SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第五十九話 『憎悪』 一樹守 ブライトウィン/甲板 15:04:44

 森の中に座礁した大型客船の甲板で、一樹守は船室内へ入る扉を開けた。闇に包まれていた船室内に光が射し、隠れていたものがあらわになる。うねうねと蠢いていた芋虫状の化物・闇霊が数体、光を浴び、ドブネズミを踏み潰したかのような耳障りな叫び声を上げる。空はいまだ厚い雲に覆われており、陽射しは決して強くない。その上、闇霊は全身に黒い布を巻きつけている。それでも、闇霊たちは煙を上げ、なすすべもなく消滅してゆく。

 

「……そんなに光が苦手なのか?」

 

 一樹は哀れに消滅する闇霊たちを冷たく見つめた。太陽の下で生きられないなど、まともな生き物ではない。まさに化物だ。怒りが湧いてくる。化物への怒りではない。こんな化物を地上に解き放ってしまった自分、それを阻止しようとして、逆に事態を悪化させてしまった自分に対する怒りだった。

 

「……化物め」

 

 その怒りの矛先を、闇霊に向け。

 

「化物め……化物め、化物め! 化物め!!」

 

 一樹は憎しみと共に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 木船郁子と別れた一樹守は、島の南部にある瀬礼洲地区の森の中で、この大型客船を見つけた。船体には平仮名で『ぶらいとうぃん』と書かれていた。ブライトウィン号――今から十九年前の昭和六十一年八月二日未明、夜見島沖を航行中、突如消息を絶ったフェリーだ。海上保安部は警察や自衛隊とも協力して周辺海域を捜索したが、生存者一名を発見したにとどまった。残り四十四名の乗員乗客、及び船体は、十九年経った今でも見つかっていない。

 

 そのブライトウィン号が、この偽りの夜見島に存在している。しかも、十九年経ったとは思えないほど船体は奇麗だ。まるで、十九年の時の流れを止めていたかのような姿。あるいは、十九年の時を超えてここに現れたのか。どちらも科学的に考えてあり得ない話だ。到底現実的ではない。しかし、科学的とか現実的などという考え方は、いまの一樹には些細な問題だ。この偽りの夜見島では、科学的・現実的という言葉に縛られるのは、思考を停止するに等しい。

 

 仮にこのブライトウィン号が十九年の時を超えて現れたとすれば、行方不明だった人々が船内にいるかもしれない。そう考えた一樹は、船内を調べてみることにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 闇霊が消滅した通路を通り、反対側の扉から外に出る。そこは救命用のボートダビットがある右舷の甲板だ。陽の光をさえぎるためか全面黒い布が張られてあり、外の景色は見えない。それでも完全に光を遮ることはできないため薄明るく、闇霊の姿は無かった。一樹はそのまま通路を通り抜け、後部の入口から再び船室内に入った。正面に下り階段があり、その手前に船員専用という看板が立てられてある。右手側は客室へと通じるエントランスホールだ。どちらも陽の光が奥まで届かず、電気も消されているため真っ暗だ。一樹はライトを取り出し、エントランスの方へ向かった。

 

 エントランスからは各客室へ向かうことができる。一階は大部屋で雑魚寝する三等客室で、階段を上がれば寝台部屋の二等客室だ。室内にはところどころ非常口を示す緑色の看板がぼんやり光っているだけで、他の明かりは点いていなかった。階段の近くには受付カウンターがある。一樹はカウンターの中に入り、ライトで照らして明かりのスイッチを探した。すぐに見つけることができたが、オンにしても明かりは点かなかった。船内放送用のマイクや防犯カメラのモニターのスイッチも入れてみたが、どれも動作しない。主電源が落ちているようだ。光を嫌う闇人が、船全体のブレーカーを落としたのかもしれない。

 

 カウンター内を調べていると、心臓の鼓動が激しくなった。近くに敵がいる。幻視で探ると、一階の三等客室に闇人の気配を見つけた。自衛隊員が使用する小銃を持っている。遊園地に現れた直後は銃の使い方を知らなかった闇人だが、一樹たちが園内を探索しているわずかな時間で学習してしまった。もう銃を使えないという考えは捨てた方が良い。一樹が持っている武器は道端で拾った鉄パイプだけだ。こんなもので銃相手に戦うのはあまりにも無謀だろう。闇人はエントランスの方へ向かって来る。一樹は一旦身を隠すことにした。

 

 カウンターの中でしゃがみ、ライトを消す。幻視能力の影響で暗闇でもぼんやりと見ることはできた。息を殺して敵が過ぎ去るのを待つ一樹。ふと、カウンター内の棚を見ると、『落し物』と書かれた箱があり、その中に拳銃が入っていた。あまりにも場違いなので子供が落とした玩具かとも思ったが、手に取ってみると重量も質感も間違いなく本物だ。弾も入っている。闇人が律儀に落とし物として届けたのだろうか? 経緯は判らないが、これで戦いはかなり楽になる。ありがたく使わせてもらおう。

 

 闇人がエントランスホールに入ってきた。一樹は身をひそめたまま幻視で様子を探る。ホールの中央まで来た闇人は、周囲を見回した後、三等客室の方へ戻り始めた。一樹は幻視をやめ、カウンターから出て静かに後をつける。ある程度間合いを詰めたところで銃を構え、引き金を引いた。三発撃ったが、命中したのは一発だけだった。やはり暗闇だと狙いを定めにくい。背後から銃弾を喰らった闇人は大きくのけ反ったものの倒れることはなく、振り返って小銃を構えた。一樹はライトのスイッチを入れ、闇人の顔に当てた。闇人は顔を押さえて悶える。そこへさらに銃弾を撃ち込む。光がある状態ならば狙いを定めやすい。今度は三発とも命中させ、闇人は甲高い悲鳴と共に倒れた。

 

 なんとか闇人を倒すことができたものの、銃弾の三分の二を使ってしまった。予備の弾は落し物入れには無かった。倒した闇人の持ち物を探ってみる。ウエストポーチの中に計十八発の弾を見つけた。運よく一樹が持っている銃に使用できるものだったので、遠慮なく貰っておく。残るは小銃だ。一樹は海外の射撃場で拳銃を撃った経験はあるものの、さすがに小銃は扱ったことがない。素人が適当に使うのは危険だろう。とは言え、このままにしておくのも危険だ。闇人も屍人と同じく、一度倒しても新たな闇霊が憑りつけばよみがえる。武器を奪っておけば、復活した時の脅威は格段に減るはずだ。一樹は鉄パイプをその場に置き、小銃を取った。

 

 エントランスホールを離れ三等客室へ入る。三等客室は大部屋が四つある。ひとつひとつ探索していくが、闇にまぎれて闇霊が襲ってくるだけで、生存者の姿は無かった。一階の捜索を終えた一樹は二階へ上がる。二階の二等客室は、一部屋に二段ベッドがふたつずつ設置されている四人部屋だ。一部屋一部屋確認していくものの、一体の闇人と無数の闇霊が襲ってきただけで、やはり生存者の姿は無かった。闇人は銃で倒し、闇霊は銃で殴ったりライトの光を当てて倒した。

 

 一階と二階の客室を捜索し終えた一樹。生存者の姿は無い。オカルト雑誌の編集者としてはフェリー消失の謎を探るべく探索を続けたいところではあるが、今の状況ではそこまでの余裕はない。生存者がいないのならば長居は無用だ。一樹は船を下りることにした。

 

 一樹が船に乗り込んだのは左舷甲板の乗降口だ。タラップは無く、結び付けられた縄梯子を使って乗り込んだのだ。他に乗降口は無いようなので、またそこへ行かなければならない。エントランスホールへ戻る一樹。しかし、ホールから左舷甲板へ出る扉は施錠されていて開かなかった。そうなると、右舷側から地下に下りて回り込まなければならない。一樹はエントランスを後にすると、船員専用の看板が立てられた階段を下りた。

 

 階段の中ほどまでおりたところで鼓動が激しくなる。闇人がいるようだ。幻視で様子を探ってみる。細長い通路にそれらしい気配を見つけた。すぐそばに、『機関制御室』というプレートが貼られた扉がある。どうやら階段を下りた先の通路のようだ。だが、どうも様子がおかしい。その視点は、扉のプレートやノブを見上げる格好になっている。視点の位置が低いのだ。それも、床すれすれと言っていいくらいの位置である。視点の主は「髪飾り……お父様の髪飾り……」とつぶやきながら通路をうろうろしている。女性の声だった。髪飾りを落として探しているのだろうか? そうだとしても、コンタクトレンズじゃあるまいし、床に這いつくばって探すようなものではないだろう。

 

 幻視をやめる一樹。相手は長い間地の底にいた化物だ。ヤツらのやることを気にしても仕方がない。それより、あいつをどうするかだ。ずっと通路に這いつくばって髪飾りを探しており、他の場所へ移動する気配はない。通るためには倒すしかなさそうだ。幻視では武器を確認できなかったが、仮に小銃を持っていたとしても、ライトで目をくらませて拳銃を撃てば倒せるだろう。一樹は階段を下までおりる。右手側に開けっ放しの扉があり、闇人はその先、通路の中央付近にいる。一樹は通路に踏み込むと、中央付近にライトを向けた。「ぎゃあ!」と悶え苦しむ声がする。すかさず距離を詰め、銃を撃とうとした。

 

「――――!?」

 

 思わず足を止める一樹。一樹が想像していた這いつくばった闇人は、そこにいなかった。いや、闇人はいるのだが、それは人型の闇人が這いつくばっているのではなく、闇人が四足歩行に姿を変えたかのような姿だった。ドラム缶を横倒しにしたような巨大な寸胴で、かつて手だったと思われる前足は鳥類の足のように変化している。それだけでも奇怪極まりないのだが、胴体に埋め込まれたかのような顔は、あろうことか人間の顔の二倍以上の大きさがある。

 

 四足(よつあし)の闇人は光の不意打ちから立ち直ると、獣のごとく突進してきた。人をはるかに凌駕した速さだ。あり得ない姿の化物があり得ない速さで迫っている。驚きと戸惑いと恐怖が入り混じった感情の中、それでも一樹は本能的に引き金を引いた。人は危機的状況に陥ると常識を超えた力を発揮するというが、そのせいだろうか、五発撃った弾は、全て四足闇人に命中した。だが、闇人の突進は止まらない。それどころか、弾は全て弾き返され、かすり傷ひとつ負っていない。さらに残りの四発を全て撃ったが、結果は同じだった。

 

 弾を撃ち尽くした一樹。リロードするような余裕は無いし、銃が効かない相手を殴って倒せるとも思えない。瞬時にそう判断し、階段を駆け上がる。相手は人を凌駕する速さで走る化物だ。逃げられるかどうかは判らないが、どんなに絶望的な追いかけっこでも、逃げるしか道は無い。

 

 だが、相手はその速さが仇となり、角をうまく曲がれず壁に激突して足が止まった。さらに、鳥のような前足ではうまく階段を踏めないのか、かなりもたもたと階段を上がっている。一樹はその隙にエントランスホールに逃げ込むと、カウンターの中に隠れた。息を殺して様子を伺う。

 

 ホールに四足闇人が駈け込んで来た。一樹の姿を見失った四足闇人は、周囲を見回す。

 

 

 

 

 

 

 四足闇人はしばらくホールの中央で周囲を見回していたが、諦めたのか、また「髪飾り……お父様の髪飾り……」と言いながら、出入口の方へのそのそと歩いて行った。

 

 一樹はカウンターからそっと顔を出し、四足闇人の後ろ姿を確認する。赤い着物に草履履きだった。その格好には見覚えがあった。一樹が冥府へと下りる前、岸田百合を執拗に追いかけていたあの着物姿の女だ。そう言えば、顔も声もそうだったように思う。

 

 もっとも、元の人間が誰であろうと、それは大した問題ではない。重要なのは、四足闇人の正面は、寸胴に鳥のような前足にあり得ない大きさの顔という姿だが、後ろ姿は、人が四つん這いでいるのとあまり変わらないということだ。つまり、上半身は大きく形態を変えているが、下半身はほとんど変化していないのである。ならば、後ろから攻撃すれば効果があるかもしれない。一樹は銃に弾を装填すると、カウンターを出て四足闇人の後を追った。たどたどしい足取りで階段を下りる四足闇人に銃を向け、充分に狙って引き金を引いた。三発撃ち、そのうち二発が背中に命中する。四足闇人は悲鳴を上げて大きくのけ反った。思った通り、後ろからの攻撃は有効だ。一樹は相手に振り返る間を与えずさらに引き金を引く。残りの銃弾を全て撃ち込むと、四足闇人は耳障りな金切り声をあげて倒れた。

 

 大きく息を吐き、銃を下げる一樹。なんとか倒すことができたが、異様な姿といい、正面への攻撃が効かないことといい、かなり恐ろしい相手だった。

 

 一樹は再度銃に弾を込める。残りの弾は少ない。この四足闇人がよみがえったり、同じヤツが他にもいたら危険だ。早々に立ち去った方がいいだろう。一樹は階段を下り、通路を進む。通路の中央には『機関制御室』のプレートが貼られた扉と、その反対側には『機関室』のプレートが貼られた扉もあるが、どちらも用は無い。一樹は扉の前を通り過ぎ、反対側の階段を上がって左舷甲板に出た。乗降口の縄梯子は、一樹が乗りこんだ時のまま結び付けられている。一樹は縄梯子を下り、ブライトウィン号を後にした。

 

 

 

 

 

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