四鳴山山頂の鉄塔が崩壊し、
写し世の夜見島に残された闇人達は、島南西部にある
残された我々はどうすべきか――集まった者で話し合い、まず挙がったのは復讐だった。母の命を奪った者を見つけ出し、報復すること。それが、母の無念を晴らす唯一の手段である、というのだ。
母の命を奪った者の見当はついていた。母の気配が消える前、若い人間の男女が鉄塔を登っているところを、複数の仲間が目撃している。鉄塔の崩壊現場から、その男女の死体は見つかっていない。鉄塔の先端部は地上世界へと繋がっていたから、恐らくその二人は地上世界へ帰還したのだ。ならばその者を追い、見つけ出して復讐すべきだ。
この意見に、多くの仲間たちが賛同した。現在闇人達のリーダーを務める自衛官の人型闇人にも、母の仇を討ちたいという思いは、もちろんある。
だが、現状それを実行するのは不可能だと言わざるを得ない。
九時間前の母の断末魔の悲鳴と共に、島を赤い津波が襲った。これにより、ほとんどの仲間が流されてしまったのだ。現在この島に残っているのは、人型・巨体・四足の『殻』を持つ闇人が十体、そして、それら『殻』を持たない闇霊が二十体ほどだ。地上世界へ向かい、母を殺した者を見つけ出して復讐するには、あまりにも数が少ない。そもそも、鉄塔が崩壊してしまった今、残された者たちには地上世界へ行く手段が無いのだ。これで、復讐など果たせるわけがなかった。
ならば、我らがすべきことはひとつだ、と、別の者が言った。母の仇を討てぬのであれば、我らも母の元へ向かうことで、母への愛を示すのだ、と言う。
死んでしまった母の元へ向かう――すなわち、殉死。
この意見に、仲間たちは黙り込んでしまった。賛成する声は上がらないが、反対する意見も出ない。沈黙こそが、その回答だった。皆、判っているのだ。もはや、そうするしか道がないことを。
この写し世の夜見島は、間もなく崩壊する。写し世は母が創り出したものだ。母がいなくなった今、その形を留めておくことはできない。崩壊に巻き込まれることは、すなわち、消滅である。
だが、闇人の隊長は、断じて殉死を許さなかった。母の後を追って死ぬことが愛ではない。母の遺志を継ぐことこそが真の愛である、と、説得した。母の遺志、それは、人間どもに奪われた地上世界の奪還。無論、いま残された者たちでそれを果たすことは不可能だ。だから、一度地の底の冥府へと戻り、次の侵攻に備えて力を蓄えるのだ――かつて、光の洪水で地上世界を追われた母がそうしたように。どれだけ時間がかかるかは判らない。母でさえ、地上へ帰還するための準備に途方もない時間を費やした。卑小な我らでは、さらなる時間を要するだろう。もしかしたら永遠にかなわないかもしれない。それでも、生き残りさえすれば、ほんのわずかでも希望は残る。ここで我らが全滅すれば、母の野望は完全に断たれるのだ。
隊長の説得に、殉死を訴えていた仲間も応じた。そうと決まればぐずぐずしてはいられない。冥府の門がある夜見島遊園は、この潮降浜地区の反対側だ。島が崩壊する前にたどり着かなければならない。隊長の号令で、闇人達は遊園地へ向かおうとした。
そんな彼らの前に、突如、光の柱が出現した。
突然のことに戸惑う闇人の前で、光の柱は空へと伸びてゆく。最初は細い光だったが、伸びるにつれ、少しずつ太くなり、眩しさを増す。
闇人達は一斉に脅え始めた。闇人にとって光は天敵だ。特に、殻を持たない闇霊たちは、懐中電灯程度の光でも致命的になりかねない。それが、天を貫くばかりの巨大な光ともなれば、闇霊どころか殻を持つ闇人でも無事ではいられないだろう。
だが、その光を浴びても、誰も痛みや苦しみは感じなかった。眩しくはあるが、目を焼かれることもない。不思議な光だった。
光に害が無いことに安堵した闇人達だったが、今度は疑問が湧いてくる。この光は、いったいなんなのだろう? 写し世の夜見島には、まれに地上世界から光が射し込んでくることがあるが、現在空は厚い雲に覆われている。それに、この光は空から注いだのではなく、地面から空に向かって昇っていった。光には必ずその源となるものがあるはずだが、地面には何も無い。それはまるで、地上から天へ昇っていく龍のようであった。
やがて。
その光が消えると、そこに、一人の人間が立っていた。
薄緑のシャツにジーンズ姿の少年だった。耳に当てたヘッドフォンから、ハードなメタル曲が漏れ聞こえてくる。背中に二本の猟銃を背負い、右手には日本刀を持っている。まだ顔に幼さが残る少年とは思えない武装だった。左手には奇妙な土人形を持っていた。刀や猟銃と比べると、明らかに不釣り合いな物だ。
隊長は首をかしげた。この少年はどこから現れたのだろうか? 島にいた人間どもは、母の最期の鳴き声による津波にさらわれたはずだ。どこに隠れていようとも、人間があの津波から逃れることなどできない。ならば、津波の後、島にやってきたことになる。だが、人間が自力でこの写し世の夜見島へ下り立つことなど可能なのだろうか? 少年はあの光の中から現れたように見えた。ならば、あの光はなんだったのだろう?
いや、今は少年の正体などどうでもいい。急いで冥府に戻らねば島の崩壊に巻き込まれてしまう。隊長は、部下の闇人に少年を排除するよう命じた。巨体闇人の一体が前に出る。少年が刀を頭上に振り上げた。それを見て、巨体闇人は小さく笑う。巨体闇人の正面は装甲車のように頑丈だ。刀や猟銃などでは傷ひとつつけることはできない。少年がどんなに武装していようとも、巨体闇人の敵ではないだろう。
だが、少年は恐れる様子もなく、決意のこもった目で闇人共を見つめ。
「……お前らみたいなのがいる限り、俺は、何度でも現れる」
静かな声で、そう言った。
その瞬間、少年が頭上に振り上げた刀から青い炎が吹き出し、勢いよく燃え上がった。
ぞくり、と、隊長の背中を冷たいものが走った。まるで、大型の獰猛な獣と対峙したかのような恐怖が襲う。少年と対峙した巨体闇人も、同じく得体の知れない恐怖を感じているのだろう。下腹部の顔を歪ませ、一歩退いた。
少年が動いた。青い炎をまとった刀を振り上げ、巨体闇人に向かって走る。恐怖に縛られた巨体闇人は動けない。少年が刀を振り下ろした。巨体闇人の正面は、人間が作った武器などでは傷ひとつつかないはずだ。しかし、少年が片手で放ったその一閃は、巨体闇人の正面を、いや、正面から背後にかけてを、真っ二つに斬り裂いてしまった。巨体闇人の身体は、鉈で薪を割ったかのごとく、左右に別れて倒れた。闇人達は、呆然とその光景を見つめていた。
いち早く我に返ったのは隊長だった。あの刀はマズイ。この島には、穢れを滅する木の枝や、母さえも恐れる天魚の骨など、恐ろしい
だが、少年はそれでも恐れたり怯んだりする様子はない。右手の刀を下ろすと、左手の土人形を頭上に掲げた。その動作に合わせるかのように、少年の全身が薄青色に光り始めた。ぼんやりとした輝きが全身を包み込んだかと思うと、一転、全ての光が凝縮して土人形に集まり、眩しく輝き始めた。
その光が、天へ向かって放たれる。
次の瞬間、天から、無数の青い炎が降り注いだ。
炎を浴びた闇人達が、次々と燃え上がる。悲鳴を上げ、闇人達が
やがて天から降り注いだ炎が消えると、元々少なかった闇人の部隊は、
少年は土人形をポケットにしまうと、両手で刀を持ち、隊長に向かって走った。
だが、その少年の身体を、後ろから巨体闇人が羽交い絞めにした。天から降り注いだ炎を、どうにかかわしていたのだ。
巨体闇人の力に抑えつけられ、少年は身動きが取れない。いまがチャンスだ。隊長は小銃を構え、引き金を引いた。小銃に装填されている弾は三十発。その全てを、少年の身体に撃ち込んだ。銃弾は少年の身体を貫き、肉を引き裂き、骨をも砕いた。血が
大きく安堵の息を吐く隊長。なんとか倒すことができたが、元々少なかった仲間が、ほぼ壊滅してしまった。もちろん、わずか二名であっても、生き残ったならば希望はある。早く遊園地へ向かい、冥府へと戻らなければならない。隊長は、生き残った巨体闇人と共に、学校を後にしようとした。
巨体闇人が、小さなうめき声をあげ、倒れた。
なんだ? 隊長は振り返り、倒れた巨体闇人を見る。背中が大きく斬り裂かれていた。鋭い刃物で斬りつかられたかのような傷。そして、そのそばに立つ、炎をまとった刀を持つ少年。あり得ない。少年には、人間の形を留めないほどの銃弾を撃ち込んだ。人間はもちろん、高い治癒能力を持つ闇人でさえ、無事でいられるはずがない。なのに、少年の身体は、ちぎれた腕も、吹き飛んだ頭も、元通りになっている。銃創はおろか、かすり傷ひとつついていない。それはもはや、
「……化け物!!」
恐怖に歪んだ隊長の顔が、ごとり、と、地面に落ちる。
遅れて、頭を失った胴体が倒れた。
隊長は、己の首が落とされたことにさえ気づくことなく、絶命していた。
闇人の生き残りを倒した
刀身を包んでいた青い炎が消える。ポケットに入れた
島全体が大きく揺れ始めた。崩壊が始まった。
この学校も、遊園地も、漁港も、廃墟も、森も、採掘所跡も、砲台跡も、中央にそびえ立つ山も、そして、赤い海も。
全てが崩れ落ち、消滅する。
再び光の柱が現れた。使命を
写し世の夜見島は虚無へと還り、闇の住人の野望は、完全に潰えた。