「……ありえないだろ」
目の前の光景に、阿部倉司は思わずそう声を漏らした。人生最大の危機を乗り切り、ついさっきまでこの世の楽園を謳歌していた阿部だったが、それが一転、地獄に落ちたような気分になった。楽園は、一瞬にして灼熱地獄と化したのだ。まあ、この世の楽園と言えば聞こえはいいが、その実態は穴を掘って板を通しただけの汲み取り式便所だ。長年放置され熟成され切ったナニが鼻がひん曲がる悪臭を放っており、元々地獄のような場所だったと言っていい。それでも、猛烈な便意と格闘し、敗北寸前まで追い詰められていた阿部にとっては、九死に一生を得た奇跡の場所だったのだ。それが、突然大爆発を起こした。原因に心当たりはない……こともない。爆発の直前、阿部は煙草を吸い、火が点いたままの吸殻を便所に投げ捨てたのだ。それが、ナニから発生したメタンガスか何かにに引火したのだろう。数十年放置され、蓄積されたまくったガス爆発の破壊力は凄まじく、採掘所の巨大な建物の半分を吹き飛ばしてしまうほどだった。
もっとも、人生最大の危機を乗り越え、男としてひと回りもふた回りも成長した阿部にとって、その大爆発から逃れるのはそう難しいことではなかった。爆風に吹き飛ばされながらも、阿部は作家先生の愛犬ツカサと共に採掘所跡を脱出したのだ。傷ひとつ負わず、飛び散る灼熱のウ○コの一滴も浴びることはなかった。成長した阿部だからこそなせる技だろう。
それだけで終わっていれば、別段大したことではなかったのだ。残念ながら、ことはそれだけで終わらなかったのだ。
脱出後、まず阿部が見たのは、採掘所跡のすぐそばで起こった別の爆発だった。便所の爆発と同程度のものだったが、それは阿部が脱出した方の反対側だったこともあり、さほど気には留めなかった。便所の爆発が、外に放置してあったドラム缶の油か何かに引火したのだろう、その程度に思っていた。
が、その次の瞬間、採掘所跡から少し離れた森の中でも爆発が起こった。直前の二度の爆発の規模でも、そこまで飛び火するとは思えないほど離れた場所だった。さらには、もっと離れた場所――四鳴山のふもと付近でも爆発が起き、続いて、山の中腹でも同じように爆発が起きた。爆発が連鎖している。白黒赤青など複数のロボットが爆弾を設置して殺し合うあのゲームのような光景だった。
なぜ、このようなことになったのか。想像するしかないが、もしかしたらこの島の地下には当主さえも知らない地下道が張り巡らされていて、そこにもメタンガスが溜まっていたのかもしれない。あるいは、旧日本軍が秘密の研究所を作り、大量の武器弾薬を隠していたのかもしれない。なんであれ、その爆発の連鎖はその後も続き、山頂へと向かって行ったのだ。
四鳴山の山頂。そこには、巨大な鉄塔がある。占い女の遺言(?)によると、あの鉄塔は現実世界の夜見島と繋がっており、登れば元の世界に帰れるとのことだった。昼間、一時的に雲が途切れた際、空には逆さまに浮かぶ夜見島が見えたし、作家先生もあれこそが現実の夜見島だと言っていた。鉄塔が元の世界へ帰る最大の鍵なのは間違いないだろう。
阿部の煙草が引き起こした爆発は山を登り続け、山頂へ向かって行く。
――あの先に、便所爆破という炎がたどり着いたとき、鉄塔は完全に崩壊する。
阿部が語り始めた時、ついに、爆発は鉄塔の真下に到達した。
「…………」
しばらく呆然とその場に立っていた阿部だったが。
「……俺、しーらね」
こそこそと逃げるように、採掘所を後にした。