沖谷京介という攻略対象を確認した俺はまず自分の席を探すことにした。
「おっ、ここか」
席はすぐに見つかった。後ろのドアから入ってすぐのところにあったからだ。
俺の前は……まだ来てないのか。名前は須藤健か、その前が池寛治、更にその前が山内春樹。
さすがに名前だけじゃわからんな。そして俺の隣は佐倉愛里、その前が佐藤摩耶か。
クラスの半分以上が既に登校している中でぽっかりとこの空間だけ誰も来ていない……
「なにか入学時のイベントをしていて遅れているのか?」
いや、今はまだ想像の域を出ないな。
それよりも、だ。なんであいつがいる……
そいつは堂々と机に両足を上げて座っていた。
バスに乗ってたAV男、高円寺って名前だったのか。この態度、やはりただのモブではない。かなり重要な位置付けのキャラのはずだ。
俺が高円寺に注意を向けていると隣の席の佐倉愛里が登校してきた。
佐倉は一度自分の席を通りすぎ、教室を一周してからようやく自分のネームプレートを見つけて椅子に座った。ピンクのロングに眼鏡をかけた、地味な顔つきの巨乳。
あ~この個性……一見するとただのどんくさい女にしか見えないが、数々のエロゲーをクリアしてきた俺だからこそわかる。
『こいつ攻略対象だ』
しかし選択肢もなしに迂闊に話しかけて嫌われるのも嫌だなあ……
あの選択肢いつ出るかわからんし、とりあえずお隣さんだから挨拶だけでもしとくか。
俺は座ったまま隣の佐倉に声をかけた。
「おはよう、そして初めまして。エロだ、隣の席だしこれから宜しくな」
「あっ、は、はい。よろしくお願いします……」
佐倉は目を合わせることなく下を向きながら挨拶を返してきた。人見知りタイプか。まぁ見た目からしてそうだろうとは思ったが……
佐倉は仲良くなるまで時間がかかるかもな。まず何かしらのイベントをクリアしないと距離は縮まらないと考えていいだろう。俺が佐倉との挨拶を終えると、前の席にはさっきまでいなかった赤い髪のヤンキーが座っていた。
「よう、エロ! 俺は須藤だ、席ちけえんだしこれからよろしくな!」
「おう、よろしくな須藤! 赤髪って、お前もしかして不良か?」
「ちげえよ、この髪はあれだ、かっけえだろ?」
どう見ても不良タイプだな。こいつもこれだけの個性だ、何かしらのイベント関係者か? だが例えモブだとしても友達を作るという意味合いでは席も近いしいいかもな。
「おいエロ、俺の前の席に座ってるやつらにも声かけようぜ」
「ああ、そうだな。せっかくだし話かけて見るか」
俺は席を立ち上がり須藤の前にいる池寛治に声をかけた、須藤も立ち上がってついてきている。
「よお、池。俺はエロ、一番後ろの席だ。まだこのクラスで友達もいないし良かったら仲良くしてくれ」
「おいエロ、俺がいるだろうが。俺は須藤だ、よろしくな池」
「ああ、こっちこそよろしく頼むぜ! あとこいつは山内だ、さっき登校中に知り合ったんだ」
「山内春樹だ、エロも須藤もよろしくな!」
『こいつら……モブだな』
だがこれでクラスに馴染むことは出来そうだな、なんせまだ気になることが多すぎる。
まず最優先はこの学校についての情報だ、早い段階で主人公を探して攻略対象も網羅したい。
そして選択肢の発動条件。これがわからない限り下手な動きは出来ない。
まずはこの二つだ、時間は待ってくれない。主人公が先にヒロインを攻略してしまえばそれを取り戻すのは至難の技だろうからな───
俺たちが自己紹介やくだらない話をしていると始業のチャイムが鳴り響いた。
『ガラガラガラガラ』
チャイムとほぼ同時に前のドアが開き、ポニーテールのクール系女教師が入ってくる。
教師か……こいつも攻略対象なのか?
「席につけ」
女教師の凛とした声に俺たちはおとなしく自分の席へと戻り座る。
「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになると思う、よろしく。今から一時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校のルールについて書かれた資料を配らせてもらう。以前入学案内と一緒に配布してあるがな」
俺はその入学案内とやらは見ていないからな、ここはしっかりと資料を読んでおこう。
須藤から手渡された資料に軽く目を通す。
そこにはこの学校が、いや、正確にはこの敷地内全てが国の管理するものであり、在校中は外部との連絡も禁止事項だという事が書かれていた。
……なるほどな、初日はバスで移動し敷地内に入り、それ以降は出ることすら許されない。その代わり敷地内には学校や寮はもちろん、暮らしていくに困らないほどの壮大な敷地内に小さな街が形成されているという訳か。
この外部から隔離された空間で俺たちは己の欲望の赴くまま行動し、そして何人もの女を手中に収め、学園生活を満喫するというプログラムか。なかなかによくできた設定だ……
「また、今から配る学生証カード。それを使い敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することができるようになっている。クレジットカードのようなものだな。ただしポイントを消費することになるので注意が必要だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものならなんでも購入可能だ」
『……なんでもと言ったか?』
俺はその言葉がなぜかとても耳に残った。なんでも……それは、女も買えるのか?
もしやこのエロゲーはマネーゲームなのか?
金を貯めて女を買い、飽きたら売却して次の女を買う。
昔俺のやってたエロゲーにもそんなものがあったがまさか……
「施設内では機械にこのカードを通すか、提示することで使用可能だ。使い方はシンプルだから迷うことはないだろう。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員に平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。これ以上の説明は不要だろう」
10万ポイントが支給されてると聞いてクラスのほぼ全員が歓喜に震え、喜びの声をあげる。
だが俺は違った……
10万じゃ女は買えない。それとも激安価格のサービスセールがあるのか?
その女を安く買って、そいつを好きな男に高値で売ることによりお金を増やす転売システム。
それを利用して巨万の富を築きマネーゲームをクリアするのがこのエロゲーの趣旨なのだろうか……
「ポイントの支給額が多いことに驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちにはそれだけの価値と可能性があると言うことだ。だが無理矢理カツアゲするような真似だけはするなよ。学校はいじめ問題にだけは敏感だからな。質問があれば受け付けるが何かあるか?」
……質問したい、だがここで変な質問をして出鼻を挫かれるのは痛い。
だから俺は遠回しに質問をした。
「先生よろしいですか?」
「お前は……エロか。いいぞ、言ってみろ」
「このポイントで購入できる最も高い買い物はなんですか?」
「ふっ、そうだな……最も高いかはわからんが、人生を大きく左右する権利を買うことはできる」
「……それは何ポイントですか?」
「2000万ポイントだ。だが、今まで過去に誰一人として2000万ポイントを貯めた者はいない、とだけ言っておこう。他に質問はないようだな。では良い学生ライフを送ってくれたまえ」
俺の質問に答えて茶柱先生は教室から出ていった。
「なあ、エロ。なんだよ今の質問、人の人生を左右する選択ってなんだ?」
「さあな、俺もよくわからん。だが2000万を貯めるのは確かに現実的じゃないな」
わからないことばかりだ、だが1つだけ確実にわかった事がある。
そう、俺はこの10万ポイントで……
『エロゲー』が買える。
それから一時間後、俺たちは先生の言う通り体育館へと向かい入学式を終えた。
入学式の間、二年の生徒を注視したが、さすがに離れたところから見るだけでは主人公についてなんの手掛かりも見つけることは出来なかった。
「おい、エロ。これから俺たちゲーム買いに行くんだけど一緒にいかねえか?」
「悪いな池、一度寮に戻りたいんだ。また今度一緒に行こう」
「そっかーじゃあまた明日な!」
池たちには悪いが一度寮生活がどうなっているのか確認する必要があるからな。俺は一人で寮へ帰宅するべく階段を下りていた。
しかしその途中、俺は足を止めた。
「ん、なんだこれ……ひまわりの髪飾り?」
「あ~ごめん君。それ私のなんだ、拾ってくれてありがとね。返してもらえないかな?」
俺は特に断る理由もないので差し出してきたその手にひまわりの髪飾りを乗せた。そしてその瞬間、本日2回目の選択肢が俺の頭の中に現れた……
『ピロン』
『髪飾りを返した対価に体を要求する』
『髪飾りを握り潰す』
……これはどちらかが正解のルートって事でいいんだよな? 体を要求してOKはさすがにないだろうな、だが握り潰すのも勇気がいるな……
そもそもこの人は誰なんだ? 肩口のセミロングにちょっとラフな格好、少なくとも一年ではないだろう。今日は入学式、初日からこんな学校に馴染んだラフな格好をしている新入生などいない。
「ねぇ、いつまで髪飾り握ってるの? 返してほしいんだけど……」
「あっ、すみません。先輩……ですよね?」
「君は一年生かな? それなら先輩であってるよ。私は2年Aクラスの朝比奈なずな」
2年Aクラス、2年の女子か。なにか主人公についての情報を得られるかもしれない……ここは恩を売って仲良くなりたいところだが……
『どっちの選択肢を選んだらいい?』
ふっ、わかりきった自問自答だ。答えはとっくに出てる。ゲームなら躊躇なく押せるボタンもリアルになると失敗が怖くてどうしても決断が鈍るな。
こんなもん一択だ、壊して怒らせたところで意味がない。だからここは……
「朝比奈先輩、髪飾りを拾ったお礼にヤらせてくれませんか?」
『髪飾りを返した対価に体を要求するルートへ進みます』
俺の頭の中にアナウンスが流れる。
朝比奈先輩の頭の中にこいつ何言ってんだという疑問が流れる。
沈黙が痛い……今にも心が砕け散りそうだ。髪飾り拾ったお礼にヤらせてくれませんかってなんだ……
言葉に出来た自分を褒めてやりたいぜ。
「ご、ごめん。ちょっと何言ってるかわからなかった……もう一回言ってもらえる?」
これ以上に強力な返し方がこの世に存在するだろうか……
俺が一番何言ってるかわからないのにそれをもう一度言えだと?
だが朝比奈先輩は俺の目をじっと見つめながら期待して待っている。
だから俺はもう一度言おう。
「髪飾り拾ったお礼にヤらせてください」
「君……ヤバイやつじゃん」
『それはつまりオッケ「いや、無理だよ。普通に」』
ふぅ、落ち着こう……やっぱり髪飾り握り潰していいかな?
俺の選択は間違っていたのだろうか、今から髪飾り粉々にしたら間に合うかな……
「まぁ、けど髪飾りを拾って貰って助かったのは確かだし何も聞かなかったことにしといてあげる」
『それはつまりオッケ「おい」』
「すみませんでした、朝比奈先輩。髪飾りはどうぞお持ち帰りください」
「うん、まぁ元々私のだし……君、名前何て言うの?」
「エロです」
「エロ君ね、こんなこと繰り返してたらこの学校じゃすぐ退学になっちゃうよ? ちょっと携帯貸して、今日貰ったでしょ?」
俺が携帯を朝比奈先輩に渡すと手慣れた手付きで電話帳に朝比奈先輩の連絡先を登録して返してくれた。
「はい、終わり。まぁ、拾ってくれたお礼に何か困ったら相談くらいは乗ってあげるから。頑張ってね」
朝比奈先輩は俺の返事も聞かずに手を振って去っていった。男前だなぁ……あれでただのモブなら勿体無いな。
俺は朝比奈先輩のかっこいい背中を見送りながらさっそく朝比奈先輩にメールを送った。
目の前を歩いていく朝比奈先輩の携帯がピロンっと音を鳴らす。
『ちょっと相談があるのですが……』
だが1日待ってもその返事は返ってこなかった。
スマホに『え』って押すと一番最初にエロって出てくる……