ようこそエロゲーの教室へ   作:Monburan

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俺の特技

 

 

『蛇に睨まれたカエル』

 

 

 例えるならばそんな状況。

 俺は動くことが出来なかった。

 そいつの視線が俺の動きを封じ込める。下手な動きをすれば何が起こるかわからない。ひとまず冷静になろう。俺としたことが、初めてガーターベルトを目視した事で少し取り乱していたようだ。

 俺は深く息をはき深呼吸をする。

 そして改めてそいつを見た。

 

 

『なぜ、ガーターベルトをしている』

 

 

 やはりそこに辿り着く、見逃す事ができない現実。そして足にばかり気を取られて気付かなかったが、黒のベレー帽まで被ってやがる。

 銀髪、美少女、ベレー帽、杖、ガーターベルト。

 どれか一つでも十分に成り立つ個性が5つ。

 これがチートってやつか……

 まさに完全武装。ここが戦闘系のエロゲーなら間違いなく杖の勇者。

 自分の足が不自由なように見せかけ相手を油断させ、持ち前の杖で攻撃した後にガーターベルトでトドメを刺す。

 だが今のところこのエロゲーで戦闘シーンは見てない。おそらく杖は本物、見た目通り足が不自由なのだろう。それならば近づく方法はいくらでもある。俺は意を決して言葉を発した。

 

「自己紹介がまだだったな。俺は1年Dクラスのエロ芸夢だ。先ほどは急に質問して悪かったな」

「ふふっ、お気になさらず。とても愉快な質問でした。1年Aクラスの坂柳有栖と申します。先天性の疾患を患っていましてこうして杖を持ち歩いています。よろしくお願いしますね」

 

 俺と同じ1年か……

 足が不自由なことは確認できた、つまり杖がないと行動不能。この杖という装備は坂柳にとって大きな個性であると同時に大きな弱点でもある。

 とりあえず選択肢がほしい。

 まずは何か攻略する糸口を見つけねば……

 俺は無言のまま坂柳へ距離を詰める。坂柳は一切動じることなく俺の行動を観察する。 

 身長150センチ程の坂柳の前に身長170センチ程の俺が立ちはだかる。その差は約20センチ。それでも優位性は変わらず、見下ろす俺の方が萎縮し、見上げる坂柳はどこか余裕の笑みを浮かべる。

 

「坂柳、肩にゴミがついてるぞ。取ってやる」

「そうですか。ついていませんが、ありがとうございます」

 

『ピロン』

 

 選択肢が表示される。

 今回は完全にこいつが頼りだ。

 お前を信じてるぞ選択肢……

 

 

『杖を貸してくれ』

『ガーターベルトを貸してくれ』

 

 

 終わった……

 もう、杖を借りるしかない……

 ガーターベルトを借すヤツなどいない。そもそもガーターベルトを借りるってなんだ? 

 俺がガーターベルトをつけるのか? 

 廊下には監視カメラもある、下手な行動は即刻アウトだ。

 

「坂柳、少しその杖を貸してくれないか?」

「……杖、ですか? 構いませんが、私はこの杖がないと歩くこともままなりません。その事をご理解いただいた上でしたらどうぞ」

「すまないな、少し見せてもらう」

 

 

『杖を貸してくれのルートへ進みます』

 

 

 俺は坂柳から差し出された杖を受けとり隅々まで調べる。念のため確認しとこう。仕込み杖の可能性もあるしな……

 だが杖は普通の杖だった。

 杖なしで立つのは辛いのか、坂柳は壁に軽く体を預けながら俺を見張るように観察する。

 俺は少し居心地が悪くなり坂柳に杖を返した。

 

「坂柳ありがとう、いい杖だな」

「ええ、エロくんは杖の善し悪しがわかるのですか?」

「ああ、俺も一本だけ持ってるからな」

「そうですか、機会があれば次はエロくんの杖を見せてください」

「わかった、約束しよう」

 

 

『その時は俺の杖を握らせてやろう』

 

 

 坂柳有栖という美少女との出会いを終えた俺は当初の予定どおり部屋へ戻りベットに寝そべる。今日は寮の探索をしようと思ったが疲れたしやめだ。

 

『ブゥゥゥ、ブゥゥゥ』

 

 携帯が鳴る。

 なずな先輩か? 

 

『男子グループチャットの招待』

 

 池から1年Dクラス男子グループチャットへの招待。迷わず参加を押す。

 

 メンバー

 池寛治

 山内春樹

 須藤健

 綾小路清隆

 エロ芸夢

 

 ……5人

 まだ作ったばかりならそんなもんだろうな。だが綾小路清隆とは誰だ? 

 初めて聞く名前だ……

 俺はチャットを始める。

 

『参加した、よろしくな』

 池『エロ待ってたぜ』

『ああ、待たせたな。綾小路は初めましてだな。これからよろしく』

 池『そうだったな、昨日部活の説明会の後に知り合って仲良くなったんだ』

『そうだったのか、友達が増えるのは俺も歓迎だ』

 池『沖谷も誘ってるから後で入ると思うぞ!』

『そうか、それは楽しみだ』

 綾小路『綾小路だ。オレの方こそよろしく頼む』

 

 少しずつ友達も増えてきたし攻略対象も見つかりつつある。後何人いるのかは知らんがこの調子だとまだまだいそうだ……

 そしてそろそろ3年と接触しておきたい。3年は攻略期間が1年間しかないからな。急がなければ手遅れになる可能性がある。

 明日は3年の情報を集めるか……

 

 

 

『沖谷京介が参加しました』

 

 

 

 翌日も数人が欠席した。

 初日こそ真面目に授業を受けていた生徒すら、流れに飲み込まれるように怠惰な生活を送り始めた。みんなしてるし俺もする、みんなしないから私もしない。

 まるで自分自身に暗示をかけるように意識は揺らいでいき、もはや俺のクラスは崩壊していると言っても過言ではなかった。

 だがそんなこと俺には関係ない。

 好きにすればいい、そして俺も好きにする。今日の放課後からカメラの配置確認と3年の情報集めを開始する。

 準備は万端、後はその時まで深い眠りにつこう。

 

「エ、エロくん、エロくん起きてよ。もう学校終わったよ?」

「ん? ああ、沖谷。もう放課後か、完全に寝てた」

 

『ピコン』

 

 

『生徒会室へ向かう』

『音楽室へ向かう』

 

 

 頭の中に選択肢が表示される。

 そうか、沖谷が俺に触れたのか。さっき起こすときに肩を揺さぶられたからな。こういう時に自動発動されるのは厄介だな……

 だが今回の選択肢は有能だ、まさにエロゲー。

 どちらも気になるところだが、今回は3年の情報入手が目的。生徒会室であれば必然的に3年の役員がいるだろう。

 

「沖谷、生徒会室に向かうぞ」

「……え、生徒会室? う、うん。わかった」

 

 沖谷が出してくれた選択肢だ、念のため沖谷も連れていこう。俺たちは生徒会室へ向かう。そして生徒会室が前方に見えてきた時、一人の少女が生徒会室のドアを開こうとしていた。

 紫色のお団子ヘアー、手には頭を軽く越えるほどの印刷物。両手がふさがりドアを開けることすら困難。膝を上げ印刷物を乗せようとするが上手くいかず身動きも取れない状況。俺は助けるべく凄まじいスピードで急接近しドアを開けた。

 

 驚く少女

 驚く沖谷。

 風圧で飛び散る印刷物。

 驚く俺。

 慌てる少女。

 印刷物を拾う沖谷。

 見守る俺。

 

「誰だお前は」

 

 その声は生徒会室の中から聞こえた。そこには社長のように椅子へ腰かけ肘をつきながら、俺を睨むメガネの男。

 

「1年Dクラスのエロ芸夢です」

「そうか、これはどういう状況だ」

 

 振り替えると必死に印刷物を拾う少女と沖谷。拾い終えた少女が立ち上がりメガネの男へ告げる。

 

「この人が印刷物を飛び散らせて、それをこの子が一緒に拾ってくれたんです」

「なるほど、つまりお前は橘の印刷物を飛び散らせておきながら拾うこともせず、挙げ句の果てにノックもすることなく生徒会室のドアをあけたわけか」

 

 俺を睨み付けるメガネの男と橘と呼ばれた少女。そして心配そうに俺を見つめる沖谷。

 

 

『なぜこうなった』

 

 

 俺はただ、印刷物を持った少女がドアの前で困ってたから急いで駆け付けただけだ……

 確かにその結果、印刷物が無惨なことになったがそれは不可抗力。決してわざとではない。前からメガネ、後ろから橘。どちらからも敵意の視線を感じる。

 おそらくメガネが生徒会長。生徒会長と言えばメガネ。そしてあの偉そうな風貌だ、まず間違いない。この橘という女も2年か3年。1年が生徒会役員はまだ早い。

 3年の攻略までたったの1年。こんなところでつまずいていては間に合わん。ここはさっさと謝り、関係を修復せねば……

 

「失礼しました、生徒会長。慌てていてノックをしなかったことは謝罪します」

 

 だが印刷物の方は誤解だ。これからしっかり説明して納得してもらおう。

 

「そうか、今回に限りその謝罪は受け取ろう」

(ノックの謝罪はするが橘への行動は謝罪しないと言うことか。どういうつもりだ)

 

「しかし、橘先輩の件については一つ言いたいことがあります」

「なんだ? 言ってみろ」

「あれは不慮の事故です」

「なに? どういう意味だ」

「そのままの意味です。ドアの前で身動き取れない橘先輩を見つけて俺が動いた。それだけの事です」

 

 俺は橘先輩のサポートをしてあげたかっただけだしな。

 

「つまり目の前に身動き取れない橘がいたからこそお前は動いたと?」

「そうです」

(……最悪だ。こいつは橘が動けない状態を見計らって動いたのか。印刷物を全て吹き飛ばす程の速度だ。相当なスピードで襲いかかろうとしたことが容易に想像できる。もちろん監視カメラのあるこの廊下で本気で襲うことは考えてないはずだ。こいつは敢えてドアを開けてその光景を俺に見せつけることで、橘をいつでも狙えると脅迫しにきたのか。どこで橘の存在に目を付けたかはわからないが、橘は3年Aクラスにとって欠かせない逸材にして生徒会書記。余計な心労はかけられない。そういえば部活の説明会に橘を出席させていたな、その時か? いや、それとも裏で誰かが糸を引いているのか……)

 

「エロ、お前の目的はなんだ?」

 

 俺の目的? 

 言えば手伝ってくれるのか? 

 生徒会長だしこのメガネも重要なポジションキャラのはずだ。攻略対象を探すためにもある程度こちらの都合を話し協力してもらった方がいいかもしれんな。

 

「目的は3年の一部の女子です」

「お前は……」

(……なんてやつだ。この学校はA~Dクラスが学年ごとにクラスポイントを競う戦いを繰り広げている。そしてクラスポイントの優劣がそのままクラスの優劣に繋がる。だが1年がそれを知らされるのは来月。こいつはそれを知っているのか? そして戦いにおいて優秀な女子程かけがえのない存在だ。例えばうちの橘が退学、あるいは精神的に行動不能に陥ればクラスの指揮は下がり、他のクラスに付け入る隙を与える事になる。しかし隠すことなく言うとはな。俺は舐められてるのか? 3年Aクラスにして生徒会長。自惚れる気はないが、舐められるような存在ではない。それともこいつにはそれだけの自信があるのか? そして橘だけではない。3年の一部の女子か、何をする気かは知らんが警戒しなくてはなるまい)

 

 

 メガネは何か考え込んでいるようだな。攻略対象の一人でも教えてもらえると助かるが……

 さて、誤解も解けたし結果として橘先輩に迷惑かけたのは事実だ。謝るか。

 

「橘先輩」

「は、はい。なんですか?」

「この度はすみませんでした。次はもっと上手くやります」

「もっと上手くって……」

「はい、次はもっと静かに近寄りますので安心してください」

(……ひぃ、この人ヤバいです。怖いです)

 

「ほ、堀北くん……」

「エロそこまでだ、橘を解放しろ」

「そうでした。印刷物を運んでるところでしたね、お時間を取らせました」

 

 メガネの名前は堀北か。今日のところは生徒会長と知り合えたしこれで十分だな。

 

「それでは堀北会長、また後日に」

 

 また後日会うときまでに3年の攻略対象を調べといてくれ。

 

「ああ、またいずれ会おう」

(次に会ったときこの借りは返させてもらう)

 

「行くぞ、沖谷」

「う、うん。エロくん」

「あっ、待ってください! 沖谷ちゃん、印刷物を拾ってくれてありがとうございました。このお礼はいずれまた」

「え、えっと、どういたしまして」

 

 ふむ、やはり沖谷を連れてきたのは正解だったか。橘先輩も生徒会役員のお団子ヘアー、攻略対象の可能性がある。沖谷の成長のために橘先輩には良い経験値となってもらおう───

 

 

 生徒会室を後にした俺は沖谷を寮へ返し、監視カメラの設置位置を地図に記載して歩いた。

 

「全ては無理だな、広すぎる」

 

 この学校には校舎の他にも特別棟がある。数日は見積もったほうがいいな……

 俺は途中で切り上げ今後の予定を見直す。そして最後に音楽室へ向かった。選択肢には生徒会室と音楽室があった。もし音楽室を選んでいたら何があったんだ? 

 ……鍵は、開いてる。

 

 

『ガラガラガラガラ』

 

 

 中を覗くが誰もいない、窓側の前に一際大きなグランドピアノが置かれている。

 ゆっくりと中に入りピアノの前。

 

「……懐かしいな。音楽室を選べば誰かと出逢えたのか?」

 

 選択肢に尋ねるも、当然答えは返ってこない。まだ俺が小さい頃、家にピアノが置いてあった。母親が音楽関係の仕事をしていることもあり、俺もいつしかピアノを弾けるようになった。俺の数少ない特技の一つ。

 グランドピアノの蓋を開ける、懐かしい匂い。

 椅子に座り、指を軽くほぐす。

 自然と指は動いた。転移前と体は違うが、俺の奥に眠る何かが弾き方を覚えていた。

 俺の得意だった曲……

 

 

『ショパン~幻想即興曲』

 

 

「……ふぅ、久々に集中したな」

 

 久しぶりの感覚に時間を忘れ弾いていた。結局音楽室には何もなかった。それでもちょっとしたストレス発散にはなっただろう。

 俺はグランドピアノの蓋を閉めドアへと向かう。だが、ふと違和感に気付き足を止めた。

 

 

「俺、入るときドア閉めたか?」

 

 

 閉ざされたドアを見て俺は尋ねる。そしてその答えは、誰からも返ってこなかった……

 

 

 部屋に戻ると明日の準備をする。明日は入学5日目、とあるイベントが待ち構えている。このエロゲーの世界特有のイベントかはわからんが、間違いなく一つの分岐点になり得るだろう。俺は明日に向け早めに夢の中へと旅立った。

 そしてその夜、女子寮では一人の少女がイヤホンを耳にあて、ショパンの曲を聴いていた───

 

 

 

 

 

 

 見てしまった、聴いてしまった。

 ピアノの音が聞こえて誘われるように辿り着いた。そこに彼はいた。

 先輩? 同級生? なにもわからない。

 ただ彼は弾いていた、何かに取り憑かれたように。ドアの前に立つ私になど目を向けることなく、まるで存在を認識されていないと感じるほどに……

 音が終わりに近づく。ピアノなんて弾けないけど、不思議と音の終わりがわかる。私はドアを閉めてその場を離れた。聴いてただけなのに、ただ見てただけなのに、なぜかそれを恥ずかしく感じた。

 目を閉じると目蓋に蘇る、耳を塞ぐと確かに聴こえてくる。

 彼の表情。彼の指先。彼の音。

 指が動く、ピアノなんか弾けないのに。ただ適当に、リズムを取るように。

 私の指が、彼の音を求める……

 

 

 

 

「また、会えるかな……」

 

 

 

 

 





あ、今さらですが原作の主人公は綾小路くんです!

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