新世紀の魔導剣士
「んー……今日で、この世界とも最後かぁ……」
朝の穏やかな風を感じながら、少年――シンジは空を見上げた。
既に、この世界で出会った仲間たちへの別れの挨拶は済ませている。
これから自分が向かうのは、十年前まで暮らしていた、元の世界。
長かったような、短かったような十年間。
その世界で、いったい何が待っているのだろう。
期待と少しの不安を胸に抱きながら、シンジは笑った。
「皆さん、おはよう!」
そして、読者へ語り掛けるように続ける。
「僕の名前は、シンジ・イカリ・インバースです。歳は今年で十五歳」
「趣味は家事全般。特に料理かな」
少し照れながら、自分のことを紹介していく。
「職業みたいなものとしては、魔法剣士をやってるんだよ!」
「まあ、この名前も年齢も、こちら側の世界にいる間だけ使っているものなんだけどね」
「僕のことは、シンジって呼んでくれればいいよ」
シンジは、少し遠くを見る。
「これから僕は、元いた世界へ帰るんだ」
「……え? 元の世界ってどういうことかって?」
「話せば長い話なんだけどね」
シンジが、この世界へやって来たのは約十年前。
事故だったのか、それとも何かの必然だったのか――。
今でも、その理由は分かっていない。
ただ、気を失っていた自分を助けてくれた人たちがいた。
それが、現在のシンジにとって義理の父と母となる二人だった。
最初は、約一年ほど居候させてもらっていただけだった。
しかし、その一年間。
二人はシンジを実の子供のように大切にしてくれた。
優しくしてくれた。
そして、シンジにとって初めて感じる――本当の家族の温もりを与えてくれた。
そんなある日。
「私たちの息子にならないか?」
そう誘われた。
シンジは、一日だけ考える時間をもらった。
そして、じっくり考えた末に出した答えは――。
「……はい。僕を家族にしてください」
その答えを聞いた義父母は、とても喜んでくれた。
こうしてシンジは、この世界で初めて――本当の家族を得たのだった。
義父母には、二人の娘がいた。
シンジにとっては、義理の姉にあたる二人。
そして、この二人との出会いもまた、シンジの人生を大きく変えていくことになる。
この世界へ来て、約十年。
最初の数年間は、義父母から剣と魔法を教わり、姉たちと一緒に修行を続けた。
そして、約五年ほど経った頃。
二番目の姉と共に旅へ出ることになった。
世界を巡る旅。
その旅の中で、シンジには多くの仲間ができた。
人間では――
アメリア。
ゼルガディス。
フィル。
ガウリー。
マルチナ。
シルフィール。
そして魔族では――
ゼロス。
魔竜王ガーブ。
さらには竜族、神族、亜人など。
本当に多くの種族と出会い、共に旅をした。
「まあ……旅の途中で何があったのかは、また別の機会に話すよ」
シンジは苦笑する。
ただし、一つだけ。
彼の旅には、妙な噂があった。
それは――。
『シンジさんの料理を一度でも食べたら、他の方の料理なんて食べられなくなるレベルなんですよ』
そう語ったのは、某魔族の神官。
さらに――。
『魔竜王様まで、シンジさんの料理が食べたいがために、人間界へ足を運ぶほどなんですよ!』
そして最後に、彼は誇らしげに言った。
『そう! 彼は魔族の胃袋までも、料理でゲットしてしまうんです!』
「……まあ、そんなこともあったね」
シンジは少し恥ずかしそうに笑った。
旅を終え、しばらく経った頃。
仲間となった魔族たちの力を借りることで――ついに、元の世界へ帰る方法が見つかった。
そして今日。
その日が来た。
◇ ◇ ◇
「おーい! 皆ー!」
待ち合わせ場所へ到着したシンジが、手を振りながら仲間たちのもとへ駆け寄っていく。
「シンジさん、来ましたね」
ゼロスが笑顔で迎える。
「ようやく来たのね、シン!」
リナも声を掛けた。
「リナ、そう怒るなよな。これからシンジの見送りなんだぜ!」
ガウリーが口を挟む。
「クラゲ頭のあんたに言われたくないわよ!」
「まあまあ! いい加減にしてくださいよ、リナさんもガウリーさんも!」
アメリアが二人を止める。
「今日はシンジさんのお見送りなんですよ!」
「そうだぞ。リナもガウリーも、その辺にしておけ」
ゼルガディスも呆れたように言った。
「……すまなかった」
「……悪かったわよ」
リナとガウリーが、それぞれ謝る。
「皆、お待たせ!」
シンジが改めて皆の前に立つ。
「準備はもういいのか?」
ゼルガディスが尋ねる。
「大丈夫だよ。必要な物は全部持ったから」
シンジは自分の荷物を確認する。
もう、忘れ物はない。
これで――本当に行ける。
「シンジ!」
リナが声を掛ける。
「向こう側に行っても、元気でね!」
「絶対、また来るのよ!」
「父さんも母さんも、姉ちゃんも……あんたの家族なんだからね!」
「もちろん、私もよ!」
最後の言葉だけ、少し照れ臭そうに付け加える。
「ありがとう、姉さん」
シンジも笑った。
「父さんたちにも伝えておいてね」
「それと……」
一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべる。
「絶対に帰ってくるから」
「……ええ。待ってるわ」
続いてガウリーがシンジの肩を叩いた。
「シンジ! 絶対帰ってこいよ!」
「そしたら、またお前の飯を食わせてくれ!」
「ガウリーさんは相変わらずですね」
シンジは笑う。
「でも、分かりました!」
「帰ってくるまでに、もっと美味しく作れるようになってきますね!」
「おう! 楽しみにしてるぞ!」
アメリアとゼルガディスもシンジへ向き直る。
「俺たちからも――」
「私たちからも――」
「また一緒に旅をしような!」
「はい!」
シンジは力強く頷いた。
「必ず、また一緒に旅をしましょう!」
そして最後に、ゼロスが二つの包みを取り出した。
「シンジさん」
「はい?」
「また必ず来てくださいね」
「私の上司も、あなたが戻ってくるのを待っていますから」
「それと、こちらを預かってきました」
ゼロスは二つの包みをシンジへ渡す。
「二点あります」
「一つは魔竜王様から」
「そして、もう一つは私の上司からです」
「中身は――開けてからのお楽しみだそうですよ」
「ゼロスさん、ありがとうございます!」
シンジは二つの包みを受け取る。
「ちなみに……中身を知ってるんですか?」
するとゼロスは、いつもの笑顔を浮かべた。
「それは――ヒ・ミ・ツです♪」
「やっぱり教えてくれないんですね……」
シンジが苦笑する。
そんなやり取りも、これで最後。
ゼロスは静かに前へ出る。
「では、シンジさん」
「はい」
「あちら側の世界への扉を開きますね」
「お願いします」
ゼロスは両手を広げる。
そして、魔力を集中させた。
「我ら魔族の神官、ゼロス」
「今ここに、異なる世界への扉を開かん!」
「かの者が有りし世界への扉よ!」
「我が魔力をもって、かの者を異世界へと導きたまえ!」
「――開け!」
ゼロスの力ある言葉と共に、大地を取り巻く魔力が一気に渦巻き始める。
周囲の空間が震える。
光が生まれる。
そして――。
凄まじい光が一帯を包み込んだ。
やがて光と魔力の渦が静まる。
そこに現れたのは――。
青白く輝く、一つの扉だった。
「シンジさん」
ゼロスが扉を見る。
「あちら側への扉が開きましたよ」
「……ありがとうございます、ゼロスさん」
シンジは扉を見つめた。
懐かしい世界。
十年間、帰ることができなかった世界。
そこへ、ようやく帰れる。
そして、シンジは振り返る。
「皆も……ありがとう!」
「必ず、また帰ってくるから!」
「それまで――」
少しだけ寂しそうに笑って。
「行ってきます!」
シンジが扉へ向かって歩き出す。
そして、扉をくぐる直前――。
仲間たちから声が上がった。
「「「行ってらっしゃい!」」」
シンジは笑顔で手を振った。
そして――。
青白い扉の向こうへ消えていった。
◇ ◇ ◇
「……ついに、行ってしまいましたね」
ゼロスが呟く。
すると、残った仲間たちは顔を見合わせる。
「彼奴は、必ず帰ってくるさ」
「そうよ」
「その時までの、少しの別れだ」
「そうですね」
ゼロスも微笑んだ。
「では、私は魔界へ報告に戻りますね」
「皆さん、また会いましょう」
ゼロスがそう言うと、リナたちは頷いた。
そして、それぞれの道へ戻っていった。
シンジとの再会を信じて――。
◇ ◇ ◇
一方。
シンジは扉をくぐった。
その瞬間――。
周囲が暗闇へと変わった。
「……」
だが、シンジは慌てなかった。
この現象を起こすことができる存在に、心当たりがあったからだ。
全ての母なる存在。
混沌の海より生まれし、金色の魔王。
ロード・オブ・ナイトメア。
その声が、暗闇の中へ響く。
『貴方も、かの世界へ帰るのですね』
「はい」
シンジは答えた。
「僕は、元の世界へ帰ります」
「ですが――」
シンジは胸を張った。
「必ず、こちら側の世界にも帰ってきます」
「皆と約束したから」
すると、金色の魔王は優しく微笑んだ。
『そうですか』
『なら、私も待ちましょう』
『貴方も――私の息子なのですから』
『いつまでも、待っていますよ』
「……はい」
シンジも笑顔になる。
「行ってきます、母様」
『……行ってらっしゃい』
『私の息子よ』
その言葉を最後に――。
シンジの姿が、暗闇の中へ消えていった。
こうして今度こそ。
シンジ・イカリ・インバースは、十年ぶりに――。
元いた世界へ帰っていった。
◇ ◇ ◇
そして。
シンジが消えた後の暗闇の世界で、金色の魔王は静かに手を掲げた。
彼女は、この世界の時間そのものへ干渉する。
シンジが再び戻ってくるまで――。
こちら側の世界の時間を、一時的に止める。
ただし。
シンジが元の世界で過ごし、この世界での年齢と同じになる頃。
その時が来れば――。
止められていた時間は、再び動き始める。
それまでの間。
この世界では、誰一人として年を取らない。
そして――。
シンジが再びこの世界へ帰ってきた時。
彼を待っている家族や仲間たちとの時間も、また動き出すのだ。
シンジが帰ってくる、その日まで――。
金色の魔王は、静かに待ち続ける。
「……さあ、行ってらっしゃい」
「私の愛しい息子よ」
こうして――。
シンジ・イカリ・インバースの、十年に及ぶ異世界での物語は、一度幕を閉じる。
そして彼の物語は――。
新たな世界で、新たな時代へと続いていく。
――『新世紀の魔導剣士』
第一章・完