SIREN2(サイレン2)/小説   作:ドラ麦茶

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第六十四話 『暴発』 永井頼人 夜見島/蒼ノ久集落 14:00:45

 自衛官の永井頼人は、寂れた漁港のある集落へ来ていた。と、言っても、特に何か目的があるわけではない。この集落にたどり着いたのは、ただの偶然にすぎなかった。三沢の元を去り、一人で行動し始めたものの、どこに行けばいいのか、何をすればいいのか、彼には全く判らないのだ。初めて訪れる島で地図も持っていないから、そもそもどこに何があるのさえ判らない有様である。こんなとき、沖田さんがいてくれたなら……そう思わずにはいられない。

 

 深夜のヘリの墜落により、永井が所属していた隊の仲間は、彼と三沢を除き全員が命を落とした。尊敬する先輩の沖田も同様だ。もし沖田が生きていれば、この絶望的な状況でも、きっと永井を導いてくれただろう。あるいは、隊長の一藤陸佐が、副隊長が、いや、他の誰でもかまわない。隊の誰か一人でも生き残っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。なぜ、あのとき生き残ったのが、未熟な自分と、そして、頭がおかしいとしか思えない三沢だったのか……考えても判らないし、恐らく理由など無いだろう。運が悪かったとしか言いようがない。

 

 入り組んだ細い道が続く集落を慎重に進む永井。明け方あたりから、屍人に代わり、全身に黒い布を巻きつけたニヤケ顔の化物と遭遇することが多くなった。屍人よりも素早く、人間の言葉を喋り、戦闘時に策を用いるなど、頭も良い。人間と同じ背格好の者が多いが、ドラム缶を倒したような寸胴で四足歩行する者や、人型の数倍はある巨体の者など、人間とはかけ離れた姿の者も存在し、それらは総じて人型より戦闘力が高い。屍人とは比べ物にならないほど危険な相手だった。一瞬の油断が命取りになりかねない。永井は機関拳銃を握りしめ、神経を研ぎ澄まし、敵の気配を探る。

 

「――やだ! やめてください! やめてぇ!!」

 

 正面から悲鳴が聞こえた。女の声、それも、まだ少女と言っていい歳頃だろう。生存者がいるのだろうか? 永井は悲鳴が聞こえた方へ走った。細い通路の先、丁字路になっている所を、セーラー服姿の少女が駆け抜けた。そのすぐ後を、体格の大きな男が追いかける。それは、ニヤケ顔の化物でも、屍人でもなかった。生きている人間――それも、知っている顔だった。永井の上官で、ヘリ墜落時の、もう一人の生存者。

 

 ――三沢三佐!?

 

 姿が見えたのは丁字路を駆け抜けた一瞬だけだが、見間違うはずはない。三沢が、逃げる少女を追っている。少女は恐らく中学生だろう。なぜ三沢が、まだ子供と言っていい少女を追っているのか。理由は判らないが、まともな行動とは思えなかった。

 

 銃声が響き、少女がさらに悲鳴を上げた。まさか、発砲しているのか!? 永井は駆けだした。丁字路の角を曲がると。

 

「言え! 貴様はなんだ!? 何が目的だ!?」

 

 行き止まりに追い詰められ、腰を抜かして地面に座り込む少女と、その少女に小銃を向け、怒声を上げる三沢の姿があった。少女は首を振り、「判りません……本当に判らないんです……」と、涙を流す。三沢の顔が苛立ったように歪んだ。さらに引き金を引く。銃口は下げられているため、銃弾は少女のすぐそばの土を弾き飛ばしただけだ。それでも、自衛官にあるまじき行為だ。国民の安全を守ることが使命であるはずの自衛官が、まだ幼い少女に向けて発砲しているのである!

 

「――やめろおおぉぉ!!」

 

 その行為を止めるよりも早く、永井は叫んでいた。

 

 それは、決して、故意ではなかった。

 

 三沢の暴挙を止めようとして、叫び、思わず全身に力が入ってしまっただけだ。

 

 ただ、そのとき永井の指は、機関拳銃の引き金に添えられてあり。

 

 その銃口は、三沢に向いていたのだ。

 

 不運だった――そう()()しかない。

 

 たたたん、という軽い音とは不釣り合いな、強い衝撃が、腕を伝い、全身を駆け抜けた。

 

 同時に、三沢が低いうめき声をあげる。

 

 やや前かがみで銃を構えていた三沢だったが、今は少し後ろにのけ反る格好だ。その姿勢のまま、しばらく立ちつくす。やがて両腕がだらんと下がり、小銃が地面に落ちた。三沢は、ゆっくりと視線を落とし、自分の腹を見た。迷彩服が大きく破れ、血が噴き出している。その血を右手で拭い取り、わずかに首を傾げた後、永井を振り返った。

 

「……やるじゃない……」

 

 三沢の顔からは、全ての感情が消えていた。さっきまでの苛立った感情も、撃たれたことの痛みや怒りも、あるいは恐怖や悲しみと言った感情も。全てを失ってしまった顔。

 

「敵が他に気を取られている隙に背後から撃つ……お前にしちゃぁ上出来だ」

 

 その体格からは考えられないほど弱々しく、ゆっくりとした足取りで歩く。左右によろめきながらも視線は真っ直ぐに永井を捕らえ、近づいて来る。

 

 永井は、銃を構えたまま呆然と立ち尽くしていた。腹から血を流し、近づいて来る三沢。あれは、自分がやったのだろうか? 自分が撃った弾が、三沢の身体を貫いたのだろうか? それ以外には考えようもないが、信じられない。信じたくなかった。誰かに向けて銃を撃ったのは、もちろんこれが初めてではない。この島に上陸して以降、化物どもに数えきれないほどの銃弾を撃ち込んだ。だが、化物どもを撃った時とは明らかに違う。手の震えが止まらない。全身から汗が吹き出し、呼吸は短く、荒くなる。

 

 永井の目の前に立った三沢。そこで力を失ったのか、永井に向かって倒れてきた。頭一つ分高い三沢が、上から永井に抱きつくような格好だ。

 

 三沢が、永井の耳元に口を寄せた。

 

「……上官として……最期にひとつだけ……アドバイスしてやろう……」

 

 ささやくように言う。

 

「……この島では……何か行動を起こすたびに……事態は悪い方向へ進む……あまり……頑張りすぎるなよ……」

 

 三沢の言葉は全て聞こえたが、理解はできなかった。いま起きていること、自分が起こしてしまった事態に、思考が追いつかない。

 

 ふふん、と、三沢がわずかに息を吐く。笑ったように思えた。

 

「……じゃあ……俺だけ先に目覚めちまうけど……悪いな……」

 

 その言葉と同時に、三沢の身体が軽くなった――ような気がした。

 

「……うわぁ!」

 

 永井は覆いかぶさる三沢の身体を突き飛ばした。どさり、と、地面に横たわる三沢。その肌から急速に血の気が失われ、灰色と化していく。目も同様に色が消える。かっと開かれたまま、濁り、くすみ始める。

 

 それは、この島で何度も見た、屍人と同じ姿。

 

 三沢岳明は、いま、永井の目の前で死んだのだ。永井の放った銃弾によって。

 

 人の死を見るのは、これが初めてではない。自衛隊に所属して三年、経験豊富とは言えないが、何度か災害現場に派遣され、救出できなかった命を目の当たりにしてきた。特に、この二十四時間は、常識ではありえない経験をした。ヘリが墜落し、多くの仲間が目の前で死んだ。その死体がよみがえり、襲って来るので、銃で撃退もした。

 

 だが。

 

 三沢の死は、今まで永井が目の当たりにしてきた死とは、まるで違う。当然だ。永井自身が、その手で銃を撃ち、その結果、三沢は死に至ったのだから。

 

 人を――生きている人間を、殺してしまったのだ。

 

 違う! と、即座に否定する。これは事故だ。決して故意ではない。銃が暴発した、それだけのことだ。そう自分に言い聞かせる。だが、それで罪の意識が消えることはない。事故だろうと故意だろうと、その結果一人の人間が死んだことに変わりはないのだ。その責任が自分にあることは、間違いないのだ。

 

 永井は、頭がおかしくなりそうだった。そのままだったら、本当におかしくなっていたかもしれない。

 

「……ありがとうございました……」

 

 その言葉で、永井は正気のふちに踏みとどまった。

 

 三沢に追いかけられていた少女だった。恐怖から解放され、心の底から安堵した笑みを浮かべていた。

 

「その人、急に怒りだして、言ってることも訳が判らなくて……本当に怖かった……」

 

 その笑顔が、永井を奮い立たせた。

 

 そうだ。俺は、あの少女を助けたのだ。少女は恐らく十代前半。まだ子供だ。三沢は、子供に向けて銃を撃ったのだ。正気とは思えない。俺は、狂人から少女を護ったのだ。断じて、ただ人を殺したのではない。

 

 そう、自分に言い聞かせる。

 

 永井は、一度大きく息を吸い、そして吐き出した後、少女に言った。「君、名前は?」

 

「矢倉市子です」

 

「よし。市子ちゃん。僕は、自衛官の永井頼人。ここは危険だから、まずは安全な場所へ移動しよう。いいね?」

 

「はい」

 

 少女の笑顔に、自信が湧いてくる。自分は、何も間違ったことはしていない。自衛官の責務として、この少女を保護したのだ。

 

 そして、このイカれた世界から少女を連れ出し、無事、元の世界へ帰る。

 

 それが、今の自分の使命だ。

 

 やるべきことを見出した永井は、決意を新たにし、少女と共にその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

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