SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第六話 『懇願』 一樹守 夜見島/四鳴山林道 -2:24:32

 襲い来る屍人から逃れ、夜見島港を離れた一樹守と岸田百合は、島中央部にそびえ立つ四鳴山(しなりやま)のふもとを通る林道を北東へ向かって歩いていた。先ほど上空を通過したヘリを追い、島の北東部にある碑足という地域へ向かっているところだ。だがその足取りは重く、歩みはなかなか進まなかった。島で最も高い山である四鳴山へと続くこの道は起伏が激しい。当然舗装などされておらず、雨が降り始めたためかなりぬかるんでいる。坂道では滑りやすく神経を使うし、場所によっては沼のようになっていて、泥が足にまとわりつき体力を消耗する。一樹は仕事柄郊外へ取材に行くことが多く、体力にはそれなりに自信があるが、それでもかなり疲労がたまっていた。恐らく百合はさらに疲れていることだろう。一樹は、後ろを歩く百合を振り返り、ライトを向けた。

 

「……いや」

 

 ライトを向けられた百合は、手をかざして光を遮り、顔をそむけた。

 

「あ、ごめん」

 

 慌ててライトを下に向ける一樹。

 

 百合は、ライトに照らされるのをやたらと嫌った。今のように直接顔に光を当てられるのはもちろん、足元を照らされるのさえ嫌がった。少々異常とも思えるほどだ。もしかしたら、人より光を眩しく感じるのかもしれない。そういう目の疾患があることを、一樹は以前本で読んだことがあった。

 

「疲れたよね? 少し休もう」

 

 一樹は道端に手ごろな岩を見つけ、そこに二人で座った。

 

「ヘリを見つけたら、すぐに助けてもらえるよ。そうしたら、すぐ家に帰れるから」

 

 一樹は百合を励ますためにそう言った。百合は視線を落としたまま、表情は暗い。あの港で襲ってきた動く死体のことを恐れているのかもしれない。

 

「心配しないで。あいつは、追いかけてきてないから」

 

 一樹はそう付け加えた。あまり根拠は無かったが、少なくとも、今のところ追いかけてくる気配はない。

 

 百合は顔をあげ、一樹を見てほほ笑んだ。「大丈夫。もしまた襲って来ても、あなたが護ってくれるから」

 

 そう言うと、百合は一樹の肩に頭を乗せた。一樹は少し戸惑ったが、そのまま肩を貸したままにする。どうも百合は距離感がおかしいように思う。ほんの一時間前に出会ったばかりの男に、これほど密着してくるものだろうか。もちろん、男だから悪い気はしない。しかし、少々度が過ぎているようにも思う。

 

 ……いや、死体が動き出して襲ってくる、なんて異常な状況なら、それも仕方ないかもしれない。彼女は不安なのだ。そう思うことにした。

 

 それよりも。

 

 あの動く死体は、一体なんだったのか? 百合は、『屍人』と言っていた。蠢く闇――『屍霊』が死体に憑りつくことで、死体が動き始め、人を襲うという。馬鹿げた話だが、あの男が死んでいたことは一樹も確認している。蠢く闇が死体の中に入って動きはじめたところを、一樹自身目の前で見たのだ。信じられない話だが、今の一樹には百合の話を否定することができない。

 

「あたしのお母さん、この島に閉じ込められているの」

 

 不意に、百合がそう言った。

 

「――え?」

 

 突然の言葉に戸惑う一樹。百合はさらに続ける。

 

「早く助けてあげないといけないの。それであの人、助けてくれるって言ったんだけど……」

 

 あの人……さっきの襲い掛かってきた男のことだろうか? 

 

 百合は一樹の手を握り、まっすぐな視線を向けて来た。「お願い、あたしを助けて」

 

「ちょっと待って、落ち着いて、岸田さん」手を離そうとする一樹だったが、百合は強く握ったまま離さない。

 

「百合って呼んで、守……」さらに身体を寄せてくる。

 

「百合、ちゃん、そのこと、警察には話したの?」

 

 百合は視線を落とし、首を振った。「誰もあたしを信じてくれない。誰も助けてくれない。もう、あなたしか頼れる人はいないの。お願い守、あたしを信じて」

 

 百合は、一樹の手を胸に押し付け、すがりつくように言った。唇が触れる寸前まで顔近づけ、うるんだ瞳で見つめる。魂を吸われるかのような、妖しい瞳だった。

 

 母親が島に閉じ込められている……百合は、なにを言っているのだろう? 二十九年間無人のこの島に母が囚われているなど、にわかには信じられない。普通ならば、タチの悪いイタズラか、あるいは、彼女の妄想と思うところだ。そんなことに付き合うよりも、今は助かることを考えなければならない。そのためには、島の北部に着陸したと思われるヘリのところへ向かうのが一番だと、一樹は考えている。

 

 だが、百合の瞳を見ていると、一樹の頭からはそのような考えが薄れていった。百合の力になりたい――そういう思いが溢れてくる。

 

「お願い。あたしと一緒に、来て――」

 

 誘惑するような百合の声に、一樹は。

 

「……ああ、判った」

 

 そう頷いた。

 

 その瞬間、百合は小さく笑ったように見えたが、恐らく気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

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