きく目を見開いて立ち尽くしている。漁師たちは後ずさりし、腰を抜かす者もいた。ともえも怯えも、加奈江から目を離し、呆然と赤い津波を見ていた。
加奈江は、ともえから脩を引き離した。
そして。
「脩! お姉ちゃんに捕まって! 絶対絶対! 離しちゃダメよ!!」
脩の身体を、強く、強く、抱きしめた。
脩も、小さな身体の全ての力を使って、加奈江に抱きつく。
赤い津波が、すぐ目の前まで迫る。
「おのれ穢れ! 何をした!!」太田が叫ぶ。
「化物女! 絶対許さないから!!」ともえが叫ぶ。
漁師たちの怒号が、あるいは悲鳴が、聞こえる。
加奈江は脩を抱きしめ、脩は加奈江にしがみつき。
――ああ、どうか
加奈江は、神に祈った。
赤い津波は、加奈江と脩、太田常雄とともえ、漁師たち、そして、島の住民全員を飲み込み。
彼らを、写し世の世界へと連れ去った。